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1巻

1-3

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 私はうつ伏せの状態で自室の鏡を見ていた。私が鏡に興味を示すことに気づいた侍女が、鏡に付いている扉をいつも開けた状態にしてくれているのだ。だから、ずりばいで鏡の前までハイハイの練習がてら行ったり来たりするのが最近の日課である。
 鏡を見ながら、自意識過剰ではなく、私は可愛い顔をしているなと思う。
 また、改めて自分の瞳の輝き具合がとても神秘的だと感じる。緑色をベースにしながらも、角度を変えると宝石のように輝く。見え方自体は、椿のときと変わらない気がするので、見た目と見え方のギャップがなんとも不思議だ。
 鏡を見ていたら、先日ショッキングなことに気づいた。頭の後ろの広範囲がハゲているのだ。
 そういえば、椿の頃、弟が生まれてからしばらくは、同じようにハゲていたのを思い出す。赤ちゃんは仰向けで寝る期間が長いので、頭部と床やベッドとの摩擦が、頭皮から髪を奪っていくのだろう。

(いつ見ても、まだ頭部がハゲてる。悲しいわ)

 ドヨンとした気持ちで、土下座のような恰好で顔を床についた手に付けていると、侍女が体を起こしてくれた。

「そろそろお腹が空きませんか、お嬢様。お食事にしましょうね」

 すぐにママが部屋にやってきた。食事の準備が整っていく。最近はママだけでなく、兄たちも私の食事時間に間に合えばやってきて、誰が私にご飯をあげるのかスプーンの取り合いが始まる。だが、今回は誰もいないため侍女がスプーンを口元へ運んでくれた。

「さ、お嬢様、最後の一口ですよー。あーん」

 小さい口をめいっぱい大きく開けると、そこにスプーンが入れられる。離乳食もだいぶ慣れてきて、味を楽しむ余裕も出てきた。

「はい、今日もいっぱい上手に食べられましたね!」

 侍女たちは私の口の周りやこぼしてしまったものの後処理をしている。
 私には乳母がいない。上の兄たちにはいたようだが、ママはエメルを産んでからは乳母を雇わずに育てることにしたようだった。
 それというのも、ある程度は侍女が手伝ってくれるし、上の兄たちも大きくなってきて下の子の面倒を見られるようになったからだ。
 ママは兄弟仲が良かったらしく、私たちにも兄妹仲良くしてほしいと思っているのだろう。
 そのママは、今、私の横でボーっとしている。赤ん坊の私も心配するくらい、反応が薄い。
 これは間違いなく、パパ不足のためだろう。私は横目でママを見た。
 さっきからずっと、プニプニな私の二の腕をマッサージし続けているのだ。
 心ここにあらずである。

「母上、やはり父上の元へお行きになったほうがいいのでは?」

 私の食事の途中で部屋にやってきたディアルドが、ママに声をかける。
 ディアルドの声にハッとしたママは、やっと現実に戻ってきたようだった。
 パパは十日ほど前に帝都へ向かった。社交シーズンというものが始まるようで、本当なら毎年両親で帝都へ向かうのが通例だったらしい。

「まぁ、何をいうの、ディアルド。今年はわたくしは行かないと言ったでしょう」
「ですが、父上に会いたいのでしょう? 昨日も父上の手紙を見て泣いていたではないですか」
「うっ……だって、ジルったら、会いたいなんて手紙に書くから! わたくしだって我慢しているのに、やっぱり手紙を貰ったら声が聞きたくなるでしょう! しくしくしく……」

 あ、泣き出してしまった。うちのママはパパに対しては恋する乙女だ。
 涙を流す姿が美しすぎて、なんと絵になることか。
 両親は子供が七人もいるのに、いまだにラブラブである。パパはド迫力の強面ながら、ママに激甘、あの低音で耳元で囁かれたらママだけでなく私もイチコロである。ママはママで超絶美女ながら、七人も子供を産んだとは思えないほど可憐で乙女な人だ。

「ですから、会いに行かれたらどうです? 父上も待っていると思いますが」
「でも、まだこんなに小さなミリディアナちゃんを置いていくなんて、心配で心配で」
「大丈夫ですよ、今年は俺たちもこっちに残っていますし、侍女だっているし、セバスもいるんですから」

 セバスとは、うちの家令のことだ。うちの場合は、家令と執事はほぼ同義のようである。つまり使用人のトップということだ。最近覚えた。

「去年は帝都で子供ばかりに風邪が流行りましたからね。うちもアルトとバルトがかかりましたし、まだ小さなミリィを連れて帝都に行くのははばかられますが、ミリィの面倒は俺たちが責任もって見ますから安心してください」
「……まぁ、ディアルド、すっかり頼もしくなって! お母さま、嬉しくて泣いてしまいます」

