「DVが殴る蹴るだけ」だと思う人の大いなる誤解

加害者意識が芽生えて以降、妻がどう傷ついていたのか、そこに思いがいくようになった。妻だけではない。過去には、仕事仲間や後輩にも叱責や詰問を加えていた。これまでの人生で、どれだけの人を傷つけてきたのか。そう思うと、酔いがさめたように怖くなった。

更生プログラムに通い始めて2カ月ほど過ぎた頃、山本さんは妻と再会を果たした。「ステップ」の理事長・栗原加代美さんの提案で、第三者を交えた対話の場を設けることにしたのだ。

妻は頬の肉が落ち、げっそりしていた。机の端と端に座り、真ん中に栗原さん。そこで栗原さんは妻に向かって、「大変な思いをして、よくここまで来てくださいました。この席に座るのも大変だったと思います」と、山本さんに代わり深々と頭を下げた。妻の表情からは、自分に対する恐怖心や怒りが満ちているように思えた。

妻はA4の紙3枚を差し出した。ぎっしりと「夫にされて嫌だったこと」をメモしてある。そこにはこんなことが書かれていた。

・家族でアイスホッケーを観に行った日、歩くのが遅いと怒ってすたすたと先に行ってしまった
・自分が話してばかりで、人の話はまるで聞かない
・何食べたい?に『なんでもいい』、中華は?に『中華は嫌だ』と言ったら、何でもいいって言ったじゃねえかとキレられた

「えっ、そんなことまで覚えてるんだ、って思いましたね。確かに『話を聞かない』こともよく注意されていたけど、そんなに深刻な悩みだったのかと……」

何を言われても、すべてを受け止めると決め臨んだ面会。山本さんは決意どおり、「すべて直します」と妻に約束し、3枚の紙を持ち帰った。

加害者は「かつての被害者」

「ステップ」理事長の栗原さんは「私が出会ったDV加害者の8~9割は、かつての被害者でした。虐待を受けていたり、DVのある家庭で育っていたり」と言う。ジェンダー観は連鎖する。だから、気づいた人は自分で断ち切らなければいけないのだ、とも。

山本さんも例外ではなかった。男尊女卑や暴力が近い環境で育った。曲がったことが嫌いだという父は、いつも母を怒鳴り散らしていた。家族旅行に行くときも、母や子どもの準備が少しでも遅れようものなら「旅行は中止だ」と憤怒し、本当に中止にしてしまったという。

矛先が山本さんに向くこともあった。小学生の頃の出来事だ。山本さんが振り返る。

「子どもって親のまねするじゃないですか。父が母にそんな態度なので、みんなでカレーを食べていたとき、私、母に『水』って言ったんです。すると父は『水くださいだろ』と怒って、包丁を持って追い回してきたんです。本当に刺すことはないし、母にも私にも実際に殴ることはなかったけど、怒りっぽく暴言がひどい。私はそれを普通だと思って育ってしまったんですね。私は今回、このタイミングでおかしいと気づくことができたけど、兄はいまだに母に対して横柄な態度です」

山本さんは52回のプログラムを終え、別居開始から5年後に家に戻ることができた。「今では妻と仲良しですし、怒ることもなくなりました」。しかし、今でも月に1~2回は「ステップ」に通う。

「52回が終わったとき、自分の根っこにあるものはまだ変わっていないというか、もう大丈夫だって思えなかったんです。ステップに通い始めて6年が経ちますが、今でも毎回気づきがあります」

山本さん(撮影:ニシブマリエ)

生理反応と感情は変えられないが、思考と行為は変えられる。「ステップ」では、それを学んだという。さらに信頼関係を深めるための「身につけたい7つの習慣」も。傾聴する、支援する、励ます、尊敬する、信頼する、受容する、意見の違いを交渉するという7つだ。山本さんはとくに「傾聴」を極めることを目標にしているという。