白の皇国物語

白沢戌亥

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20巻

20-3

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 そもそも、皇国の技術者に国土の調査を依頼するということは、国内の詳細な地形情報を皇国側にらすということだ。普通の王ならばそのようなことは絶対にしない。
 だが、父を弑逆しいぎゃくし、王の地位を奪い取った男にとって、そんなことは些末さまつな問題だった。皇国が本気になれば、それくらいいつでも調べられるのを知っている。
 今のマルドゥクに必要なのは、今後の強国化を後押しする様々な政策だ。それを手に入れるためには、他の何を置いても構いはしない。

「そちらにとっても悪いことではないだろう。ここと同じとまでは言わなくとも、帝国や他の連中をくぎけにできる戦略拠点が西域にできあがる。もうお前たちの国土だけで帝国を抑え込む必要はなくなるだろうが」

 レイヴンの言葉通りではある。
 大陸安全保障会議参加国の中でもっとも強大な力を持っているのは、間違いなく皇国だ。だが、国土を要塞化することで主力を含む帝国軍の半分を引きつけており、それゆえに大規模な軍事行動が制限されていた。

「〈ガイエンルツヴィテ〉ほどではないが、我国も相当な天険てんけん。それを要塞化できれば、かなりの敵をくぎけにできる」

 元々、マルドゥクの軍隊は機動力を最重視し、天然の要害である国土と有翼人を主力とする軍の能力を最大限発揮はっきすることで、少数の人員で国土を守り通してきた。
 地上を移動しなければならない敵側に対し、空中から攻撃を仕掛けることで優位を維持し続けてきたのである。
 だが、それはひとつの問題を常に抱えていることでもある。

「我が軍は、今の体制のままではこれ以上の兵力を養えない。お前たちからの援助を最大限受けたとしても、そもそも我国は大軍を養うだけの地力を持ち合わせていないのだ」

 マルドゥクの基本農業は畜産が大半を占めており、穀物や野菜は自国民の食糧消費をまかなうだけの生産量を持たない。
 つまり、マルドゥクは食糧を他国から輸入している。当然、自国の生産物のみで軍をまかなうこともできるわけがない。
 ただ、自国の生産物のみで国民を食べさせていける国は、それほど多くない。意図的にそうした構造を作っている国もあるが、大抵の場合は周囲との交易を前提とした農業政策を打ち出している。
 土地というのは、適した農作物以外にはそっぽを向くものだ。
 救荒作物と呼ばれるような、土地を選ばない農作物であったとしても、気候が合わなければどうしようもない。
 土地と天候、農業とは大きくそのふたつに依存する。マルドゥクは、そのどちらからも見離されていた。

「農業生産に適した土地は、ほぼ完全にそうした産業に割り当ててある。だが、どうにも足りん。他国から土地を奪うようなことは……」
「少なくとも私は止める。他の国はわからないがね」
「貴様が止めるというなら、そうなるだろうさ。元々が強者の顔色をうかがうことしかできないような連中だ。これからも同じようにするだろう」

 レイヴン・ゲート・ガリウエドとして生きてきたこれまでの人生で、彼は人々の大半が強者におもねって生きるものだと理解していた。
 自覚しているか無自覚であるかの違いがあるだけで、人とは大抵の場合そうして生きている。
 そこに文句はない。覇者たる気概を持つ者は、覇者たるに相応ふさわしい才覚と運を持ち合わせているべきだ。そうでなければ、ただ周囲に不幸をき散らすだけの存在となるだろう。

