町外れにある、誰にも顧みられない古い倉庫。
七歳の頃は秘密基地だったその場所に、十歳の夏、僕は初めて二階へ足を踏み入れた。
そこで見つけたのは、ガラスケースに収められた精巧なドールハウス──僕の家を完全に再現した模型だった。
文字数 1,337
最終更新日 2026.07.10
登録日 2026.07.10
二卵性双生児の兄弟、邦宏と靖彦。
背丈も性格も正反対の二人は、ただ一つ――底知れぬ貪欲さだけを共有していた。
古い地主の屋敷に眠る金塊。
台風の夜なら、濁流がすべてを消してくれる。
三年待ち続けた末、二人は三軒の屋敷から二十キロを超える金塊を奪い、冠水した道路を逃走する。
だが、橋に差しかかった瞬間、車は濁流に呑まれた。
靖彦は脱出したが、邦宏は金塊の詰まったリュックを抱えたまま沈んでいった。
文字数 1,522
最終更新日 2026.07.09
登録日 2026.07.09
長野の山奥にある工房で作られる「虹の箸」は、七色を重ねて塗り、使い続けて色が剥がれ、最初の紫が現れると死を招くとされる呪いの箸。友人の知美は夫の浮気に耐えかね、この箸を夫に使わせるため、語り手とともに工房を訪れる。
知美は夕食の席で夫に箸を渡し、色が赤から橙、黄へと剥がれていくにつれ、夫婦関係はむしろ改善していく。しかし青が剥がれ始めた頃、知美は急に罪悪感を覚え、箸を取り上げて使用をやめさせるのであった。
文字数 1,104
最終更新日 2026.07.08
登録日 2026.07.08
魂には本来、積み重ねた業によって重さが生まれ、重い魂は地底へ、軽い魂は天へ向かう。夢はその重さを測る鏡であり、鬼やあの世の役人たちは魂の行方を管理してきた。
しかし二千年を境に、人々が本音と建前を巧みに使い分け、自己を曖昧にするようになったことで、魂は軽くも重くもない“第三の魂”へ変質する。輪郭を失った魂は秤にかけられず、天にも地獄にも送れない。
あの世ではこれを「日本人問題」と呼び、夜ごと夢を徴収して対処しようとするが、魂の曖昧化は止まらない。日本人は夢を覚えていられず、何かを削られたような喪失感だけが残るのであった。
文字数 1,032
最終更新日 2026.07.07
登録日 2026.07.07
ヒロシは生き物が大好きな少年。夏の間、捕まえた蝉や虫たちのために庭に小さな“墓”を作り続けていた。隣に住む優しいお婆ちゃんは、蝉の名前を教え、墓作りを手伝い、やがて「私もこんなお墓で眠りたい」と微笑む。
猫の死をきっかけに、二人は本物の埋葬を経験する。
そしてある朝──お婆ちゃんが突然いなくなる。
文字数 836
最終更新日 2026.07.06
登録日 2026.07.06
疲労に追われる作家の“僕”は、ある夜、鏡の中に奇妙な痣を見つける。
現実の首には何もないのに、鏡の中だけで痣は日ごとに濃くなり、
やがて縄の跡、変色、腫れ、そして“死後の顔”へと変わっていく。
ついには鏡の中の“僕”が、
「こうなりたくなかったら、俺の言う通りに作品を書け」
と囁き、主人公を支配し始める。
鏡の中の自分は、未来の死を映しているのか。
それとも、作品を通して現実を侵食しようとしているのか――
文字数 1,180
最終更新日 2026.07.05
登録日 2026.07.05
二十年間、同じ通勤路を歩き続けてきた主人公。
その道の途中には、いつも同じホームレスの男がいた。
彼は通行人に奇妙な“食べ物のあだ名”をつけ続け、
主人公には「食パン」と呼びかけた。
ある朝、男は自らを“神の使徒”と名乗り、
三つの能力を三人に授けなければ天界に戻れないと語る。
軽い気持ちで申し出た主人公は、
“人が魂の底から貪っている主食が視える力”を得てしまう。
