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3巻

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    第一章 末っ子妹は巻き込まれる


 遊びに来ていたモニカがダルディエ領を去り、私と両親、ディアルドとジュードは、社交シーズンのために帝都へやってきていた。
 すでに初夏に入り、社交シーズンも中盤に差し掛かっている。
 夜会が行われる日、いつ見てもママは綺麗だと見惚みとれてしまう。夜会に参加するために美しく着飾ったママは、とにかく輝いていて、その横に立つパパもイケメンが増していた。相変わらずパパがかっこよくてデレてしまう。
 また同じく夜会に参加するディアルドとジュードも正装をしていたが、うちの兄たちはイケメンだなと思う。騎士服とはまた違った格好よさがあり、マントのように肩にかけている袖付き上着が、素敵さを際立たせている。
 ジュードは相変わらず女性的で綺麗な顔をしているけれど、正装姿の今日は普通に男性に見える。元々男性だけれど。
 兄たちは普段とは髪形も違うため、少し印象が違うのだ。これは夜会でモテるだろうなと思いつつ、お留守番の私はエメルと屋敷の玄関ホールでお見送りをする。
 テイラー学園に通う兄たちはみんな寮に入っているが、エメルは通いである。エメルはカイルの側近なので、皇宮で仕事があるからだ。そして今日はそのカイルがお忍びでやってきたので、エメルと三人で夕食をしてベッドに入った。

「いつか二人がいる時に、テイラー学園に遊びに行くね。今回は社交シーズンももうすぐ終わるから、来年になるかもしれないけれど」
「テイラー学園に?」
「うん。ディアルドが卒業する前から、もう何度も見学に行っているの。男の子としてだけれど」

 他の兄がいる時にテイラー学園の見学には行ったことはあるけれど、二人がいる教室には行ったことがないので、行ってみたいと思っていたのだ。
 カイルは驚いた表情をして、エメルはくすっと笑う。

「そういえば、前にジュード兄上に渡されるはずの手紙をミリィが添削したと聞きましたよ」

 それはジュードが卒業する前の話だ。

「だって手紙を拾ったのだもの。誰のだろうと思って、落とし主の名前を確かめるために中を見たら、ジュード宛てだったの。落とし主に返す前に言い回しが変なところだけ修正をしただけよ。そしたらその人、ちゃんとそれを清書してジュードに渡していたわ」
「でも相手は男性だったのでしょう」
「それはまあ……人を好きになるのは止められないもの。その手紙を貰ってどんな返事をするのかは、ジュード次第だから」

 私は別に男性が男性を好きになろうが、気にならない。ただ、ジュードがどんな反応をしたのかは想像できる。二人もジュードの反応が想像できるのか、エメルもカイルも肩を震わせている。

「でもミリィとテイラー学園で一緒に学べるのは楽しそうですね」
「そうだね。俺とエメルと三人で並んで座ろうか」
「それはいいわね! すごく楽しみになってきたわ!」

 もう寝る前だと言うのに、盛り上がる三人だった。
 エメルとカイルにお休みのキスを貰い、目を閉じる。モニカのお陰で前世の悪夢を見ることがなくなり、兄に囲まれて平穏な夢の中へ誘われるのだった。


  ◆ ◆ ◆


 社交シーズンが終わり、私と両親、ディアルドとジュードはダルディエ領に戻ってきた。
 私は十歳になった。この現世に生まれてもう十年も経ったのかと、感慨深いものがある。
 あと数日もすれば夏休みである。帝都から兄たちがダルディエ領へ戻ってくる日を、指折り数えながら待っていたある日。ディアルドがカロディー家へ仕事に行くとのことで、私も女の子の恰好でついて行った。
 実は二つお祝いしたいことがあったのだ。一つ目は三女ユフィーナがテイラー学園の試験に受かったことである。夏休み明けからテイラー学園に通うことになったらしい。
 ディアルドはいつものように執務室にこもってしまったので、私は久しぶりにユフィーナとお茶会である。

「ユフィーナ様、テイラー学園へ入学が決まって、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。これもミリディアナ様のお陰ですわ」
「いいえ、ユフィーナ様の努力の賜物たまものです」

 ユフィーナは私が助言をしたお陰だと思っているようだが、これまでユフィーナ自身が頑張ってきたことが実を結んだのだ。喜ばしい限りである。そして二つ目のことについても。

