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3巻

3-3

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 ミリィは小さいころからほとんど泣かない。心当たりがあるのは夜に悪夢を見ていた時くらいで、それ以外で泣くのは、本当に珍しいことだった。

「ミリィは本当はここに来たら駄目だったの?」
「え?」
「いつもミリィがここを通るのが問題になってて、カイルお兄さまの迷惑になってた?」

 しゃっくりを上げ、すごく悲しくて泣いているのが伝わってくる。

「迷惑かけたから、カイルお兄さまがミリィを嫌いになってたらどうしよう」
「……そんなことないですよ」

 なんでそんな話になっているのか。これ以上放っておけなくて、ミリィを抱き上げた。そしてミリィと相対していた近衛騎士を見る。

「何を言ったのですか?」
「じ、自分は、ここを通さないよう、見張っていただけで」
「ミリィの名は通行名簿に載っていますが」

 手続きをせずに行き来できる人間は名簿になっていて、エメルを含めた側近やミリィ、他にも数名の人物は通常、チェックなく通れることになっている。
 ようやく自身の落ち度に気が付いたのか、その騎士は交代に来た近衛騎士を見た。近衛騎士はエメルの言葉にうなずくと、ミリィの前に立つ新入りの彼に向かって厳しい表情で詰問した。

「なぜ確認しなかった」
「た、確かに、その名前は拝見しましたが、その、少女だとばかり……このような姿とは思わなかったので」

 エメルは目をすーっと細めた。

「……そうだったとしても、名前を確認するべきです。あなた方はここにやってきた人すべてを、いつも、見た目だけで判断をしているのですか? 名前や所属、他にも確認する点はあるでしょう」

 ミリィが子供だから、あなどって確認すべき点をしなかったのだろうということは想像できる。
 ちらっとかたわらの近衛騎士を見ると、彼は気まずそうに姿勢を正した。

「申し訳ありません。指導を徹底致します」
「そうしてください。それと、ミリィが普段から男装をすることもあると周知していますが、その引継ぎはしていなかったのですか?」
「申し訳ありません。その周知も徹底致します」
「ええ、お願いします」

 ミリィを抱えたまま階段を上る。ミリィはエメルの肩に顔を付けたまま、下を向いて泣いている。落ち着かせるように背中を撫でるが、泣き止みそうにない。泣いて興奮しているのか、身体が熱くなるばかりである。
 それからカイルの執務室に入ると、お茶の用意をしているソロソが先に、ミリィが泣いていることに気づいた。

「……どうしたの」

 ソロソの声にカイルが顔を上げた。ペンは書類の上をまだ走っていたが、ミリィの異変に気づくとペンを止めた。

「ミリィ? どうしたの」

 カイルの声にも顔を上げないミリィは、エメルにしがみ付いている手に力が入った。

「階下の警備に階段を通ってはいけないとミリィが止められていました」
「……は?」
「それで、カイル様に嫌われたかもと泣いているんです」

 エメルはミリィから聞いた話と階下で近衛騎士と話した内容から、だいたいのことは理解していたため、それをカイルに説明する。
 カイルには珍しく、焦った顔でミリィに弁解していた。

「ミリィは階段を通っていいんだ。ミリィがあそこを通ることに警備上何も問題になっていないし、迷惑になってもいない。今後ミリィが通ってはいけないなんて言うことも絶対にない。誤解だよ。警備の方が間違えているんだから。ね、お願いだから、こっちを見てくれないか」

 微動だにしないミリィ。

「ミリィはいつでもここに来ていいんだ。俺はミリィが好きなんだ。嫌いだなんてとんでもない。会いに来てくれないと俺が悲しい。だからお願いだ、俺を見てくれないか」

 痺れを切らしたカイルは、少し据わった目でエメルを見る。

「……エメル、ミリィをこっちに」
「今のミリィが、そちらに行くと思いますか?」
「……」

 カイルは頭を抱えている。そして離れたところでソロソは口に手をやり、肩を震わせていた。楽しそうだな。いつも頭の上がらないカイルの、焦った姿が楽しいのだろう。
 それからミリィを止めていた新入りとその上司の近衛騎士二人が呼び出された。
 名前を確認しなかったことを改めて責められ、史上最高に機嫌の悪い皇太子に真っ青になった新入り騎士は平謝りしていた。それから新入り騎士は眼前の皇太子に圧力をかけられながら、皇太子の指示であんなことになったわけではないことをミリィにしっかりと説明し、謝罪をした。また、上司である騎士も引継ぎができていなかったことも謝罪をした。
 カイルの指示で近衛騎士二人は出ていき、エメルはミリィを抱えたままソファーに座る。エメルの横にカイルは移動した。

