乙女な騎士の萌えある受難

悠月彩香

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1巻

1-2

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 この『ドルザックの立小便将軍』というのは、私の初陣ういじんの際、早朝に立小便をしていた敵国ドルザックの将軍を偶然見つけ、ひっ捕らえたことから由来するあだ名である。
 当時、ドルザック軍の将軍に任じられていたのは、かの国の第一王子だったのだ。大物を捕らえた功績があってこそ、こうして陛下のお側に上がれたわけで、私にとっては大恩人である。
 ちなみに、陛下は公式の場では、硬い口調でご自身を「余」と言われる。プライベートでは「僕」とおっしゃるが、今はおおやけの陛下が出てきていらっしゃるようだ。この公私の言葉の使い分けに、私は毎日胸をときめかせている。

「大変申し訳ございませんでした、陛下」

 私は動じることもなく、陛下の香りに満ちた愛しい枕を受け止め、深々と臣下の礼をとった。最初はこの陛下の毒吐きっぷりには驚いたが、さすがに三年も付き合っていれば慣れるというものだ。
 これはいわゆる『寝ぼけている』状態であり、同時に、陛下がすっきりとお目覚めになるための重要な儀式でもある。
 日々ご多忙なキリアさまは、一日の公務で溜まった毒を就寝中に口元にすべて集め、目覚めとともにそれを吐き出すことによって、八つ当たりという名の毒素排出デトックスをなさっているのだ。

(キリアさまが毒素排出デトックスする相手は今のところ、ほぼ私だけ。なんておいしい……)

 別に私は陛下に八つ当たりされて喜んでいるわけではないので、そのあたりは誤解なきようお願いしたい。愚痴をぶつけてもよい相手だと、陛下が私に心を許してくださっていることを誇らしく思っているのだ。

「それよりも、せめて身支度を整えられてください。ドルザック大使はとうにお目覚めでいらっしゃいまして、今朝も近衛隊の訓練をご見学に」

 かつては敵国として戦ったドルザックも、今日こんにちでは同盟国となっている。周辺諸国と手を取り合うのは実にいいことだ。だが、陛下はなぜかドルザック国を毛嫌いしており、公式の場では愛想笑いをしてみせるも、裏ではこのように毒づいている。

「あの大使のゲイドルブルドッグのような顔を見るのはいやだ」
「そう申されましても、陛下のお仕事でございますよ。それにゲイドルはいかつい顔のわりにかわいい犬です。全世界のゲイドル愛好家を敵に回すような発言はお控えください」

 正論を真顔で申し上げたところ、陛下は寝ぼけまなこでぷうっと頬をふくらませた。

(何ですか、そのかわいすぎる仕草は。もっとねてみせてください!)

 ついでに、絹の夜着の外れたボタンの隙間から、すばらしく鍛え上げられた陛下の腹筋がちらりと覗いて、思わず悶絶しそうになった。
 しかし、理性を総動員して何とか踏みとどまる。
 つくろうように、陛下の肌掛けを整えてベッドに置こうとしたのだが――その瞬間、事故が起きた。
 最高級の羽毛布団の端をうかつにも踏みつけてしまい、あろうことか、キリアさまの神聖なベッドの上に倒れ込むという失態を犯してしまったのである。

「きゃっ……」

 つい男らしからぬ声を上げてしまったが、それどころではなかった。私がすっ転んだ先は、事もあろうに上体を起こしたキリアさまの、お膝の上――!
 私の中の乙女ルディアンゼにとっては、またとない幸運な事故だ。狂喜乱舞してしまいそうな状況だが、さすがに今はそんな呑気なことを考えている場合ではない。

「も、申し訳ございません」

 顔面蒼白になりながら、国王陛下の神聖な膝上から退去しようとする。しかし動揺のあまり、キリアさまの腕につかまったり胸に手をついてしまったりと、完全にパニック状態におちいっていた。

(あわわ……)

 顔を上げた瞬間、キリアさまの美麗なお顔が――夜空のような瑠璃色るりいろの瞳を真ん丸にしたキリアさまが、私の視界いっぱいに広がる。

(間近すぎます! お美しすぎます!)

