転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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2巻

2-15

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 いつの間にか、先ほどの精霊がいなくなっている。やはり、この中の誰かに仕えているのか?

「君たちが試合したのか?」

 近づいて改めて確認する。七歳のフィル・テイラとトーマ・ボリス、八歳のレイ・クライスと、十二歳のカイル・グラバーのグループだ。
 一般的な入学年齢よりも幼い子達が多かったため、俺が直接寮内を案内したからよく覚えている。
 フィル・テイラは、俺が会った今年の一年の中で最も目立つ少年だ。珍しいこの髪色と印象的な瞳。愛くるしさが残る整った顔立ちで、女子たちの間で騒ぎになっていた。
 トーマ・ボリスは今年の一年の入学首席だし、レイ・クライスは顔も頭も出来が良いのに女の子関係で有名人。
 身長が高く細身なカイル・グラバーの情報は少ないが……案内している時、動作の無駄が少なく音を立てないのは驚いた。どこか訓練を受けた兵のような雰囲気を感じさせる子だ。
 フィル・テイラの家で住み込みで働いていたらしく、彼に敬語を使っているのだが、それだけとも思えなかった。
 よりにもよって、この目立つ年少組を相手にするとは。
 血の気が引いていく気がした。

はしていないか?」

 俺が慎重に聞くと、フィルは自分や友人たちの体を確認しながら振り返る。

「あ、トーマとレイは避難していたので大丈夫です。僕は……まぁづきぐまにシャツのボタン取られたくらいで」
づきぐまにっ!?」

 俺がガバリと肩をつかむと、フィルは頭を振る。

「爪が引っかかっただけで、大丈夫です。……ただカイルが」

 フィルは心配げにカイルを見る。
 づきぐまの爪が引っかかったという状況も気になるが、そんな彼がさらに気にするとは……。
 見れば、カイルは木刀を持っている。
 マクベアー先輩と戦ったのは彼か。ただならぬ子だと感じてはいたが、よくやりあえたものだ……。

したのかっ」

 俺はカイルに近寄り、服をめくってを確認しようとする。だが、カイルはバッと後ろに下がって首を振った。

はしてませんっ!」
「何を強がってるの。マクベアー先輩の木刀がお腹に当たってたじゃないか」

 フィルは口をとがらせて、カイルの上着をペランとめくりお腹を出させた。
 だが、腹部には少し赤みがあるだけで、傷というほどのものはない。

「あれ?」
「ないねー」

 カイルのお腹をペタペタさわりながら、フィルとトーマが小首を傾げる。

「もういいでしょう」

 カイルはくすぐったかったのか、お腹をかばいながら服を下ろした。
 レイは自分のことのように胸を張って言う。

「俺は見てたぜ。マクベアー先輩の木刀をヒラヒラかわすの! カイルがじかもらったのって、最後の一撃くらいだよな? すげーよ!」

 その言葉に、カイルは首を捻り考え込むようにうなる。

「やはり当たったのか……?」
「はぁ? 何言ってんだ。当たってたろ。あれは当たってないと、カッコつける気か」

 片眉を上げてレイが見ると、カイルはため息をついた。

「違う。確かに俺も剣がかすったとは思った。そしてわずかに衝撃がきたんだが……剣が当たったのとは違っていた。……多分、マクベアー先輩が使ってたのは木刀じゃない」
「木刀じゃない?」

 俺は眉根を寄せた。カイルの木刀を受け取って調べてみるが……こっちは確かに木刀みたいだ。

「どういうこと?」

 フィルは可愛らしく小首を傾げた。

「打ち合ってる時は確かに硬いんです。でも、木刀同士がぶつかる音とは違うっていうか……。最後の一撃も、思ったほどの衝撃ではなかったですし……」
「音ぉ? そんなのわかるのか?」

 疑わしいといった感じで、レイが腕を組む。だが、フィルはあっさり信じたようだ。

「カイルは耳がいいんだよ。じゃあ、特殊な木刀なのかな?」

 フィルがうーむとうなった。

「っいてて……。俺だって学習してんだよ。前に人出しちまったからな」

 腹部をさすりながら、マクベアー先輩がやってきた。

「木刀のつかは本物だが、他は偽物だ」
「偽物ぉっ!?」

 フィルがマクベアー先輩に差し出された木刀を確認する。みねのところをさわろうとすると、手がサラリとすり抜けた。

「何だこれっ!?」

 レイが興味津々で、何度も手を行ったり来たりさせる。
 俺もさわってみると、刀身が砂みたいに崩れた。

「土属性のづきぐまに木刀を作ってもらったんですかっ!?」

 トーマがマクベアー先輩に詰め寄る。

「そうだ。温度の低い物には硬く当たり、温度のある物には砂になる。つまり、人間や獣相手に切ろうと思っても、当たった瞬間に形状を崩して霧散するんだ。俺の素振り用でな。早く振り抜けば多少の衝撃はあるが、当たっても赤くなる程度だな」