「聞いた? 誤解だったんだ。だから、そろそろ俺をいつもみたいに抱きしめてくれないか」

 ミリィがもぞもぞと動いた。まだ手はエメルを拘束したままだが、首をカイルの方へ向けた。やっとカイルと話す気になったようだ。

「ほんと? ミリィまた来ていいの?」
「もちろんだよ。他の人が俺のことで何か言っても、それは違うから信じないで。ミリィは俺が言うことだけを信じてくれればいいんだ」
「ミリィを嫌いになってない?」
「なるわけないよ! いつも言っているでしょう。俺が好きなのはミリィだけだよ」
「……」
「こっちへおいで、ミリィ。せっかく来たのに、俺に抱きしめさせてもくれないの?」

 ミリィは上体をエメルから離した。まだ目の周りに涙が付いていた。カイルが両手を差し出すと、ミリィはエメルからカイルへ体を移動させる。カイルはミリィの涙をキスで吸い取り、そして抱きしめた。


「ミリィを傷つけてごめん。もうこんなことないようにするから」

 本当に。
 カイルもほっとしただろうが、エメルも同じくらいほっとした。大事な妹が悲しむと、兄も辛いのだ。
 あの新入りの近衛騎士は、カイルの説諭せつゆで既にずいぶん肝が冷えただろうけれどそれはそれ、エメルはエメルで、妹が泣かされた分の礼はさせてもらう。
 笑顔の奥に計画を隠したエメルは、機嫌が直ったミリィと共にお菓子とお茶での時間を楽しむ。その間、カイルは膝の上からミリィを離さなかった。


