異世界転移したよ!

八田若忠

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4巻

4-3

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  2 一回目! ヒモ! 憩いの宿!



「そもそもですね、ハネムーンなる儀式はお互いの理解を深める為に、新婚の二人が見知らぬ土地でうろうろして、途方とほうにくれる荒行あらぎょうですよ? ささっと帰ってきて、いい思い出だけを残すのが良いと思うんですよ」

 旅行が決定した翌日、俺は朝から熱弁を振るっていたが、奥様達は聞く耳を持たずに商店街に昔からある書店、ケイブン屋で旅行パンフを山ほど買い込んできて、思い思いにウットリと眺めていた。

「なので、お一人様二泊までと勝手ながら決めさせていただきます!」

 バン! と壁を叩いて威厳いげんを見せるが誰もこっちを向かない。

「イント、さっきからうるさいわよ。少しは落ち着きなさい」

 さきほどからお茶を啜りながらパンフを眺めているデックスにたしなめられた。

「きいいいいい!」

 なんとか……なんとか目線を変えなきゃいけない。

「あ、あまり遠くに行くと二回目以降の旅行は、無理になりそうだなあ……なーんて……」

 奥様達の背中がピシリと音を立てて固まった。
 三人が頭を突き合わせてポショポショと相談を始め、チラチラとこっちを見る。
 日頃つちかった体力の無さがここに来て役立ったようだ。

「もう! わかったわよ! 近場で二泊ならいいんでしょ?」

 デックスが頬を膨らませ腕を組んだ。

「ダーリンはヘタレなんだから~」

 ヴィータもパンフを抱き締めながら床にゴロリと寝転がる。

「ダンナは旅行が終わったら体力錬成訓練だな!」

 エステアが溜息を吐いた。

「じゃあ一番手は私ね。行き先はマルセイフの町よ。歩くと半日かかるけど馬で行けば一時間かからないから良いでしょう?」

 デックスの提案はマルセイフの町か。そこだったら薬草みで何度か行ったことがあるな。マルセイフの山の中にはセーフハウスもあるし、何かあっても大丈夫だろう。

「わかりました、そこで手を打ちましょう!」
「やった!」

 デックスがガッツポーズを取る。

「それじゃあ旅行の準備に色々買い込んでくるわ! ベスパを借りるわね!」

 バタバタと家を飛び出していくデックスを三人で見送っていると、ヴィータがボソリと呟いた。

「何を買うんだろう~? 服じゃなきゃ良いんだけど~」

 あ……フラグが立ちました。

「そ、それよりもマルセイフの町って、薬草を摘みに行ったことしかないんですけど、何か有名な名産品とかあるんですか?」

 ヴィータに聞いてみるとヴィータは顎に手を置き暫し考える。

「ん~、それはデックスちゃんに聞いた方が良いんじゃな~い? またむくれちゃうわよ~」

 それは困る……二日間ヘソを曲げられたら旅先で家出したくなってしまう。

「そうですね、当日まで知らん顔しておきます」
「当日って言っても明日だけどね~」

 へ?

「明日っすか? ずいぶんと急ですね? 来月とか来年の話とか思ってましたよ?」

 座布団の上で胡座あぐらをかいた俺の膝の上に、エステアがドスンと座りケラケラと笑う。

「だってよ、時間の猶予ゆうよをダンナに預けると、逃げ口上を山ほど考えるだろ?」

 うーーん……。

「はい……」
「だからソッコーだよ、ソッコー!」

 なるほど。

「俺、旅行ってここに来てから初めてなんですけど、用意する物ってあるんすか?」
「ん~、馬があればあとは武具と着替えかしら~?」

 俺は元々ひのきの棒しか持ってなかったしな、ってひのきの棒どこにやったっけ? しばらく前から見てないな? まあいいか、魔法で身は守れるしなんとかなるだろう。
 あとは大きい鞄かな? これも薬草採取用のでいいか、二泊三日だしな。
 などと明日の準備を進めているとデックスが帰ってきた。

