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4巻
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しおりを挟む1 聖女! OL! ハネムーン!
青く澄みわたる空に小鳥が元気に飛んでいくのがみえる。
つがいなのだろうか? とても仲が良さそうで心が和やかになる。
俺、イントの隣では、三人いる嫁さんのうちの一人であるデックスが、退屈そうにセミの死骸を棒でつついていた。
実年齢は二十歳を超える妙齢でありながら、ドワーフという種族特性のせいで、黒髪ロングヘアをなびかせて道端にしゃがんでいる姿は子供にしか見えない。それが理由で彼女達三姉妹――喧嘩っ早くてすぐ刃物を出す長女デックス、にこやかな顔で人を罠に嵌める腹黒次女ヴィータ、脳筋で計算問題を腕力で解決する傾向にある三女エステアの三人――は、婚活負け組が決定していた。ところが、突如異世界にやってきて右も左もわからない俺が、彼女達の父親アサカーさんに拾われたことにより、力ずくで結婚に持ち込まれたというわけである。
ある日突然地球でリストラされた挙句、放り込まれたこの異世界。目の覚めるような大活躍を続けてきた俺にも魂の安息が必要だ。
慣れないこの世界で三人の子を持ち……いや妻を娶り、妻の実家で人の好いアサカーさんに甘えての同居生活。
まさに大冒険と言わざるを得ない。
「始まったわよ!」
突然そう叫んだデックスが、セミの死骸をつついていた棒を俺の方に投げつける。
この平和な町エンガルにあるハンターギルドの近くで時間を潰していた俺達は、起こるべくして起こった事案の行く末を確認すべくギルド施設に駆けつけた。
施設の外に居るのにもかかわらず悲鳴と怒号と打撃音は表に丸聞こえであり、中でトラブルがあったことが扉を開けなくとも手に取るようにわかる。
まあ、トラブルの元を施設に放り込んだのは俺なんですがね……。
そっとドアノブを掴み施設の中を覗き見ると、血みどろの角材を握り締め、ゆらりと幽鬼のように佇む、三つ編みドワーフのマリアさんの姿があった。
俺はそっと扉を閉めた。
「ちょっとイントくん! 閉めないで! 閉めな……」
受付嬢のナナさんが何か叫んでいたが、聞こえなかった。
「どうします? 帰ります?」
「放っておいても平気そうね」
俺の言葉に頷いたデックスとともに踵を返し、もと来た道を戻ろうとしたその時。ギルドのドアが乱暴に開き、中から伸びてきた手が俺の首を乱暴に掴むと、そのまま引き込まれた。
「待てっつってんでしょ?」
襟首を掴まれ前後にぶんぶんと揺すぶられる俺。
「らめえええ……」
「どうなってんのよ! アレ! チンピラハンターが壊滅じゃない!」
ナナさんが真っ青な顔でギルドの中を指差す。
「そもそも、見知らぬ人間を見たからってすぐに絡むチンピラが悪いじゃないですか」
ここは一応客商売もしているんだしねえ。
「手加減して絡むのがマナーなのよ。手加減無しで反撃するってあんな怖い子はじめて!」
「エステアは?」
「あれはバカだからしょうがないの!」
「ある意味エステアより質悪いっすよ。ブラックライセンス持ちになるっすよ、あの人達」
ちなみにブラックライセンスとは、問題を起こしがちな転移者、取り扱い注意な腫れ物ハンターに発行されるライセンスだ。なぜか俺も持っている。
「え……と、どこかのギルドに登録してた人達?」
「あーなんていうか軽い亡命みたいな? ギルド長案件ですので、まっすぐあのじじいの部屋に連れていってください」
その言葉を聞いたナナさんはデックスに指示を出し、中で暴れているドワーフと、呑気に壁際で拍手を送っているシスター服の女を連れて、ギルド長の執務室に直行した。
ギルド内では頭から噴水のように血を噴き出している者や、口の右と左で紅白の泡を吹いている者、お尻に角材が刺さっている者と、バラエティ豊かな重傷者が累々と転がっている。
ギルドの隅のテーブルで回復効果を持つ高級サラミを薄く切り、重傷者の口に突っ込んでいくと、二日酔い程度の気だるさを見せながら、全員がむっくりと起き上がった。
「あー死ぬかと思った」
「ヘルメットが無かったら死んでたな」
「やはり小さな子に殴られるのは、新鮮で御座るな」
ハンター達によると、絡んだ人間よりも、止めに入った者の方が怪我人が多く、とばっちり被害でエンガルハンターギルドは壊滅の危機に陥ったらしい。
重篤な怪我人が居ないか確認を取っていると、普段は近寄ってこない新人受付嬢が俺に伝言を持ってきた。
「あ、あの……イントさんですよね?」
「ええ……僕がイントです。今たくさんの怪我人を率先して助けたBランクハンターのイントです」
「ハンター長から伝言です。騒動の中心人物が遊んでいないで、早く執務室に来い! とのことです……」
「あっ、はい……」
新人受付嬢はパタパタと受付カウンターに戻ると、他の受付嬢に心配されている。
小声だけど聞こえていますよ、五分以上会話すると妊娠するとか、二メートル以上近寄ると妊娠するとか、触られるとパンツの中を型取りされたあとに妊娠するとか、誰が広めたんすか……。
俺のメンタルの弱さを甘く見ないでもらいたい。
本気で泣きますよ!