  ◆ ◆ ◆


 私は十一歳になった。
 夏がやってきて、ダルディエ領へ戻った私は、ついにブラジャーの開発に乗り出した。
 ブラジャー以前に、実は驚くことに、この世界には下着という概念がない。
 あえて下着というなら女性の場合はコルセットやペチコートくらいだ。人によってはスカートの中に薄手の膝丈のズボンを履いている人もいるようだけれど、それは少数派。
 だから、ほんの数年前まで、みんなノーパン。
 もう一度言う。みんなノーパンだった。ただ、大人の女性と違い、女の子は寝転がったり暴れたりするので、スカートの下に膝丈くらいの薄いスパッツのようなズボンを穿いている。私も小さい頃は穿いていた。
 前世での中世ヨーロッパなんかは、ノーパンだったとかペチコートが下着代わりだったとか色んな説があるけれど、まさかこの世界にも下着の概念がないとは思っていなかった。
 そういうわけで、衛生面なんかも考えてどうしてもパンツは欲しくて、パンツに関しては数年前に、ジュードに開発を依頼して完成している。レックス商会でも販売を始めているので、ここ数年で貴族も平民もパンツを穿くのが一般的になってきた。
 パンツが普及してきたので、今度はブラジャーの開発というわけだ。
 現在の胸まわりの下着といえばコルセットだが、一度私も試しに着てみたけれど、腰や胸がかなり苦しく、息もしにくい。今はまだコルセットを着用する歳ではないけれど、いずれは必要になるだろう。
 でもできれば着用したくない。現世のコルセットの作りでは、健康を害する気がするのだ。
 そこで、コルセットの代わりと言ってはなんだが、前世のブラジャーを思い出し、ジュードに開発を提案した。
 数年後には私も胸が大きくなる予定(願望)なので、それまでにはどうにか納得できるブラジャーを作りたい。
 構想を練っているうちに夏休みとなり、シオン、双子、エメル、カイルが続々とダルディエ領へ帰ってきた。
 恒例の湖での水遊びだが、今年は私の水着に改良を加えている。前は足を出さないようにするためにワンピースタイプの水着の下に膝までのズボンをはきこんだスタイルだったのだが、今年は思い切って太ももを出すデザインで作ってもらった。キャミソールのような上の水着に、ブルマ型の下の水着を組み合わせたセパレートの、生足がでるタイプのものである。
 女性は足を出すことを良しとはしない現世なため、ジュードはしぶしぶという形であったが作ってくれた。兄たちに披露すると、ディアルドは案の定、足を出しすぎだと言ったが、双子は「かわいいじゃーん」と笑っていた。
 ただし兄たちの共通の意見として、この水着は屋敷の湖でしか着てはいけないというルールは付けられた。ようは、家族以外の男性には見せては駄目、ということである。
 このタイプの水着はまだ販売にこぎつけるのは難しそうだ。ただズボン付きのワンピースタイプは年々ラウ領なんかの水遊び文化のある場所で人気となっているらしく、海水浴をする人も増えてきているとのことだった。
 そして夏休みはあっという間に終わり、学生の兄たちは帝都へ帰った。
 夏休みの後、以前文献に書かれていた猫のナナの涙が万能薬になる、という件がついに証明された。それというのも、偶然ナナがあくびをしている時に涙が流れているのを発見して、採取ができたのだ。
 ただ誰もケガをしていないので効能を試しようがないと思っていると、話を聞いたジュードがあっさりナイフで自分の指を切った。
 そういうことは止めてほしい。
 たまらずジュードを怒ったら、良かれと思っただけでもうしないと言うので許した。
 ジュードが自分を実験台にしてナナの涙を付けてみたら、傷がみるみるうちに治ってしまった。すごいとは思ったが、これは家族以外の誰にも言うべきでないと判断した。だからナナの涙について知っているのは、私と兄たちとパパとネロだけである。
 冬になり、今年はダルディエ領は大雪の日が続いた。とにかく寒くて、風邪をひいてはいけないからと、騎士団へ行く日が極端に減った。それでも体力をつけることは止めたくないので、ディアルドとジュードの運動メニューの元、屋敷の中で体を動かした。
 アナンとカナンは家庭教師の先生が同じおじいちゃん先生なので、毎回ではないけれど、共に勉強することもあった。
 アナンは勉強が嫌いなようだが、意外と覚えは早いと思う。カナンは勉強熱心で、先生もよく褒めている。カナンは使用人としても呑み込みが早いと家政婦長も褒めていた。本人は早く私の侍女をやりたいと息巻いているが、いつも私を見る目が異様で、私としてはカナンが侍女になるのはまだ先でいいと思っている。
 それからカナンは髪が伸びてすごく可愛らしくなった。最近では服を仕立てる技術をめっきり伸ばしたアンが作った服を着ているのだが、ところどころにある斬新なデザインがカナンにとても似合っている。
 アンの妹のラナも最近はアンの洋服作りに興味があるようで、将来は姉妹で仕立て屋となる可能性もあるかもしれない。
 そして社交シーズンがやってきた。
 帝都へ向かった私はアカリエル公爵邸によく顔を出した。最近シオンはあまり天恵の訓練にやってきていないというが、私としてはオーロラをブラコンにし、ノアとレオをシスコンにする使命があるのだ。
 ただ実際のところ、私の役目はもう終了でもいいかもしれない。オーロラはすっかりブラコンであるし、ノアとレオもバリバリのシスコンに育っていた。
 オーロラは天恵の訓練を始めたようで、もう二人でいても前のように私が飛ばされることもない。オーロラは私に懐いてくれているし、とにかく可愛くて、これは兄でなくともメロメロになる。
 そんなふうにテイラー学園に顔を出したり、皇太子宮でお茶をしたりしているうちに、あっという間に一年は過ぎ、私は十二歳になった。すぐに夏休みに入り、学生の兄たちも帰ってきた。
 今年はなんとシオンが学園を卒業した。全然勉強をしていなかったはずなのに卒業試験も軽々パスしたようで、たぶんシオンにしか使えない技を使っているに違いない。シオンは卒業後何をするつもりなのか。パパとは話し合っているはずだけれど、よく分からない。今度聞いてみようと思う。
 その年の夏休みもあっという間に終わって、双子とエメルとカイルが帝都へ帰った。
 まだ夏休みが明けたばかりの残暑の時期、珍しい人がダルディエ領へやってきた。ラウ公爵家の長男ルーカスである。これから一年間、北部騎士団で訓練をするのだという。そのため、うちに住むらしい。
 ラウ公爵家では代々、男子を自領の東部騎士団ではなく、他の騎士団で修業をさせる伝統があるという。ルーカスのパパも昔うちに修業に来たことがあるらしい。今年はにぎやかな年になりそうで、とても嬉しいのだった。



    第三章 末っ子妹は切磋琢磨せっさたくまする


 その日、北部騎士団で乗馬の練習を終えた私は、休憩がてら端っこに座って騎士たちの訓練を見ていた。一足先に訓練を終えた騎士たちの方は水瓶みずがめそばに集まり、上半身裸で水浴びをしている。秋になったとはいえ、身体を動かすと暑くなるのは当然だ。
 騎士たちの引き締まった体や筋肉を見ながら、あの筋肉をつけるには、私の場合、あとどれくらい頑張ればいいのかと思う。筋トレをしているのに、騎士たちのような肉体美にはなかなか程遠い。

