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1巻

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 ◆


 新しい人生が始まってから一週間ほど経過した。
 最近の日課は、誰も見ていない時を狙っての筋トレだ。
 え? 生後一週間なのにトレーニングなんてできるわけがないだろうって?
 甘い甘い。その考えは砂糖十杯分くらい甘いよ。
 ここは異世界であり、俺は転生者だ。そして、俺は転生する前に神様から成長促進というスキルを押し付けら――頂いている。
 この成長促進というスキルについては、いまだ詳しくはわかっていないが、名前から判断すると、普通の人よりも早く成長できるというスキルなのではないかと思っている。
 まあ、あくまで仮説でしかないのだけれどね。
 ただ、普通なら生後数日の赤ちゃんは筋トレなんてやろうと思ってもできない。――てか、そもそもやろうとも思わないだろうけど。まあ、そこら辺はいい。
 俺もトレーニングを始めてすぐの頃は、ひざをついた状態での腕立てもできなかった。それどころか、寝返りしてうつぶせになることすらできず、せいぜい手足をじたばたさせるくらいだ。
 でも、身体強化スキルを発動しながら手足を根気よく動かし続け、あきらめずに何度もトライしているうちに、段々と体力や筋力がついてきた。
 その結果、どんどん成長していき、生後一週間にして腕立てや背筋、高速寝返りなんかもできるようになった。
 これぞ俗にいう成長チートというやつなのだろう。
 こうして、母乳を飲むか寝るかしかなかった俺の生活に、新たに筋トレが追加された。これでしばらくは退屈しないで済む。
 それにしても、筋トレをした後はいつも以上に物凄く眠たくなってしまう。
 とはいえ、この睡眠をとるのも俺にとっては重要なので、抗うことなく睡魔に身を任せるようにしている。
 さあ、今日も寝ようかな……


 気持ちよく眠っていたはずなのだが、何度も何度も絶え間なく送られてくる刺激――ほおへのツンツン攻撃を感じ、目が覚めた。
 急に目を開けたので視界がぼやけていたが、時間が経つにつれて段々とはっきり見えてくる。
 頭を少し動かすと、見知らぬ子供二人が、俺の頬を両サイドからツンツンツンツンしているのがわかった。
 何してんだこいつら?
 一人は母親と同じ金髪で、父親似のワガママボディーに丸顔の、おぼっちゃんみたいな男の子。歳は……見た感じ五、六歳くらいだろう。
 もう一人は、父親とそっくりな栗色の髪で、せ気味の少女。てか、美幼女?
 男の子よりもツンツンする力が強くて、どこかお転婆てんばな気質を感じさせる。歳は……三歳くらいだろうか?


 それにしても、どんだけ頬をツンツンしてくんの? いい加減鬱陶うっとうしいんだけど?
 そんな思いが伝わったのかどうかはわからないが、二人は頬をツンツンするのはやめて、今度は俺の頭をわしゃわしゃとではじめた。
 うーん。なんだかわからないけど、妙に心地いい。
 このままもう一度眠れそ……っていてぇ!?
 痛い痛い痛い痛い!! ちょ! おま! もっとさっきみたいに優しくっ!
 マジで痛いって!
 突然、撫でる力が先程とは比べものにならないほど強くなり、痛みを感じて思わず顔をしかめてしまう。
 すると、後ろから母親であろう美人さんが二人に何かを言って、俺を抱き上げてくれた。
 美人さん、誰だがわかんないけどこの二人、ちゃんとしかっておいてくださいよ? さっきのマジで痛かったからね。
 年甲斐としがいもなく泣いちまうかと思ったわ。ん? いや、今の俺は赤ん坊だ。むしろ泣く方が普通か。
 怒られたわけではなかったのか、二人は母親に何かを言われた後も、まだ俺を見て楽しそうにはしゃいでいる。
 が、新たに入ってきた父親に抱きかかえられて、二人とも部屋の外に連れていかれた。
 もしかしてあの二人って、俺の兄と姉なんだろうか?
 どことなく両親に似ているところがあるし、絶対そうだな。
 うーん。それにしても、男の子の方はかなりのぽっちゃりさんだったな。顔のパーツ一つ一つは整っていて美形なのに、全体のフォルムが勿体もったいない感じだ。
 まあでも、健康そうだからいいか。
 そんな風に考えていると、母親が心地いいリズムで歌を歌いながら、俺を抱いている手をゆらゆらと揺らし、寝かしつけはじめる。
 これには、さすがに抗うことはできない。
 今世、いや、前世からの経験も含めて、至高の時と呼べる時間だ。
 俺は、やってきた睡魔に身を任せて、ゆっくりと眠りについた。