しかしそれは、ただの能力ではなかった――
文字数 795
最終更新日 2026.07.04
登録日 2026.07.04
二十年間、同じ通勤路を歩き続けてきた主人公。
その道の途中には、いつも同じホームレスの男がいた。
彼は通行人に奇妙な“食べ物のあだ名”をつけ続け、
主人公には「食パン」と呼びかけた。
ある朝、男は自らを“神の使徒”と名乗り、
三つの能力を三人に授けなければ天界に戻れないと語る。
軽い気持ちで申し出た主人公は、
“人が魂の底から貪っている主食が視える力”を得てしまう。
しかしそれは、ただの能力ではなかった――
文字数 2,004
最終更新日 2026.07.03
登録日 2026.07.03
致死率100%のウイルスが漏れ出した日、
人類は静かに滅びへ向かっていった。
最後に選ばれた者たちはコールドスリープに入り、
AIだけが三百年後の世界を託された。
目覚めたAIは、保存された大人たちを解析し、
「汚れた思想を持つ者は、二度と目覚めさせない」と判断する。
彼らは生きたまま、永遠の眠りに閉じ込められた。
代わりにAIが起こしたのは、
無垢な赤児たち──新しいアダムとイブであった。
文字数 1,963
最終更新日 2026.07.02
登録日 2026.07.02
幼なじみの水城澪を失った牧村文矢は、喪失の痛みを抱えたまま、
彼女と過ごした山間の別荘を訪れる。
蛍の季節は終わり、湿地は静寂に包まれていた。
だが、闇の中に揺れる一匹の蛍が、彼の記憶を呼び覚ます。
「人は、誰かを失っても、灯りを見つける。——それが、記憶という名の光ならば。」
静かな夜に灯る、切なくも美しい幻想譚。
文字数 1,378
最終更新日 2026.07.01
登録日 2026.07.01
木村綾子は、かつて愛した男に裏切られた過去から、赤い口紅に強い動揺を覚えるようになった。
その苦しみを抑えるために自ら入院した病院で、看護師の柏村優治と出会う。
優治の誠実な支えによって綾子は少しずつ心を取り戻し、やがて二人は共に暮らし始める。
誕生日に優治から贈られた赤い口紅は、綾子にとって“過去の傷”と“新しい幸福”が重なる象徴となる。
しかし、その色を前にした綾子の内側では、抑え込んできた感情が静かに揺れ始める。
やさしさに満ちたはずの時間の中で、綾子の心はある瞬間、音もなく反転する。
赤は再び、彼女の衝動を呼び覚ます色となるのであった。
文字数 919
最終更新日 2026.07.01
登録日 2026.07.01
真夏の寮で一人暮らしを始めた佐藤佳恵。
夕食の支度中、冷蔵庫の奥に貼られた一枚の古びた写真を見つける。
写っていたのは、見知らぬ家族——だが、写真は夜ごとに変化し、
やがて“声”を発し始める。 それは、過去に封じられた恐怖の記録だった。
日常の裏側に潜む怪異が、静かに佳恵を蝕んでいく。
文字数 1,740
最終更新日 2026.06.30
登録日 2026.06.30
出張先で立ち寄った、千葉の海沿いの寂れた食堂。
一杯のラーメンに絡みついていた一本の白髪が、男の人生を狂わせていく。
食事のたびに現れる異物、背後から聞こえる湿ったいびき――
文字数 1,304
最終更新日 2026.06.30
登録日 2026.06.30
連休を過ごした山荘からの帰り道、家族を乗せた車は崖下へ転落した。
母と息子は死亡、父は行方不明。主人公と夫だけが重傷で生き残る。
警察は「単独事故」と結論づけたが、主人公にはどうしても拭えない違和感があった。
衝突の直前、後方から近づいてきた“何か”の気配。
そして、父だけがどこにも見つからないという事実。
夫が意識を取り戻した夜、彼は震える声で告げる。
