中には、こううそぶく管理職もいる。「Z世代は宇宙人だ。関わっても損をするだけだから、適当に泳がせておけばいい」、いわゆる「戦略的放置」である。
確かに、余剰人員を抱える大企業であれば、戦力にならない若手を窓際で飼い殺しにする余裕があるかもしれない。一定期間で退職されなければノルマ達成、という冷徹な戦略も成り立つだろう。
だが、日本の企業の99.7%を占める中小企業や、ギリギリの人員で回しているのが多くの現場の実情、新人を放置プレーできるような余裕などほとんどの会社にはないのだ。一人の新人が戦力にならなければ、そのしわ寄せは全て、プレイングマネージャーであるあなたや、他の中堅社員にのしかかる。彼らを放置して残業地獄に陥るのは、他ならぬ自分自身だ。現場において「放置」という選択肢はあり得ない。それはマネジメントの放棄であり、リーダー失格の烙印を押される行為である。
さらに悪いことに、Z世代は決して馬鹿ではない。彼らは、上司が自分たちを「尊重」しているのか、それとも単に「腫れ物に触るように放置している」のか、恐ろしいほど敏感に嗅ぎ分ける。いつの時代でも上が下を見ている以上に、下は上の実力を目ざとく正確に見抜く。「この人は自分に強く出られない」と見透かされた瞬間、彼らは上司を「自分たちに迎合する存在」「弱くて利用するべき存在」と認定する。これが「なめられる」ということの正体だ。
一度なめられた上司は影響力を失い、後から何を言っても響かなくなる。「面倒だから」「嫌われたくない」と距離を置けば置くほど、結果として部下からのリスペクトを失い、チームの統制は取れなくなる。「戦略的放置」などという耳触りのいい言葉に逃げてはならない。それはただの「敵前逃亡」なのだ。
では一体、何が正解なのか? 世間では「上司は古い感覚を捨てて、新しい発想へアップデートしろ」という圧力が溢れている。「若者の価値観を理解しましょう」「昔の常識を押し付けるのはやめましょう」。メディアも人事部も、判で押したようにそう説教する。
しかし、職場は世代間ディベート会場ではなく、仕事の結果を競い合う場という本質を思い出そう。答えはシンプルである。「結果を出せる方法」が正解だ。 利益が出ない仕事は無価値である。御託はいらない。仕事はとにかく結果を出すこと。成果を上げるほうが常に正しく、そうでないものは軌道修正するべきなのだ。
経験の浅い新人が未熟であることは明白だ。プロであるあなたが、アマチュアであるZ世代の未熟な価値観に合わせて、自身の基準を下げる道理はないはずだ。上司であるあなたの方が利益を作り出せるのだから胸を張ろう。
「傷つきたくない」「個性を認めてほしい」。その価値観を、ビジネスの場において無条件で肯定してはならない。仕事のクオリティが低いなら、それは「個性」ではなく単なる「実力不足」だ。報告・連絡・相談ができないなら、それは「多様性」ではなく「職務怠慢」だ。真に考え方をアップデートすべきはZ世代の彼らである。
未熟な行動は、はっきりと「NO」を突きつけ、矯正しなければならない。それは決して「パワハラ」ではない。プロとして通用する人材にするための、正規の「教育」である。彼らは「昭和世代の古い価値観」を攻撃としてくるが、彼らは攻撃対象を見誤っている。問題は仕事のパフォーマンスそのものであるはずだ。
もちろん、頭ごなしに怒鳴り散らしたり、人格を否定したりするのは論外だ。感情をぶつけるのではなく、理路整然と「今の行動は、ビジネスの然るべき手順として間違っている」「それでは成果が出ない」と、事実と基準を突きつける。歪んだフォームでバットを振っている選手がいれば、フォームを直させるのがコーチの役目だ。そこに「振りづらそうだから今のままでいいよ」という共感はいらない。必要なのは、ヒットを打てるようにするための「矯正」である。
Z世代に必要なのは、彼らの未熟な言い分への「共感者」ではない。「君の今のやり方は通用しない。こっちが正解だ」と、嫌われることを恐れずに示してくれる「導き手」なのだ。上司であるあなたが腹を括り、安易なZ世代への共感から一歩引くこと。そこから、本当の信頼関係が生まれるのである。