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4巻

4-3

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「ミミールとアネントは外出中でいないんだ」
「あ、そう。そんでスライムたちなんだけど」
「その前に一ついいかな。昔から真銀光竜には興味があったんだ」

 スライムのことを知りたくば、質問に答えろってことだな。

「どういう経緯で町に? おれの知識だと、邪竜は人化できなかったはずだけど。あ、ちなみに嘘はすぐわかるから。おれは、人間の表情や仕草から心を読みとるのが特技なんだ」

 人質をとられている状態なので、かいつまんで事情を話す。嘘は混ぜないで全部本当のことを。なんかこいつ、本当に読心術とかに通じてそうなんだよ。
 スタルブは俺が完全な状態に戻れるかどうか、そしてどの程度力が弱まっているかに一番興味があるようだった。

「そっかそっか。もっと知りたいことは多いなぁ」
「そろそろこっちの番じゃねえか」
「スライムね。それなんだけど、返すには条件があるな。それはね……、おれと結婚してほしいんだ」
「え、死ぬほど嫌なんだけど……」

 光の速さで答える俺。
 この世界にもそういうやつは一定数いるから、こいつがそっち系だとしても驚かない。でも男と結婚なんて勘弁してほしい。
 けど、どうも俺の早とちりだったようで、スタルブは慌てて言う。

「君じゃなくて、ルシルお嬢様のほうだよ」
「あ、あたしぃ!?」

 口をあんぐり開けて固まるルシル。だが、すぐに髪を振り乱して嫌がった。

「い、いきなり言われても無理ぃ! っていうか、なんで初対面の人に結婚申し込むのよ、そんな軽いの、この家の人って! あっ、一目惚ひとめぼれ!?」
「そういうわけじゃありません。あなたと結婚すれば、次期領主になれるかもしれないでしょう? そしたら、親父を超えられるので」
「政略結婚じゃん!? そこは嘘でも隠してぇ!」
「おれ、嘘を見破るのは得意ですが、嘘をつくのは苦手でして」

 ムーッとなるルシルと、暢気のんきに笑うスタルブ。
 二人の態度がひどく対照的だったが、これによってなんか一気に空気が緩んだ。そんな空間に、突如として全く異質な意思が紛れ込んでくる。
 突き刺さるような悪意を真横に感じて確認すると、この前の黒髪女がこちらを殴りつけてくるところだった。
 俺は敵の右フックを左手で受け止め、空いた右腕で剣を振り下ろす。
 しかし、あっちもそこは読んでいたみたいで、俺の手首を掴んで剣が降ってくるのを阻止。
 互いに見つめ合うような状態となり、俺は変だなと感じた。
 どうもフェイクくさい。そう思ってたら、背後からもう一つの殺気が近づいてきて――。
 やっぱり金髪女だった。こちらに体当たりする勢いで突進している。
 体を向き直して対応することはできない。両手は黒髪を押さえ込むために使っているからだ。初めからこれが狙いだったようで、黒髪女の口元がわずかにだが緩んでいる。

「アホか、その程度で勝ったつもりかよ」

 俺は尻尾しっぽを出して横に振り、正拳突きを繰り出してきた金髪女を払い飛ばした。
 コンマ数秒俺のほうが速く、拳はこっちに到達することはなかった。
 だが、さすがに金髪女も戦闘慣れしてるらしい。数メートル飛ばされてもすぐに体勢を立て直した。なかなかタフじゃないか。

「その尻尾、やはり邪竜……。わたくしの家を襲撃する気でしたわね」
「いやいや、おめーらが人の従魔じゅうま奪ったんだろうが」
「ハァ? 意味不明なことを」

 スライムを盗ませたのはこいつじゃねえのか? ともあれ、短絡女はやる気満々らしい。さあこれからどう展開するか……。と考えていたところで、落ち着いた声音が耳に触れる。

「やめるんだ、ミミール。アネントもだ」

 けわしい顔してスタルブが命令してくる。この生意気金髪女が簡単に受け入れるはずがない。

「ですがお兄様、この男は!」
「知っているよ。おれが伝えたいのは、そこにいる少女は公爵家のルシルお嬢様だということだ」
「ルシル……」

 兄の雰囲気から真実だと悟ったのだろう。二人から殺気が嘘のように消えた。

「お初に……、お目にかかります。ミミールですわ」

 仕方なく、といったていで金髪女は一礼をする。
 本当は嫌で嫌でしょうがないというのがバリバリ伝わってくるので、本当に自分より偉いやつが許せない性分しょうぶんなのだろう。
 まあ、ルシルも負けておらず、目尻を上げ、強い口調で金髪女を責め立てる。