「おーい、何やってるんだ?」

 ぼーっとしていると、訓練中だったラウ公爵家の長男ルーカスが、私の目の前で手を振っていた。

「ミリィもあんなふうに筋肉つけたいのに、難しいなーって考えてた」
「なんだそれ。うちの姉上たちみたいに用もないのに騎士団へやってきて、騎士の裸をのぞいているのかと思った」
「裸を見ていることは間違いないわね。あそこまでボコボコしていなくてもいいのだけれど、もう少し筋肉がつくといいなと思うの。ねえ、見て。腕立て伏せしているのに、力こぶができないのよ。おかしいと思わない?」

 私は腕を曲げ、滑らかな上腕二頭筋を見せた。

「腕立て伏せだけじゃ駄目なのかしら」
「俺の見る?」

 半袖のルーカスが腕を曲げると、力こぶができた。やせ型だがしっかり訓練をしているだけあって、筋肉はちゃんとある。しかし少しムッとしてしまう。

「見せびらかさなくてもいいのですけれど?」
「お前、変なこと気にしてるのなー。うちの姉上のほうがまだ健全な気がしてきた」
「あのね、昔から騎士たちの裸を見てきているし、お兄様たちの裸も普通に見ているのよ。どうしてわざわざのぞいたりする必要があるの? たとえルーカスがすっぽんぽんでも気にしないわ」
「そこは気にしろよ……」

 ルーカスは呆れ顔である。

「それよりも、気になることがあるのだけれど。ちょっと立ってみてくれる?」
「なんだよ?」

 ルーカスが立つのに合わせ、私も立つ。身長が全然違う。同じ十二歳でここまで差がでるものだろうか。

「ねえ、ルーカスの身長は?」
「百五十五センチくらいだったかな」
「……うそでしょ。ミリィって百四十センチくらいしかない」

 私は体もあまり大きくない。とてもルーカスと同じ年齢とは思えないのだ。

「うちのパパとママ、二人共身長が高いから、ミリィも伸びるはずと期待しているのだけれど。ママくらいの身長に憧れているの」

 ママの身長は百七十センチを超えている。百九十センチはあるパパと並んで立つと素敵なのだ。

「別に小さくてもいいじゃん」
「嫌よ。背が高い方がドレスも綺麗に着こなせるでしょう。うちのママが夜会のドレスを着ている姿、超絶素敵なのよ。あんな風にミリィもなりたい」
「公爵夫人は確かに綺麗だけどさ。身長低くても綺麗な人はたくさんいるじゃん」
「もう! 分かってないんだから! そういう話をしているんじゃないの!」
「何、急に怒ってるんだよ?」

 身長低くても、などと妥協案を言われると、私の身長が高くなるのはもう無理だ、と言われているような気になる。ママが理想な私としては、すごく悲しい。
 その後ルーカスはすぐに訓練に戻っていった。
 一年も親元を離れなければいけないのにもかかわらず、ルーカスはいつも楽しそうだ。訓練が好きなようで、東部騎士団とは違った訓練に興味津々であるし、いつも姉たちに囲まれていた生活から、兄たちに囲まれる生活に変わったのも楽しいらしい。
 勉強も必要ということで、同じ年ということもあり一緒に家庭教師から勉強を学んでいるものの、ルーカスは頭も悪くない。やはり次期ラウ公爵として、色々と学んできたのだろう。
 ルーカスが来たことで、私にも刺激があった。体格や体力など身体面では勝てる要素が何もないのだ。少しでもその差を埋めたくて、私もより一層体力づくりに励んだ。もちろん勉強は負ける気はない。
 ルーカスのことを勝手に心の中でライバル扱いして、もっと自分みがきを頑張るのだった。


  ◆ ◆ ◆


「ねぇ、いいでしょ、ジュード」
「うーん」

 妹のミリィの言葉を聞きながらジュードは入浴していた。浴槽から出した長い髪を使用人たちが洗っている。
 同じ風呂場の衝立ついたての向こうでは、ミリィがずっと話をしている。とある提案を受けている最中だが、その提案に関しては、ジュードの独断で判断するわけにはいかない。少なくとも学園を卒業してダルディエ領に戻ったディアルドとシオンとは相談をする必要がある。

「少し考えさせてほしいな。今日明日決めなくてもいいでしょう」
「わかった。でも駄目って言わないで。お願いジュード」
「きちんと考えるから。兄上にも相談する必要があるしね。ほら、もう上がるよ。いい子で部屋で待ってて」
「はぁい」

