THE NEW GATE

風波しのぎ

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13巻

13-3

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「わざわざ案内してもらっちゃって、すみません」

 さっそく宿に向かうことにしたシン。
 初めての街で迷うといけないと、ヒラミーがベルマンを案内に用意してくれたのだ。

「このくらいたいしたことではない。明日は我々のほうが助けてもらうのだからな」

 学院の中でも上位の戦闘力を有するベルマンには、すでに話が伝えられている。話を聞いたベルマンの顔は強張っていた。おそらく、敵対した場合のことを想像したのだろう。
 紹介された宿は学院からさほど離れておらず、10分ほどで到着した。この世界では初めて見る、4階建ての建物だ。
 ホテルが立っているのは高級志向の店が集まっている界隈かいわいのようで、どの店も外壁に汚れひとつない。上流階級の人間が訪れる区画なのだろう。
 シンたちが向かっていると先触れが出ていたのか、ベルマンたちを見た従業員の一人が優雅ゆうがかつ迅速にホテルのドア――現実世界のようにガラスが使われていた――をタイミングよく開く。

「エルクント魔術学院から来たベルマンだ。学院の客人をお連れした」
「お待ちしておりました。ようこそ、ホテルモルガナへ。従業員一同、シン様、ユキ様を歓迎いたします」

 シンたちを出迎えた従業員4名が、一糸乱れぬ仕草で礼をする。制服をピシッと着こなしており、シンはまるで現実世界のホテルに来たような錯覚を覚えた。
 仰々ぎょうぎょうしい従業員の所作に思わず周囲に目を向けるが、こちらに注視している者はほとんどいなかった。よくあることなのかもしれない。

「ええと、じゃあとりあえず男女でひとへ――」
「最上級のスイートを一部屋お願いします」
「え?」

 シンの言葉をさえぎって、シュニーが部屋を指定する。
 今まで宿に泊まる際に、自分でそういった注文をしたことがなかったシュニーの言動に、シンは少し驚いた。

「そうおっしゃられるだろうと、言伝ことづてをいただいております。料金もすでにいただいておりますので、すぐにお部屋までご案内いたします」

 言伝の主はヒラミーかリーシアか。なぜそんな言伝をしていたのか、シンにはわからない。
 状況がみ込めない部分もあったが、シュニーが望むならそれもいいだろう。シンは異論を唱えなかった。

「へぇ、すごいな」

 元の世界の高級ホテルのように1階層分丸ごと借りる、というわけではなかったが、家族で泊まっても十分くつろげるだけの広さと設備が整っていた。
 窓から差し込んだ光を反射して、テーブルが鈍く輝く。調度品には素人しろうとのシンだが、それでも室内に並べられたインテリアには上品かつ洗練された印象を受けた。

「御用がございましたら、テーブルの上にあるベルを鳴らしてください。係の者がお部屋に伺います」

 設備の使い方の簡単なレクチャーを受け、シンは従業員を見送る。さすが高級ホテルというべきか、部屋には備え付けの風呂まであった。

「テラスからは街を一望か。ん? あっちの壁、向こうに見えるやつより高くないか?」

 テラスに出ていたシュニーを追って、外に出たシンは、城壁の一部が高くなっていることに気づいた。

「あれは、エルクントの首都との境界です。魔術学院のあるこの区画は、もともとあったエルクントの城壁に密着する形で作られていますから」

 シュニーによると、魔術学院はエルクントの城壁の外にあり、首都に行くにはそちらの壁をくぐらないといけないらしい。エルクントの城壁に密着する形になったのは、そうしたほうが外壁を作る手間や資材が浮くからなのだとか。
 他にも、魔術学院にやってくる留学生の中には、草と呼ばれる他国の諜報員も多い。魔術学院を抱え込むと、そういった者たちまで国内に入れることになると、建設時の責任者が唱えたらしい。
 学院の有無にかかわらず、草はどこにでもいるものだとシンは思ったが、言っても詮無せんないことなので言及はしなかった。

