私が共感アプローチができるようになったきっかけがあります。それは、夫婦の他愛のない会話でした。
休みの日に外食に行こうと決めて、どこに行くかを夫婦で話し合うとき、ありますよね。かつての私たち夫婦の会話は、だいたいこんな感じでした。
私「ごはんどこにしようか」
妻「どこがいいかね?」
私「焼肉はどう?」
妻「焼肉は重くない? 脂っこいし」
私「じゃあ、しゃぶしゃぶは?」
妻「しゃぶしゃぶ、前も行ったよね」
私「和食は?」
妻「昨日も和食だったんだよね。なんか気分じゃない」
私「寿司は?」
妻「寿司ってさ、けっこうカロリーあるでしょ? いくらとか塩分すごいし」
私「あのさ、全部の提案、否定するじゃん。じゃあ君が決めてよ」
そうやってようやく決まって向かっていたら、
妻「やっぱりさ、◯◯じゃなくて△△のほうが良くない?」
などと言い出します。
私「いやいやいや、もう決めて◯◯に向かってたし、予約もしたじゃん。今から予約取り直したらお店にも迷惑だし大変でしょ」
こんなやりとりを結婚以来ずっと繰り返していました。私は、テーマがあれば答えを出したいので、なかなか決まらないことにイライラしていました。
そんなある日、私は「なんとかならないのか」と妻に相談しました。すると、彼女はこう答えました。
「どこに行くか悩むことも楽しんでほしい」
それが彼女の主張でした。家族で食事に行くのは、楽しみなことのはずだと。どこに行くかでイライラするのはサイアクだし、「どこに行こうかな」「あれもいいね」「これもいいね」と考えるのも楽しめたほうがいいじゃん、というのです。私はハンマーで殴られたような衝撃を受けました。
「た、たしかに……」
家族の食事は、本来楽しむためです。私は、どこに行くのかの「答えを出す」ことに集中して、いかに効率的に意思決定を行うかに意識が向いていました。ですが彼女は、そのプロセスすらも楽しむほうが、家族として幸せだというのです。まったくその通りで、ご飯の場所ごときでイライラしてせっかくの楽しい時間を台無しにしていることを反省したのです。
彼女の提案どおりに会話をするとしたらこんな感じです。
私「ごはんどこにしようか」
妻「どこがいいかね?」
私「焼肉はどう?」
妻「焼肉は重くない? 脂っこいし」
私「確かにね! 焼肉は重いかあ。じゃゃあ、しゃぶしゃぶは?」
妻「しゃぶしゃぶ、前も行ったよね」
私「そうだったね。いつだったっけ? あのときのお肉、めちゃくちゃおいしくなかった? あれさ、また食べたくなっちゃってるんだよね。」
妻「そうだね。おいしかったよね! 行ってもいいんだけど、あのお店高かったでしょ? そんなに頻繁に行くと、お金も心配なのよね」
私「ああ、それもそうだね。しゃぶしゃぶは行きすぎかもね。和食はどう?」
妻「昨日も和食だったんだよね。なんか気分じゃない」
私「昨日和食だったの? 知らなかった。どこ行ったの? へー。いいね。今度行こうよ」
どうでしょうか。ただご飯の場所を話しているだけなのに、お互いの意見を面白がったり、質問したり、会話自体を楽しむ姿勢があるのとないのとでは、会話の共感度はまるで違います。
私たち男性は、夫婦の中でする会話を「明日の家事をどっちがやるのか」「仕事の予定と家庭の予定をどうするのか」といったように、いわゆる業務的会話にしてしまいがちです。男性は「いかに早く効率的に答えを出すか」に集中し、その結果、会話を非常に味気ないものにしてしまい、夫婦の共感度はまったく上がらず、夫婦の面談のレベルはいっこうに上がらないということになります。
繰り返しになりますが、夫婦の共感度を高めるには、まず、雑談面談、火消し面談、お悩み相談室面談が自然とできるような関係性をつくりあげたうえで、目標や課題について話す必要があるのです。
我が家では、ドライブの最中に目標を聞いたりします。「今年の夏にやりたいことってあるの?」とか、「息子に今年中にさせたいことってある?」といったことや、習い事のゴール、仕事でのゴールなど、ちょっと入り組んだ話もします。共感度さえ高ければ、目標を聞いてもなんの違和感もありません。むしろ、目標を質問すること自体は、家族をとても健全な関係性にしてくれると思います。
1on1面談を通して、家族の共感度を上げる。ぜひ仕組みとして根づかせてゆきましょう。