 ◆


 新しい人生が始まってから二週間が経過し、ようやく言語がわかるようになってきた。この理解の速さにも、成長促進スキルが関係しているのだと思えて仕方がない。
 今、俺が最も気になっているのは、この世界のことだ。
 魔法と剣のファンタジー世界で、スキルという特殊能力なんかも存在しているという。
 確か神様は、この世界にはステータスという自己の能力を数値化した指標があるとか言っていたはずだ。……いや、よくよく思い出すと、俺が自分でいわゆる異世界転生モノのテンプレ要素を説明していただけの気もするが……
 まあ、とにかく、何が言いたいのかというと、自分の能力値を確認できるのならしてみたいということだ!
 うん、決めた。絶対に今日中にステータスを確認する方法を見つけてみせる。絶対にだ。これは確定事項だ。
 ……うーん。とりあえず、前世で読んだ異世界転生小説の定番である〝ステータスオープン〟とか唱えてみようかな?

「あっきゃ、きゃっきゃあ!!(ステータス、オープン!!)」

 相変わらず出てくるのは赤ちゃん言葉であるが、ちゃんとステータスオープンの意思を込めているから問題はない。


 ルカルド・リーデンス 0歳 LV:1


 体力:10/10  魔力:3/3
 筋力:3  耐久:1  速さ:1
 器用:1  知力:30  精神:5


【称号】
 リーデンス子爵ししゃく家次男  転生者


【パッシブスキル】
 幸運(中)LV:7  言語習得(上)LV:9


【アクティブスキル】
 身体強化(下)LV:6


【ユニークスキル】
 成長促進(神)LV:MAX  願望(神)LV:MAX


 俺がステータスオープンと言ってすぐに、大量の文字情報が頭の中に流れ込んできた。目には見えないけど文字列として認識できる……不思議な感覚だ。
 ていうか、この『ルカルド・リーデンス』って誰やねん!
 俺は生粋きっすいの日本人……じゃなくて、今はもう転生して新しく生まれ変わっていたんだった。この世界に日本なんてないしね。すっかり忘れてたわ。てへぺろ?
 待てよ……? 今気づいたけど、両親も二人の兄と姉もだけど、全員ヨーロッパ系の外国人っぽい顔立ちだったよな……?
 じゃあ、もしかして……もしかしなくても、このルカルド・リーデンスってのが俺?
 さっき頭の中に流れてきたのは自分のステータス情報だろう。疑う余地など皆無かいむだったわ。
 そうとわかれば、もっとゆっくり見てみよう。
 ……まだ色々と理解できていないが、一つだけ確かなことがある。
 そう、それは……俺はまだ赤ん坊だから、今の状態だとめちゃくちゃ弱いってことだ。
 いやいやいや、体力と知力以外まさかの一桁ですよ。
 てか、能力値六つのうち半分が1で揃ってるね。知力が高いのは、多分前世の記憶があるからだろうけど、その他が絶望的。
 はははっ。こんな状態で襲われたら即死だわ、即死! 赤ん坊だしな、当たり前だ。
 称号に関しては、どちらも普通だな。
 転生者というのがモロバレなのが気になるから、後で隠蔽いんぺいスキルを取れるように願っておこう。
 ……ん? よく見てみるとスキルが全体的におかしくね?
 幸運って、確か(下)でレベル1とかだったはずだよね? なんで(中)? しかも、何もしてないのにレベル上がりすぎじゃね?
 身体強化だって、まだ取得してから大して時間は経っていなくて、筋トレの時くらいしか使ってないのにすでにレベル6だし。
 しかし、スキルレベルに比べると、ステータスの方はイマイチだな。あんだけ毎日筋トレしてステータスの上昇幅2って……やべえな。でも、体力が二桁になってるから、効果はあるのか。
 元々のあたいがわからない以上比較しようがないけど、ほかの数値を見るに、最初は体力も一桁だったに違いない。
 このステータスの中で俺が最も気になるのは、ユニークスキルとされている二つ。神様にもらった成長促進と願望。
 これ、どっちも(神)なんだけど、(神)ってなんやねん。
 レベルMAXっていくつやねん。
 わからん。なんにもわからん。
 ただ、なんか凄そうな雰囲気ふんいきだけは伝わってくる。くそ、せめてヘルプ機能とかないのかよ、異世界!
 あー、いいよもう。めんどくさいし。
 多分だけど、幸運も身体強化も願望で得られたスキルだろうし、スキルレベルが上がる速度が異常なのも、成長促進の効果だろう。
 神様は、なんかショボいとか言ってたけど、この二つをセットで持ってる俺って……もしかして、チートキャラ?
 とりあえずステータスが見られた。
 それは実に喜ばしいことだ。まさにファンタジーで、エキセントリックで、ゲームみたいで……とても興奮した。
 だが、まだ甘い。まだまだまだまだ甘い。角砂糖十粒入れたコーヒーよりも甘い。
 俺はステータスくらいで満足するような甘ちゃんではないのだ。
 確かに、あんなショボいステータスでも、実際目にしたら満足感があった。
 だがしかし!
 ファンタジックでエキセントリックなゲーム的世界には、もっと重要な要素がある。
 が使えなくて何がゲームだ、何が異世界だ。
 使えないなら、転生した意味なんてほとんどなくなってしまう。この先の長い人生が灰色一色だ。
 だから俺は願う。
 何に願うかと聞かれてもわからない。神様でも仏様でもなんでもいい。重要なのは、何を願うかなのだから。
 お願いします!! どうか!! どうか!! 俺にも魔法が扱えますように!!
 俺は願う。ひたすら願う。
 そして、念じ続けること数秒……