ギルドの奥にある無駄に重厚な扉を乱暴に叩き中に入ると、目を輝かせてソファーに座るシスター服の女、その背後に控えるマリア、壁に飾ってある武器をベタベタ触るデックス、頭を抱えるギルド長、というカオス空間が広がっていた。
「ようやく来おったか、説明を頼むぞ」
ギルド長が言葉を絞り出すように喋った。
「えーと……何も聞いてないんで?」
「一応聞いたが、ブラックライセンス所有者の証言をもらいたい」
「えー、そこのシスターはアバスリ王国アグネス教本山でブイブイ言わせていた、聖女のリンダさんです。ちなみにアグネス教会本山を壊滅させて、運用資金をがっぽりパクって孤児院施設だけ運用するように手を回し、自分は死んだように見せかけて、エンガルの町に転がり込んでくることができる能力を持ってます。ロリコンでショタコンでレズでホモ鑑賞が趣味らしいです」
「よろぴく~」
パタパタと手を振るリンダ。
「そしてこちらが、さきほどギルドで大暴れをした、ドワーフで三つ編みでリンダさんが一生面倒を見ると言い切った、お付のマリアさんです。ちなみにギルドホールで十人以上が死にかけた原因は、不用意にマリアさんもしくはリンダさんに近寄ったのが、マリアさんの逆鱗に触れることになったのかと思います。なので、チンピラキャラの皆さんには、狂犬病の犬の前に乳幼児を晒すような真似はしないように注意させてください」
「一生面倒を見るなんて……リンダ様……」
マリアさんは頬を赤らめ、はにかんでいる。そんな彼女を横目に、ギルド長が問いかけてきた。
「イントくん、彼女達の危険度はどんなもんだね?」
「三日もあれば王国同士の戦争を引き起こせるくらい危険ですねえ、俺の知ってる範囲では」
「あら、失礼ね。移動時間が無ければ十分で武装蜂起くらいなら行けるわよ?」
「だそうです」
リンダの言葉に、ギルド長は頭を抱えながら大きな溜息を吐く。
「エンガルに来たのは何が目的だ?」
リンダはコロコロと声を出して笑う。
「私は聖女なので、この世界の子供達を救いたいの。それも誰の事情も考えず、私のわがままと偏見と都合で救うために、その入れ物が欲しかったから、この町に来たのよ。アグネス神殿は良い入れ物だったけど、腐ったから捨てたの。今度の入れ物は腐りにくそうだし、防腐剤として機能するエンガルの魔王がいるしね。私の理想に近づくのに今一番近い場所、それがエンガルの孫の湯だったってわけ。エンガルの町なんてどうでもいいけど、孫の湯に人的災いが降りかかったら、魔王もドン引きするほど暴れるわよ?」
そう言いきった途端、リンダの目がオッドアイになる。
「便利だなそのオッドアイ、決めのセリフで色を変えるのか?」
「決めのセリフとか言わないでよ! 普段から近くに居る人間に、オッドアイだってことを気にしない暗示をかけているだけ。今暗示を解いたのよ」
「へええ、でもカッコイイとか思ってオッドアイにしたんだろ?」
「当たり前田のクラッカーよ」
「めんどくさいな、常時オッドアイにしとけよ」
「わかってないわね、ここぞって時のオッドアイなのよ! 能力に悩む振りをする時に便利なのよ」
「中二病かよ」
「何よその病気」
ジェネレーションギャップで微妙にすれ違う俺とリンダの会話の中、ギルド長の顔が気のせいかいつもより十五歳は老けこんで見えた。
◇◇◇
「だからですねエステア、うどんを啜ったあと、咀嚼する前に少し汁を口の中に入れるんですよ。そしてお出汁と一緒にうどんを味わうんです。そうするとうどんを食べ終わる頃には、お出汁も丼に残らず綺麗に……」
リンダのハンターギルド登録をなんの問題もなく済ませた数日後。ギルドから依頼されていたエンガルの孤児院兼リゾート施設である孫の湯の改装も一段落ついて、うどん屋でエステアとくつろぐ俺に、声をかけてくる男がいた。
「お久しぶりです。イントさん」
手を振りながら近寄ってきたのは、以前の孫の湯襲撃事件の際に一緒に戦った、騎士団工兵科所属のアルファさんだった。
「お久しぶりです、アルファさん」
「ギルドより緊急の出動依頼がありまして、今回孫の湯の防犯施設アドバイザーとして派遣されてきました」
ギルドからの緊急出動依頼で防犯施設アドバイザーの派遣? ずいぶん至れり尽くせりな話ですね?
