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7巻

7-2

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 どうやらこちらの世界でも、通販には成功の芽がありそうだ。
 前のめりになりモニターまでの距離が段々近くなっているカワズさんに、さらに面白コンテンツを見せつけてやりたいところだが、何がいいだろうか?
 咄嗟とっさに思い付かず迷った時は、俺が普段注目しているものを紹介するのもいいだろう。

「そうそうアレがあったわ! ちょっと待って」

 俺はキーボードを叩いて、記憶を頼りにあるページに移動する。
 そこは、雑談掲示板、通称「タロ板」のまとめサイト。俺もたまに見ているオススメのページだった。

「これこれ! 見てみ? トンボも知らないだろ?」
「え? なになに?」
「なんじゃこれ?」

 俺がにこやかに画面を指差すと、二人が興味深げに覗き込む。
 そこには、各地で目撃された面白事件の情報がまとめられていた。

「例えば……巨大樹から降ってくる巨大野菜! 空にはいったい何が住んでいるのか! とか」

 試しに情報の一つを読み上げてみると、カワズさんの表情が歪んだ。

「おいおい、この巨大樹ってお前が生やしたやつじゃろ? あの管理人の巨人が野菜くずでも処分しとるんじゃないのか?」
「……ありそうだけど。でもさ、噂の中には、ものすごく美しい天女が空に消えたとか……俺のあずかり知らぬものもあるし、あの辺りには、まだまだ秘密があるかもだぞ?」

 続いてトンボも面白い記事を発見したようだ。

「この『空に浮かぶ幻の大地が目撃された!』とかオモシロそうじゃない? これはさすがにタロも知らないよね?」
「……あー、うん。そうだね」

 とは言ったものの、実はなんとなく知ってる話だった。そんな感じのやつを、どこかの雲の上で見た気がする。
 俺の微妙な表情に気づいたトンボが、生温かい笑顔で尋ねる。

「……心当たりあるんだね」
「俺が何かしたわけじゃないんだけどね……。それより、もっと面白い記事があるんだよ」

 気を取り直して、俺の一押しを紹介する。
 共通の知り合いに関してなら盛り上がるだろう、と画面に映した記事のタイトルはこうだ。


『勇者ウォッチャー! 各地で目撃された勇者最新情報!』

 俺も、これを初めて見た時はテンションが上がった。
 ここで言う勇者とは、先日妖精郷を訪ねてきた中学生で、俺達の間では勇者カニカマのあだ名でおなじみの少年だ。
 面白いでしょ? という視線を送る俺に対して、トンボとカワズさんの視線は何故かちょっぴりよそよそしい。

「こういう、人を出汁だしに使った注目の集め方はどうなんだろう?」
「じゃよな? なんか趣味が悪いのぅ」

 どうやらカニカマ君の人気に便乗しようと俺が作った記事だと思われたようだ。予想していなかった反応に、慌てて全力否定する。

「違うから! 俺が作ったんじゃないよ。ほら、カニカマ君って公式勇者じゃない!? だから注目度高いんだって! この記事もきっと人間の誰かが、勇者を見た感動をそのまま伝えたくって、自然発生したんだって! ホントだよ!?」

 これは事実なのだ! 変な疑いを持たないでもらいたい!
 とりあえず俺の必死さが伝わったのか、画面の方に二人の視線が戻ってほっとする。

「まぁいいんだけどさ。結構いろいろ目撃されてるねー。頑張ってるんだカニカマ君」
「ほんとじゃな」

 なんだかんだ、ちゃんと読んでいるトンボとカワズさん。
 俺も画面の文章を目で追った。


 目撃証言1
『あれは、俺がある村に服の買い出しに行った時のことだ。でっかい羽の生えた悪魔みたいな化け物が村を襲っていたんだ。そこに颯爽さっそうと現れたのが精悍せいかんな顔つきの青年。
 見たこともない立派な剣を抜き放ち、襲い掛かってくる化け物をあっという間に倒しちまった。
 そして何も言わず去っていったんだよ……俺は思ったね! 彼が勇者に違いないって!』


