転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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1巻

1-4

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『――グレスハート王国が建国され、三百年。この伝承は、それよりはるか昔のことである。
 この大陸には古来、ある獣がいた。
 他の獣とは異なり、時のことわりに縛られない不死の獣。
 誰が付けたのか、その名を闇の王ディアロス
 唯一無二の存在である。
 ディアロスは夜より深い闇の毛並みを持つ狼。
 刃のごとき鋭い爪、尖った獰猛どうもうな牙。その動きは疾風しっぷうそのもので、人くらいの大きさから小山ほどの大きさにまで変身する恐ろしき獣である。
 今日こんにち、全世界でディアロス以外黒き獣がいないのは、ディアロスがその種を根絶やしにしたからだと言われている。
 また古代史において、ディアロスは幾つかの王国を壊滅させたとの記録も残されている。
 人々は策を巡らせた。これ以上奪われぬために。子孫を守るために。
 ある夜、人々はディアロスに酒を飲ませ、丘の上で眠りついたところで強力な結界を張った。
 その丘より出てこぬように願いを込めて。
 その後、グレスハート王国は建国とともに巨大な結界石を据え、それを要石かなめいしとして城を築いた。
 ディアロスは封印された。
 だが、完全に滅されたわけではない。
 黒き獣は――まだそこにいる』


 未だ信じることができない。その伝承の獣が、目の前にいた。私の弟王子フィルの召喚獣「コクヨウ」として。
 コクヨウは欠伸をひとつして、そばに立つフィルの頭に顎を乗せる。

「重いよ。顎乗せに使わないでよ」

 フィルはわずらわしげに言っているものの、どけようとはしない。それが互いの信頼を表しているようにも見えた。
 これはもしかして夢なんじゃないだろうか?
 思えば今日は、いろいろ大変だった。
 日課の鍛錬を終えた後、いつものようにフィルの部屋に向かうと、そこに可愛い弟はいなかった。

「勉強するから入らないでとおっしゃっていたのです。おかしいですねぇ。城内をお散歩しているんでしょうか?」

 そんなアリアの言葉を聞いて、メイド総出で城中を探し回らせたが、フィルは見つからなかった。

「父上母上、フィルは誘拐ゆうかいされたに違いありません!」

 詰め寄る私に、両親は困惑の表情を見せた。自分でも取り乱している自覚はあったが、とても冷静ではいられない。

「どうしたアルフォンス……誘拐だと? 城内でか?」
「隅から隅まで探したのに、見つからないんです!」

 嘆く私を落ち着かせようと、父上は優しく背を撫でる。

「落ち着くのだ。まだ誘拐とは限らぬだろう」
「隠れて遊んでいるだけかもしれないわ」

 母上のその言葉に、私はブンブンと首を振った。

「いいえ! あの可愛さならあり得ます! フィルは天使なんですよ!」

 宝石のように透き通った緑の瞳は、光や見る角度で色合いが変わる。青みがかった銀髪は大変に稀で、生まれた時はずいぶん騒ぎになったものだ。あんなに可愛いのだから、誘拐は充分あり得た。

「あぁぁ! フィルがいなくなったら、これからの人生どうしたらいいんだ!」

 顔を覆う私に、父上は深いため息をつく。

「わかった。ただちに将軍や兵達に捜索させよう」

 しかし将軍や兵を集め、まさに探索を開始しようとした時、あの黒き獣が舞い降りた。
 伝承の獣などもちろん見たことはない。ここにいる誰もがそうだろう。
 目が合った途端、肌がゾワリと逆立った。息も止まりかけ、細かい震えが止まらなかった。
 そして悟った――これがあのディアロスであると。