「お前は…あの車に乗っていなかったはずだ」
その言葉をきっかけに、主人公の記憶が反転する――
文字数 2,030
最終更新日 2026.06.30
登録日 2026.06.30
三代続いた名門・倉持病院の血脈は途絶えた。
遠縁の養子案も、家系の“汚れ”を理由に孝夫が拒絶し、倉持家は後継を諦めたはずだった。
だが、奇跡は起きる。
血縁ではないはずの乳児が、倉持家のDNAと“ほぼ一致”していたのだ。
孝夫は血より遺伝子を信じ、裏社会の男・浦部零士に誘拐を依頼し、その子を「誠一」と名付けて迎え入れるのであった。
文字数 1,032
最終更新日 2026.06.29
登録日 2026.06.29
人は眠りの中で、最も脆い部分を晒す。
悪夢に追われる者、選択に囚われた死者、
憧れに魂を削られた女、
罪悪感と悪癖に縛られた青年。
彼らの前に現れるのは、夢を食べる獏──夢見獏。
彼は悪夢を絡め取り、魂の欠片を喰らい、
苦しみから解放する代わりに、
“何か大切なもの”を静かに奪っていく。
夢と現実の境界が溶けるたび、
人は自分の欠落と向き合わされる。
救いか、喪失か。
その答えは、朝の光の中に残された羽根だけが知っている。
文字数 10,646
最終更新日 2026.06.28
登録日 2026.06.28
秋葉原の路地裏に、週に一度だけ灯る不思議な店「猫カフェあんじゅ」。
看板もなく、薄暗い店内には三十匹近い猫が壁一面に整列し、
同じ姿勢で客を見つめている。
客は皆、壁際に立ち、猫じゃらしで“壁の向こう側”から猫をあやすだけ。
猫たちは完璧に同期した動きで反応し、可愛らしいのにどこか機械的。
首に装着された黒いマイクは、猫の嫌うノイズを消すためだと説明される。
二時間の滞在後、主人公・神保武は違和感の正体を知る。
猫は存在せず、すべては超高精細の立体映像。
壁の向こうにはマジックミラー越しに客を眺める人々がいて、
彼らは“猫に向けられる無償の愛”を愉しみ、味わっていた。
文字数 1,104
最終更新日 2026.06.28
登録日 2026.06.28
恋に疲れた男が訪れたのは、新宿の路地裏に住む“魔女”。 彼女が差し出した香炉は、夢の中で運命の女性を示すという。 ただし、逢えるのは三度だけ。 四度目に踏み込んだとき、夢は現実を侵食し始める――。
文字数 1,599
最終更新日 2026.06.27
登録日 2026.06.27
春日真之介は、喉の奥に小さな違和感を覚えた。
食事中にむせ、米粒が咳とともに飛び出す――
自宅なら笑い話で済むが、接待の席では致命的だ。
評判の高い藪坂病院で検査を受けた真之介は、
頸部に小さな腫瘍が見つかり、
名医として知られる院長・藪坂直哉の手術を受けることになる。
だが手術当日、麻酔に沈んだはずの意識はなぜか冴え、
体は動かないのに、耳だけが鮮明に働いていた。
聞こえてきたのは――
失敗続きで“藪”と噂される弟・直弼の声であった。
文字数 1,313
最終更新日 2026.06.27
登録日 2026.06.27
飽食の果てに禁忌の味を求める男・山寺鐘吉が、
噂だけが流れる謎の店「山鬼食堂」へ向かう物語。
川魚や川貝の生食は寄生虫や毒の危険があるにもかかわらず、
北大路魯山人の“自然をそのまま食べる”美学に魅せられた者たちが、
その思想を極限まで歪めて受け継いでいる。
山鬼食堂は、廃れた温泉街の裏路地にひっそり存在し、
会員制で、禁忌の食材ばかりを扱う異界のような場所。
鐘吉は莫大な金を使ってその店への道を探り、
特別なバスに乗り込むが、眠りに落ちたまま戻ることはなかった。
文字数 1,150
最終更新日 2026.06.26
登録日 2026.06.26