井田いづ

井田いづ

ゆっくりのんびり書きます。ファンタジーと妖怪譚が好きな大豆、

【蛇足SS①】夜珠あやかし手帖 のっぺらぼう(美成と夜四郎)

夜四郎は割と結構、暇な男だ。

 たまと妖退治に駆け回っている時はよいのだが、それも終わると暇になる。いかんせん、見える人が限られているというのが厄介で、内職しようにも何をしようにも中々苦戦するばかりなのだ。そうなると、やれることが少なくなってくる。

 ──たまが来るまで、時間があるな。

 ならば昼寝でもしようか横になった頃。
 佐伯美成が破れ寺へとやって来た。ここのところ眠れていなかったか、顔色が悪い。暑さのせいもあるだろうか。けれど、その顔つきは弱ってはいなかった。
 夜四郎は慌てて身を起こした。
「あんた、本当に暇なお侍なんだねぇ……」
じとりとした視線に苦笑を返す。
「これはこれは、まさかお越しになるとは」
「ちょいとお邪魔させてもらうよ」
「生憎と粗茶しか出せませんが……」

 夜四郎もまさか一対一でこの絵師と向き合うことなんて想定すらしていなかった。かろうじてあるお茶道具──欠けた茶道具一式は陶器問屋からたまが買って来てはくれていたが、流石に人に出す物でもなく、笑顔の裏で冷や汗をかく。
「いや、いいよ。長居をするわけでもないから」
それをにべもなく断る美成の言葉に、内心ほっと息を吐き出していた。この破れ寺、来客に備えてもう少しは整備しておくべきかもしれない。
「そうですか、それでは」
夜四郎は軒先に煎餅座布団を二つ並べた。

 美成は腰を下ろすなり、徐に風呂敷に包まれた小ぶりの紙を取り出した。それを何も言わずに夜四郎の方へ押しやる。夜四郎は黙ってそれを手に取ると、視線を落とした。
 絵の中には楽しそうに絵草紙屋の店先で声を掛け合う男女が映る。一人は町娘、一人は侍──紛れもなく、たまと夜四郎の絵だ。
 夜四郎は少しばかり驚いて美成を見た。美成も視線を返した。
「夜四郎さん、前に姿絵が欲しいと言ってたろ」
「それは……」
「知ってるよ。私と話をする為の、ただの建前だったんだろう。……なんてこたぁないよ、私が単に暇でさ、描きたくて勝手に描いてたんだ。だから礼を言われることじゃない」
美成はつんと澄まして呟いた。これがこの男の本音ではないことは、夜四郎でも分かる。
「有り難く頂戴いたします」
「そう有り難がるようなもんでもないよ」
「いいえ。良い絵だ──妹も喜ぶでしょう」
「だといいけど」
「絶対に喜びますよ」
夜四郎は慎重に絵を包みなおした。
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登録日 2022.10.17 00:33

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