「食事はどうしますか?」
「せっかくだし、レストランで食べよう」

 料理スキルを持つシェフが腕を振るうレストランも、ホテルには存在した。従業員に是非と薦められたので、シンたちは雰囲気に合うように少し着飾る。
 シンは白を基調に赤いアクセントの入った軍服風の服装。シュニーは空色のマーメイドドレスだ。

「うまい……んだけどな」
「どうかしましたか?」

 高級ホテルの名に恥じない料理の数々。しかし、シンが感じたのはうまい料理を食べたときの充実感ではなく、物足りなさだった。

「シュニーの料理に慣れたせいか、なんかもう一工夫足りないような、そんな感じがしてな」
「ふふ、ありがとうございます」

 暗にシュニーの料理のほうがうまいと告げたシンに、シュニーは笑顔で返してくる。その笑顔は記憶をなくす前と同じはずなのに、シンにはより輝いて見えた。
 食事を終えると、シンたちはすぐに部屋へと戻る。いつものことではあったが、レストランにいた客の注目を浴びることになったからだ。
 高級ホテルの客だけあっていきなり声をかけてくるような者はいなかったが、それでもシュニーに視線を向け続ける者はいた。
 罪源の悪魔の件もあるので、トラブルのもとになるようなことはごめんだと、早々に引き揚げることにしたのだ。
 部屋に戻ると、2人で備え付けのソファーに座って明日のことを話し合う。

「それにしても、悪魔が保健医ねぇ。それに、試験を自力で突破って……」
「私たちの知る悪魔とは、ずいぶん違うようですね」
「漫画なら、まあ、そういうキャラがいてもおかしくないのかもしれないけどな」

【THE NEW GATE】では、瘴魔デーモンと悪魔は別々の存在と定義されている。
 瘴魔デーモンは人の感情から生まれ、人を苦しめる存在。
 それに対して、悪魔は生き物の欲望から生まれ、存在の在り方は定まっていない。
 ある意味では、悪魔のほうが自由だとも言える。

「一応、対悪魔装備でいこう。シュニーの分も用意しておく」

『くノ一』の対悪魔装備は肌の露出が多いタイプの忍者服だが、効果は相応に高いので当日は姿を消してシンの背後に控えていることになった。

「シンは色欲、ルクスリアでしたか。その悪魔について何か知っていますか?」
「いや、俺が戦ったことがあるのは暴食と憤怒、あとは傲慢くらいだからな。知ってることと言えば、色欲は女性タイプのモンスターらしいってことと、ドレイン系のスキルを使ってくるってことくらいか」

 シンが罪源討伐に参加したことは数えるくらいしかないので、知っていることは少なかった。

「教員として学園に入り込み、生徒に【ドレイン】を使って、成長のためのエネルギーを集めているのでしょうか?」
「いや、人型になるってことは成長限界を迎えてるはずだ。今さらそんなことをしても意味がないはずだけどな」

 シュニーの思いつきに、シンは首をひねりながら返した。この世界ではモンスターすらそのありようを変えているので、予想がつかない。

「まさか……いえ、そんなはずは」
「何か思い当たることでもあるのか?」
「いえ! 全然まったく見当違いです!」
「ふ~ん?」

 否定するシュニーの頬がわずかに赤くなっているのを見て、いったい何を思いついたのか、シンはとても気になった。

「見当違いでもいいから、聞かせてくれないか?」
「ほ、本当に見当違いなんです!」
「その慌てぶり、怪しいな。別に見当違いでもいいから、聞かせてくれよ」

 この時点で、シンは真面目に聞く気などなかった。折角の2人きり、シュニーの困った顔を自分だけが見ているという優越感に、少しくらいひたってもいいと思ったのだ。

「あ、あの……ほんとに、どうでもいいことなんです!」
「大丈夫だ。くだらないことでもあきれたりしないから」

 シンに詰め寄られ、段々とシュニーの頬の赤みが濃くなっていく。
 その様子に「おや?」と疑問を覚えたシンだが、恥ずかしがるシュニーが可愛かったのでそのまま距離を詰めることにした。
 シンが近付くのに合わせてシュニーが後ろに下がる。しかし、大きめのソファーといえども、そう幅があるものではなく、シュニーはソファーの端に追い詰められてしまった。
 腰を浮かしてソファーの上から逃げようとするシュニー。それよりも早くシンはシュニーの両手を押さえ、ソファーに押し倒す。