「まあ、少なくとも貴様らと協力していられる間は大人しくしている。食糧供給も問題ない。民がえなければ戦う理由もないからな」

 かつてのようなあせりは、レイヴンにはもうない。
 彼は自分の才覚を正しく理解し、それをどう用いると、もっとも多くの栄誉を自分たちが得られるかを計算できるようになっていた。
 自国のみで周辺国を圧倒して地域覇権国家を作り、より優位に皇国や帝国と相対あいたいするというレイヴンたちの当初の計画。それは、皇国側が西域を含めた各国を大陸安全保障会議という面白みが欠片かけらも感じられない組織に糾合きゅうごうしたことで無意味になった。
 今後どれだけマルドゥクが軍備を増強したとしても、皇国には勝てない。
 皇国に勝てないということは、覇権を得ることもできないということだ。
 だから、レイヴンは次の手を考えた。
 皇国は、ごく限られた地域であったとしても、そこに強力な軍備を備えた非友好国が誕生するのを望まなかった。その国に対応するために、少なからず軍事力と外交力を投入しなければならなくなるからだ。
 皇国であっても他の国であっても、国力には限りがある。
 だからこそ、彼らは国力を用いない形で影響力だけを手に入れようとする。それは同盟という形であったり、貿易という形であったりするが、目的は同じだ。
 レイヴンは、そうした大国の思惑を利用する形で、自国の力を強めようと考えていた。
 そうしたとき、もっとも必要なのは、信頼できる友好国――同時に潜在的な敵国とも言える――だった。

「西域では、帝国の力をかさに着て好き勝手やっている国もいるが、最近は大人しいものだ。帝国にくぎを刺されたのか、それとも好き勝手やり過ぎて自分では立ち上がれないほど疲れているのかはわからないが」
「帝国にもそれほど余裕はない、というのは以前からわかっていることだろうに。利益関係が複雑な地域でつまずきたくないのは、帝国も我らも同じことだ」

 結局のところ、国同士の関わりはそこに尽きる。
 自分にとって利益があるからこそ関わるのであって、そうでないなら関わりたくない。

「そこを補完するのはいい友人というものだ。そうは思わないか?」

 レイヴンは猛禽もうきんのような目を細めて笑う。
 心にもないことを口に出しているにもかかわらず、その態度には清々すがすがしささえ感じられた。
 ならば、レクティファールも同じように答えるしかない。

「心強い限りだ。マルドゥクが西域を抑えてくれるなら、それに勝ることはない」

 西域には、マルドゥク以外にも皇国と通じている国がある。中にはマルドゥクに成り代わろうとするような国もあった。
 当然、そんなことはレイヴンも知っている。知っていてなお、皇国はマルドゥクを手放さないだろうという確信があった。
 国家元首同士の関わりがあるからではない。
 どちらの国も現実を理解しているだけのことだ。
 マルドゥクは、軍事政変が行われた事実が忘れさられるほどに安定した政治をおこなっていた。それはレイヴンの才覚もあっただろうが、彼が抱える官僚たちが優秀なのが、もっとも大きな理由である。
 西域は、小国が乱立していたという歴史的な要因のために、国家運営の土台となる役人たちの教育がうまくいかなかった。
 行政は基本的に前例主義であり、うまくいった事例を踏襲するか、あるいは少しだけ手を入れて進めていく。
 こうなるともっとも必要なのは、その国にもっとも適した前例であり、試行錯誤しこうさくごの積み重ねである。
 だが、国の形が変化すると、この試行錯誤しこうさくごが無駄になる場合がほとんどだった。
 それまでの政府と同じ方針をることを嫌い、あえて逆方向の方策を選択する新政府も少なくない。また、仮に官僚たちがそのまま新政府に引き継がれたとしても、過去の経験を生かすことができない場合などめずらしくなかった。
 だが、レイヴンはそうしたことを一切しなかった。
 彼は父親の政策のうち、自分の方針とそぐわないものは変更したが、そうでないものは手を付けなかった。官僚たちは彼の行動に安堵あんどし、レイヴンを支持するようになった。
 無論、国に損害を与えるようなことをしていた一部の官僚は排除されたが、 既存の官僚機構を味方につけたレイヴンは、安定して国を動かしている。
 それは西域全体の安定に繋がり、さらには皇国の対帝国陣営の取り込みもあって、西域の反帝国側の国々は、久方ぶりの平和と繁栄を享受きょうじゅしていた。

「心配するな、レクティファール。はすでに多くの利益をお前たちから受け取っている。その分を返さない限り、裏切るような真似まねはしない。余は王であって、ケチな盗人ぬすっとではないのだからな」

