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瀬戸内海の小さな島でその漢達は、
命を賭けて海に出て行く。
人口が30,000人くらいの島で昭和45年の2月に親戚や周りに喜ばれてこの世に放り出された。
まだ、チャンチャンコで暖をとっていた真冬、団扇を皆んなが腰に刺してた
夏、春は桜で花見、秋は紅葉の紅葉で
季節ごとに観光できる島は観光客で溢れてた。
そんな観光地から外れた村で育つ母親は毎日、花札で夜には酒飲んで宴会。
漢達は、麻雀、ホン引き、カブ、競輪
様々な賭博があっちこっちでテラセンをとっていた。その金というものは
大人達が、明日の風は、ヤマジやどその後は西が吹くから行けんな、1メートルや、当たらん所なら入れるけどどないしよか?みたいな会話を子供ながらにカッコいいと思ってた事を思い出す。ヤマジや西は、風の吹く種類で
当たらん所は、風が当たらないで波が低い所らしい、入れるけど?
は、船で沖へ出て、海の中にボンベを背負って海鼠を取りに行くらしい。
その時代は、一回沖へ出たら50万円や100万円を一晩で稼ぐ人はザラに
いたらしい。海鼠の密猟。
でも、休みの日には、保安庁の職員に
飲ませ食わせしてる事がある。
大人の事情で中々逮捕される奴は何年かに1人とかだった。金が無くなりゃボンベ一本泳いでくるわ。10万円出しといてくれ。みたいな金の借り方を
皆んながしてた。貸す方は海鼠の仲買業者だ。利息は1割、かまへんかまへんと博打で勝ったらえいんや!の精神
負けたら、命賭けて船を出す。
そんな大人達がキラキラしてた。
文字数 701
最終更新日 2026.09.21
登録日 2026.09.21
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