 フィルはすり抜ける木刀を観察し終えると、カイルのお腹あたりを再度確認する。

「本当だ。砂の粒がついてる」

 そう呟いてため息をつき、情けない顔をした。

「めっちゃビビって損した」
「最初からわかってたら本気でこないだろう? 当たってくれたら、すぐにバレたんだがなぁ」

 マクベアー先輩も頭を掻いてため息をつく。 
 それほどこのカイルという少年は、しゅんびんだということか。

「しかし、最後の一撃は効いたな。息が止まるかと思った」

 マクベアー先輩がニヤリと笑うと、カイルは恐縮して頭を下げる。

「すみません……なんか……完全に倒さないと何度でも起き上がってくる気がして」
「俺はびとか」

 からかうように顔をしかめる。

「木刀のことはわかったんですけど。召喚獣呼ぶのは、さすがにやり過ぎではないですか?」

 俺は厳しい顔つきでマクベアー先輩を睨む。
 マクベアー先輩はそれを受けて、バツが悪そうな顔をした。

「確かにそうだが……あれは、薬を使ったコイツらも悪い。何でも使っていいとは言ったが、薬は騎士道に反する。だからちょっとお仕置きをな」

 マクベアー先輩は、かつて剣術大会で相手に薬を盛られたことがあるんだっけか……。試合には辛うじて勝てたが、今でも時々しびれが出ると聞いたことがある。

「今からそんなものに頼ってはダメだ」

 腕を組んでそう言うと、カイルとフィルは頭をブンブンと振った。

「誤解です! 薬なんて使ってません!」
「本当です! その証拠に、マクベアー先輩の目がおかしくなっていた時、カイルは打ち込まなかったじゃないですか」

 フィルがすがりつくように言うと、マクベアー先輩は考え込んでうなった。

「……確かに。薬を使ったのなら好機だったはずだ」

 フィルがにっこりと微笑む。

「でしょう? 薬は使ってないです」
「では、勘違いなのか? 俺の体調が悪いのだろうか……いや、しかしあの幻覚は……確かに」

 首を捻りながらブツブツと呟く。
 フィルはパチンと両手を鳴らした。

「そう! 勘違いです! 僕は何もやってません! いやー、勘違いで死にかけましたよ」

 うんうんと頷くフィルに、マクベアー先輩は笑う。

「殺すことなどありえん。カルロスに命令してあっただろう? 少しお仕置きをしてやれと。召喚獣が主人の命令をたがえられないことくらいは知っているはずだ」

 そう言われて、フィルはハッとした。それから、ひと呼吸のを置いて、彼は笑う。

「……も、もちろん知ってますよ! 知ってますけど、どの程度のお仕置きかわからなかったんです」
「いや、お前すっかり忘れてただろう」

 レイに突っ込まれて、フィルは「ウッ」と口をつぐむ。

「カルロスのお仕置きって……砂のやつですか?」

 俺がもしやと思い聞いてみると、マクベアー先輩は軽く頷いた。
 あれには、過去にも何人かやられたことがあるんだよなぁ。

「砂? 石の拳の間違いでは?」

 フィルが眉をひそめて首を傾げる。

「そんなことしたら死んでしまうじゃないか」

 マクベアー先輩がキョトンとすると、フィルは脱力した。

「いや、完全に死んだと思ったんですけど」
「グガァ」

 振り返ればつたに巻かれたづきぐまが、悲しそうな声を上げている。

「あ、ごめんごめん。ヒスイ、つたいてあげて」

 フィルがそう言うと、先ほどの精霊が再び現れ、手を上げてつたいてみせた。
 この精霊はフィルが出したのか……。近くで見ると、なお美しくてれんだ。あのマクベアー先輩でさえ、口を開けて見入っている。