「いきなり攻撃するってどういうことなの? ジャーはあたしの友達よ。貴族だからって何してもいいと思ってるのかしら? ふざけないでよ!」

 がーがーっと文句を並べ立てるルシルに対し、金髪女はイラついているらしい。歯を噛みしめて下を睨みつけている。
 でも口答えすることはない。いつキレだすかと眺めていたら、兄さんが妹の限界を感じ取ったらしく――。

「ルシルお嬢様、本当にすみませんでした。今後このようなことはないようにしっかり注意しておきます。このへんでご勘弁ください」
「じゃあスライム返しなさいよ!」
「そうしたいのは山々なんですけどね。家のことはすべて父が決めるのです。ですが、父はまだ戻りません。そこで、どうでしょう。今晩あたり、父と一緒に公爵家へお邪魔したいのですが」

 ここでダダをこねたところで、こいつらがスライムを素直に返すわけがない。
 俺たちが中に入れない以上、従うしかないだろう。

「それしか方法がないんだろ。ただ約束してくれ。スライムには絶対に手を出さねえって」
「もちろん。そこは約束するさ」
「もし約束を破ったら……」
「大丈夫。言っただろ? おれは嘘が上手くないって。嘘をつけないよう訓練されたのさ、操り人形としてね」

 意味深な言葉を残して、スタルブは家の中へと消えていった。
 ミミールとアネントも素直にあとを付いていくあたり、あの三人の中ではスタルブが一番高い地位にいるのだろう。

「変なことになっちゃったわね」
「信用はできねえけど……、スラパチたちを殺しはしないだろう。公爵に報告しておくか」

 運がよければ、今晩にもスラパチたちは帰ってこられるかもしれないし、少なくとも、この家のあるじがスラパチたちを殺すことはしない……、と思う。
 ルシルが絡んでいる以上、それをすれば公爵家の怒りを買うことは明らかだからだ。

「ごめん。あたしが油断してたばっかりに」

 ルシルが罪を感じることはない。ここは元気づけてやっか。
 俺はルシルの鼻の穴に指を突っ込み、フィンガーフックをかっこよく決める。

「ごぼあっ!?」
「あ、り。乙女おとめにこんなことしちゃって。でもこれは、元気を送るおまじないで」
「顔が半笑いじゃん! でも……、ちょっと元気出たから許しちゃうわ!」

 おお、嘘もまことになることがあるらしい。ウジウジしてても何も変わることはないので、俺たちはポジティブシンキングでいくことにした。

「まずは、お父様のところに行きましょう!」
「よっしゃ、行くか」

 今回の騒動がどういう結果になるかはわからねえけど、穏便に済むことを願う。
 いや、……無理か。
 あの子供たちの親がまともなわけがねえ。モンスターペアレンツってやつに違いない。金せびられるくらいで済めばいいが……。




 3 それぞれの思惑


 公爵家に向かった俺とルシルは、フォード公爵に今回の事件を説明した。
 すると、公爵はスライム奪還に協力すると言ってくれた。

「彼らの扱いには、僕も少し困っていてね。魔道具もだいぶ隠してるみたいだし。町で問題は起こさないから放っておいたんだけど……」
「お父様、スラパチたちを絶対助けてあげてっ」

 興奮して訴えるルシルを落ち着かせるように、公爵は優しく頭を撫でる。親子だし、ルシルのことは任せてもいいだろう。

「俺は、クロエたちに伝えてくるわ」

 クロエとイレーヌも、スラパチたちにはじょうがあるだろうから。
 急いで自宅に戻ると、二人はすでに仕事から帰宅し夕食の準備をしていた。事件の流れを説明したら、二人も公爵家へ付いてくることになった。
 ルシルたちのところに戻り、しばらく時が経つ。
 日が完全に落ちて、窓の外が暗然あんぜんとする。今日は月が雲に隠れているせいか、とくに暗いように思えた。
 俺たちはコの字に並べられたテーブルの一列に座り、オルセント家の訪問を待つ。しばらくして、硬質なノック音がして使用人が入ってきた。