「お待たせ! これで旅行はバッチリよ!」

 白い幅広の帽子からさらりと伸びた黒いストレートヘア、首元には上質な黒い革素材にキラキラと光るびょうが上品さを際立てるチョーカー、黒いTシャツの胸元には「勇み足」と大きく書かれているのもポイントが高い。紅白にいろどられたおめでたいカラーリングの巻きスカートの裾から覗く、左右色違い(緑とピンク)のタイツはアバンギャルドさを演出している。加えて、手首に巻かれたブレスレットとブーツにあしらっている光る鋲が、首元のチョーカーとの統一感を出して、少し大人のイタズラ心が見え隠れする珍妙なファッションだった。


「サカエ屋さんは止めなかったんですか?」
「アイツはファッションをわかっていないのよ! あれこれ煩いうるさからナイフを突きつけてやったわよ」
「それじゃあ強盗っすよ……」
「お金は払ったわよ!」

 俺がヴィータに頭を下げると、ヴィータはデックスを引きずって家から出ていった。

「え? ちょ……ちょっと、何? 離してよ! ちょっとおおお!」


  ◇◇◇


「似合ってる~、可愛い~」

 ヴィータが必死にデックスをおだてている。
 ぷっくりとむくれてご機嫌斜めのデックスは、未だにブツブツと文句を言っていた。

「メンドクセーなあ、作業服で行きゃあ良いんじゃねーか?」

 エステアがご機嫌を取るのに飽きてきている。
 商店街のサカエヤ呉服店で揃えてきたのは、白いブラウスにサンドベージュの乗馬用パンツに革のブーツ。首元には青いバンダナを覗かせて、まるで小さなカウボーイのようだ。
 道中は馬のルッソくんに乗って移動なので、ヴィータの洋服のチョイスは正解だろうが、自分のセンスに確固たる自信を持っていたデックスには受け入れられないのだろう。

「そんなに似合ってるのに何をむくれているんすか?」

 見かねて声を掛けると、大きなクッションの上で生けるしかばねとなっていたデックスがピクリと反応する。

「なんて?」
「は?」
「なんて言ったの?」

 不機嫌な声色こわいろでデックスが聞き返す。

「ええと、むくれてる?」
「その前!」
「似合ってる?」

 むっくりと身体を起こしこちらを睨みつける。
 地雷なのか?

「あ、ええと似合ってますよ?」

 デックスは立ち上がり面白くなさそうに「なら良いわ」と呟き、旅行鞄に荷物を詰め始めた。
 どうやらセーフだったらしい。
 エステアが「メンドクセー」と呟き、ヴィータが「乙女ねぇ~」と呟いた。


 さて、翌日。朝からアサカー鍛冶屋の店先で一家総出のお見送りだ。

「やい! イント! 俺ぁな、俺ぁな……」

 アサカーさんが店先で涙ぐむ、自分の娘が男と二人きりで旅行をするというのだから、どんな父親でも不安になるだろう。

「初孫は女の子って決めてあるんだ! いいか? 女の子だぞ?」
「拾ってきていいんすか?」
「仕込むんだよ! 拾ってきちゃったらまた怒られんだろ!」

 朝っぱらからなんて話を振りやがんだこのジジイ。

「お父さん!」

 デックスもさすがに声を荒らげる。

「男の子だって立派な孫よ! 変な差別をしないでちょうだい!」
「男は男で良いんだけどよ、まだ名前を考えてねえんだ」
「アタイは絶対男だな!」
「あたしは女の子~、着せ替えしたいわ~」

 俺以外の全員がノリノリである。

「子分が増えるデスか?」

 俺が作ったオリハルコンゴーレムであるハルコまで輪に加わってきた。
 店先であくびをする馬のルッソくんだけが、俺の味方のような気がする。

「先に行っちゃいますよ?」

 あまりにも店先でのコントが長引いてるので、れた俺はデックスをかしてみる。

「夫婦の旅行で妻を置き去りにするなんて、いい度胸ね?」

 光の速さでルッソくんの背中に飛び乗り、俺の首元にナイフを突きつけてくるデックスは、完全に殺し屋の目付きになっていた。

「それじゃあ、行ってくるわね~」

 くるりと振り向き留守番達に手を振るデックスが、俺の膝の上に強引に座ってくる。

「デックスの座る場所は作ってありますよ?」

 俺が後ろの席を指差しても聞こえない振りをするので、しょうがなくそのまま出発した。
 商店街をゆっくりとルッソくんに乗って進むと、店先を掃除する顔見知りのおばちゃんや、ご主人達が声をかけてくる。