 うっかり乙女なルディアンゼが叫びそうになったが、幸か不幸か、声が詰まって言葉が出てこなかった。
 なぜなら、不意に手首をつかまれベッドに転がされた私の上に、陛下が馬乗りになっていたからだ。

「あ、あれ……?」

 目を白黒させてしまったものの、最高級のシーツからふんわり立ちのぼる陛下の香りに、すべての意識を持っていかれる。
 ――鼻血さえも理性で止めてみせるが!
 しかし、実直・潔癖・冷静沈着の三拍子で通っている近衛騎士ルディアス・ユア・ナルサークとあろう者が、陛下のお膝の上に転んでパニックになるなんて……いったい何がどうしてこうなった!

「キ、キリア陛下……」
「ああ、もう……」

 キリア陛下は呆れてしまわれたのか、私の顔を覗き込んで、深いため息をついた。頭を横に振るたびに、朝の光に黄金色の髪がまぶしくきらめく。

「た、大変な失礼をいたしました。ですが、キリアさま。今朝のおつとめは、格闘技のお稽古けいこではございません」

 極力、冷静さを保つよう努めて進言したのだが、陛下は一切聞く耳を持たなかった。

「とんでもないことをしてくれる」

 不敬罪に問われる!? そんな恐怖がよぎった一瞬だった。叱責されると覚悟した私の両手首をベッドに押しつけ、キリアさまはそっとそのご尊顔を寄せてこられたのである。
 あたたかな感触が一瞬、頬に触れた。

「は――」

 何が起きたのか、まったく理解できなかった。無礼とは思いながらも、目が乾くほど大きく見開いて、キリアさまのお顔を見つめてしまう。

「あれ、わからなかった?」

 私があまりに無反応なせいか――反応できなかっただけだが、今度ははっきりと私の頬に、キスを……なさった?

「なっ、な、陛下……」

 驚きを表すのに的確な言葉を見つけられない私は、きっとおかしな顔をしていることだろう。陛下が臣下たる私にキス……あれ、でも私、今は男で――どういうこと!?

「こっ、近衛騎士であるわたくしに、いったいどのようなおつもりで……!?」

 するとキリアさまは、窓から射し込む陽光を背景に、とろけるような笑顔を私に向けた。

「君があんまりかわいいから」
「は……?」

 か、かわいい……お、男ですよ、私! キリアさまが男にキスって、まさかそんな!
 うろたえていると、なんとキリアさまが私の騎士のよろいぎ始めたのである。
 よろいといっても、宮廷内であるため戦場に出るときのような大仰おおぎょうなものではない。簡単な胸当ての下は、細かい飾りボタンや紐で留められた、騎士の正装である軍服だ。毎朝、ボタンをかけるだけでも大仕事だというのに、陛下はにこにこと、だがどこか人の悪そうな笑みを浮かべながらボタンを外していく。
 えっ、何これ。私、キリアさまに押し倒されて――ナニされてる!?
 陛下にキスされたらしいこと、そして男の私を押し倒していらっしゃること、どれに驚けばいいのですか!?

「お、お待ちください! 陛下は男色の気がおありなのですか!? 二十四にもなられてちっとも浮いたお噂ひとつないので、臣下一同、心配申し上げておりましたが……。おたわむれにしては、少々、度が……」

 まさかこんなところで陛下のご趣味が暴かれるだなんて、信じられない。
 それに、黙って脱がされるわけにはいかないんです!
 無礼とは思いつつも、キリアさまの手をつかんで止めてしまった。

たわむれじゃなくて、本気ならいいのかな?」


 追い打ちをかけるよう、キリアさまは私のささやかな妨害をいとも簡単にかわし、ボタンを外した上着の中に手を入れた。いくらペタンコな胸でも、じかに触られたらさすがにバレてしまう。

「なっ、何をおっしゃって……」
「いいから」

 キリアさまは私に言い聞かせるよう、唇で耳たぶに触れ、首筋にくちづけをなさった。
 ズクッと何かがうずくような感覚があって、身体から力が抜けた一瞬、キリアさまはやんわりと私の手を押しのけた。そして頬にキスを繰り返し落としながら、私の唇に、ご自分のそれを――お重ねになったのだ!