 カワズさんがうなる。この記事には、少々美化が入っているようだ。

「ううーん、これはどうなんじゃろうな? 精悍? 本当にカニカマ君の情報か?」
「青年って。カニカマ君、どう見たってまだ少年でしょ?」

 カワズさんもトンボも、目撃された人物の見た目に疑問を抱いているようだ。

「トンボもそう思う? 確かにカニカマ君は子供に見られるよなぁ。あれ? 俺、なんでこれカニカマ君だって思ったんだっけ? 勇者ウォッチャーの記事にあったからかな?」

 俺はトンボの言葉に納得しつつ、文章を飛ばしていった。
 そして、あっという間にある箇所にたどり着いた。


『畑はつぶされ備蓄びちくの食料も食い荒らされて途方に暮れる村人に、勇者様は自分の剣を見たこともない食べ物に変えて村人に配ったんだ。あれはきっと神の食べ物に違いない。
 赤くてデッカかったが、魚みたいな匂いがする食べ物だった。感謝する村人達から拝まれた勇者様が見せた、あの陰のある表情は今でも忘れられないよ!』


「あ、これ、カニカマ君じゃな」
「うん、カニカマ君だね」

 全会一致である。この目撃情報はカニカマ君だと確定した。
 俺も自分がこの記事をカニカマ君のものだと考えた理由を思い出すことができて、スッキリと胸のつかえが取れた気分である。

「だろ? 目撃情報だからちょっと理想込みの脚色入ったりもするんだけど、勇者ウォッチャーを見れば、おおざっぱに行動を追うことができるでしょ」
「あ、これも面白いね」
「ん? どれどれ?」

 次にトンボが指差した記事は、さっきとは毛色が違う情報だった。


 目撃証言2
『いいえ! 勇者様は女性ですよ! 異国の衣をまとって颯爽と現れる姿は凛々りりしいのなんのって! 強大な力を持つ魔剣を携えて、死霊しりょうやかたを攻略なさったのよ!』

 さらに、この死霊の館での目撃情報については随分と盛り上がっているようだ。


『勇者って、幽霊もやっつけられるの?』
『勇者なんだから神のご加護の一つや二つ持っているんじゃないか?』
『いや、それじゃあ神官の立場が』

 などなど、物議ぶつぎをかもしているらしい。
 だけど俺は思った。

「これって……セーラー戦士じゃね?」

 思わずそう言うと、トンボも手を叩く。

「あー。それっぽいよね! あの子も勇者っぽいし!」
「そうじゃのぅ。勘違いされるだけの風格は出ておるよな」

 さすがセーラー戦士。カワズさんも納得の勇者力である。確かに異国の服とも見て取れるセーラー服に、凛々しい美貌びぼうと来れば見栄みばえもするか。
 本人は勇者と言われるのは嫌がりそうだが……。

「うーん。差別化のために俺達からも何か投下しとく? カニカマ君の写真とか撮ってなかったっけ?」

 いくつかカニカマ君の画像データがネットに上がっていた気がしたのでそう提案すると、トンボはいやいやと首を振って止める。

「やめた方がいいよ。前にカニカマ君が訪ねて来たときに女王様とマオちゃんが撮ってたやつでしょ? アレ、女の子っぽい服ばっかりだった気がするから、余計に混乱するってば」
「あー……それはさすがにかわいそうだなぁ」

 そう言えばネット上に紹介されていたカニカマ君の写真は女装だったなと思い出し、俺は探すのをやめた。
 幸いその写真のカニカマ君は妙に気合いの入ったメイクで、誰だかわからなくなっていたが、新たに勇者と関連付けて、妙なトラブルの火種を作る必要はないだろう。

「じゃあ逆に、セーラー戦士の写真をリークするのはどうだろう?」

 こちらに関しては知名度を上げることで、彼女の目的である送還魔法探しの一助となるのではあるまいか? 顔を知られれば、態度が柔らかくなる相手もいるだろう。
 善意の提案のつもりだったのだが、またもやトンボは微妙な顔をして首を横に振る。

「あっちはあっちで、なんか凛々しい恰好が多いんだよねー。ますます勇者と勘違いされそうな?」
「う、うーん。勇者じゃないよと投下しても、火に油かな? ややこしいなおい!」
「勘違いの原因を作ったのは主にお前じゃないか? カニカマ君はお前さんを訪ねて来たわけじゃし」