 レイヴンの言葉に嘘はない。
 彼は生粋きっすいの王者だ。自分の価値を損なうような行動はらない。
 誰かを裏切るという行為そのものに善悪はない。だが、裏切る相手と状況によっては、この上ない悪名となる。
 レイヴンはレクティファールを裏切ることが、自分の名を傷付けると判断していた。それゆえに、彼は皇国に対して鷹揚おうような態度を崩さない。

「それは助かる。近いうちに海軍の恒久基地を西域に設けようと考えている。橋渡しを頼めるか?」
「ああ、任せてもらおうか。どうせ有用な土地も満足に使いこなせない者どもばかりだ。一等地を手に入れてやろう」

 レイヴンの言葉は事実となる。
 皇国外に置かれる海軍基地の中で、今後一〇〇年間ではもっとも巨大な基地として知られる施設が、西域に生まれようとしていた。

「では、余はこれで失礼するとしよう。ウィリィアに挨拶あいさつをしてこなくてはな」
「――そうか」

 レクティファールはどのような顔をするべきか悩み、最終的には何度かうなずくことで対処した。

「ではついでに、伝言を頼む。『今朝のは私のせいじゃない』と」
「……お前たちは何をしているのだ」

 眉間みけんしわを寄せたレイヴンは、不機嫌ふきげんそうにつぶやいた。


         ◇ ◇ ◇


「さあ、諸君! かせがせろッ!!」

 そんな掛け声とともに、皇王府の職員たちが一斉に仕事に取りかかる。
 摂政レクティファールの戴冠たいかんしきと、その後に行われる婚礼の儀に向けて、彼らの仕事はもっともせわしない時期に入っている。

「現在のもうけはすべてくれてやれ! 我々が欲すべきは十年後百年後の利益! 十年百年先の市場を見通せ! できなければできるまでやれ!!」

 大きな声で職員たちを叱咤しったして回っているのは、この皇国でもっとも商才に恵まれていると言われる妖精族の長老ルキーティだ。
 皇立企業全体の総元締めであり、彼女が皇国を大陸随一の商業国家に育て上げた。
 彼女の存在がなければ、皇国が今の立場を得ることは不可能だったに違いない。
 目先の利益にとらわれるのではなく、未来の国益を誘導する。
 初代皇王の時代。預けられた皇妃の資産すべてを投じて国内の流通網を整備したのは、彼女が師と認める人物だ。
 現代では商聖とあがめられる男、ジェイム。
 少数部族出身の商人で、初代皇王とともに旧帝国からの独立を目指し、戦いではなく物流を制することで皇国の勝利に貢献した。
 旧帝国は彼の手腕で持ち得る物量を封じられ、初代皇王に屈することになる。そんな功績から、ジェイムは皇国で重要な地位を占めるかと思われたが、彼は一介いっかいの商人に戻って小さな雑貨店を開いた。
 人々は驚いた。だが、彼は商人である自分をなによりも好み、初代皇王もまたの友人が商人であることを望んだ。
 ジェイムは、その気になれば手に入られたであろう巨大な利益をすべて初代皇王へと譲り、生涯しょうがいを小さな雑貨店の店主で終える。
 彼の葬儀そうぎはごくごく小さなものだった。独立戦争前の彼を知る誰もが、彼が騒々しく見送られることを好まないとわかっていたからだ。
 彼が初代皇王の戦友であったことを示すものは、ルキーティによってひつぎに収められた手巾ハンカチ一枚のみ。それは、行軍中に怪我けがをした初代皇王がジェイムの行李こうりから勝手に持ち出し、返し忘れていたものだった。

「ジェイムはきっと怒ると思うから、俺が死んだら返しておいてくれ」

 そう初代皇王に頼まれたルキーティは、万全にその仕事を果たした。これならば初代皇王も、『何故なぜそんな頼みを引き受けたのか』とルキーティも、ジェイムに怒られずに済む。
 ジェイムの店はその後百年ほど続いたものの、権利がジェイムの子孫から他人へと移ったことで閉店となった。
 ルキーティはそれを見届け、本格的に皇王家の資産を用いて商売を始める。
 世界の商人たちが恐れ敬う、龍皇国の妖精女王の誕生だった。
 彼女の経営理念は、ジェイムから受け継がれたものだ。