 初めから泣いていたけど。
 ディアルドは苦笑しながらまだまだ泣き止まないママの背中を撫でた。

「定期的に近況報告を兼ねて手紙を出しますよ。何かあれば、すぐにお知らせしますから、行ってきてください。父上も今年は二ヶ月程度で切り上げてくると仰っていましたし、そのくらいであれば、母上は父上と一緒にいて、一緒に帰ってくればいいと思いますよ」
「ディアルド……本当に、本当に行ってもいいかしら?」

 ディアルドは私を抱っこすると、私の手をつかみ、手を振るように左右にゆらした。

「ええ、安心して行ってきてください」

 かくして、次の日にはママは帝都へ旅立った。ジュードに抱かれて、私も玄関でお見送りをする。

「やっと行きましたね。助かりましたよ、兄上。このままでは、母上がいつ壊れるかハラハラしていたところでした」

 ジュードのホッとした顔に、ディアルドは苦笑いだ。

「もうすでに壊れ気味だった。あれは夜も眠れていない顔だ。母上は父上と離れるのは一週間が限界だな。今回は十日ももったんだ、奇跡だよ」
「確かに……そういえば、父上に連絡したほうがいいのでは? 母上が帝都へ旅立ちましたと」
「もうした」
「え、いつ」
「一昨日。昨日は母上を無理やりにでも納得させて、帝都に送るつもりだったから」
「さっすがー」
(さっすがー)

 心の声がジュードとかぶる。年長者はママをよく見ている。


      ◆ ◆ ◆


 私は八ヶ月になった。
 最近では誰かに支えてもらわなくても一人でお座りができることがあるし、またハイハイも少しだけれどできるようになってきた。
 ママが帝都に行ってしまったのは寂しいけれど、私には兄たちがたくさんいるので退屈にはならない。
 それに最近では一日の兄妹ルーティンが出来上がりつつあるように思う。
 六人いる兄たちの性格は多種多様で、妹に対する接し方にもかなり違いがあるように見える。
 あ、丁度、一番上の兄ディアルドがやってきた。ディアルドは十一歳だが、まだ十一歳とは思えないほど大人びている。

「ミリィ、おいで」

 ディアルドに呼ばれ、満面の笑みでずりばいで向かう。ディアルドは私がやってくると、抱え上げて高い高いをしてくれた。楽しくて興奮気味になり、無意識に口に手を突っ込んでしまっていた。
 まだ手が小さすぎるからか、余裕で手の平まで口に入れることができる。きゃあきゃあ喜び、手がヨダレまみれになったころ、ディアルドは私を侍女に預けて去っていった。
 その後、ディアルドと入れ違いになるように三番目の兄であるシオンがやってきた。
 シオンは現在七歳。シオンは心が読めるため、うっかり心の中で変なことを言わないよう気を付けなければならない。そして案の定、最近シオンが私によく言うセリフが聞こえてきた。

「ミリィ、今日は言う気になったか? 『いけめん』って言ってみて」

 私はとにかく、なんのこと? と言いたげな顔できょとん顔を貫いている。
 シオンが去ったので、今日も乗り切った! とあんする。
 その後は侍女に庭の散歩に連れて行ってもらい、昼食をとった後で、お昼寝をする。お昼寝が終わったころに、二番目の兄ジュードがやってきた。
 ジュードは十歳だが、いまだ美少女に間違われる。そんなジュードは私を出窓のソファーへ連れていき、私を向かい合うように膝の上に抱っこして座らせた。

「ミリィ、今日もとっても可愛い」

 ジュードは私の顔じゅうにキスの嵐で、キスをもらえるのが嬉しくて私はニコニコしてしまう。

「くりんと巻いたまつ毛も、落っこちそうなぷくぷくのほっぺも、小さい口もなんて可愛すぎるんだ。この小さな手なんて、食べてしまいたいくらい愛らしい」

 ジュードは私の手の甲にキスをする。まるで愛しい恋人に贈るような言葉の数々だが、これはジュードにとっては恒例のやりとりである。
 最初こそ侍女たちは上気した顔でそのやりとりを見ていたが、最近はこれが通常会話と心得たのか、微笑ましい顔で様子を見ている。
 その後も恋人を口説くような言葉の数々が飛び出していたが、やがてジュードも用事がある様子で去っていった。
 次にやってきたのは、四番目五番目の双子兄アルトとバルトで、現在六歳。
 どうやらこの双子は侍女たちから要注意人物と思われているようで、他の兄のときは少し離れた所で私たち兄妹の様子を見ている侍女たちは、双子の場合は私まですぐそばの距離で待ち構えている。

