井田いづ

井田いづ

ゆっくりのんびり書きます。ファンタジーと妖怪譚が好きな大豆、

【蛇足SS②】夜珠あやかし手帖 のっぺらぼう(美成と夜四郎)

美成はどこか遠くを眺めていたが、不意にぽつりと呟いた。視えない何かを探しているように、視線は景色を滑っていく。
「……この前のこと、礼は言えないよ、兄さん」
「そうでしょうね」
夜四郎も静かに続ける。
「元より、私は私の為だけにやったことですから」
「まあ、少なくても、私の為ではなかったね。太兵衛の為じゃないのかい?」
「太兵衛殿の為、というのもまた違いますよ。それこそ、あなたがたまに語ったような正義の某でもなく」
「ふぅん」
「基本的に、私欲の為にしか動かないんですよ、私は」
「そんなものなのかい。あんたが、妖を斬る理由は」
「世の中そんなもんでしょう」
「ふうん、そんなもんか」
「ええ、そうでしょう」
からりと夜四郎は笑った。

 美成はそこでようやく、息を吐くように笑った。
「無貌は、もう何処にもいないんだろ」
「……さあて、私に彼方のことは視えませんから、なんとも言えませんが」
何処かにいるかもしれないし、いないかもしれない。そう言うと、ため息をつかれた。
「私は最初あんたのことをおっかないと思っていたけど、やっぱりおっかなかった」
「私が?」
「おっかないよ」
「然程、怖がられるような風体でもないでしょうに」
「いいや、あんた、その目が実におっかない。まるでさ、私らのことなんて見えてないみたいでさ、何処をみてるのかわからなくない──まあ、友人になれないほどではないけどね」
素直ではない言葉は、相変わらずである。聞こえてきた単語に微笑んだ。
「おや、それは光栄だ。私は友人が少ないもので」
「遠方の友人が一人増えただけさ。お互いにね」
 ここで、夜四郎は目を瞬かせた。
「遠方?」
「ああ、私、今度町を出るんだよ。今日来たのもその挨拶がわりってわけだ」
「……何方へ?」
「決めてないが、上方にでも行こうかねえ。箱根でもいいや。とりあえず、そこらならちょっとした知り合いはいるしさ」
「それは良い。寂しくなりますが」
「どうだかねぇ。ああ、そうだ、荷物も減らしたいからさ、あんた相変わらずの暮らしみたいだろ。お下がりになって悪いけど、いくつかもらってよ」
古着でよかったら私の着物をと美成が言うのを、夜四郎はやんわりと断った。大変有難い申し出なのだが、美成の好む柄はいささか派手なのだ。
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登録日 2022.10.17 00:34

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