【独自分析】イーロン・マスク、「反Wikipedia」の裏にある真の狙い

「AIによる自動編集は効率的ではあるものの、AI自身が誤情報を生成する“幻覚(ハルシネーション)”のリスクを常に抱えています。実際、公開リーダーボードではGrok 4の幻覚率は主要モデルの中でも比較的高く、OpenAIの『o4-mini-high』やマイクロソフトの『Phi-4』と同等レベルにとどまります」(同)

 つまり、「人間の偏りを排除する」どころか、「AIの幻覚と開発者の思想バイアス」という新たなリスクを内包しているのが実情だ。

Wikipediaも無謬ではない:マスクが突いた構造的弱点

 もっとも、マスク氏の主張が完全に的外れというわけではない。Wikipedia自身も「集合知の限界」を抱えている。

 700万件を超える記事は世界中のボランティアによって編集されるが、特定テーマ(政治・ジェンダー・外交など)では編集者の属性に偏りが生じやすく、結果として中立性が揺らぐことがある。

 共同創設者のジミー・ウェールズ氏自身も「編集層の同質性は課題」と認めている。

 さらに、Wikipediaの記事はオープンソースゆえに査読制度がなく、誤情報や古い記述が残りやすい。学術的・報道的な一次情報としては利用しにくいという問題もある。この点で、マスク氏が「Wikipediaに代わる新たな知識体系」を模索するのは理解できる。だがその解がAIによる“自動生成百科”だとすれば、問題の根はさらに深い。

本当の狙い:AIモデルの「知識主権」確立

 Grokipediaを理解する鍵は、マスクの発言よりもxAIの事業構造にある。現在、ChatGPTやClaude、Geminiといった主要な大規模言語モデル(LLM)は、Wikipediaを含む共通の公開データを学習している。

 結果として、各モデルの生成内容は似通い、差別化が難しくなっている。

「マスク氏が目指すのは、その“共通データ依存”からの脱却でしょう。Grokipediaで収集・生成された記事は、Grokの学習データとして再利用可能であり、『Grokが生成→人が修正→再学習→精度向上』という自己強化ループを構築できることになります」(同)

 これは単なる百科事典ではなく、xAIのための知識インフラ=独自データコーパスにほかならない。

 この構想は、X(旧Twitter)とGrokの連携にも通じる。SNS投稿(X)→AI学習(Grok)→知識集約(Grokipedia)という流れが完成すれば、マスクはGoogleやOpenAIのような外部ソースに依存しない「Musk版情報経済圏」を築ける。Grokipediaはその中核に位置づけられる“知識資源の自給装置”なのだ。

AIが知識を管理する時代の倫理とガバナンス

 この戦略は、ビジネス的には合理的である。AI企業が最も重視するのは「高品質で独占的な訓練データ」を持つことだ。しかし、知識の「私有化」が進むことへの懸念も無視できない。

 Wikipediaは非営利で運営され、知識のオープンアクセスを理念としてきた。対して、Grokipediaは企業主導・AI主導であり、編集過程やアルゴリズムはブラックボックス化している。AIが事実を自動生成し、その妥当性を同じAIが“検証”する仕組みは、民主的な知識空間の透明性を根底から揺るがしかねない。

 さらに、学習データとしてXの投稿を利用する点にもリスクがある。SNSには高エンゲージメントだが低品質な投稿が多く含まれ、学習結果として「過激・陰謀的・感情的な知識構造」が形成される可能性がある。実際、10月に発表されたarXiv論文では、こうした“ジャンクコンテンツ学習”がAIの出力に「精神病的傾向」や「極端な認知バイアス」をもたらすと指摘されている。