「今日はいいものを手にいれたんだ。見て、ミリィ」
「俺たちが赤ちゃんのときに使ってたおもちゃを見つけたんだ」

 そのおもちゃは、さまざまな形の木枠と積み木で、木枠の型と積み木が対になっており、同じ形の積み木を木枠にはめて遊ぶ道具のようだ。私は新しいおもちゃに興味津々である。

「欲しいなら、あげるよ。ミリィ、欲しい?」
(欲しいー!)

 そのおもちゃを触ろうと、ずりばいでアルトに近づくが、もう少しでおもちゃに触れる、という直前に、アルトはそのおもちゃを少し私から遠ざけた。
 離れたおもちゃに再び近づこうとずりばい。おもちゃが少し離れる。ずりばい。おもちゃが少し離れる。
 それを何度か繰り返したころ、私は、自分のずりばいスピードが速くなっていることに気がついてちょっと得意げに双子を見た。
 実は双子に遊ばれていたことには気づかなかった。
 私を見て楽しそうな双子に、私も気分が良くて楽しくなった。
 やっと積み木を手にすることができた後、双子は積み木で一緒に遊んでくれた。一通りおもちゃで遊んでくれると、双子は去って行った。
 その後やってきたのは、一番下の兄エメルだった。エメルは四歳とまだ小さいながら、兄弟一の神童と名高い。
 今日は珍しく私のところへ来る回数が少なかった。いつも二時間に一度は私の顔を見に来るのだが、きっと勉学が忙しかったのだろう。

「ミリィ、今日は本を持ってきたんだ。一緒に見よう」

 エメルの指示で侍女にソファーに座らせてもらう。私が不安定に倒れたりしないよう、クッションで調整もされた。隣にエメルが座り、本を開いた。

「これは父上にもらった本なんだよ。僕らの住む国であるグラルスティール帝国のことが書いてあるんだ。これは地図だね、地図のこのあたりがダルディエ領、つまり我がダルディエ公爵家の領地だ。今いるこの邸宅もここにある」

 へえ、地図は初めて見た。我が家は領地持ちなのですね。

「ダルディエ領は帝国の最北端にあって、ザクラシア王国との国境があるんだ。そこの守備を任されているのが、父上が団長をしている北部騎士団なんだよ。いつも兄様たちが訓練に行っているのは、騎士団の訓練場なんだ。僕もいつかは騎士団の訓練に行くと思うのだけど、まだ未熟だから、邸宅内での基礎訓練までなんだ」

 少し気落ちした様子のエメルだが、それでも奮起した顔を私に向けた。

「まだ本物の剣も握らせてもらえないんだけれど、僕はミリィの兄様だから、強くなってミリィを守ってあげるからね」

 なんという頼もしい兄だろう。返事の代わりに笑みを向けると、エメルは私を抱きしめた。
 抱きしめられたエメルの背中越しに、侍女たちのほんわかした表情が見える。可愛い兄妹だと癒されているのは間違いないだろう。
 それからも、エメルが話し続けていたのだが、いつの間にか私はウトウトしていた。
 エメルが去っていくと、私はお風呂の時間である。お風呂に入り、食事をしたら、すぐに寝る時間となる。
 そんなこんなで、兄妹の一日があっという間に終わる。今日も兄たちと過ごせて楽しかったな、と思いながら、いつの間にか夢の中に誘われているのだった。


      ◆ ◆ ◆


「ミリィ、兄様のところへおいで」

 ジュードがしゃがんで呼んでいる。生まれたばかりの小鹿のように足と腕が若干不安定に震えるものの、確実にハイハイの形でゆっくりとジュードの元へ向かっていく。
 すぐにでも私の元へ駆け寄りたそうなジュードだったが、それでもぐっと我慢した表情で待ち構えている。最後の一歩、ジュードの胸に倒れ込むように突っ込むと、ジュードは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「よくできたね、ミリィ! さすが俺の可愛い妹!」
「ほんと、よくやったね! 上手だったよ」

 笑う妹をぎゅうぎゅうに抱きしめるジュードの横から、ディアルドが妹の頭をなでる。

(えへへへへ! すごく練習したかいがあるわ。褒められるのって、うれしい!)