「ヒスイ……我が身に控えよ」

 少し呆れたようなフィルの声とともに、精霊が姿を消した。

「あぁぁぁ、何で消すんだよ。綺麗なお姉さん」

 レイが盛大に不満を漏らす。実は、俺自身も思っていたことだ。

「話にならないからだろう」

 カイルのレイへの言葉が、俺の胸に刺さった。

「カルロスだっけ? 大丈夫?」

 フィルはマクベアー先輩のもとへやってきたづきぐまの頭を撫でる。
 怖い目にっただろうに、何て物怖じしない子なんだ。
 づきぐまは「グアグア」と鳴いて伏せをする。
 何だ? と皆が不思議に思っていると、フィルは嬉しそうに背に乗った。
 えぇぇっ!! 
 動物が主人からの命令もなく、自ら背に人を乗せるなんて。
 マクベアー先輩は大きいからカルロスには乗らないが、普通は主人以外には許さない行為だ。
 づきぐまはそのまま四足で立ち、首だけでフィルを振り返る。まるで「どう?」と聞いているみたいだ。

「お詫びなんていいのに。でもありがとう!」

 フィルは嬉しそうに笑って、づきぐまの背にくっつく。

「えへへ、キンタローになった気分だなぁ」

 キンタロー? 誰だろう。何にせよ、フィルはすごく幸せそうだ。
 マクベアー先輩もづきぐまの様子にポカンとして頭をかいている。

「フィル様、づきぐまの説明の途中ですけど」

 カイルが苦笑して、フィルをづきぐまから下ろす。
 フィルはハッとした。

「そうだ! 三日月熊のお仕置きの説明がまだだった。お仕置きが砂ってどういうことです?」

 マクベアー先輩は苦笑して、づきぐまの頭を撫でた。

「カルロス、見せてやれ」

 づきぐまの右の拳が砂で覆われ、それが固まって石のようになる。
 しかし拳にまとった石は再び砂に変化し、ザラザラと地面に落ちると、そこには小袋ひとつ分の砂が積もった。

「え……どういうこと?」

 砂を見つめ目をまたたかせるフィルに、トーマは目をキラキラさせて説明を始めた。

「石の拳は土をまとうって言ったでしょ? あれは能力で拳に砂を吸い寄せて石を形成してるんだ。能力を切れば、砂に戻って落ちる」

 身振り手振りで説明するトーマの動きは、どことなくオモチャのようだった。

「へー。原理としては、ジシャクとサテツみたいな感じか……」

 フィルがポツリと呟く。

「ジシャク? サテツ?」

 俺が聞き返すと、慌てて首を振る。

「いえ! 何でもありません! つまりカルロスのお仕置きって……」
「頭から砂をかぶせることだ」

 至極当然とばかりにマクベアー先輩が頷く。
 フィルは砂だらけの自分を想像したのか、マクベアー先輩に叫ぶ。

「それはひどいっ! 頭から砂だらけにしようだなんて! 誤解だって言ってたのにっ!」

 その様子が可愛らしくて思わず噴き出してしまったが、気を取り直し、一つ咳払いをしてマクベアー先輩を見上げた。

「とにかく、いくら何でも今回のことはやり過ぎです。三年生を含めて処分は覚悟しておいてください」

 どんなに手加減をしたと言っても、おおごとになりすぎた。

「俺だけの処分にならんかなぁ?」

 マクベアー先輩はため息とともに肩を落とす。
 気持ちはわからないでもないが、それは無理だろう。
 するとその様子を見ていたフィルが、スッと手を挙げた。

「あのー、処分なんかよりお願いがあるんですけど……」



 14


 昼ごはんを食べて、ひと息ついていた俺は、ベッドに寝ころがってうとうとしていた。知らず知らずのうちに、まぶたが下がる。
 不意に、頬を何かにふにっと押された。そして立て続けにふにふにされる。
 目を開けると、コクヨウが肉球で俺の頬をつついていた。

何してんのあにひてんの?」

 ボーッとしながら尋ねたら、コクヨウはポツリと呟いた。

せぬ】

 何が?

【死にそうな目にったのだろう? 何故我を呼ばぬ】

 ああ、歓迎会のことか。
 コクヨウの手をつかんでふにふにをやめさせ、さとすように優しく言った。

「コクヨウを出したらだいさんになるでしょ。我慢してよ」
【我慢できるか。あれでさえ活躍したというのに!】

 コクヨウは俺の手から自分の足を抜き取ると、その足で勉強机の上を勢いよく指した。
 そこではコハクが「ピッピッピヨ」とリズムを取りながら、羽を広げたり飛び跳ねたりしている。
 何だろう、あの踊り……。
 活躍できて嬉しかったのか、歓迎会の後からやけに浮かれてるんだよなぁ。 
 コクヨウは悔しそうにコハクを見つめると、再び俺に向き直り頬をつつくのを再開した。いらちをぶつけているのだろうが、なんだか肉球でマッサージを受けている気分になる。