 カワズさんは俺に非難の眼差しを向けていたが、そんなことあるわけない。

「いいや違うね! 見た目の印象にまで責任持てるわけがないでしょうに! 俺が直接の原因だった事なんて、の呼び名とかその辺くらいだ!」

 と、力強く言い切ってはみたものの、否定できないところも多々ある。考えてみると、カニカマ君の黒歴史は、主に俺の周囲で起こった事だったからだ。
 二人に何秒か黙られてしまい急に不安になってきたので、俺は自分の言葉をひっくり返す。

「……カニカマ君には申し訳ない事がたくさんあるんだよなぁ。今度菓子折り持って謝りに行ってこようかな?」

 なんだかすごい罪悪感が湧いてきた。反省である。
 そんな俺をカワズさんは止める。

「やめておけ。どうせ新たなトラブルになるだけじゃて。今度はカニカマ君は何の食べ物になるんじゃろうな?」
「食べ物限定? これ以上イロモノ化を進めたら、どう呼んでいいかわからなくなるぞ?」
「この勇者ウォッチャーもきっと機能しなくなるね、絶対」
「あー、もはや何者かわからなくなるもんなぁ。カニカマ君」
「じゃなぁ。やっぱりそっとしておくのが一番じゃろ」

 カワズさんの出した答えは無難なものだったが、その通りだと思う。
 手を差し出すことがすべて助けになるとは限らない。むしろ余計なお世話になることも、往々にしてあるのだ。
 それはさておき、根も葉もない噂を取り除いても、カニカマ君が大活躍しているという事実は変わりない。
 目撃情報はまだまだあった。

「そうだね。頑張ってるんだし、そっとしておこう。これなんかすごいぞ?」

 俺は次の記事を指差した。


 目撃証言3
『俺は見た! 火山の噴火で空が赤く染まりみんなが絶望していたあの日、天空より舞い降りた少年を!
 彼は黒い噴煙に覆われた空を切り裂き、マグマの海を鎮めたのだ! これこそまさに奇跡の技! 
 しかし、村を訪れた彼からは何故か香ばしい焼き魚の香りがしたんだ。
 誰も信じてはくれないだろうが、勇者様はきっと海の神の化身なんじゃないだろうか?』


「これはカニカマ君だろう」

 あまりの仰々ぎょうぎょうしい描写に、もはや、ややうけである。


「またすごい誇張入っとるなこれ……天空より舞い降りた、って。でもカニカマ君なんじゃろうな」

 カワズさんも、ここまで来ると驚きを通り越して呆れているようだった。
 しかし俺達全員が気にしたのは、活躍の描写ではない。その文章の後半である。

「前半のインパクトを易々とどうでもよくしてしまう、後半のカニカマ臭がすごいね……こいつにはわたしも戦慄するよ」
「だなぁ。どんなに神々こうごうしく書かれてもカニカマ君だもんなぁ」

 トンボの言う通り、どんなに誇張された記事であっても、焼き魚の香りがしたという一句が入っただけでカニカマ君と確定してしまうのだから相当のインパクトだ。

「まったくだ。それにしてもカニカマ君、聖剣カニカマ使ってくれてるなぁ。いやー、役立っていて何よりだ」
「剣がカニカマに変わる部分は、本人は絶対に喜んでないところが、またなんとも言えないよね!」
「非常食は大事でしょう?」

 カニカマ君の聖剣に掛けたカニカマの魔法は、無尽蔵に刀身をカニカマに変えられる呪いみたいなものだ。しかし膨大な食料を気軽に持ち運べ、その上もしも剣が折れたとしても一度カニカマにしてから元に戻すとすっかり元通りという、鍛冶屋いらずの便利な呪いなのである。
 役には立っても、不便な事は何一つないはず。
 会話に入ってこないなと思っていたカワズさんは、いつの間にか一人でパソコンを操作していた。
 そして、一通り記事を読み終えると微妙な顔でうなる。

「なんと言うか……ほかのもやっぱり突飛とっぴなのが多くて、いまいち信憑性しんぴょうせいに欠けるな」
「一般人の勇者のイメージはこんなものなんじゃないか? 大体、勇者って称号がすでに曖昧あいまいだもん。何にしても縁遠い存在ではあると思うし」
「じゃろうのぅ。一生に一度会えれば幸運なんじゃろう」
「わたし達にもあんまりなじみがなかったよ? 女王様が一押しするまでは」
「俺も、何も知らずに勇者に出会っていたらツチノコでも見たような気分になるだろうしなぁ」

