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「家賃の代わりに、週に一度あなたを抱かせてください」
土砂降りの夜、菅野蕣(すがの・あさがお)が見つけたのは、傘も差さずに立ち尽くす一人の男だった。
男の名は潮見飛鷹(しおみ・ひだか)、三十八歳。通い始めたジムで顔を合わせる、愛想がよく面倒見のいいスタッフだ。だがその夜の彼にはいつもの笑顔がなかった。
「帰る家がないんです」
離婚歴があり子供への責任を抱えながら小さな劇団を守り続けてきたヒダカ。住まいを失っても演劇だけは諦められず、誰にも頼れずにいた。
見かねたアサガオは彼を自宅に招き入れる。身長百九十センチ、誰にでも丁寧な敬語を使う、少々変わったオカルトライターである。世話焼きで料理もできるが底知れない。そして彼にはヒダカに言えない下心があった。
「私はあなたを抱く。これに応じるならあなたはこの家に住んでいい」
家賃と光熱費の代わりに、週に一度、身体を重ねること。
あまりに突飛な取引に戸惑いながらも、背に腹は代えられないヒダカは契約書に署名する。
ところが強引に取引を持ちかけた張本人は、いざとなると慎重だった。「嫌なら嫌と言ってください」と何度も確かめ、ヒダカが無理をしていると気づけば、自分から手を止めてしまう。下心を隠そうともしないのに、決して傷つけたがらない。ヒダカには、この男が何を考えているのかさっぱり分からない。
ここから奇妙な同居生活が始まる。
毎週金曜日に身体を重ね徐々に互いを知る事になる。
アサガオはヒダカの無防備な優しさや挫けても夢を手放さない強さに惹かれていく。一方のヒダカも軽口を叩きながら自分を気遣うアサガオの思いがけない誠実さに少しずつ心を許していく。
誰かに頼ることも自分の望みを口にすることも苦手だったヒダカ。そんな彼がアサガオの前では不満を言い時には甘えるようになる。アサガオもまた、ただの同居人のはずだった男の帰りを待ち彼の一言に浮かれ、自分でも知らなかった独占欲に戸惑い始める。
しかし劇団の運営は厳しい。舞台に立ち続けたいヒダカの願いと、彼をそばに置きたいアサガオの願いは、いつまでも同じ場所にあるとは限らない。
好きになったからこそ、触れたい。
好きになったからこそ、自由にしてあげたい。
契約で結ばれた二人が、その先に見つける答えとは――。
不器用で、強情で、どうしようもなく愛おしい。
そんな「いじらしい人」をめぐる、大人の恋の物語。
文字数 60,987
最終更新日 2026.10.22
登録日 2026.10.22
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