「オルセントきょうがお見えになりました」
「案内してくれ」

 少しして姿を見せたのはオールバック男のスタルブ、金髪女のミミール、その従者であるアネント、そして初めて見る顔。ガッシリとした体格で、あごひげを蓄えた壮年の男だ。額に切り傷が一つあり、ただ者ではない風格がある。
 なんつーか、歩き方も大股で、いかにも権力者ですって感じだな。

「これはブラード卿、お待ちしていましたよ」

 フォード公爵が立ち上がって声をかける。
 すると、オルセント家の者たちは一同立ち止まって胸に手を添え、うやうやしく頭を下げた。なんだか面接官に挨拶あいさつする就活生を思い出しちまった。
 なんであれ、外面をつくろうための教育は子にほどこしてあるらしい。

「この度は、愚息ぐそくたちがルシルお嬢様にご無礼を働いたようで……」
「とりあえず、座って話しましょうか」

 フォード公爵にそう言われ、オルセント家の面々が俺たちに向かい合うように腰を落ち着かせる。
 ミミールはクロエにガンつけてるし、アネントは相変わらず無表情。そして、スタルブとブラードって親父は俺に視線を定めている。
 スタルブは何か悪巧わるだくみしてそうな笑みを浮かべ、反対に親父は険しさを極めたような顔だ。微妙な雰囲気を和ませようと、公爵が使用人たちに食事を運ばせる。
 テーブルに並んだ食事を前に、ブラードが大仰に褒めたてる。

「いやはや、このようなおもてなしをいただくとは幸甚こうじんの極みに存じますな。それでなくともフォード公爵には、グリザードへの居住を許していただきました。ご厚意痛みいります」

 ゴマスリっぷりがやべえな。昔勤めてた会社にもこんなんいたわ。

「それでブラード卿、スライムの件なんですが……、実はあのスライムたちは、娘の友人であるジャーくんの従魔みたいな存在でして」
「そうでしたか」
悪戯いたずらがすぎたのは認めますし、謝罪の用意もあります。ですので、返してもらうことはできないでしょうか」

 ブラードはそこで一度手を休め、困ったなとばかりに虚空こくうあおぐ。そう懇願されるのはわかりきってただろうに。いちいち演技に走るな、こいつ。

「うーむ、弱りましたな」
「これは失礼かもしれませんが、もし金銭で解決できるのであれば」
「いえいえ、それはいただけませんなぁ」
「では、あのスライムたちはどうするおつもりですか?」
「実はですな、賞品にしようと考えておりました」

 賞品? と公爵が訊き返すと、滑らかな舌回しでブラードが説明する。

「我が家では年に一度、ある催しを行う決まりがあります。王都近くにある森で、魔物狩りを行うのです。王都で参加者の募集をかけ、いくつものチームを作り、誰が魔物を狩れるか競い合うというものです。勝利したチームには毎年賞品を贈与するのですが……、今年はあの流ちょうに話すスライムにしようと、先ほど決めたところでして」

 これで話の筋がだいたい読めてきたな。案の定、ブラードは身を乗り出すようにして俺に提案してきた。

「一度私の手に入ったものですし、無条件で返すことはできません。ですが、賞品としてならばお返しすることが可能です。ジャーさんと言われましたな、どうでしょう参加してみては」
「そっちの息子たちも参加すんだろ?」
「ええ、スタルブ、ミミール、アネントの三人一組で参加しますぞ」

 スリーマンセルか。どうせならおまえも参加しろよと言いたいが、ルールがきっとそうなってるのだろう。なのでそこはあえて突っ込まず、疑問に思うところを質問してみた。
 訊いたのは、その魔物狩りでは他の参加者への攻撃は認められるのか、だ。

「認められますな。無論、殺し合いは認めておりませんが、時に死者は出ます」
「どういう理由でよ?」
「魔物に殺されてしまうのです」

 こいつ、俺を参加させて何がしたいんだろうな。
 このたぬき親父おやじは、娘とのケンカに首突っ込んで、ケンカ相手を殺すなんてマネはしなさそうだし、もっと打算的な気がする。
 仮にも公爵やルシルと知り合いである俺が死んだら、理由がどうであれ、公爵家との関係悪化は避けられないだろう。
 そうまでして俺を殺しにくるとも思えない。まあ、俺が邪竜であることが今回の件に関係してるんだろうけど……、考えても仕方ねえか。何にせよ、答えは一つしかないもんな。