「そんなに逃げるなんて、シュニーらしくない。どんなことを考えたのかとても気になるな」
「そ、それは……」

 視線を上に下にとさまよわせるシュニーを見るのが、段々と楽しくなる。早い話が、完全に悪ノリしていた。

「生徒と、その……肉体関係を持つのが、目的なのかと」
「……へぇ」

 シュニーの発言に「色欲だもんな」と納得してしまうシン。だが、シンにとって驚きだったのは、それをシュニーが考えたということだ。

(誘惑して精神的な支配下に置く、とかならわかるけど)

 シュニーの性格上、性的な方面に考えが至るとは思っていなかったシンである。
 当のシュニーはといえば、シンの前でそれを口にしたのが恥ずかしかったのか顔をそむけてしまっている。耳まで赤い。

「今のシンは、少しいじわるです」
「そうか? いや、そうかも」

 ソファーに押し倒されて恥ずかしがるシュニーなど、いったい誰が想像しただろう。
 仲間内でも、あまり大きく感情を乱したところを見せないシュニーだ。その分、こうして目の前でいつもと違う一面が表れると、それをもっと見たいと思ってしまう。
 ここにいるのは自分とシュニーだけ。そう自覚したときには、シンはシュニーの頬に手を当て、自分のほうを向かせていた。

「え、シン?」
「俺の知らないシュニーを、もっと見たい。こんなに可愛いところがあったんだな」
「なッ!? ぅぁ、ぁぅぁぅ……」

 突然のシンの告白に、シュニーは顔をさらに赤くした。何かを言おうとするも言葉が出ず、ぱくぱくと口を開けて閉じてを繰り返す。
 その様子も愛おしくて、シンはそのままシュニーが落ち着くのを待った。

「……シンは、シンの知らない私が見たいんですね?」

 5分ほど待っていただろうか。わずかに落ち着きを取り戻したシュニーが、そう聞いてくる。

「ああ」
「それを知ったら、幻滅してしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫だ」

 心配そうに言うシュニーに、シンは即答した。この状況で言いよどむなどありえない。

「――――」
「ん? 悪い、聞こえない」

 シュニーの唇がわずかに動く。しかし、つむがれた言葉はシンの聴力をもってしても完全には聞き取れなかった。

「――――――――ぃ」
「すまん、もう一回」
「ですから、だ――――ぇ――――しぃ」

 ごにょごにょと繰り返される言葉は、肝心の部分が聞こえない。
 もう一回、もう一回とさらに数度繰り返し、どうしたものかとシンが考え始めた時、シュニーの目が据わった。
 押し倒された状態からがばっと体を起こし、今度はシュニーがシンを押し倒す形になる。

「だから! 私はシンに抱かれたいと言っているんです!!」
「え!?」

 突然の告白に、驚いたのはシンだ。シュニーの口からそんな言葉が出てくるとは、想像もしていなかった。

「シン! あなたは私と結婚したいと言いました!」
「お、おう」
「私は、それを承諾しました!!」
「は、はい」
「だから、これは必然なんです!!!」

 堂々と言っているが、シュニーの顔は今までで一番赤い。
 そこまで言い切ったシュニーはシンの顔の頬に両手を添え、今までの勢いが嘘のように優しく口づけた。

「あなたに抱かれたい。そう思っている私を、はしたないと思いますか?」

 シンを見つめるシュニーの目は、うっすらとうるんでいる。その表情と雰囲気だけでも、シュニーが何を求めているのか察せられた。

「……まさか。少し驚いただけだ。なら俺も、シュニーを抱きたいって思ってることを証明しないとな」

 そう告げて、シンは起き上がりながらシュニーを抱き上げる。シュニーは抵抗せず、されるがままだ。

「こんなに幸せで、いいんでしょうか?」

 ベッドに向かう途中、シンの腕の中でシュニーが言う。シンはシュニーを抱く腕に力を込めて、体を密着させた。

「それは俺のセリフだよ」

 シュニーの温かさを感じながら、シンは言う。

「マリノを守れなかった俺が、もう一度誰かを好きになれるのか。なってもいいのか。ずっと考えていたんだ。今、こうしてシュニーが好きだって胸を張って言えるのは、シュニーのおかげなんだよ。ありがとう。シュニー。こんな俺を好きでいてくれて。俺は今、幸せだ」
「シン……」