「お願いです」

 フィルの甘えるような言い方に、ハッと現実に戻る。見るとディアロス――コクヨウの首にすがりつき、父上と母上と自分をジッと見つめている。

「父さま、母さま、兄さま、コクヨウ飼っちゃだめですか?」

 きゅるんと可愛らしい上目遣いをしてお願いしてくる。
 かっ、可愛いっっ!! 可愛すぎるっ!!
 叫んでしまいそうな口を、パンッと手で押さえる。
 父上達も同じ気持ちだったらしく、臣下の目があるから努めて冷静を装っていたが、プルプルと身悶えていた。隣にいるからわかる。
 しかし、しかしだ。捨て毛玉猫を拾ってきて飼うのとはわけが違う。伝承の獣だ。いくらフィルが可愛くても、即答はできない。

「王様、どうなさいますか?」

 母上がうかがいを立てる。父上も母上もやはり困っているらしい。

「フィル、コクヨウとはちゃんと契約を交わしたのかい?」

 念のために聞いてみた。フィルは召喚獣の知識がそこまであるわけではない。ちゃんと契約として成立しているのかわからなかった。
 召喚獣との契約は絶対である。契約によって、獣は主人を害することができなくなり、主人に何かあれば自ら犠牲となる……そういうものだ。正式な契約がなされているなら、少なくともフィルは安全だろう。
 召喚獣にとって主人の命令は絶対で、逆らうことができない。
 だが、本当に契約できたのだろうか?
 獣が人にくだることは屈辱である。それでも契約するのは、自分にとってかなわない相手や、自分が認めた者に対してだけだ。フィルのような子供に、なぜディアロスが下るというのだろう? だまされているということはないのか。
 いくら考えても……わからない。

「たぶん交わしたと思うんですけど、しまうのとか召喚するのとか、まだやったことなくて」

 うーん、と唸って、フィルはコクヨウを撫でる。
 その行動……ハラハラしてしょうがない。横に控えているメイドの一人が、気絶して運ばれて行くのが見えた。

「もしちゃんと契約しているなら、飼ってもいいんですか?」

 フィルの言葉を受けて父上を見ると、渋々ながら頷いた。召喚獣にしてしまっているのなら、反対しても仕方ないというところだろうか。
 私はフィルに向き直って、ぎこちなく微笑む。

「そうだね」

 私の言葉を聞くと、フィルは目をキラキラと輝かせ、期待に満ちた顔になった。

「アルフォンス兄さま、やり方を教えてください」

 こんな時でなかったら、可愛がりまくりなのに。そこはグッと堪える。

「召喚獣の名前を呼んで『我が身に控えよ』と言ってごらん。召喚する時は、呼び出す意思を持って名前を言うんだ」

 フィルは頷いて、そのとおりに唱えた。

「コクヨウ、我が身に控えよ」

 コクヨウは瞬く間にかき消えた。
 フィルは「おお!」と感嘆の声を上げ、パァッと顔をほころばせる。

「コクヨウ!」

 そして再び現れたコクヨウを、「おおー」と言って抱きしめた。

「何と……まことにディアロスを従えたと言うのか」

 父上がかすれた声で呟く。

「フィルは天の御使みつかいなのでしょうか……」

 母上は不安げな顔で、父上を見つめる。

「わからぬ。だが、並みの子ではない。アルフォンス、今ここにいる者達すべてに、他言無用と伝えよ。このことはまだ、城の外に出してはならぬ」

 ゆっくり、しかし力強く、頷く。

「かしこまりました」

 これが国外に知られれば、我が国は脅威とみなされるだろう。容易に出していい情報ではない。

「これで、飼ってもいいですよね?」

 こちらの気も知らず、フィルは無邪気に笑って言う。「やったやった」と飛び跳ねて、コクヨウをわしゃわしゃ撫でる。
 それを見たメイドが、また一人卒倒した。彼女らが慣れるのには、まだ時間がかかりそうだ。


   ◇ ◇ ◇


 俺は『グレスハート王国 伝承の獣』という本をバンッと閉じて呟いた。

「ディアロスやばいじゃん」

 初めて契約したコクヨウは、伝承の獣ディアロスでした。
 小さい山くらいまで大きくなれるって?
 封印された不死の獣?
 他の黒い獣を根絶やし?
 王国を壊滅?