「参加するよ」
「おお、そうですか! 町を救った英雄ですから大本命ですな。おまえたち、ウカウカしていられぬぞ」

 白々しらじらしいセリフを吐くブラードに、スタルブが続く。

「ええ、父上。おれなんてもう、負けた気でいますよ」
「ハッハッハ、これまた弱気な、ハッハッハ」

 なんかオルセント家の父と息子で、無理やり和やかな空気作ろうとしてスベってる。
 その一方で、娘とその手下は鉄面皮てつめんぴで全然楽しそうに見えないっていう。

「では、私も参加しよう」

 そんな空気の中、俺のすけを申し出てくれたのはクロエだ。ならうようにイレーヌも参加を表明する。

「では、私もご主人様のチームとして参加しますね」
「イレーヌ、今回はあたしに任せて」

 立ち上がってそう言ったのは、強い決意を秘めた目をするルシルだ。
 さすがに令嬢のルシルまで参加してくるとは思わなかったのか、ブラードは魔物狩りの危険性を説いて、見学にとどまってほしいと伝える。公爵も同じような内容を口にしたのだが、ルシルの意思は大理石よりも強固だった。

「お父様、今回の責任の一端は私にもあるの。参加するわ」

 ルシルは、これでけっこうガンコなところがある。
 以前一緒に討伐した下位竜のときもそうだったけど、こうなると人の話を聞かない。公爵もそこはよく理解しているようで、渋々参加を認めた。

「フォ、フォード様! 危険すぎるのでは……」
「ブラード卿。残念ながら、うちの娘はこうなるともうダメでして。ジャーくんとクロエくんが一緒ならば、問題はないと思いますので」
「しかしですな……」

 都合つごうが悪いのか、ブラードは渋い顔をしていた。
 とはいえ、公爵が直々じきじきに参加許可を出しているのだから受け入れざるを得ない。ともかくこうして、俺、ルシル、クロエのチームができ上がったのだった。

「……私もご主人様のお役に立ちたかったです……」

 そう言って若干ねているイレーヌの頭を撫で、簡単に慰めておく。
 大会は三日後らしいので、それまでスライムにはちゃんと食べ物を与えるようブラードたちに言っておいた。その後、適当な世間話をして、会合はお開きとなった。
 オルセント家のやつらがいなくなると、公爵は俺たちに険しい顔を向けて言う。

「大会には何を所持していってもいいらしい。彼らはきっと魔道具を持ち出してくるだろうね」

 俺もそう思う。出してこないわけがない。

「三人とも、オルセント家の人間は危険だよ。気をつけてほしい」
「幼児の頃から魔物と戦わせたりするんだっけ?」
「他にも黒い噂は多いよ。子供同士で殺し合わせた、なんて話もある。そして、生き残った者だけを自分の子にすると」

 それはルシルからも聞いていたが、あの親子を見てると普通にやってそうだ。

「……今回の事件の発端は、私にあると言ってもいい、すまない」

 申し訳なさそうにクロエが頭を下げてくる。

「まあ、それ言うなら俺だって手を出してるしよ。それは必要ねえよ」
「そうよ、頭を上げて。私たち三人なら、絶対オルセント家にも勝てるはずだから」

 ルシルがガッツポーズを作って励ますと、クロエも気が楽になったようで微笑する。
 大会に参加するやつ全員がオルセント家とグルだった、なんてこともあり得る。それでも負ける気はしないけどな。
 なんであれ、三日後。とにかく全力で、すべきことをやるだけだ。


  ◇ ◆ ◇


 月が暗雲に隠れ、月光の届かないグリザードの町。
 そんな中を、足音を立てずに進む四人組がいた。
 鷹揚おうような態度で先頭を歩くブラードは、人気ひとけが完全にせた道まで来ると、突然立ち止まる。後ろに続くスタルブ、ミミール、アネントも同じように止まり、すぐに顔を上げた。