「――っ!?」

 誰ともくちづけなど交わしたことのない私にとって、その刺激はあまりに強すぎた。このままでは心臓が止まってしまいそう……!
 そんな状態だというのに、陛下は幾度いくども角度を変えて深く唇を重ねてくる。どうしていいかわからず戸惑った隙を見計らい、私の口の中をこじ開けるのだ。

(キリアさまの、し、ししし舌!)

 いくら朴念仁ぼくねんじんの私でも、そういった深いくちづけがあることは知識として知っているけれど……
 舌と舌を絡め、私が驚いて逃げようとするたびに、頬に手を当てて逃げられないよう拘束される。そして、ふたたび口の中が生温かくてやわらかいもので支配された。

(――歯磨きしておいてよかった)

 そうではない。歯を磨いたとかそんなことはどうでも――よくはないが、今はそこを心配している場合ではないのだぞ、自分ルディアンゼ
 唇が離れていくと、私は息も絶え絶えになりながら陛下に訴えた。

「お、男同士、で、このような、おたわれむるれは……」

 もはや呂律ろれつさえあやしい。
 それでも私は必死に陛下をお止めしようと抵抗を試みる。だが、甘ったるいくちづけの攻勢を受け、古い言葉で言えば完全に『骨抜き』にされてしまったのだ。
 腕にまったく力が入らず、これでは外敵から陛下をお守りするどころか、猫の子一匹追い払うこともできない。
 ああ、こんなことではラグフェス隊長からどのようなおとがめがあることか。いや、むしろおとがめがあっても構わないから、陛下をお止め――

「男同士じゃないだろう?」
「えっ……?」
「君の秘密を知っているのは、僕のほかに幾人いるんだい? ナルサーク伯爵家のルディアンゼ姫」
「――!?」

 ガツンと頭頂部に一撃を喰らったような衝撃を受け、目の前がチカチカした。
 キリアさまの表情は、今この秘密を知ったというものではない。

「い、いつから、ご存じだった……の、で」
「最初から、ずうっと」
「え――」

 では、私が十四のときに騎士を志願してから今日こんにちに至るまで、六年間ずっと私が女であることをご存じでいらしたと――?
 この事実は誰にも知られないように、それはもう慎重に慎重を重ねてきた。もちろん誰もが私を『陛下にも甘い顔を見せない堅物近衛騎士ルディアス』と思っているはず。それが違ったということなのだろうか?
 ふと頭をよぎったのは、『クビ』の二文字である。

「そんなっ、誰にも秘密で――っ!?」

 突如、胸元が寒くなった。目玉をひんいて見れば、陛下の手には解けた白いさらし。そして、普段はさらしの下にぎゅうぎゅうに押し込めて――いや、押し込めなくてもささやかなものだが、胸のふくらみが陛下の眼前にき出しにされていた。

(そんな……胸、ちっちゃくて恥ずかしいのに、よりによってキリアさまに。もう生きていけない!)

 心配するところはそこじゃないのはわかっているけど!
 騎士ルディアスとしては、いくら陛下の求めであろうと、こんなことを受け入れるわけにはいかないのだ。しかし、私の本質はキリアさまをお慕いする一女子である。大好きな殿方に求められてつっぱねるのもまた、困難で。
 なんたるややこしい自我。

「せっかくのかわいい胸を、あんなもので潰していてはかわいそうだよ」

 陛下はそうおっしゃって、まるで愛おしむように大きな手の中にそれをおさめた。そして私のささやかすぎる胸を、そのお口に――!

「ふぁ、ぁああ……っ」

 思考を遮断するようなこそばゆさに、私の喉からいやらしい女の声がこぼれていた。な、ナニコレ。無意識、無意識!