 兄たちや侍女たちは、私が何をしても喜んでくれるし嬉しがってくれるから、ハイハイの練習だって楽しみながらできるというものだ。

「父上や母上が帰ってくるころには、すっかりハイハイマスターになれていそうですね」
「ははは、間違いないね。じゃあ、そろそろ俺にミリィを」

 渡しなさい。
 ニコっと笑うディアルドからそんな声が聞こえそうだが、ジュードは私を今以上にぎゅっと抱きしめると、ディアルドから少し離した。

「まだダメです」
「まだダメ、じゃないだろう。そろそろ訓練場に行かないと。その前に俺にも抱っこさせて」
「まだ俺も少ししか抱っこしてません。もう少し……」
「お前はどうせ、訓練を抜け出してミリィを触りに戻ってきているだろう! 俺はそんなことできないから今のうちに抱っこさせてくれ」
「兄上は真面目すぎるんですよ! ミリィのためなら、少しくらい抜け出す勇気を……」
「ミリィのためではなく、自分のためだろう! いいから、ミリィをこちらに」
(ああ、始まった)

 このやりとりは最近の毎朝のルーティンである。
 朝から騎士団の訓練場へ向かう兄二人は、朝早くにやってきては、こうして妹抱っこの取り合いをする。いつも言い争いをしながら、最終的に八割をジュード、二割をディアルドが限りある時間で抱っこし、訓練場へ向かっていく。
 今朝も想定通りの時間割りで抱っこ時間が終了し、二人の兄は訓練場へ向かっていった。
 すっかりシスコンな兄たちだが、これだけ可愛がられると私自身も悪い気はしない。
 いやむしろ、まんまとブラコン気味になってきている気さえしているのだった。


 邸宅南館一階の遊戯室でアルトとバルトと遊んでいたシオンは、そろそろ寝ようと自室へ向かう途中、階段の二階へ到着したときに泣き声を聞いた。

「……ミリィ?」

 泣き声は二階の妹の部屋の方向から聞こえる。妹はいつも夜八時には寝ているため、十時の今は熟睡中のはずである。ミリィの部屋へ近づき扉を開くと、その泣き声は大きくなった。
 妹は侍女に抱かれながらも、かなり大泣きしている。

「夜泣きなの?」
「シオン様! ……そのようです。今日はなかなか落ち着かないようで、ずっと泣いておられて」

 侍女はミリィの身体を揺らしながら、背中を手でトントンとしているが、泣き止む気配がない。

「かして」
「あっシオン様」

 侍女からミリィを奪う。侍女のように背中をトントンするが、やはり泣き止まない。そのとき、声が聞こえた。

(――こわいっいや! こわい!)

 それは恐怖の叫びのようだった。間違いなくミリィの声だ。
 一瞬戸惑ったが、すぐに大声を妹に発した。

「ミリィ! 起きろ! 起きろ!」

 急に大声を出したものだから、ミリィはビクッとなり、大きく目を開ける。
 やっと目が覚めたようだが、またせきを切ったように泣き出した。
 しかし、先ほどの恐怖のにじんだ声色とは違う、少し安心したような泣き声にホッとする。

「もう大丈夫だ。安心して寝ろ」

 背中をトントンしていると、声がだんだん小さくなり、ミリィから寝息が聞こえだす。
 そのまましばらく立って抱いていたが、やがてベビーベッドへミリィを寝かせた。

(こわい、とは『怖い』のことか?)

 こんな小さな体に振りかかる恐怖とはなんだろう? 
 シオンは眉根を寄せながら、妹の頭をなでつつ、しばらくその場で思案していた。


      ◆ ◆ ◆


「ミリィ、こっちへおいでよー」

 私のハイハイの練習にと、遠くから双子が呼んでいる。
 いつもは喜んで寄っていく私が、今日はエメルに抱きついたまま動こうとしない。
 だからだろうか、エメルは嬉しそうにしているが、呼びかけている双子はつまらなそうだ。

(今日は気乗りしないの)

 気持ちが鬱々として、兄たちと遊んであげる気にならない。
 それもこれも昨晩の夢見が悪かったせいだった。最近よく見る前世の夢は、いつも、あの結婚式場のもので、最後には殺されてしまう。
 毎晩見るわけではない。間隔としては七日から十日に一度くらいのペースだが、その度に恐怖がよみがえる。目が覚めると寝る前より疲れていて、気がるのだ。
 とはいえ、いつもならウィタノスに撃たれて死んだら目が覚めるのに、昨日の夢は違った。
 撃たれて死んで、そして次の瞬間には結婚式入場前に時間だけが戻っており、また殺される。
 つまりエンドレスなのだ。早く目が覚めて欲しいのに、起きられない。夢だと理解しているのに、自力ではどうしようもなくて、朝になって、いつも以上に疲れていた。