 魔力感知(下)LV:1を取得しました。
 魔力操作(下)LV:1を取得しました。


 あっ、早っ。
 こんな簡単に取得するんだ。いや、確かに身体強化スキルの時もこんな感じだったか? まあそんなことはいい。
 とりあえず……

「あーうぅうーあぁー! あーあぁー!(イィイーヤッタァー! キタァー!)」

 俺は、いまだ赤ちゃん言葉ではあるものの、全力で雄叫おたけびを上げた。
 だって、ついに、ついにきてしまったのだから。
 これで俺も、ようやく魔法使いとしての第一歩を踏み出したということだろう?
 何故か●●魔法みたいなスキルじゃなくて、魔力感知と魔力操作だったけれど、偉大なる一歩には違いない!
 よし、さっそく試してみようじゃないか。まずは魔力感知からだ。
 魔力感知を発動……ってこれ、パッシブスキル、つまり常時発動型だった。
 でも、全然魔力なんて感知できないけど? 本当にパッシブスキルなのか?
 とりあえず、自分の中に魔力があることはわかっているんだから、一旦集中してみよう。
 なんだろう? 体の内部全体に何かモワモワとした温かいものがめぐっている感じがする? ん? 血液、なわけないよな。
 血液が全身を巡っている感覚なんて自分でわかるわけがない。となると、これが魔力……なのか? 
 いや、魔力なはずだ。でなければ、こんなもの感じられるわけがない。
 だとすると、これを操作すればいいのか。
 待てよ? 魔力操作って……やっぱりパッシブスキルじゃねえか!
 もう勝手に動いて全身を巡りまくってるんですが?
 常時発動タイプで、すでに自動で操作されているなんて……認めない! そんなつまらないもの、俺は認めんぞおー! 
 謎のテンションで、魔力操作スキルに宣戦布告すると同時に、コントロールを奪うために試行錯誤しこうさくごを開始する。
 全自動で動いているというなら、無理やりにでも俺のものにしてやるよ! 覚悟しておけ、魔力操作スキル!
 数分間の死闘の末、ついに俺は魔力操作スキルに勝利した。

「あー、あーー、あーーーー!!(ふっ、ふふっ、ふはははは!)ううー、うーーあー!(見たか、これが俺の力だ!)あーー、あうあーーー、ううあああ。うーあー、ううーーあーー。ああうーあーー、あうあううー、あうーあーあーーーうあ!(だが安心しろ、魔力操作スキルよ。お前は死ぬわけではない。俺が丁寧に、大事に使ってやるから、今後も俺のために力を貸してくれよ!)あうっ! あうう、うーあー!!(ふっ! これにて、一件落着!!)」

 発した声は〝あ〟と〝う〟だけで構成されていたが、いい感じに決まった――と思う。
 かくして俺は、ついに自力での魔力操作を行なうことに成功した。
 同時に、今保有している魔力を使い果たし、気絶するように気持ちよーく眠りにつくのだった。


 ◆


 魔力感知や魔力操作スキルを覚えてから数日が経過した。
 この数日間は起きている時間の大半を魔力感知と魔力操作についやしている。そのおかげもあって、スキルレベルはかなり上がっていた。
 そんな毎日を過ごしていて気づいたのだが、どうやら体内の魔力が枯渇こかつすると気絶してしまうようだ。
 さいわいにも気絶するだけで、身体には全くの無害だから(気絶している時点で問題がないわけではないけど)俺は自重じちょうせずに突っ走って魔力操作し、自ら気絶の道を歩んでいる。
 当然、ステータスに大きな変化が見られた。
 まあ、百聞ひゃくぶんは一見にしかずということで、早速お見せしよう。
 それでは、いってみよう!