「それに、居候いそうろうだったお姉様お二方にはご退去願えたようで、本当に良かったと思います」

 ユフィーナは肯定こうていするように微笑んだ。
 そうなのだ、あの傲慢ごうまんな長女と次女、いや元長女と元次女と言うべきか、二人の追い出しが成功したのである。
 ユフィーナが経緯を説明してくれた。
 まずは元長女と元次女と繋がっていた家政婦長を辞めさせた。二人と一緒になってカロディー家のお金を使ったり、他の使用人に大きい顔をしていた家政婦長は、元長女と元次女の二人を追い出すためにも邪魔だったから。
 それから信頼できる者を新たに家政婦長に任命した。そして三女ユフィーナと長男レンブロンを見下す使用人は辞めさせ、元長女と元次女から屋敷に使う予算の管理権限を奪い返した。
 その後、使用人の味方を増やし、最終的には家族でもない、ただの居候いそうろうである元長女と元次女を追い出したのである。
 本来であれば、元長女と元次女が使い込んだお金は返してもらうべきだが、それに関しては不問にしたという。とはいえ今後一切カロディー家に関わらないことを条件にではあるが。
 テイラー学園に入る前のギリギリとはなったが、なんとか間に合ったとユフィーナはほっとした様子だった。それはそうだ。パパやディアルドやジュードが時々ここへ来るとはいえ、長男レンブロンはしばらく一人で生活をしなくてはいけないのである。
 ユフィーナも長期の休みになれば戻って来るだろうが、週末の短い休みに帰って来られるほど、カロディー領は帝都から近くはないのだ。だから少しでも憂いがあれば取り除いておきたいというのは、弟に対する姉心である。
 本当に良かったと思う。最近は私より二歳年上のレンブロンもだいぶ成長して、しっかりしてきたと聞いた。しばらくカロディー家は安心である。
 それから、明日はカロディー領の隣町で夏祭りがあるとのことで、ユフィーナとレンブロンと一緒に行く約束をした。ディアルドは仕事をするとのことで、一緒に行けなくて残念である。
 その日はカロディー邸にディアルドと一緒に泊まり、その次の日。
 護衛を連れて三人で隣町へ向かった。馬車で一時間ほどの距離であるが、なかなか大きい祭りのようで人が多くいた。
 今日は三人とも貴族というより、もっと軽装の商家の子女の恰好だ。迷子になるといけないので、私はレンブロンと手を繋ぎながら歩いた。小さい包み紙のお菓子が売っていて、たくさん買ってポケットに入れた。それからサルを使った見世物や人間が芸を披露しているのを見物した。

「少し休憩にしましょうか」

 ユフィーナの言葉に賛成する。楽しいが、人が多く歩きづらいため、足が痛くなってきていた。
 どこか座れるお店に入ろうと移動をするが、人が多すぎてなかなか前へ進めない。
 そんな時、レンブロンからくぐもった声がした。手を繋いでいるはずのレンブロンが、少し高い位置にいる。あれ? と思った時には、私も誰かに抱えられていた。
 男が私とレンブロンを左右に抱え、わらわらと人がいる間を器用にするすると抜けていく。護衛と目が合い、護衛がこちらに手を伸ばすが、人が多すぎて届かない。私とレンブロンはあっという間にさらわれてしまった。またなの? もう誘拐ゆうかいはごめんなんですけれど。