「……ルシル嬢が参加を表明したのは、予想外だったな」

 低く、そしてつぶやくように、ブラードは声を発する。
 他の三人は、発言の許可が出されなければ口を利けないかのようにもくしたままだ。
 緩慢に振り返ったブラードの顔には、公爵家で見せていたような笑顔は一切なく、ただ冷たい眼差しがあるだけだった。

「ルシル嬢には危害を加えるな。目的を……、果たせ」

 三人がほぼ同時にうなずくと、ブラードは視線をスタルブへ注ぐ。

「あの男が力を十全に発揮できないというのは、間違いないだろうな」
「ええ、父上。もし彼が完全体に戻れるのならば、おれの結界なんて意味を成しませんから」

 隠れてしまった月を眺めながら、スタルブは淡々とした口調で言葉を返す。
 ブラードは重々しくうなずいたあと、今度は意識をアネントへと向ける。

「暗殺者時代、仲間と上位竜を倒したと言ったな」
「……三体、始末しました」

 抑揚のない声、そして感情のうかがえない目をしながらアネントは告げた。

「そのときの魔道具はどうした?」
「破損して、手元にはありません」
「今度の相手は力が封じられているとはいえ、邪竜だぞ。れるのか?」
「……アレを貸していただければ」
「必ず成功させろ。組織に追われていた貴様を私はかばった。消えるはずの命だったのだ。貴様もまた、私のモノだ。違うか?」
「相違ありません」

 間を置かず返ってきたその返事に満足したのか、ブラードは薄く笑ってからきびすを返す。
 そして再び歩きだそうとしたとき、娘であるミミールに呼び止められた。

「父上、一つよろしいでしょうか」
「……なんだ」

 背を向けたままブラードは言う。ミミールは粛々しゅくしゅくと一歩前へ出る。

「もう一人の参加者、クロエという女ですが、あれは私が処分しても?」
「どのような女だ」
「数年前、この町で一番有名だった娼婦の娘ですわ。腕はそこそこ立つのですが、態度が気に入りませんの」

 口にこそしなかったが、ミミールがクロエにしつこく絡むのには、実は理由があった。
 半年以上前、ミミールがギルド内で新人いびりを行っていたところ、クロエに注意されたのだ。自分が誇り高きオルセント家の人間だと伝えても、彼女の態度は一貫して崩れることがなかった。
 それは、ミミールにとって初めての経験だった。
 ミミールは、自分がオルセント家の人間であることに誇りを持っている。
 常に死と隣り合わせだった幼少期を生き抜き、父に家族の一員として認められたときは何にも勝る幸福感に包まれたものだった。
 だからこそ、オルセントの名にひれ伏さないクロエが許せなかった。

「しかし、公爵が目にかけている平民ではないのか」
「大した繋がりはありませんわ。所詮、平民ですもの」

 往々にして貴族は平民の存在を軽く見がちだ。ブラードもまた例外ではない。取るに足らない命なのだろうと判断する。

「好きにしろ。だが、わかっているな?」
「ええ、死体はうまく処理いたしますわ」

 殺しの許可が出ると、ミミールは狂喜を圧縮したような表情を浮かべた。
 ブラードが再びを進めると、ミミールとアネントは一定の距離を保ちながらあとに付いていく。
 ……一人だけ。スタルブだけは動きだすことなく、三人の背中を冷え切った瞳で捉えていた。
 そして、おもむろに夜空を見上げ、ようやく暗雲から顔を覗かせた月を確認する。そして月に語りかけるように――。

「ジャーくん。君の存在は父上にとっても、おれにとっても…………、とても重要だよ」

 ほんのわずか片笑みすると、スタルブもまた夜のグリザードを確かな足取りで進んでいった。月から放たれる、わずかな明かりを道しるべに。


  ◇ ◆ ◇


 話し合いから三日後の正午。
 俺たちは公爵家の馬車で、大会が行われる場所へ移動した。開催場所だという森の近くに到着したときには、すでにオルセント家の面々、そして他の参加者たちも多く集まっていた。
 あの髭親父ブラードの近くに、おりに入れられたスラパチたちを発見して駆け寄る。

「おまえら、無事だったか」
「おやびん! すみません、おいらたち……」
「あたしたち、捕まっちゃって」
「……ごめん、おやびん……」

 スラパチ、スラミ、スライレがしょんぼりした様子で謝ってくる。なんであれ、とにかく無事でよかったわ。


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