「初耳なんですけどっ!!」

 本の表紙をパシパシ叩いて、コクヨウに詰め寄る。不老不死で、さらに体の大きさ自由自在なんて、ほぼ怪物じゃないか。
 これなら確かに城の皆ビビるわ。パニクるわ。封印したと思っていたのに、普通に出てきちゃってるんだもん。世界の終末かと思うわ。

「契約の時、何で言わなかったわけ?」

 幼児がプンッと口を尖らせても可愛いだけだろうが、やらずにはいられなかった。
 しかし、やはり迫力不足はいなめないらしい。

【そういえば、話すのを忘れていたな】

 シレッとした態度で返答された。
 わざと言わなかったな……。直感で悟る。
 契約書をよく読まないで判子を押してはいけない。契約内容が詐欺さぎまがいで、気づいた時にはもう遅いって状況はよくあることだ。
 前世では常識だったのに!! うっかりしていた。
 高校や大学の友達によく言われたよ、「お前、頭はいいのに天然で抜けたところがある」と。
 そうです。うっかり抜けていることが多いんです。残念ながらその辺りは、転生しても変わらないようだ。
 ただの大きい狼だと思っていたからなぁ。いや、盆踊り仲間の動物達が怖がっていた時点で怪しむべきだったか? だけど、何百年前の獣が生きているなんて思わないでしょ、普通。死んだ墓にたましいを封印している的な、そんな感じかと思ったんだよ。
 でもまあ、コクヨウに前もって伝承の獣だと教えられていたら……あっさり契約していたかどうかはわからない。
 何せ俺の目標はのんびりライフだ。コクヨウみたいな獣を手に入れても活用のしようがない。
 そもそもコクヨウだって、俺を主人に選んで何の得があるのだろう。誰に頼らずとも絶対的強者なのに。
 俺は前世の記憶があるだけで、ただの幼児、足手まといでしかない。契約する前に「何もない」って言ったんだけどなぁ。
 まぁ、契約終了しちゃった今では、あれこれ考えても仕方ないけど。

「そういえば、コクヨウって何の能力があるの?」

 ふと思ったことを聞いてみた。
 契約時、この辺りも聞いていなかったな。何となく嫌な予感しかしないけど。
 コクヨウは自慢げにふんっと鼻息を吐く。

【小さい国なら一つ二つ壊滅させるくらいはできる】

「いらーーんっ!」

 食い気味に、力いっぱい叫んだ。
 やっぱり。コクヨウは明らかに攻撃系に特化した獣なんだ。
 物騒だ。物騒すぎる。俺の望むのんびりライフから一番かけ離れた能力だ。
 コクヨウのモフモフは魅力的だけれども、余りある危険。

【これだけ力ある獣は滅多にいないのだぞ。何が不満だ】

 いや、だからいらないんだよ。
 心外だと言わんばかりの様子を見せるコクヨウに、思わず脱力する。

「とりあえず今のところ、国を壊滅させる予定ないから。しばらくは僕の護衛でもやって」

 ふぅと息を吐いてコクヨウを撫でる。
 コクヨウはグルルと、気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「まぁ、今回のこともあって外出禁止だから、しばらくは護衛の必要もないけどね」

 ハハハと乾いた笑いをして、ガクリと肩を落とす。
 コクヨウを召喚獣として認めてもらった後のことである。
 初めはコクヨウのこともあってそれどころではなかったようだが、落ち着いて冷静になった父さんに懇々こんこんと説教された。で、その結果、外出禁止だ。
 しばらくは召喚獣集めをしようかと思っていたんだけどなぁ。予定が狂ってしまった。

【では、これから何をする】

 問われて、うーむと考え込む。
 今回のことにりたので、召喚獣に関する勉強はしっかり終わらせたい。
 だが、こもりっきりは嫌だ。部屋から出て体も動かしたい。
 城内の人と話して、いつか外に出た時のための情報収集もしておきたかった。
 総合的に考えて……。