  ◆ ◆ ◆


 ガタガタと揺れる馬車。それは貴族が乗る馬車とは違い、乗り心地が悪く、椅子もない。ただの大きい箱に車輪を付けているだけの劣悪な馬車である。
 その箱の中には、私やレンブロンを含め、子供が数名乗っていた。手は縛られ、口に布を当てられているため声も出せない。レンブロンは気を失ったままだ。私以外にも何人か目を開けた子供がいるが、みんなおびえていた。
 どうやら子供ばかりを誘拐ゆうかいしているようだ。たぶん、私やレンブロンも子供というだけでさらわれたのだろう。貴族の子を狙って、という理由ではないと思う。他の子供の服装はまちまちだが、この中では私とレンブロンが一番良い服を着ていることは間違いない。他は平民の子たちであろう。
 さらわれた時はまだ昼間だったが、唯一馬車に付いている格子付きの窓を見るに、すでに夜になりかけているのは分かる。
 今回私は二度目の誘拐ゆうかいである。さらわれたのが今度は一人ではないこともあり、私は落ち着いていた。誘拐ゆうかいされた先輩? として、誘拐ゆうかい解決に向けて冷静に状況確認に努めるのだ。
 以前はザクラシア王国でシオンとも連絡が付かず不安だったが、今回はすでにシオンと連絡ができていた。夏休みのため、双子と共にダルディエ領へ帰郷の途中だったらしいが、進路を変更し、今こちらに向かっているという。
 ただ、向かっているとはいえ、私が今どこにいるのかは分からないので伝えられない。馬車が走った時間を考えると、祭りのあった街からそこまで離れていないとは思うが、シオンはどうやってここを見つける気なのだろう。
 でも、ユフィーナか護衛が、ディアルドにも連絡をしてくれているだろう。だからさらわれているとはいえ、恐怖はまったくなかった。兄たちが迎えに来てくれるのは、分かっているからである。
 問題は、どれくらいの子供たちがさらわれているのかだ。この馬車の中には子供が十名ほどいるようだが、これから向かう先にも、他にさらわれた子供がいないとも限らない。
 シオンには子供がたくさんいることは伝えてあるので、どうにかしてくれるとは思う。でも、シオンは私さえ連れ戻せれば他はどうでもいいタイプである。シオンにはもう少し、「みんなと一緒に助けてね」とアピールした方がいいかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、馬車が止まった。とりあえず目をつむり、気絶しているフリをしておいた。馬車の子供たちは大人の手により運ばれ、石畳の牢のようなところに放り込まれた。
 予想どおり、その牢には子供がたくさんいた。私たちより先にさらわれてきた子供のようだ。
 牢の出入口は鉄格子でおおわれている。出入口とは反対側の天井付近には、鉄格子付きのガラスのない小さな窓がある。その窓の向こうには地面らしきものが見えるので、ここは半地下なのかもしれない。
 牢の中の子供たちは、大きく騒いではいなかった。静かに泣いているか、諦め顔か、怖くて震えているかのどれかである。口をふさいでいた布と手を縛っていた紐は牢を閉じる前に取ってもらえたため、身体的には自由といえば自由である。
 レンブロンはまだ気絶している。この子、幸せだな。
 しばらくすると足音がした。やってきた男が牢の鍵を開け、おびえる子供たちの顔を確認すると、一人の少年を連れ出した。

「ああ、こいつだ」
「カナン! おい! 離せよ!」

 連れていかれようとする少年の知り合いだろうか、隣に座っていた少年が男に飛びかかった。

「お前は呼んでねぇ! すっこんでろ!」

 男はあろうことかナイフを持ち出し、飛びかかった少年の手を切りつけた。

「アナン! 俺は大丈夫だから!」

 男はカナンと呼ばれていた少年を一人連れ出して、牢の鍵を掛けた。連れ出されていく少年は、切り付けられた少年を心配そうに振り返りながら遠ざかっていく。私は慌てて倒れ込んだ少年に近づいた。

「大丈夫?」

 スカートの背中に結んでいたリボンをほどき、アナンと呼ばれた少年の手を取った。
 そうして切り口にリボンを結んで止血しようと思ったが、その手には血こそ付いているが、傷がほとんどなくなっていた。

「……」

 驚いて見ていると、アナンは気まずそうに手を隠した。

「気にするな」
「……分かった。さっきの子、カナンだっけ、は君の友達?」
「……妹だ」
「そうなの⁉ 男の子かと思った」

 カナンは短い髪で、服も少年のものだった。よく見ると、アナンが着ている服の生地が良いものだと分かる。

「アナン、君ってもしかして貴族?」
「……違う!」

 うーん、少なくともお金持ちのような気はするけれど。

「アナンもさらわれてきたの?」
「お前はそうなのか。俺は違う。売られたんだ」
「売られた?」
「……さっきの、見ただろ。傷」

 切られたところが治った、傷。

「……うん」
「あれが気持ち悪いってさ。俺もカナンも……エナンも」
「エナン……も、ここにいるの?」
「いない。死んだ」

 泣きそうな顔をぐぐぐっと我慢すると、アナンは下を向いた。

「……もう俺にはカナンしかいないのに」

 そのカナンも連れていかれてしまった。

「……もし、ここから無事に帰れたら、アナンとカナンに帰る場所はあるの?」

 顔を上げたアナンは、きっと私をにらんだ。

「あるわけないだろ! 売られたって言ったの、聞いていなかったのか? 捨てられたんだ、俺たちは!」

 急に大声を出すので、子供たちがびくびくしている。そして、この大きな声でレンブロンが目を覚ましたらしい。もっと寝ていればいいのに。

「捨てたのは親なの?」

 私はぐっと顔をアナンに近づけた。

「それは……」
「そうなのね?」

 私に圧倒されたように、アナンはこくっとうなずいた。
 そうか、助け出されたところで、他の子と違ってアナンとカナンには帰るところがないのか。
 私はアナンに抱きついた。震えるアナンを落ち着かせるように。