「騎士団長から、見知った者がやり易かろうと、以前共に作戦行動を行った私が派遣された次第です」
「それはご苦労様ですね、ところで見知った者とは?」
「はい。孫の湯の防犯対策設備を施工する担当者がイントさんと伺いまして」
その言葉を聞いた俺が隣でうどんを啜るエステアをじろりと見ると、露骨に視線を泳がせた。
また勝手に依頼を受けてきましたね?
「それはご苦労様です。俺は施設の施工は得意ですが、あまり防衛の実戦経験がないので、本職の方のアドバイスは助かります。今回はよろしくお願いしますね」
このまま逃亡するのもありかと思うが、生真面目なアルファさんに迷惑をかけるのも忍びないのでしぶしぶ頷いておく。
「おまかせください!」
アルファさんは胸を叩いて頷いた。あまりのいい笑顔っぷりに逃げ場をなくした俺は、上機嫌のアルファさんに孫の湯へと連行されていった。
エンガルの町の外れにある孫の湯の敷地は広大である。どれくらい広大かというと、敷地境界線から孫の湯本館の建物が見えないほどだ。まあ、人手が増えてきたら、ここにも畑を作って孫の湯卒業生を雇い入れる予定らしい。
「さて、まずは何から取り掛かりますか?」
とりあえずアルファさんの意見を聞く。
「ええとですね、孫の湯に騎士団の出張所を作ります」
「出張所ですか!? 出張所に人が回せるんですか?」
「当直騎士が三人ほど常駐することになりますね」
まあ短い期間で二度も誘拐の危機があったのだから、常駐させておくだけで余計な雑魚は寄り付かないだろうな……。
「実は騎士団でも孫の湯の当直当番は奪い合いなんですよ。当直手当も出るし温泉に入り放題、食事も孫の湯から支給されますし。なんといっても、エステに通う女の子がたくさん来ますからね。独身騎士の当直希望申告が殺到しています」
ああ……なるほど。
「素敵な出会いがあればいいですね、仕事を真面目にする男はモテますからね」
「非番のときにここに入り浸っている若い騎士も多いので、現時点でも既に常駐させているようなモノなんですけどね」
アルファさんが頭を掻きながら苦笑いする。恐らくはアルファさんも通い詰めているクチなのだろう。
「じゃあ、詰め所みたいな感じでいいですかね? 仮眠所とかあったらいいですよね?」
「騎士団は日頃から鍛えてますので、粗末な物で大丈夫ですよ。そうですね、孫の湯の正面に一つお願いします」
日本にある交番くらいの大きさでいいだろうか? 土魔法でモリモリと土を盛り上げて、四角い建物を作成する。
内装を整える為に中に入ると、交番そのもののような間取りになっていた。
手前に執務スペースと奥に休憩所とトイレ、そして男のロマン地下室。それを見つけたアルファさんはひどく興奮していた。
「おおおおお! これは! 地下室ですね?」
「ロマンですね」
内装関連の仕上げは内装屋さんに任せるとしよう。
「寝具などは駐屯所から持ち込みますので、内装の仕上げだけ町の大工に外注しますね」
アルファさんの言葉に俺は頷く。
土魔法便利!