「相手が損をしたと思えば、我々がいずれ得る利益も減る。相手がもうかったと思えば、いずれ我々が得る利益も増える。人はもうかっていればもうかっているほど金を流す。流れた金はいずれ、我々のふところに入る。目先の小銭など誰かにくれてやれ、その小銭は何十倍にもなって返ってくるのだから」

 ――皇国ならではの経営手法だったのかもしれない。
 これが他の商会であれば、利益を得る前に店をたたむことになっていただろう。
 融資を受けたとしても、返済期限までに利益を得られるかどうかはわからない。それほどまでに、気の長い経営方法だった。
 しかし、興味のないことにはきっぽいが、好きなことには気が長いルキーティがもっとも得意とする手法でもある。

「閣下、実は……」

 ルキーティが各部署を視察して自らの執務室に戻ると、困り顔の部下が細かい数字の書き込まれた書類を手に訪ねてきた。
 ルキーティはふわふわと自分の椅子いすにのぼってから、部下の差し出した書類を一瞥いちべつする。
 子どものような体躯たいくには大きすぎる机の上に、ルキーティは書類を放り投げた。

「まさか、皇都から人があふれるなんてね」

 戴冠たいかんしき及び婚礼の儀。
 これを一目見ようと訪れる観光客と、彼らを相手に大儲おおもうけを狙う商人。そんな観光客と商人を狙った運輸業者。さらにこの運輸業者を狙った水夫に、港湾商会。
 皇都行きの列車に乗合魔動車。輸送船に徒歩観光客相手の宿屋の予約状況を調べれば、皇都にどれだけの人々が集まることになるか、おおよその予想は立てられる。
 その数字を知るのは皇国でもごく一部だが、大抵の者は顔を青くする。
 軍などは、皇都の要塞都市としての機能が崩壊すると、悲鳴を上げる有様ありさまだ。
 ただ、そうはいっても、軍とてレクティファールの慶事けいじに水を差すようなことはしたくない。軍としての面目もあるのだ。
 だからこそ、軍は必死になって臨時施設の建設を進めている。連合軍との戦闘で大きく傷付いたミラ平原には、軍の手で仮設の街が作られ、皇都に入りきらない人々を吸収しようとしていた。
 この街の借地収入はそのままミラ平原に畑を持つ農家の収益となり、田畑の再建費用に充当されることが決まっている。

「臨時宿泊所も契約宿舎もすでに八割がたまっていると聞きますし、下手にあふれさせてろくでなしがまぎれ込んでも……」

 臨時宿泊所は公営の宿舎で、皇都が要塞都市として籠城ろうじょうを行う際の宿舎として用いられる施設だ。普段は、皇都に一時的に駐留する軍部隊の宿舎になっていたり、職員研修所として官民問わず貸し出されていたりする。
 契約宿舎は、市民が皇王府や政府から管理を委託されている施設で、居住して管理を行う代わりに、賃貸料が免除されている。これも、有事の際に宿舎や倉庫として使用される。
 改築などが一切禁じられ、設備が故障した場合は、自分ではなく軍や政府を通して修理しなければならないなどの制限はある。とはいえ、身元のしっかりした退役した軍人や元衛視えいしが、家族で住み込み管理人になることが多かった。
 軍人も衛視えいしも、国から支払われる年金は少ない額ではないが、子どもたちに遺せるものは多い方がいいという判断だ。それに、そうした職業を経て再度なんらかの仕事にくとしても、選択肢は決して多くない。
 つまり契約宿舎というのは、現役と退役、双方に対する福利厚生手段なのだ。

「とりあえず、うちとマリア殿が持っている大型客船を引っ張ってきて宿舎代わりにするとして、戴冠たいかんの儀とかの会場も変えなきゃいけないかもね」
「そうですね。映像を流すにしても、皇城周辺の混乱が大きくなれば警備の問題もあります。しかし下手にめ出すとお披露目ひろめの意味が……」