「大丈夫。うちに連れて帰るから」
「え」

 アナンを離し、私は笑う。

「遠慮しなくていいのよ。無償で食べさせるわけではないもの。出世払い!」
「え?」
「アナンとカナンが二人で離れずに暮らせるなら、それがいいでしょう?」

 ポカンとしていたアナンの瞳に、希望と力強い意志のようなものが輝いた気がした。
 その時、小さく犬の遠吠えが聞こえた。
 目が覚めたばかりのレンブロンは何が何だか分からないようで、牢の様子や犬の声におびえ、私の手を握ってきた。しっかりしてきたと聞いていたが、おかしいな。せめて年下の私がいるのだから、見かけだけでも虚勢くらい張って欲しいものだ。
 たぶんそろそろ来る。
 私は立ち上がり、出入口とは反対側の天井付近にある鉄格子付きの窓に近づく。

「ど、どうしたの?」
「大丈夫だから。レンブロン様、少し離れてくれる?」

 戸惑いながら少し離れたレンブロンを確認し、また窓を見る。すると音もなく獣の足が現れた。そしてすぐに狼の顔がこちらをのぞく。

「三尾!」

 犬のような遠吠えが聞こえたとき、それがすぐに三尾だと分かった。遠吠えが聞こえるということは、鼻の良い三尾のことだ、まもなくここを見つけるだろうと思っていた。
 シオンかディアルドかは分からないが、私がさらわれた時点で、北部騎士団へ伝書鳩でも飛ばしてくれたのだろう。
 馬車が止まった時点で、シオンにそれを連絡していたため、あとはさらわれた街から日が暮れる前に馬車でいける範囲を逆算すれば、私の居場所はだいたい絞れる。
 その後は三尾の足の速さと鼻の良さで、ここまでやってこられたわけである。
 そう推測しているうちにネロが顔を出した。

「お嬢、いたぁ。元気そうだねぇ」
「うん。子供がたくさんいるの。全員連れ出したいのだけれど」
「了解了解。任せて」
「あと、さっき一人連れていかれちゃったの。その子も連れ出したいの」
「わかった。すぐに状況把握するから、待ってて。それよりお嬢、怪我とか熱とかはない?」
「大丈夫」
「それはよかった。まずはそれを伝えないと、キレてる人が多いからね。じゃあ、もう少しお待ちあれ」

 ネロと三尾は去っていった。これで、もうほとんど解決と思っていいだろう。私たちは大人しく待っているだけでいい。
 振り返ると、子供たちが私を見ていた。

「もう少しで解放されそうよ。だから大人しく待っていましょう」

 レンブロンの横へ行って座ると、私も大人しく待つことにした。


  ◆ ◆ ◆


 ――ガン! ガン! ガン!
 牢では子供たちが出入口の鉄格子から離れ、おびえまくっていた。私も出入口から何が飛んでくるか分からないため、怖いわけではないが用心のために離れていた。
 シオンが出入口の頑丈な南京錠をりまくっている。双子も遠巻きにして見ていないで止めてほしいのだが。あんな風にるよりも、鍵を持ってきた方が早いのではと思っていると、南京錠が壊れた。執念である。
 ドアを開けると、シオンは他の子供に目もくれず一目散にやってきて、私を抱き上げた。

「大丈夫か!」
「大丈夫よ。さっきもそう言ったのに」

 シオンがここにやってきた時、鉄格子越しに真っ先に話をしたのだ。

「ちゃんと触ってみないと分からないだろう」
「大丈夫。ほら、見て? 怪我もないでしょう?」
「……そうだな」

 シオンは息を吐いた。心配を掛けたのは、本当に申し訳ないと思う。だからシオンを抱きしめた。

「助けに来てくれて、ありがとう」
「ああ」

 双子もこちらへやってきた。

「アルト、バルト、助けに来てくれてありがとう」
「ヒヤヒヤしたよ。無事で良かった」
「体調も悪くないね? 顔色は良さそうだけれど」
「大丈夫。ミリィは元気よ」

 最近いちいち色気を出す双子である。私の左右の手を取って、それぞれの甲にキスをした。

「子供が一人連れて行かれてしまったのだけれど、どうなったのか知っている?」
「あー、なんかそんな話聞いたね。ネロがディアルドに言っていたから、どうにかしていると思う」