「城の中を探索かな」

【探索?】

 コクヨウはつまらなそうに呟く。

「そんな残念そうにしないでよ。まだ城の中を完全に把握できてないんだ。いろいろ発見とかあるかもしれないでしょ」

 それに……と笑って、コクヨウの興味を引きそうなキーワードを言ってみる。

「この城に『結界石』あるかもだし。見てみたくない?」

 するとコクヨウはニヤリと笑った。

【その宝探しは面白そうだな】

 結界石を要石にしているってことは、城の真下の基礎に使っているかもしれない。そうなると最悪、地中に埋まっている可能性がある。
 見つけて何するわけでもないんだけど。まあ、こうでも言わなきゃコクヨウも乗り気にならないだろうからなぁ。

「あ、でも……そういえば、コクヨウは結界石に近づいて大丈夫なのかな?」

 ふと心配になった。うっかり近づいてコクヨウに影響があるのは嫌だ。すると、コクヨウも首を捻る。

【さて、どうであろうな。もともと効いていなかったからな】

 うわぁ、結界石の存在意義ってなんだろう……。
 それにしても……俺はチラリとコクヨウを見る。

「効いてないのに大人しくしていたなんて、僕の召喚獣になったことといい、コクヨウって変わってるよね」

 俺にしみじみ言われて、コクヨウは大笑いした。

【変わっている、とな。我にそんなことを言う奴などおらんかったわ】

 そんなに笑うことかな? おかしなことを言ったつもりはないのに。
 まぁ、笑っているコクヨウはひとまずほっとくとして、探索するなら困ったことがある。
 コクヨウのデカさだ。
 小山ほどにはならなくても、コクヨウはすでに大きかった。
 俺がひょいひょい入れる場所も、コクヨウだとそうはいかない。
 だからと言って、召喚獣としてしまい込むのもかわいそうな気がするし……。悩むところだ。
 それに、困るのは大きさばかりじゃない。
 実のところ、メイドがコクヨウを見て倒れちゃうんだよね。
 さっきだって、コクヨウが大欠伸をしたら、兵士まで泡吹いて倒れてしまった。
 そんな状態なのに城内を連れ回したら、城の中がパニックになってしまう。

「コクヨウ、それ以上は小さくなれない? もっと小さく」

 大きくなれるならば、小さくだって可能じゃないのかな。

【やったことはないが……】

 そう言って、くるりと体を回転させる。
 そして、ボフンッという煙とともに現れたのは……小さい子犬だった。いや、子狼か。
 シ、シベリアンハスキーのぬいぐるみーっ!

「わぁ~っ!!」

 思わず抱き上げてナデナデする。短い手足がふにふにしていて、何とも愛らしかった。
 子狼を胸に抱くことがあるとはっ! 可愛すぎる!

「コクヨウ、城内を移動する時はこの形態でいこうよ。皆ビックリしないし、小回り利くし、探索には僕が抱っこしてくから。ね!」

 興奮気味にまくし立てる。

【フィル、必死だな】

 ジトリと呆れたように子狼に見られて、あさってのほうに目をそらす。
 だって可愛いんだもんさ。


   ◇ ◇ ◇


 数ヶ月が経ったある日――家族みんな揃っての夕食どき。
 俺はそわそわしながら、家族の顔を盗み見ていた。
 何でこんなに食卓が大きいのかな。会議室のテーブルみたいに長いから、全員の顔を見るのがなかなか大変だ。
 まず父さん、それから各自に、メインが運ばれる。それさえももどかしくて、さらにそわそわしてしまう。
 運ばれてくる皿から香草と魚を焼いた香ばしい匂いがした。その匂いが鼻腔びこうをくすぐり、食欲を刺激する。
 目の前に魚料理が置かれ、俺はチラリと父さんの側に控えている料理長を見る。
 料理長も同じ気持ちだったのか、緊張した面持ちで俺に小さく頷いてみせた。
 どうやら準備は万全らしい。