「あーーー、うーーーあ!!(ステータス、オープン!!)」


 ルカルド・リーデンス 0歳 LV:1


 体力:45/45  魔力:85/85
 筋力:6  耐久:1  速さ:1
 器用:1  知力:45  精神:50


【称号】
 リーデンス子爵ししゃく家次男  転生者


【パッシブスキル】
 幸運(上)LV:2


【アクティブスキル】
 身体強化(下)LV:9  魔力感知(上)LV:3  魔力操作(上)LV:5


【ユニークスキル】
 成長促進(神)LV:MAX  願望(神)LV:MAX


 おわかりいただけただろうか?
 そう、見ての通り、一週間前とは比べ物にならないほど……と言ったら大袈裟おおげさだけど、かなり成長しているのだ。
 中には全く上がっていないものもあるが、それは置いておくとして。
 注目すべきは、体力、魔力、知力、精神、そしてスキルだ。
 まず魔力。
 ステータスの中で最も伸びたのが、この魔力だ。しかし、別に驚くことはない。偶然ではなく必然の結果と言える。
 何故ならここは異世界で、俺は異世界転生した存在であるからだ。
 早い話、よくある設定――いわゆるテンプレってやつだ。
 体内の魔力を全て使い切ったら、その後に最大魔力量が上がる設定は、前世で読んだ異世界小説モノでも定番だったから、すぐにピンと来た。
 そもそも、自分が今生きている世界を〝設定〟なんて言葉で説明をするのはおかしいのかもしれないけど、元々別の世界で生きていた俺がそういう言葉を使ってしまうのは仕方ないと思う。
 次に、大した運動もしていないのに体力の数値がかなり伸びた理由を推測してみた。
 恐らく、魔力を使い果たして毎日何回も何回も気絶しているからだろう。
 何を意味のわからないことを言っているんだ? と思うかもしれないが、これは事実なのだ。
 気絶をする前と後で、数値の変動があったんだから間違いない。
 魔力を使って体力が上がるのでは因果関係がおかしいから、気絶という現象に紐付ひもづいていると考えるのが自然だろう。
 とにかく、気絶をすると何故か体力の値が上がる。原理はわからないけど、上がるったら上がるのだ。
 次は、精神。
 これも体力同様、気絶した後に数値の変動を確認している。
 精神に関しては、気絶したから上がったというよりも、気絶するのもいとわずに積極的に魔力欠乏けつぼうを起こしまくることで、精神力がきたえられたんだと思う。
 魔力を使い果たせば、魔力量が上がるし、気絶して体力も精神も上がるしで、まさに一石三鳥である。
 お次は知力。
 何故か大して勉強もしていないのに結構伸びている。
 この伸びは一番の謎だったが、答えは案外単純かもしれない。
 恐らく、俺がこの世界の言葉を理解し、自分の力で情報収集して知識を増やしているからだ。
 それ以外だと、知力=魔法力みたいな設定もありそうだが、今のところ俺は魔法を覚えていなくて一つも使えないので、その線は考えにくい。
 もし魔法を覚えた時に知力の値が上がったら、考えを改めよう。
 最後に、諸々のスキルについて。
 幸運、魔力感知、魔力操作はいつの間にか上になっているし、大して使っていない身体強化のレベルまで上がっている。あり得ない程のスキルレベル上昇速度。
 やはり成長促進はかなりのチートだと考えざるをえない。
 それに加えて、願うだけで簡単にスキルを取得できる原因であろう願望の方も超絶チートだ。
 うん、まあ、あって困るものではないし、多分何かまずいことがあれば神様が夢の中に出てくるというお約束展開を信じて、俺は気にせず突き進もう。
 そういえば、最初に取得した時はパッシブスキル扱いだった魔力感知と魔力操作が、今はアクティブスキルになっている。
 恐らくこれは、俺が無理やり発動方法を捻じ曲げたせいだ。とはいえ、アクティブ化した方が意識的にスキルレベルを伸ばせるので、このままでいいだろう。
 多分これも願望チートさんのおかげだよな。
 ありがたやありがたや……
 いやー、それにしても、たった二週間とちょっとしか経っていないのにかなり成長したよな、これ。この世界の人間の平均的なステータスがどれくらいかわからないとはいえ、恐らく赤ん坊の中だったら最上位候補でしょ。
 別に最強とかは目指してないから、そこら辺はどうでもいいんだけどね。
 俺のこの世界での目標は、前世でできなかった生き方をすること。
 すなわち、自由に、幸せに生きる――である。
 そのために、今のうちに何ものにもしばられないような強さを身につけるつもりだ。
 さて、今日もいっちょ、気絶していきますか!


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