 どうにかって何だ。正しい情報が欲しいのだが。
 警備兵が入ってきて、子供たちが助け出されていく。レンブロンやアナンも連れ出され、私たちも外へ出た。

「ミリィ!」

 ジュードが走ってきた。シオンから私を奪うと、ぎゅうぎゅうに抱きついてくる。

「あぁぁぁー! 俺のミリィが無事でよかった!」
「ジュードも助けてくれてありがとう」
「もちろんだよ」

 ジュードから視線を横に移すと、いつの間にかそばにディアルドが立っていた。ほっとした顔で私の頭をひと撫ですると、また去っていく。警備兵の統率や子供たちの保護の指示やら、いろいろとあるのだろう。

「あ、ジュード、下ろして」

 ジュードが下ろしてくれたので、私は見つけたアナンとカナンのところへ向かった。

「カナン、大丈夫だった?」

 服には少し血が付いていて、私は眉を寄せた。

「カナン、この人が助けてくれたんだ」

 アナンが私を示して言う。

「え、違うよ。助けてくれたのは、私のお兄様」
「でもお前のお陰だろ?」

 うーん? 私は状況をシオンやネロに伝えただけで何もしてない。ということは、私がさらわれたお陰と言いたいのかな? 苦笑してしまう。

「カナン、血が付いているけれど、怪我は大丈夫?」
「あ……それは、もう」
「……治ったのね?」

 カナンはびくっとした。私の反応が怖いのだろう。親にさえ、気持ち悪いと言われてきたのだ。気持ち悪くなんてないのに。私は安心させるようにカナンの両手を握った。

「もう治ったとしても、痛かったでしょう? 体調が悪くなったりしていない?」

 カナンは首を振る。
 体調は悪くないと聞いて、少しほっとしたものの、酷い扱いをされたのだろうと察して胸が痛い。カナンが連れ出された時は血が付いていなかったので、助け出されるまでの短時間に怪我をしたということだ。先ほどアナンもナイフで躊躇ちゅうちょなく傷つけられたし、もしやカナンはわざと傷つけられて、傷が治るか確かめられていたとか? そうだとしたら、許せない。

「私が怪我するよりも、アナンがいなくなったらどうしようってことの方が怖かった。だから、助けてくれてありがとう。またアナンと一緒にいられる」
「二人とも助かって良かったわ。やっぱり兄妹は一緒にいなくちゃね。二人とも生きているなら、今後もなんとかなるから」
「今後も?」
「うん。体調が大丈夫なら、この後少し話をさせてくれる?」

 二人は顔を見合わせると、うなずいた。


 それから十日後。
 ダルディエ邸の敷地内にある私の家では、アンとラナ、そして新たにここに住むことになったアナンとカナンが加わって共にお茶会をしていた。男の恰好をしていたカナンは、今は女の子の恰好をしている。
 あの後、アナンとカナンには親に捨てられた経緯を詳しく聞いた。失礼だとは思ったが、今後どうするべきか考えるには、情報が必要だった。
 服から予想した通り、アナンとカナンは、リカー子爵家という貴族の長男と長女だった。
 元々はエナンという次男を加えて三つ子だったという。
 生まれてから数年後に、三人は傷が早く治る体質だということが分かった。それを父親であるリカー子爵は気持ち悪がった。
 三つ子の母が亡くなった後、リカー子爵の愛人だった女性が後妻となった。後妻との間に子供が生まれると、ただの政略結婚で婿養子だったリカー子爵は、傷が治る三つ子をうとましいと思った。
 ある日、エナンの姿が見えないことを二人が尋ねると、リカー子爵はエナンを養子に出したと言った。
 子爵の様子がおかしいことに気づいたアナンは、カナンを連れての家出を決意。カナンは自身が女だとバレないように、髪を切り、少年の服を着て誤魔化そうとしたのだという。
 ところが家を出る直前に、二人とも子爵に捕まり、そのまま『養子』に出されてしまった。
 そこで二人は次男のエナンは実は人身売買に出されていて、しかも傷が治るのを面白がった買い主の手で、傷つけられ殺されたという痛ましい事実を知った。
 そこに私たちがさらわれてやってきた。
 私たちが連れ去られたのは、子供を売買している元締めの組織だったという。そこにエナンを殺した元買い主が、アナンとカナンが売りに出されていると聞き、やってきた。
 カナンは連れ出された先で、エナンのように傷が治るのかを確認するために傷つけられていたらしい。そこにディアルドが警備兵と共に突入した。
 人間を売買することは禁止されている。当然子供を売買していた元締めは捕まり、エナンの元買い主を含む子供を買った客たちも捕まった。過去に売買された子供たちについても、これから徹底的に調査すると聞いた。
 それにしてもリカー子爵は許せない。それはアナンもカナンも同じ思いである。
 どうにかならないかとディアルドに言ったところ、ディアルドも許せないと思っていたようで、手を打ってくれた。


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