「魚の香草焼きです。お召し上がりください」
「ふむ……いい香りだな」

 父さんが香りを吸い込んで呟く。それから一口運ぶと、目を見開いた。それに続いて皆が口に入れ、同様に驚愕する。

「初めて食べる料理ですが、とても美味しいわ」

 母さんの言葉に皆が頷く。

「これはきっと魚自体が美味しいんですよ。いつもより深みがあるというか。魚の種類は変わらないのに、何とも言えない美味しさですね」

 アルフォンス兄さんがグルメリポーターのように話す。感嘆しているようだ。

「私これ好き。今まで食べた魚料理の中で一番好きだわっ!」

 レイラ姉さんも一口食べては顔をほころばせている。ヒューバート兄さんの皿は……すでに何も載っていなかった。もうちょっと味わってほしかったけど、まあ、それだけ美味しかったということだろう。
 俺も一口頬張って笑顔になる。味付けも指示どおりにできていた。
 この旨味うまみっ! 何て最高なんだ、一夜干しっ!
 幸せを感じながら食べていると、ズボンの裾を引っ張られる感覚があった。
 覗き込むと、足元にいる子狼のコクヨウが寄越せとばかりに「ガウ」と鳴く。
 召喚獣って、ご飯食べなくても平気って聞いていたけど……。
 ディアロスの生態が他の獣と同じかわからないからな。
 行儀悪いが、仕方なく魚を一切れ食べさせてやる。

【ほぉ、ここのところお前が何をやっているのか理解できなかったが、確かに美味うまい】

 そうだろう、そうだろう。
 皆の様子を見ても好評だ。小さくガッツポーズする。
 自信はあったけど、味覚はそれぞれ違うものだからちょっと心配だったんだよな。

「料理長。何か変わった調理法をしたのか?」

 父さんの問いかけに料理長は深く頭を下げる。

「はっ、実はこちらの料理は、フィル様のアイデアでございます」

 家族の視線が俺に集中する。気恥ずかしさと誇らしさで、ニマニマが止まらない。
 俺の料理の腕は主婦並みだ。知識だけならギリギリでプロレベルかもしれない。
 運動部の男子に弁当を作ってあげたり、女子へスイーツ教習したりして小銭稼ぎしてたからなぁ。
 お金を貰うからにはと、調理法を調べまくったので知識も豊富なのだ。
 そんな俺が、コクヨウとの城探索でまず入り込んだのは厨房ちゅうぼうだった。
 食材の豊富なグレスハート王国だが、加工品やスイーツ類は少ない。そこで、少しずつ食の改革を始めることにした。
 まず料理長に、塩水につけた白身魚を天日で乾燥させた一夜干しを作ってもらった。
 初めは料理長達も、いぶかしげだった。四歳児が内臓取れだの水気を取れだの細かく指示するのだから、そりゃそうだよな。
 しかし、次の日にでき上がった一夜干しを食べると……料理長や厨房の人間は小躍りせんばかりに感動してくれた。
 今まで塩辛い塩漬けか、カチカチに乾燥させたものしかなかったから。
 今回のメインは一夜干しを洋風にアレンジしたものだ。こちらの世界には醤油しょうゆとかないし、洋風にしたほうがとっつきやすいと思って。
 いずれは醤油と味噌も作りたいけど……まだこの世界の食材を把握しきれていないからな。
 調理法はオリーブオイルのような芳醇ほうじゅんな香りのオイルと、香草と塩でソテーした。シンプルだけど、一夜干しにしたことで白身魚の旨味が出るし、あまり味を加えずに素材の味を活かそうと考えた。