 ルキーティは苦笑とも失笑とも見える曖昧あいまいな笑みを浮かべ、指先で机の天板をたたく。

「初代陛下の頃を思い出すよ。あの頃は街が小さかったからあふれたけど、今度は人が多すぎてあふれるか……まったく、素晴らしいことだよね」

 それだけ皇王がしたわれ、レクティファールがしたわれているということだ。
 ルキーティはじっと部下を見詰め、破顔した。
 花の咲くような、という言葉がぴったりの邪気がまったく感じられない華やかな笑顔だ。
 しかし、その裏にあるのは部下たちを戦々恐々とさせる捕食者の顔である。

「で、対応策は?」

 土産みやげ代わりの案がないとは思わない。
 当然、自分が満足するような対応策を持ってきているのだろう。
 期待はずれの部下は、育てた覚えがないのだ。
 もしそうならば、笑顔のまま再教育の手続きに署名しよう。

「はい、もちろんです」

 ルキーティの期待通り、部下はいくつかの対応策を持参していた。
 式典を複数回に分ける。会場を分ける。日付をずらすなど、様々な案があった。
 その中で、ルキーティが条件付きで満点を与えた案が、これだった。

「『湖上特設会場建設』か、実に面白いね」

 もうあとわずかしか時間がないというのに、あえて会場を一から作ろうと言うのだ。
 それも、不安定な湖上に。

「海軍の海上移動基地の試作機を借り受けることが可能です」

 大規模な紛争や災害の際、拠点として用いるために作られたものだ。
 必要な戦力を必要な場所に必要な時期に投入するための、手段のひとつでもある。
 移動基地というだけあって、数万の兵士を収容でき、飛行場も作れる。港湾施設も一通りそろっているし、工作艦や浮き船渠せんきょを使えば、さらに拠点機能は高まるだろう。
 試作機はもういくつか作られており、安全性などはすでに問題のない水準に達していた。

「雇用の創出にもなるし、湖上なら警備もやりやすい。海軍もやる気になるね」

 首都の眼前ということもあり、イクシード湖は何もないように見える水中にも警戒網が構築されていた。
 人間大の異物が水中に存在しても、それだけで感知されるほどだ。少なくとも工作員を侵入させるのは困難だ。
 とはいえ、警備の手間が増えるのは間違いない。この案を打診だしんしたとき、今回の案によってその責任を負うことになる海軍は嫌がるかと思われたが、そんなことはなかった。
 むしろ、これまで目と鼻の先で戴冠たいかんしきが行われているのに、陸軍と近衛軍の補助しかできなかった海軍にとっては、降っていた主役の座である。俄然がぜんやる気を出して、まだ一職員の腹案段階だというのに、研究部署を立ち上げるほどだった。
 無論、そんな鼻息荒い海軍の様子など、ルキーティたちは知るよしもない。だが、同じ海に生きる者たちは、それを敏感びんかんに感じ取っていた。

「ええ、実はその件で近衛海軍から申し出がありまして、例の礼砲儀礼艦ですが、〈イグ=ゼノリウム・レクティファール〉を出したいと」

 そう、近衛海軍が海軍に対抗心を燃やしたのである。陸と海の違いはあるとしても、近衛軍は同一の組織である。近衛陸軍が警備の主役を降ろされるかもしれないのなら、せめて海軍だけでも、ということである。

「――あれ? 竣工しゅんこうまであと半年とか聞いていたけど?」

 ルキーティが驚くのも無理はない。
 書類上、皇国海軍及び近衛海軍の総旗艦であるこの艦は、竣工しゅんこうが間に合わないということで、伝統ある礼砲儀礼艦の任から外されていた。
 これまでの戴冠たいかんしきでは、いずれも新たな皇王の名をいただいた艦が祝福の礼砲を放っていたため、礼砲儀礼艦から外すという政府の内示が出たとき、艦の建造関係者の落胆ぶりはすさまじいものだった。
 技術者の中には退職してしまった者さえいる。皇国総旗艦の建造は、皇国で暮らす造船技術者にとって最上級の名誉であると同時に、それをしくじれば一生ものの不名誉となるのだ。
 礼法儀礼艦からの除外。このうわさは皇国造船業界に広まった。

「私もそう聞いていたのですが、今日になってハウサー元帥げんすいから打診だしんがありました。なんでも、皇国中の造船技師や職人が勝手に集まったとか」


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