「キ、リアさま――っ。だっ、ダメですっ、こんなことをして……誰かに、見られでもしたら」
「誰もこの部屋には来ないよ。何しろあの『寝起き悪魔のキリア』の部屋だよ? 君を人身御供ひとみごくうに差し出して、みな一安心しているところさ。ルディアスが部屋から出てこなければ、それこそ今日はいつもより手ごわいのだと恐れて、余計に誰も寄ってこないよ」

 まったくおっしゃる通りなので、ぐうのも出ない。ミミティアも先刻、陛下の手ごわさを身をもって知っただろう。

「かわいいよ、ルディアンゼ……」

 ため息とともに陛下の唇からこぼれたダメ押しに、抵抗する気力がえていく。女であることがとっくにバレていたと知り、肩の力が抜けてしまったせいもあるだろう。
 強くつかんでいるように見えて、実はくすぐるようにやさしく乳房を揉むキリアさまを前に、私は目を開けていることができず、ぎゅっときつくつぶった。

(どうしよう、ダメなのに……)

 私の貧相な胸のいただきをキリアさまの指がつまんだり擦ったりしているうちに、妙な気分になって苦しくなる。
 どうすればいいのかわからず横を向いたのだが、途端に耳たぶに熱い息がかかり、ぞくぞくと身体の芯が震えた。さらにそこを甘噛みされ、「ひゃ……」とうわずった声を上げてしまった。
 キリアさまの手はまるで、強情な『ルディアス』をとかして、『ルディアンゼ』を揺り起こそうとしているようだ。

「ぁあん、キリアさま、や――っ、ああ……」

 キリアさまの熱い舌が私の喉元を這いまわり、この身を悶えさせる。かろうじて残されている騎士としての理性が、必死に声を上げないようにこらえているのに、喉が勝手に変な声を出すのだ。

「僕に触れられるのはいや?」
(そ、そんな質問されたら、ハイなんて言えるわけないじゃないですかっ)

 内心でそう思うも口に出すことなんてできず、私は硬直してしまう。すると、キリアさまはおもむろに私のベルトに手をかけ、下半身を覆っている布を取り外しにかかった。
 こ、これは本当におたわむれではすまされない。

「ん、や――だ、ダメですっ」
「どうして? 誰か好きな男でもいるの?」
「そっ、そんなこと! わたくしは、陛下だけ――」

 反射的になんということ言ってしまうのだ、私の口は! ほら、見る見るキリアさまの口元がほころんで――

「……初めて?」

 耳元でささやかれて、私は恥ずかしさのあまりに真っ赤になって目を閉じた。キリアさま、絶対にわかった上で確認していらっしゃる。……意地悪!

「本当にいやがっているなら、僕を押しのけて逃げるといい。君が本気になれば、そのくらいのことは簡単だろう?」
「…………」

 それはそうかもしれない。少なくとも陛下よりは日々、鍛練している。だけど……

(こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンス……いえ、不敬なこと、できるはずがありません!)

 正面突破がだめならば、本来はこんな手は使いたくないが仕方ない。泣き落としだ。

「キリア、さま、わたくしのような……無骨な者に、あんまりな仕打ちでございます……」

 このナリで女のような真似をするのは気が引けたが、この場合は男のふりをすることこそ無駄だろう。

「ルディアンゼは無骨なんかじゃないよ。背もすらりと高くて、とても美しい。この宮廷のどんな美姫たちよりもね」

 陛下にそう評価されると気恥ずかしいやら困ったやらうれしいやらで、こんがらがってきた。宮廷の女性たちからひそかに熱い視線を送られることはあるが、殿方に品定めされた経験などついぞないのだ。

「それに、このなめらかな肌――」

 キリアさまはそう言って、私の下腹部のあたりを撫でていく。

「ん――っ」

 身体中がぞくりと震えた。いつの間にか騎士の服も下着も、膝下までずり下げられていて、上着は前が全開になっている。
 あろうことか、陛下のベッドにブーツのままで、破廉恥はれんちな姿をさらしているのだ。
 こんな一方的に不利な攻防がこれまでにあっただろうか。幼い頃から陛下に心酔し、お側に上がってからは毎日ウフフな私に、これ以上陛下を押しのけることなどできるはずがない。万が一にも、億が一にも私に勝ち目なんてありはしないのだ。