 ミリィが部屋を出ていく音がする。
 髪を洗い流し、身体を綺麗にすると、下着とバスローブを着用した。バスルームから出ると、ジュードの部屋では、ソファーの上でミリィが本を読んでいた。その横に座り、片手でミリィを抱き寄せる。

「何を読んでいるの?」
「『筋肉の鍛え方と筋肉づくりの食事』という本よ」

 また変なものを読んでいる。現在ミリィの中では筋肉が流行のようである。
 使用人が濡れた髪を手入れするに任せながら、つい小さな溜め息が出てしまう。
 最近、ミリィはルーカスのことが気になって仕方がないようだった。最初はウェイリー以来の好きな男なのかと焦ったが、どうやらそういうことではないらしい。
 身体が強くないミリィは、数年前から体力づくりのために歩いたり、走ったり、体幹を鍛えたり、筋肉トレーニングをしたりと頑張っている。ミリィの頑張りの成果か、最近は昔より熱が出ることが少なくなったし、身体が強くなった気はする。
 けれど、ルーカスの影響で体力づくりを超えた身体づくりにまで精を出すようになった。無理をしないように注意して見てはいるが、心配なのである。
 さきほども変なお願いをしてきているし、ミリィのお願いならば叶えてあげたいが、それはあくまでもミリィが無理をしないことが前提である。一生懸命な性格のミリィは、こちらが了承すれば、より一層頑張るのは目に見えている。いろいろと悩ましいところだ。
 ルーカスとミリィは仲が良い。よく話をしているし、ミリィにちょっかいを出さないなら問題ないが、どうもルーカスは余計な一言が多いのである。
 例えば添い寝の件。
 兄たちが添い寝をしていると知ったルーカスは、十二歳にもなって添い寝は子供すぎるとミリィに言うのだ。
 昔、悪夢を見ていた関係で、幼児の頃からずっと添い寝をしてきたからか、悪夢がなくともミリィは一人で寝られないのだ。それをわざわざ子供だと指摘する必要はない。ルーカスには関係ないし、可愛いミリィと一緒に寝られる至福を奪われそうになるとなれば、黙っているわけにもいかない。
 幸いミリィはさほど気にしていなかったようだが、妹に知られないよう、ルーカスには少し指導しておいた。もう二度と添い寝に口出しはしないだろう。
 またジュードも含め、兄たちがミリィをよく抱っこする件。
 一家団らん中にジュードやディアルド、シオンがミリィを抱っこして座る光景は、うちの中では普通だ。外でもミリィを見ると抱き上げたくなるし、抱っこして歩いて何が悪いのか。
 しかしルーカスは不思議そうに言うのだ。ミリィを抱っこして重くないのかと。確かにミリィも十二歳で大きくはなったが、まだまだ小さい。そして驚くほど軽い。食べすぎるとお腹を壊したりするため小食なミリィは、すごく痩せている。そのどこを見て重いなどというのか。
 ルーカスの言葉に、「ごめんね重いでしょ」と、心配そうに言うミリィ。ルーカスを殴りたくなった。そもそもジュードが普段鍛えているのはミリィを守るためだが、それだけでなく、どんなに重くなってもミリィを抱き上げるためである。ジュードから鍛える理由を奪うというのか。
 この件についても、ルーカスには軽く指導しておいた。もう一生抱っこに口出しはしないだろう。
 髪の毛の手入れが終わると、ジュードはバスローブから寝間着に着替えて、ミリィを抱き上げてベッドへ運んだ。
 ベッドに横になるミリィの姿を見ると、本当に大きくなったなと思う。昔はすごく小さくて、ぷにぷにコロコロしていて、とにかく愛らしくて国一番の可愛さだと思った。最近はだんだんと大人へと成長し始め、愛らしくて、今では世界一の美少女だと思う。これからもどんどんと綺麗になり、男女問わず虜にするだろう。
 いまだに一人で寝られないのに寝つきは良いミリィは、もう寝息をたてていた。ジュードにぴたっとくっついて眠る姿は天使のようである。
 今はまだ守ってやれるが、将来が心配だった。いつどこでどんな奴に見初められるか分からない。そいつがどんな手段でミリィを手に入れようとするか分からない。
 手の届く範囲であれば、ジュードの命に替えてでも守る。けれど成長するにつれ、今以上にミリィの行動範囲は広がるだろう。目の届かないところで、何かあったらどうする?
 さきほどのミリィの提案だが理由はともかく、やらせてみるのもいいかもしれない。それがミリィ自身を守る一つの手になる可能性もある。
 ジュードはミリィのおでこにキスを落とし、自身も目をつむった。いつでもどこでも元気に笑っていてほしい。それが兄の願いなのだ。


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