「おや? デックスどこに行くんだい? また大物でも狩りに行くのかい?」
「旅行なの~」
「デックスちゃん、どうしたんだい? 盗賊でも出たのかい?」
「旅行なのよ~」
「早くからどうしたんだい? 乱闘騒ぎは勘弁しておくれよ?」
「旅行だっつってんでしょ! ぶっ殺すわよ?」

 商店街で今にも爆発しそうなデックスを羽交はがめにしながら、ペコペコと商店街の人達に頭を下げて通り抜ける。
 道すがら八百屋やおやのおばちゃんにルッソくんの朝御飯を頂いたり、孫の湯の授業を受けに行く子供達の列に引っかかったりしながら、ようやくエンガルの町外れに辿り着いた。

「マルセイフの町は何が名物なんですか?」

 振動の少ないルッソくんの背中に揺られ、眠気が来ないようにデックスに話しかける。

「行ったことないんだっけ?」
「近くの山までは何度か行きましたけど、町の中には近づかなかったんで」
「そおねえ、マルセイフの町は主に林業が盛んね。森の木の育ちが早くてね、切っても切ってもすぐに大きい木が生えてくるのよ」

 大きい木っていっても樹齢じゅれい百年クラスの大木は、切ったらそこまでだと思うんだけどな?

「ふふん」

 デックスが俺の顔を見てにやりと笑う。

「大きい木が生えるっておかしいと思ったでしょ? それに樹齢の浅い木は大きくないって」
「ええまあ」
「樹齢一年で大人十人の手が回らないくらいの太さになるわよ」
「えええ? それはまたファンタジーですね?」
「年輪もないから加工しやすいのよ。建材や家具や楽器なんかに使われているわね。鍛冶仕事の時に使う木炭なんかもこの木から作られているわよ。普通の木よりも数倍の火力が得られて長持ちするらしいわ」

 夢のような木材だな……伐採ばっさいしまくっても資源が尽きないなんて、全ての建物を木で作ってもいいんじゃないか? これは何か美味しい予感がしますな。
 俺は膨らむ夢にふわふわと舞い上げられ、高揚感こうようかんと期待感で明るい未来を想像しながらニヤニヤが止まらなかった。


 今回の旅行は仕事ではないのでノンビリと街道を走っていく。ルッソくんのスピードは年寄りのジョギング程度だ。道行くハンター達がこちらに手を振っているので手を振り返したり、ルッソくんの休憩を多めに取ったりしていると、とある場所で気になる事柄があった。

「そう言えばここはエンガルとマルセイフの中間のセトセ平原ですね……」
「そうね……」
「何か忘れているような気がするんですが……」
「気のせいでしょ?」

 デックスは目を合わせてくれない。家で留守番をしている二人も何となくわかっていて、話を掘り返さない何かがあったような気がする。

「こないだハルコを盗んだ奴らって、このへんのセーフハウスに閉じこめてからどうなったんですかね?」
「……」
「迎えに来た奴らに助けられたんすよね?」
「……」

 セトセ平原のセーフハウスの前に差し掛かり、ルッソくんの足を止めた。

「……」
「……」

 中を確かめたくないような確かめたいような、子供の頃に前の年に使い倒した虫カゴの中を確認するみたいな嫌な空気が流れる。

「あの……」
「ここは! 地盤が緩いから!」

 デックスが俺のセリフに若干被せながら大きい声を出す。

「こ、ここは地盤が緩いから、適当に作ったセーフハウスなんて、崩落ほうらくしているんじゃないかしら?」
「ええと……」

 目の前には前に訪れた時と同じ光景が広がっていて、崩れた形跡はない。

「し、調べてみましょう……」

 セーフハウスの入り口付近で魔法操作をして、入り口を開けようと魔力を流す。

「あ……」

 地響きと共にセーフハウスのあった場所が、土煙を上げてへこんでいった。

「ま、魔力を入れすぎちゃいました」
「きっと良い人に拾われているから大丈夫よ、先を急ぎましょ」

 全く先を急ぐ旅行でもないのに、俺達は足早にその場を離れた。
 彼らに幸多からんことを……。
 しばらくルッソくんに揺られていると、また見覚えのある場所に出る。薬草の採取でたまに訪れる穴場である。天気の良い日はこの辺まで足を伸ばし、ついでに羽根を伸ばしている。