 シンの言葉に、シュニーの瞳から涙がこぼれる。
 シュニーをベッドに寝かせ、シンはその涙をぬぐった。

「あなたを、愛しています」

 抱き締めるように両手をシンに向け、シュニーが言った。

「お前を、愛してる」

 シュニーに覆いかぶさりながら、シンが言った。
 それ以外の言葉は、もう必要なかった。


         †


「……ん?」

 シュニーと結ばれた日の翌朝。シンは唇に何かが触れたのを感じて目を覚ました。
 視界の先には見覚えのない天井と、シンからすばやく距離を取ったシュニーの姿がある。といっても、もともと額がくっつくくらい近かったのでさほど離れてはいない。
 目を覚ます瞬間の感触を思い出して、シンはシュニーが何をしたのか察した。

「おはようございます」
「おはよう」

 毛布で裸体を隠しながら、シュニーが挨拶あいさつを返してくる。窓から差し込む日の光が、シュニーの銀髪を輝かせていた。
 綺麗だと、まだ少し寝ぼけた頭でシンは考える。

「まだ目が覚めてないみたいだ。もう一回頼む」
「やっぱり気づいていたんですね」
「たまたまだ」
「もう、仕方がないですね」

 そう言って、シュニーがシンに顔を近づける。軽く触れ合う程度の、ソフトなキス。
 たったそれだけの行為で、シンの胸中は幸福感で満たされていた。

「さあ、そろそろ起きましょう。最悪の場合、罪源の悪魔と戦闘になるのですから、気を抜いていてはいけません」
「ああ、そうだな。油断大敵だ」

 この幸福な時間をぶち壊されてなるものかと、シンは気合きあいを入れる。
 もし悪魔が暴れて学院に被害が出れば、シンたちも心穏やかではいられない。せっかく2人きりになれたのだ。そんな状態で過ごしたくはなかった。
 朝食は部屋まで運んでもらい。戦闘になった場合の対処法を話し合う。

「まあ、俺とシュニーしかいないから、やれることは単純にならざるを得ないんだけどな」
「仕方がないですよ」

 食後のお茶を口にしながら言ったシンに、シュニーが相槌を打つ。
 2人しかいないので、シンが悪魔の相手をしてシュニーがヒラミーたちを逃がす。ヒラミーたちを逃がしたら、シュニーもシンに加勢する。
 作戦というには、あまりにも単純だ。

「そもそも、普通なら罪源の悪魔を1人で押さえ込むというのは、やろうと思ってできることではないのですけど」
「全力でやるから、そこは任せてくれ」

 シュニーでもできなくはないが、シンお手製の装備の力を借りてどうにか、といったところだ。
 シンのように素の身体能力で悪魔を押さえ込むことなど、選定者でも普通は不可能だった。

「お、来たか?」

 シンは誰かが自分たちの泊まっている階に移動してきたのを察知した。たまたま同じ階に泊まっている者がいなかったので、向かう先はひとつしかない。
 ドアをノックして声をかけてきたのは、予想通りホテルの従業員だった。
 シンとシュニーに客が来ているという。客の名前はシンたちの知っているもので、2人は従業員に続いてロビーに下りた。
 ロビーで待っていたのは、副学長のリーシアだ。

「おはようございます。本日は、よろしくお願いいたします。……あの、シュ……ではなくユキ様はどちらに?」

 綺麗な礼をしてくるリーシアに挨拶を返し、待機していた馬車に乗り込む。相手の察知能力がどのくらいかわからないので、宿の中から姿を消すことにしたのだ。
 リーシアには、そのことを馬車の中で伝えておく。