「あとは何が必要ですかね?」
「外柵ですね。エリーさんが言うには、イントさん一人でも孫の湯全体の外柵を作ることができるとのことなんですが……」
結構な広さがあるこの敷地を外柵で……。
「外柵ってどれくらいの強度が必要なんですか?」
「強度はさほど必要ありません。壊されても、そのことが確認できればいいんです。どんなに強度があっても乗り越えられれば同じですからね、野生動物が侵入できない程度でいいです」
この広大な土地を歩いて外柵を打ち込むなんて……俺のペット亀のベスパに乗って回るか?
「野生動物は、適度な間隔でカカシでも置いてやれば、寄ってきませんよ」
カカシか、ゴーレムでいいな……。
カカシ?
そう思い至り、二メートルほどの身長を誇る、いつものクマ頭のゴーレムを五体作成する。
ゴーレムは筋肉の張り出した腕を組み合わせ、ずらりと目の前に並んだ。
「うわわ……ゴーレムですか? ここまで立派なカカシだったら、野生動物も寄ってこないと思いますよ」
「いえいえ、これを外柵にしようと思うんですが」
「外柵にですか? ゴーレムを?」
「ええ、このように腕を組んでずらあああっと」
「外柵としては、なんら問題はありませんね」
よし、アルファさんの許可が出た。ゴーレムのお兄さん達をたくさん作れば、自分で歩いて外柵になってくれるだろう。何より俺が楽だ。
頭がクマで身体がプロレスラーのゴーレムをどんどん作成していくと足元の土がどんどんなくなるので、目が届く範囲の高台などからも作成する。屈強な体付きのゴーレムが大地からぽこぽこと作成されて、腕を組んで歩いていく。
「イ……イントさん……すごい数のゴーレムが歩いてますが、まさかこの敷地を全部ゴーレムで囲むんですか?」
いつもより集中しているので答えを返せない。
「いいぞ……いいぞ……歩け、歩け、アルケ」
規則正しい足音を立ててゴーレム達が腕を組んで歩く。
が、突然ピタリと足を止め、数百に及ぶゴーレム達が一斉に俺の方に顔を向けた。
「イントさん……鼻血が……」
アルファさんが青い顔で俺を指差す。
「ぶぷっ……」
景色がゆっくりと傾いだと思った矢先、俺の視界が暗くなっていった。
◇◇◇
気づいたら白い荒野を歩いていた。
後ろを振り向くと俺の足跡が続いている、いつから歩き続けていたのだろう。
進行方向には何も見えないが、引き返そうにもどこに行くのかがわからない。仕方なく歩いていると目の前に光が差し込む。
その眩い光の中から一人の女性が現れた。
眼鏡をかけ事務員のような服を着た、身体の起伏は派手だが雰囲気の地味な女性だった。
「地味で悪かったわね」
女性が睨み付けてくる。
「とうとうここまで来ちゃったのね……貴方がここに来るのはもっと先になるかと思ってたわ……」
「貴女は誰ですか?」
「私は貴方と契約を交わした者よ、そうね……生と死を司る神とでも思ってちょうだい」
少し寂しそうに笑う女性。
「ここに来てしまったのはしょうがないわ、貴方の運命だったのでしょう……貴方が今まで生きてきた証として、あ……ちょ、ちょっと……」
俺の身体の輪郭がボヤける。
「こら! 待ちなさい! まったく! これだから野蛮人は!」
どんどん俺の身体の影が薄くなり、口の中が燃え滾るように熱くなる。
息が詰まり咳き込みそうになる。
苦しい……熱い……。
し……死ぬ……。
「死んでまうわ!」
口の中に詰め込まれた熱々の異物を吐き出して起き上がったら、うどん屋の新メニュー「エビ天」がそこら中に飛び散っていた。
ぜえぜえと荒い息を整えながら周りを見渡すと、驚いた顔のデックスとヴィータ、そして得意顔のエステアがいた。
「な? 大抵病気なんてモンは美味い物食って、温かくしておけば治るんだよ」
エステアが得意気に自慢して、デックスとヴィータがウンウンと頷く。
「えーと、何がどうなったんです?」
「ダンナが仕事中に突然鼻血出して倒れたから、アタイ達が看病してたんだよ。もう二日も寝てたんだぜ?」
じゃあさっきの夢は臨死体験だったんすかね? あの場ではわからなかったけど、登場してきたのは間違いなくOL女神だ。俺をこの世界に放り込んだひとですね。
OL女神がなんかカッコいいこと言おうとしたけど、天ぷらで蘇生してしまった感じですかね? 臨死体験から引き戻したのがエステアなのか、臨死体験に追いやったのがエステアなのかは微妙なところだ。
応援ありがとうございます!
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