「逃げないなら、遠慮しないよ? ――これは、ルディアンゼと僕だけの秘密だ」

 私を籠絡ろうらくしようと耳元でささやかれる甘い悪魔の声。くすぐられるような、もどかしい感覚。キリアさまの吐息を感じる胸元。肌が直接触れ合うぬくもり――
 それを全身で感じているうちに、陛下の指が下腹部のしげみを這っていく。
 実直な騎士ルディアス・ユア・ナルサークの弱々しい抵抗もここまでだった。

「ほら、ルディアンゼのここ、僕を欲しいってねだってるよ」
「…………っ、ぃっ!」

 キリアさまの指が滑ってそこをなぞった途端、声にならない声を上げてしまった。

(そんなけがれた場所に、陛下の神聖不可侵なお指が!)

 キスもしたことがない私に、男の人と肌を重ねた経験なんてあるはずもない。

(ひっ、待って待って、ほんと、こ、心の準備がっ)

 やさしくそこを往復していく陛下の指先に腰が跳ね、秘所から、くちゅ……という濡れた音が聞こえてきた。

「恥ずかしがらなくていいよ、ルディアンゼ。もっと顔をよく見せて」
「む――無理でございますっ! やぁ――キリアさ、まぁっ」

 馬乗りになった陛下の膝が、私の脚が閉じないように割って入る。さらに脱げかけたズボンがもたついているせいで、身動きが取れなくなってしまった。こんな技は格闘技の稽古けいこでは習ってない。

「通常の格闘技なら、ルディアスに軍配が上がるだろうけど、こっちでは僕の勝ちだね」
「か、勝てるわけ、ありませ――やぁあんっ!」

 今、どれほどだらしのない顔をしていることだろう。口は半開きになって、陸にあげられた魚よろしくぱくぱくとあえいでいるに違いない。ヨダレが垂れていないか、それだけが心配だ。

「すごくかわいいよ、ルディアンゼ。そんなうるんだ目で見られると、ますます意地悪したくなるね。いつもの堅物で生真面目な近衛騎士ルディアスと同一人物とは思えない」
「う……く、キリアさま……ど、どうして、急にこんな――」
「毎日、熱い目で僕を見てるだろう? 大好きな女の子に好意を向けられて、無視し続けられる男もそうそういないよ。ずっと我慢していた僕に触れた、君が悪い」

 熱い目だなんて。確かに、毎日心の中は沸騰寸前だったが、外には一切出さないようにがんばっていたのに。それがダダ漏れだったということ……?

(それよりも、大好きな女の子って、私のことですか!? いやいや、そんなまさかバカな)
「ああ、君が女の子だったなんて、誰も思ってないから心配いらないよ」
「ほ、本当ですか」

 安堵しかけたが、まったく気の抜ける場面ではないことに気づき、私は頭を振った。

「それにしても、これじゃ騎士の正装がシワくちゃになってしまうね。今日の仕事はこれからだというのに」
「こ、困ります、着替えは宿舎にしかないので……」

 どうにかこの衝撃の事件現場から逃れる口実ができた。ホッとする反面、どこか残念に思ったりとか、なんとか――あ、いえ、私いま何か言いましたか?

「じゃあ、シワにならないように、全部脱いじゃおうか」
「え、ええええ!?」

 そうきましたカ!
 言うが早いか陛下は私の騎士の正装を手早く脱がし、重たいブーツも留め金を外して、ぽいっとベッドの下に投げ捨てる。なんという鮮やかなお手並み。いったいどこでこのような技を体得なさったというのか。
 そうしてキリア陛下の広いベッドの上に、完全に裸になった私だけが取り残された。

「キ、リ、アさま――」

 ベッドにぺたりと座り込み、胸元を隠して呆然としている私の目の前で、陛下は最高級の絹で仕立てられた夜着を脱ぎはじめた。陛下の見事に均整のとれた肉体美が、私の視界に飛び込んでくる。
 幼い頃は病弱だった陛下もすっかり健康になられて、今ではその辺の騎士など相手にならないほどの剣の使い手であられる。もちろん適度に鍛えられているので、腹筋はすばらしく割れていた。

