ご隠居

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「小説家になろう」では「おしず」名義で「弓削入鹿シリーズ」を執筆しております。

足高の制についての一考察 ~「石」ではなく「俵」という可能性について~

八代将軍・吉宗が実施した足高の制についてですが、ずっと疑問に思っておりまして。例えば、町奉行の役高は3000石、そこで禄高千石のAという旗本が町奉行に登用された場合、役高と禄高の差額の2千石が町奉行在職中だけAに支給されると、それが日本史の教科書などでの説明ですが、しかしそれではAには四公六民換算で5千石の知行地が与えられたのと同じことになります。5千石の知行地においては領主である旗本の取分、年貢米は四公六民換算でその4割として2千石になるからです。3千石の役高の町奉行職に就いた旗本に5千石の知行地を与えるなど、これはいかにも法外ですし、米の生産者である百姓の存在を無視する発想ではないでしょうか。つまり知行地から収穫される米は全て領主のものとの発想ではないかと思えるのです。そこで仮説ですが、この役高というのは知行を意味するのではないかと。例えば先の町奉行の例ですと、知行3千石を意味し、四公六民換算で1200石、そこに知行千石のAという旗本が就任した場合、Aは知行千石の領主ですので四公六民換算で400石が取分、そこで1200石から400石を差引いた800石がAに支給される、そして800石といえば2千俵です。1石は2.5俵ですから。これこそが足高の制ではないかと、小生は思うのですがいかがでしょう(ちなみに知行千石の旗本Aと仮定しましたが、Aが仮に蔵米取で千石取の場合、知行取とは異なり蔵米千石が丸々、支給されるので、そこでAが町奉行に就いた場合、1200石から蔵米千石を差引いた200石が町奉行在職中、支給されることになるのではないかと)。あの田沼意知にしても嫡子、部屋住の身で若年寄を拝命した際に支給されたのは5千俵であって5千石ではありませんでした。それもやはり5千石ですと四公六民換算で12500石もの知行地が与えられることを意味するからではないかと、つまり大名として遇されることになり、いかに意次の息とは申せ、これでは余りに優遇が過ぎ、そこで5千俵が支給されることになったのではないかと思うのです(5千俵ならば2千石に相当し、四公六民換算で5千石の知行地を与えただけ、つまり大名ではなく大身旗本に相当するので)。
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登録日 2026.09.26 10:42

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