【アニキっ! 俺も呼び出しかかんなかったっすよ? 仲間っす!】
【ぼ、ボクもです!】

 テンガとホタルが「ハイ! ハイ!」と短い手を挙げる。
 コクヨウはそれをチラリと見て、フンと鼻を鳴らした。

【お前たちは戦闘系ではないではないか。我はこの新たな地に脅威を見せつけ、名をとどろかせねばならぬのだ】

 ああ、何か前にそんなこと言ってたなぁ。その野望、本気だったのか……。
 トーマと出会った時にテンガにお株を奪われたの、まだ根に持ってるんだな。
 てか、そんなニヒルな台詞せりふを吐いても、人のほっぺたをふにふにしながらじゃさまにならんと思うのだが……。
 しかしテンガはブルブルと震えてコクヨウを見つめる。

【アニキっ! かっこいいっす! しびれるっす!!】
【カッコいいです!!】

 ホタルも目をうるうるとさせて、コクヨウを称賛した。
 二匹ともピュアなのか天然なのか……。 

「それにしても、あんなに寝たのにまだ眠いなぁ」

 俺は起き上がって、大きく欠伸あくびをした。その勢いでコクヨウが転がったので、ベッドから落ちる前に捕まえて抱っこする。
 あー、いやされるー。
 暖かくふわふわの毛並みをさわってると、いっそう眠気が増した。
 昨日は体を洗って、夕飯を食べてすぐにベッドに入った。多分、十時間くらいは寝たはずだが、なんだかまだ眠い。

「旅の疲れが出たのかもしれないですね。歓迎会も大変でしたし」

 苦笑するカイルの言葉に、うんうんと同意する。
 あの歓迎会は衝撃的だった。だが、ふと自分の行動を思い返す。
 ジリジリ後ずさって、コハク起こして、ヒスイに指示して、爪に引っかかって……。

「僕の動きって……後ずさったのとづきぐまの爪に引っかかっただけじゃない?」

 運動量なら、行ったり来たりしていたレイのほうが多いかもしれない。

「充分大変な出来事ですよ」

 カイルが小さなテーブルに、ティーカップを並べながら苦笑する。
 これからレイとトーマが来るので、お茶の用意をしているらしい。俺はコクヨウをベッドに降ろすと、準備を手伝い始めた。それに対してカイルがあせったような声を出す。

「フィル様が手伝われることは……。これは俺の仕事で……」
「もう同級生でしょ。安心して、僕も得意だから」

 にっこり笑って、手際よくセッティングする。
 何せアリスやカイルが来る前は、ドジっ子メイドのお茶をかぶりたくなくて、自分でやってたんだから。
 カイルはあわあわとしていたが、やがて諦めて一緒にお茶の用意を再開した。

「僕よりカイルが大変だったよね。あのマクベアー先輩とやりあったんだし」

 まさか模造刀とは思わなかったなぁ。あの先輩、意外に演技力がある。すっかりだまされてしまった。
 寮長の説明によれば、初等部での事件も誤解らしい。レイの事前情報があったから、めっちゃビビってたのに……。思わずヒスイまで出しちゃったもんなぁ。
 おかげであの場にいた生徒に、俺が精霊と契約していると知られてしまった。

「カイルの方こそ、疲れてるんじゃない?」

 俺がそう言うと、カイルは笑って首を振った。

「いえ平気です。あの試合は勉強になりました。スケルス師匠にはきゅうだいてんもらってましたけど、まだまだなんだと実感しましたし」

 カイルはやる気に火がついたのか、グッと拳を握る。
 いや、あれはマクベアー先輩が別格なんだと思うけど……。まぁ、やる気満々なのに水を差すのも悪いか。

「それで……すじがいいからとマクベアー先輩に剣術クラブに誘われました」
「そうか、確かクラブ活動あるんだよね」

 中等部・高等部はクラブ活動への参加が義務づけられている。部員何十人という大所帯もあれば、同好会のような小さなものもあるらしい。
 こっちの世界だと、日本よりも変わったクラブがありそうで楽しみだ。

「誘っていただいたことはありがたいんですが、どうしようかと思って……」
「何で?」

 剣術クラブ、カイルには結構合ってると思うんだけどなぁ。
 俺の問いかけに、カイルは口ごもった。話しにくいことだろうか。
 俺がジッと見つめて話すように促すと、諦めて口を開く。

「目を離したら、自分の知らないところでとんでもないことが起こりそうで……」

 申し訳なさそうにチラリと俺を見る。
 迷ってる理由、俺かいっ!