「学院のほうは、もう準備は出来ているんですか?」
「はい。学院内の設備の点検をするという名目で、生徒は外に出てもらっています」

 学院の中には、今は件の保健医とヒラミー、あとはいざというときのために外へ連絡するための数名の教員とダンジョンの警備兵しかいないらしい。
 馬車に揺られること数分。シンは再びエルクント魔術学院に足を踏み入れた。
 感知範囲を広げてみると、確かにほとんど反応がない。

「こちらです」

 リーシアの後に続いて学院内を歩く。敷地はそれなりに広く、問題の保健医がいるという部屋に着くまで15分ほど歩いた。
 話し合いの場は保健室のようだ。シンたちが着くよりも早く、ヒラミーが部屋の前で待機していた。

「今日はよろしくお願いします」
「任された。ところで、保健室って保健医の根城ってイメージがあるんだけど、いいのか?」
「何も仕掛けがされていないことは確認しています」
「なるほど」

 準備はいいかと言うヒラミーに、シンはうなずく。ヒラミーもうなずき返して保健室の扉を開けた。

「あら? 今日は珍しいお客さんが来たわね」

 保健室の中では、白衣を着た女性が椅子に腰掛けたまま本を広げていた。
 顔を上げた際に、背中まであるウェーブのかかった黒髪が揺れる。保健室の主、色欲の悪魔ルクスリアは微笑を浮かべながら、眼鏡の奥にある深紅の瞳でヒラミーとシンを見つめてきた。

「本日は、ルクスリア先生に大事なお話があってきました」
「お話というわりには、物騒な雰囲気ね」

 胸の下で腕を組みながら、ルクスリアはヒラミーの視線を受け止める。その際、腕に押し上げられたことでセーター越しの胸のふくらみがやたらと強調されていた。
 ルクスリアは白衣の下に薄い肌色のセーターを着て、タイトなスカートを穿いている。
 腕組みがなくとも、服の上から男好きのしそうな豊満な体のラインが見て取れた。スカートも丈が短く、組まれた足を組み変えるときなどなかなかきわどい光景になるだろう。
 空気を震わせる声は少し低めで、まるで耳元でささやかれているようにシンには感じられた。目元の黒子ほくろもいいアクセントになっており、思春期の男子生徒には少々刺激が強そうだ。
 わざと怪我をしてくる生徒もいそうだと、シンは思う。
 だが、それだけ過剰な色香を発しているにもかかわらず、精神系のスキルは使われていない。
 ルクスリアのまとった色気は服装や仕草、醸し出す雰囲気を利用しただけだ。少なくとも、悪意のたぐいは感じられなかった。

「それって、後ろにいる怖い人も関係しているのかしら?」
「場合によっては、そうなる可能性もあります」
「あらあら、本当に物騒なお話なのね」

 閉じた本をデスクの上に置き、ルクスリアが体ごとヒラミーに向き直る。その口ぶりから、シンの装備がどういうものかわかっているようだ。
 しかし、肩をすくめながら苦笑する姿に緊張感はない。

「いきなり襲ってこなかったってことは、話し合いの余地はあるってことかしら?」
「私としては、そうあってくれると助かります」
「そう? なら、降参するからここで働くのを許してほしいのだけれど」

 ルクスリアは両手を上げて降参の意を示し、ヒラミーに問う。
 あっけらかんとした物言いに、表情にこそ出さなかったが、シンも少し困惑した。

「……あなたなら、私に許可など取らずとも居座れるのでは? 正直に言って、わざわざ採用試験を受けたことからして理解できません」
「ん~、そういう強引なの、あんまり好きじゃないのよねぇ。敵対したって、あたしに利益なんてないのよ。だから、試験を受けたの。自分で言うのもなんだけど、保健医としてのあたしって、結構優秀じゃない?」
「それは、認めざるを得ませんが……」

 ふふんと胸を張るルクスリアに、ヒラミーの困惑が深まっていた。
 悪魔を相手にしているはずなのに、こちらをだましたりめたりしようという意図がまったく感じられないのだ。

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