「ミリィ、抱っこしてあげるから、こっちにおいで」

 とうとうディアルドが私の側まで寄ってきて声をかけるが、私はぷいっと顔をそむけ、ますますエメルにくっつく。ディアルドは諦めたようにため息をついた。

「今日のミリィはご機嫌ななめだな」

 今日は兄たちにとって休日のようで、昼食の後、私の部屋にみんなが集まっていた。

「だからって、なんでエメルにばかりくっついてんの?」
「同じ兄様なんだから、こっちにも来てくれなきゃ」
「まあこんな日もあるさ」

 ムスっとしている双子に、ディアルドは苦笑する。

「俺は、これはこれで可愛くていいなぁ」

 小さな妹と弟の可愛い構図に、一人デレデレのジュードが言う。

「あーつまんない。なんでミリィは機嫌が悪いわけ?」
「たぶん、昨日も夜泣きしたらしいから、それのせいじゃないの」
「確かに、最近の傾向では、夜泣きの次の日は機嫌悪いな」

 双子とディアルドは妹に絡むのを諦めたのか、ソファーに座りテーブルに用意されているクッキーに手を伸ばした。
 そこではすでにシオンが紅茶とクッキーを楽しんでいたが、双子とは反対に、立って私へ近づいてきた。

「俺がたまたま廊下にいたときに、ミリィの泣き声が聞こえたんだ。いつもは夜泣きっていっても三十分以内には収まるらしいけど、昨日は一時間以上続いたらしい。そうだよな?」

 シオンは私に近づいて頭をなでながら、確認するように侍女に声をかけた。
 声をかけられた侍女は一歩前へ出て頷いた。

「はい。昨晩はいつもとは違うご様子で……。なかなか泣き止まれませんでしたが、シオン様があやされたら、ほどなくしてまた眠りにつかれました」
「なんだ、シオンには赤ん坊をあやす才能があったのか」

 感心したように言うディアルドに、一瞬得意そうな顔をしたシオンだったが、すぐにまた侍女たちに顔を向けた。

「ということで、お前たちは呼ぶまで外に出ていて」

 シオンの発言に、それぞれ戸惑いの視線を交わしあう侍女たち。
 それを見て、ディアルドが手を上げた。

「大丈夫、何かあれば声をかけるから、外に出ていて」

 安心させるように笑うディアルドに、侍女たちは頷き部屋を出ていく。
 侍女たちが出て行ったことを確認したディアルドがシオンに問う。

「で? 何かあるのか」
「ミリィのことだよ。昨日の夜泣き」
「うん? シオンがあやしたって話だろう」
「そこじゃなくて」

 シオンは私に顔を向ける。
 私は相変わらずエメルに抱き着いたままで、片方の指をしゃぶりながらシオンを見返した。

「泣き止ませようとして抱っこしていたら、声が聞こえた。『怖い』って」
「……怖い? それは心の声の話か?」

 なんと。まさか無意識に心の中で呟いていたとは。私の背中にぶわっと汗がふきだす。

「うん。というか寝言に近いものだと思うけど」
「えー、ミリィはまだ言葉しゃべれないじゃん。パパもママも言わないし」
「口でしゃべれないからって、心で何も話さないってわけじゃない」

 アルトの呆れ声に、シオンは淡々と答える。
 私は無意識にぎゅぎゅっとエメルを掴む手に力をいれた。

「まあ……確かに。じゃあ、ミリィが怖がっているとして、それは怖い夢を見たということか?」
「うん」
「ああ、ミリィ! 何て可哀想に!」

 ジュードが顔を歪め、エメルごと私を抱きしめた。

「兄様が夢の中まで助けに行けたらいいのに!」
「……本当に助けられるかも。というか、昨日思ったことがあるんだけど」
「何?」
「ミリィが泣くのは寝てるときだからさ。侍女たちは、ミリィを起こさないようにあやしているんだ。でもそれだと、ミリィはまだ怖い夢の中にいるから、怖いままで泣き続けるんだよ」
「それじゃダメというわけか?」
「うん。昨日はいったん大きな声で起こしたら、その後はすぐに寝入ったよ」
「……一度、悪夢から目を覚まさせる必要があるということか」

 ジュードは妹の頭をそっと撫でた。

「それじゃあミリィを起こしてしまうから可哀想だけど……怖がっているのに、そのままでいさせるほうがもっと可哀想か。……いったん、その方向で対応しますか、兄上」
「そうだね。起こすといっても、泣いているときだけだ。毎日の話ではないし」


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