「この辺まではたまに来るんですよ、薬草も豊富で穴場なんです」
「そう……ルッソ止まって」

 デックスがルッソくんの足を止める。

「どうしたんですか? 薬草の採取でもするんですか?」

 デックスがルッソくんの背中から飛び降りて、小さくて目立たないルッソくんの耳に小声で何かを呟いた。

「どうしたんですか?」

 デックスは悪魔のように微笑み、ルッソくんはあかうろこを青ざめさせてトボトボと歩き出す。項垂うなだれながら歩くルッソくんに揺られながら、ノンビリと進んでいくと途中から脇道にれ始めた。

「どこへ行くんですか?」

 デックスとルッソくんは答えずにどんどん道を外れていくが、人気ひとけがなくて見覚えのある方に進んでいく……まさか……。
 よく見てみると、ルッソくんと共に前を歩くデックスは、パカリと開いたルッソくんの口の下唇をガッシリと掴み殺気をみなぎらせていた。

「あ、あ~疲れちゃったなあ、早く宿屋さんに行かなきゃなあ。宿屋さんのお茶菓子が無性むしょうに食べたくなってきましたね」
「そぉ……」
「マルセイフって温泉とかあるんすね? 早くお風呂に入りたいっすね! どうっすか? 急いで入りたくないっすか!」

 ルッソくんがある一点で立ち止まり、切なそうに一声鳴いた。

「キュー……」

 やっぱりか……ここは俺の秘密のセーフハウス入り口だ。

「イント?」
「はい」
「開けて」
「あの……開けなくてもこのまま埋めますので」
「開けて」
「何もありませんから」
「開けて」
「はい……」

 入り口を隠蔽いんぺいしている土と草木を土魔法で綺麗にどけると、地下へと続く階段が見える。空気の通り口も塞いであるので、ほこりや虫なども居ない完全な密閉空間のはずだ。
 デックスは俺の前をズンズン歩いていく、ヤバい……ここには確か封印されたブツが隠してあるはずだ。
 俺は咄嗟に魔法を使って横穴を掘り、薄い石でふたをする。

「デックス、ここに秘密の抜け道があるんすよ! もーバレちゃったから隠し事も無しっすよ! 参っちゃったなー」

 俺はしきりに今作ったばかりの秘密通路を指差す。

「そう、あとで見るわ、とりあえずこっちが先」
「デスヨネー」

 デックスが一歩一歩地下の突き当たりまで進んでいく。このままじゃ、あのブツが見つかってしまう!

「デックス! 危ない! そこには罠が!」
「知ってる」

 罠が起動したかのように生成された落とし穴が口を開けるが、デックスは難なく飛び越える。
 そのまま突き当たりの部屋の前で立ち止まると、俺の手作りの簡素な扉を指差してニヤリと笑った。
 俺も焦りを悟られぬようにギクシャクと笑いかける。
 次の瞬間、土で作った薄い扉がぜるように飛び散り、土煙が俺の視界を覆った。
 デックスは? 居ない! しまった!

「ちっ! 蹴破ったか」

 俺は中に飛び込み、最近使うことの無かったファイヤボールをともし、外の光が届かない室内を照らした。
 どこだ? どこにいる? 俺は部屋の中を見回すが、デックスの姿が見当たらない。部屋の中には柔らかい石を変形させたマットレスを乗せた、土を固めて作った簡素なベッドと、シンプルなテーブルと椅子いす。作りの甘い扉を蹴破られたことによって舞い上がった土埃つちぼこりは、未だに部屋の中に立ち込めている。
 今俺が優先すべきはデックスをここから引き離すことか? 言い訳を考えることか? 否! 見られてはマズイ物を無かったことにすることだ!
 俺は明かりに使っている物とは別のファイヤボールを灯し、見られてはマズイ物に向けて構える。狙いはベッドの下に押し込んである四角い木箱、箱ごと中身を焼き払えばあとは何とでも誤魔化ごまかせる! 俺が木箱に向かってファイヤボールを振りかぶり、投げ付けようとした時――背後で風が動いた。
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