【あぁ……その気持ちはわからんでもない。フィルはすぐ何か事件を起こすからな。我を控えさせている間に】

 ベッドの上で丸くなっていたコクヨウが、これまたチラリと俺を見る。
 まだ歓迎会で召喚しなかったことを恨んでるのか。
 別に、騒動を起こしたくて起こしてるわけじゃないのに……。
 クラブ活動の短い時間くらい、何も起こらないことを俺自身が望んでいる。
 そんな時、カイルが廊下の方に反応し、スタスタと歩いてちゅうちょなくドアを開ける。
 扉の前では、レイとトーマが今まさにノックをしようとしているところだった。

「うわっ!」
「びっくりしたぁ!」

 急にドアが開いて二人とも体をビクッとさせた。
 そんな様子を気にすることなく、カイルは二人を部屋に招き入れる。

「何してるんだ。入れ」
「何って……え、わかったのか? 俺たちが来たこと」
「カイルは耳がいいからね」

 蝙蝠こうもりの獣人であるカイルは音に敏感だ。暗闇で動けるのは、夜目がくことももちろんだが、この音の聞き分けによって人や物の位置を把握できるからだと言う。

「あーーーっ!! コクヨウとテンガとホタルとコハクだーっ!!」

 トーマは部屋に入ってくるなり、俺の召喚獣を見つけて声を上げる。
 ベッドに近づくとテンションが上がり、はわはわしだした。
 レイもベッドの上のコクヨウをマジマジと見る。

「これがコクヨウかぁ。俺、初めて見たかも。旅行中はホタルとテンガとコハクくらいしかいなかったし」

 レイが来る前にコクヨウを出しておいたのは、ある意味けだ。
 カイルの推測では、デュアラント大陸以外の者はディアロスの伝承を詳しく知らないから、黒い獣がいたとしても気づかないのではないかと言うことだった。だから、とりあえずレイで試してみることにしたのだ。
 これからの学生生活、仲の良いレイにコクヨウの存在を隠したままは無理だからな。

「コクヨウってさ……」

 うーんとうなっていたレイが、俺を見て眉をひそめる。その様子に思わずドキリとした。

「狼の子供だよな? 犬みたいにころころしてるけど」

 よ、良かったー! ばれてない? ばれてないよな?
 気づかないうちに止めていた息を解放する。

「狼だよ! こんなに凛々りりしい顔してるのに犬だなんてっ!」

 トーマが口をとがらせて言うと、コクヨウもレイの頭に飛び乗ってテシテシと足踏みする。

【我を犬ころ扱いするな、わっぱの分際で!】
「ほらぁ、コクヨウも怒っちゃったじゃないか」

 トーマがその様子を見てくすくす笑う。俺もつられて笑い、コクヨウを抱き寄せた。

「コクヨウ、そんなことしちゃ駄目だよ。大丈夫? レイ」
「痛くないけど馬鹿にされてる気分だった」

 ポツリと呟かれた言葉を聞き、皆が笑った。

「じゃあ、お茶を飲みながら今後の相談しましょうか?」

 どこか安心したような微笑みを見せて、カイルはティーカップにお茶を注ぐ。
 部屋の中にマクリナ茶のいい匂いが漂った。 

「うまっ! これがマクリナ茶なのか!」

 マクリナ茶を飲んだレイは、白いカップに映える緑茶色を見つめてため息をつく。
 マクリナはここ二年の間に、安定した供給体制を作ることに成功した。薬草でもあり、美味しい薬用茶でもあるマクリナは国内外で大人気の商品となっている。
 いくら栽培しても間に合わないため、マクリナ茶畑を増やしたほどだ。

「なかなか手に入らないんだよなぁ」

 レイはカップを見つめながら、残念そうに呟く。
 増やしたと言っても、数に限りがあるからな。大事な薬でもあるので、優先順位をつけざるを得なかった。他の大陸にとっては希少なお茶だろう。

「空間移動で取り寄せられるぞ」

 カイルがテンガを見ながらそう言うと、レイは嬉しそうに指を鳴らした。

「そうか! その手があったか!」

 こんなに喜んでもらえるなら嬉しいな。俺はカイルと目配せして微笑む。
 確かにテンガいなかったら、国外生活は辛かったかも。テンガに感謝だな。あとで存分に撫でてやろう。

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