(わ、あああ……鼻血出そ……)

 なんというお色気。キリアさまはお衣装ごしだと華奢きゃしゃにすら見えるのだが、実際そのお身体はバランスのいい筋肉に覆われている。毎朝お着替えの際に盗み見している私が、ひそかに悶えていることはご想像いただけるだろう。
 そして、し、下! 陛下のお着替えには何度も立ち会っているが、見たことがあるのは下着姿までである。だが、陛下は自らの下着をもためらいなく下ろし、私の見ている目の前で――こっ、これ以上は正視できない!
 固まる私に、キリアさまは特上の笑みを向けた。そして、ふたたび尊い唇をお重ねに……
 これは何かの罠だろうか? あ、きっと夢オチというよくあるアレに違いない。
 そう思っているのに、五感のすべてがキリアさまの熱を伝えてきて、私は悶絶を通り越して気絶してしまいそうになる。
 戸惑う舌の表面を厚みのあるそれでなぞりつつ、キリアさまは肩を押して私をベッドに沈めた。これもくちづけというのだろうか、まるでむさぼるように舌が口中をかき回していく。
 ふつうのキスすら経験したことがなかったのに、こんな荒っぽい、まるでけもの同士の噛みつき合いのような……

「は、ぁっ……あっ」

 ふと、あることに気がついた。私の脚に、陛下の――男性のかたまりが触れている!
 恥ずかしくて照れる、などという反応が吹っ飛ぶほどの非日常に、脳の血管が振り切れてしまいそうだ。
 初めての行為に対する戸惑いがないとは言わない。だけど、困ったことにちっともそれがいやではなかった。ずっとお慕いしていたキリアドール陛下が、たわむれでも私を欲してくださっている。長い片恋の末ならなおさら、この状況は願ってもいない幸運ではないか。
 男として剣を取ったからには、ふつうの娘のように結婚して家庭を築いて子を産んで……などという未来を思い描いたことはない。日々陛下のお姿に悶えつつも、自分には女としての人生などないものだと思っていたのだから。
 だが――

(一度くらい、いいかな……)

 そんなふうに考えて天井を見上げたとき、指でさいなまれている場所にズクッという衝撃が走り抜けた。まるで雷に打たれたように足指が痙攣けいれんしてしまう。
 脚の間からたくさんの蜜があふれる中、キリアさまの荒っぽい息遣いがはっきりと聞こえた。

「キ、キリア、さま……」
「僕のことが好きかい?」
「は、い――あぁ……っ!」

 陛下の玉体をいつも包み込むベッドを何度もうらやんだものだが、まさか自分がそのベッドに横たわることになるとは。そこで馬乗りになったキリアさまと濃厚なくちづけを交わしながら、指で与えられる快感に身悶えている。
 ああ、こんなのは絶対に悪魔の罠だ。
 キリアさまの指の腹が水浸みずびたしになった割れ目を何度も往復して、一番敏感な場所をつつく。ふくれた突起を指先でやさしくこねくりまわされているうちに、激しい波が全身に広がり、ますますだらしのない蜜をしたたらせた。

「そんなに気持ちいい? シーツまでぐっしょりだよ」
「――も、申し訳ござ……いません……っ」

 今日の洗濯係は、確かシリス嬢だったはず。あの妙にカンの鋭い女性は、陛下のベッドについた染みを見つけたとき、何を思うだろうか。

(バ、バレやしないと思うけど――こんなはしたないモノを他人に見られるなんて)
「また変な心配をしているね、ルディアンゼ? そんなに心配ばかりしてると、人生損だよ」
「で、ですが――ぁあんっ!」

 そう言った瞬間、濡れた秘所を蹂躙じゅうりんする圧迫感が増した気がした。キリアさまは親指の付け根の部分でそこを擦ったのち、男らしい指を――な、中に――!


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