「フィル、どうやってこれを考えたんだ?」

 ヒューバート兄さんが興味津々で聞いてくる。俺はにっこり笑って口を開いた。

「他の大陸には僕達の国とは違う調理法があるので、いろいろ試してみようと思いまして」
「ふむ、これは他の大陸の料理法なのか? 聞いたことないが……」

 さすが父さん、博識はくしきだな。探してみたら、他の大陸にも一夜干しはなかったんだよね。俺は勘違いされないうちにと、すぐさま訂正する。

「あー、いえ、これはその他の料理を参考に、僕が試してみた方法です。柔らかい干物とかできないかなって。これは半日ほど干してみました」
「これ、魚を半日干しただけでできるの!?」

 レイラ姉さんがビックリして声を上げる。

「それだけでこんなに美味しくなるなんて、すごいわ!」

 俺は肩をすくめて苦笑する。

「ただ干すだけでは駄目ですけど」
「フィル様、そろそろデザートをご用意しましょうか?」

 料理長がいたずらっぽい顔で俺にたずねる。俺も微笑んで頷いた。その様子に、レイラ姉さんはピンとくるものがあったらしい。

「デザートも……フィルのアイデアなのね?」
「はい。卵と牛乳と砂糖でプリンを作りました」
「プリン? 聞いたことないな」

 ヒューバート兄さんが首を傾げ、ステラ姉さんもそれに続く。

「初めて聞きます。飲み物ですか?」
「いえ、僕が名前をつけたデザートです。蒸気でして、固めて作るんですよ」

 ヒューバート兄さんの頭の上にハテナが飛んでいる。他の女性陣も料理をしたことがないのか、意味がよくわからなかったようだ。

「と、とりあえず食べてください」

 どうぞとうながすと、皆は出されたプリンを不思議そうに見つめる。
 ようやくアルフォンス兄さんが一口食べて、目をしばたたいた。

「口当たりが滑らかで、すぐとろけてしまう。甘くて、それでいてこの苦味のある液体が、美味さをより引き出している」

 また食リポしてる……。
 それを聞いて安心したのか、皆おそるおそる食べ始めた。

「美味しい~っ!!」

 家族の顔に笑みが浮かぶ。意外にも一番気に入ったのは父さんのようだ。ヒューバート兄さんに負けない勢いであっという間にたいらげ、なくなったプリンを残念そうに見つめている。

「と、父さま、まだありますから」

 なまじっかハリウッドスター並みに顔がいいから、哀愁あいしゅう感ハンパない。プリンがなくて残念がっているだけなのに。

「そうか! じゃあ貰おうか」

 歯磨きのCMくらい眩しい笑顔を向けられた。
 プリン、多めに作ってもらっといてよかった。
 足元で容器に顔を突っ込みながら食べているコクヨウも、プリンが気に入ったようだ。
 試作品を作った時にも、コクヨウは五個も食べてお腹ぽんぽんになっていた。

【体が小さいと、こんな小さい菓子でも腹いっぱい食せる利点があるな】

 大の字で転がりながら、そんなことを言っていた。
 あの時のコクヨウ、めっちゃ可愛かったなぁ。
 あのお腹ぽんぽん具合の愛らしさを思い出してほっこりする。

「料理長、私もいただけるかしら?」
「あー! ズルイ、私も欲しいわ!」
「俺もあと三個欲しい」

 気づくとステラ姉さんにレイラ姉さんにヒューバート兄さんが、料理長に向かって手を上げていた。その注文を受け、プリンを運ぶメイドがせわしなく動いている。
 皆、気に入ってくれたみたいで嬉しいなぁ。

【筋肉め。三個とは欲張りおって……】

 机の下から不満げな声が聞こえたので覗くと、顔中プリンまみれにしながら、コクヨウがヒューバート兄さんを睨んでいる。
 愛らしい姿なので、怒っていてもまったく迫力がない。俺は思わず苦笑した。

「部屋に五個とってあるから」

【ならよし】

 顔についたプリンをペロペロなめ取りながら偉そうに言うと、また、容器に顔を突っ込む。
 プリン……恐るべしだな。


   ◇ ◇ ◇
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