 勇者に関するイメージを口々に述べる面々。冷たいかもしれないが、やはり距離がある存在というのは俺の中でも同じだった。

「お前さん的にはいいのか、そんな程度の認識で? いちおう同郷じゃろ?」

 カワズさんが責めるように言うので、俺は静かに首を振る。

「保護者じゃあるまいし。俺は望まれない限りはあくまで親戚のおじちゃんくらいのポジションでいるつもりだよ。いや……そういう意味じゃ、今までは明らかに踏み込みすぎていたかな?」
「しかしのぅ、近い境遇だし、ある程度手を貸しても普通じゃろ?」
「まぁ、確かに気にはなるけど……何かと彼については難しいわ。勇者の活動なんて積極的には手伝えないわけで……カニカマ君が何したいかが問題なんだよな、魔族に知り合いもいるわけだし」

 結局はそこに落ち着くわけだ。
 話を聞いていたトンボも、カニカマ君に同情してため息を吐いた。

「だよねー。それに家に帰してあげるとも言えないんでしょ? 勝手に喚び出しといて帰る方法はないなんて無責任な話だよねー」

 トンボの的確な一言に、俺をこっちの世界に召喚した張本人であるカワズさんが何も聞こえないとでも言うように耳らしい部分をパタパタ叩いてアーっと声を出す。

「耳が痛い……すんごく耳が痛いんじゃけど」
「まぁ、手の平の上で転がされるようなのは、カニカマ君もセーラー戦士も望んじゃいないだろうって事は俺だってわかるさ。とりあえず助けが必要な時だけ手を貸そう」

 そんなふうに密かに心に決めていた志を口にして、すごくいい顔をする俺。

「へぇー。ねぇねぇ見てよカワズさん。タロが年長者ぶってるよ?」
「そうじゃな。わしらの事は手の平で転がす癖にな」

 冷やかすトンボに不満げなカワズさん。どっちの台詞もそれなりに心外だ。

「何を言いますか。俺はいつだって俺以外も楽しめるように魔法を使っているだけさ」
「でも、このパソコンも自分が好き勝手するために、わざわざ作ったんじゃろう?」
「健全に楽しく遊ぶために作ったの。まぁ難しい事は言わないよ。結局のところ、情報交換するための道具なんだから、カワズさんも楽しく有効に使ってくれればそれでいいさ」

 以上、俺のパソコン活用法レクチャーでした。
 と、その時、キーボードをいじっていたトンボがカワズさんを手招きして、二人そろって画面を見る。
 そして二人でこっちを見ながらニヤニヤするのだから、気にならないわけがない。

「な、何? 何か見つけた?」
「いや? 別に? 確かにタローはパソコンを有効活用しておるなぁと思ってな」
「だよねぇ。いいんじゃないかなー、こういうのも」

 カワズさんはうなり、トンボはやけに楽しそうだ。

「だ、だから何?」

 画面に視線を移すと、二人がニヤニヤしていた理由に気が付いて、俺は顔が赤くなるのを止められない。
 そこには、『異世界の送還魔法の情報求む!』というでっかい文字が躍っていたのだ。
 トンボがニヤニヤしながら言う。

「タロー、家に帰るのはあきらめてたんじゃなかったのかな?」
「……いや、まぁ、そうだったんだけどね」
「あれかな? セーラー戦士が頑張ってるからかな?」
「……うぬ」

 なんとなく居心地が悪くなる。
 それは、少し前に俺が呼びかけたものだった。
 異世界召喚組がなんやかんや頑張ってるし、俺も少し悪あがきしてみようかとこっそり呼びかけてみたのだ。普段ははすに構えて帰還を諦めたような発言を繰り返していたものだから、これは気恥ずかしい。
 ついつい言い訳してしまうのは、俺のさがなのだろう。

「ヤッパリ俺だってそういう可能性を探ってみるべきかなぁと……」
「いいのいいの! そういう事にしておくから」
「ふむ。同郷なんだし、わかるぞ?」

 カワズさんがやさしげな視線を向けてくるので、俺は自棄やけになって叫んだ。

「ぐぅ……そうだよ! ちょっとは何かしてあげたかったんだよ!」

 知られたところでどうという事はない話だ。
 しかし俺は気恥ずかしさのあまり顔を押さえるのだった。





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