最大の誤算は、技術トレンドの読み違えだ。
中国メーカー(Roborock、Dreame、Ecovacsなど)は、自動運転車にも使われるLiDAR(レーザーセンサー)を早期に採用し、暗所でも高速・高精度にマッピングできる環境を整えた。一方、アイロボットは長年カメラ方式(vSLAM)にこだわり続け、性能差を埋めきれなかった。
さらに致命的だったのが、ドック(基地)の進化である。中国勢は「ゴミ収集」だけでなく、「モップ洗浄・乾燥・給水」まで自動化した“完全放置型”をハイエンド機の標準にした。対するルンバはゴミ収集止まりで、水拭きは別機種(ブラーバ)との併用を提案し続けた。
戦略コンサルタントの高野輝氏は、アイロボットが経営戦略を見誤っていたとの見解を示す。
「消費者が求めていたのは性能の高さよりも、“何もしなくていい体験”でした。ルンバは掃除機としては優秀でも、家事の自動化という点で後れを取りました」
(2)スピードの敗北:中国勢の「半年サイクル」
開発スピードでも差は歴然としていた。アイロボットが2~3年かけてモデルチェンジする間に、中国メーカーは6~8カ月周期で新製品を投入。結果として、ルンバの「最新モデル」が登場した時点で、競合はすでに2~3世代先を走っているという構図が常態化した。
価格競争力も相まって、「ルンバを選ぶ理由」が急速に薄れていった。
(3)戦略の空白:アマゾン買収破断の“空白の2年”
とどめとなったのが、アマゾンによる買収計画の破断だ。
2022年に発表された約17億ドルの買収は、EUなど規制当局の反発により2024年初頭に白紙となった。この約2年間、アイロボットは買収成立を前提に大きな戦略転換や投資を控えざるを得なかった。
皮肉にもその期間こそ、中国メーカーが技術革新と市場拡大を一気に進めたタイミングと重なる。「時間」を失ったことが、致命傷となった。
決算データは、その凋落を如実に物語る。
2021年に約15億6000万ドル(約2300億円)あった売上高は、直近では約5億ドル台にまで縮小。かつて60~70%を誇った世界シェアも崩壊し、中国メーカー群に完全に主役の座を奪われた。赤字は10期以上連続し、資金繰りが限界を迎えたことが、今回の破産申請につながった。
アイロボットの敗北は、典型的な「イノベーションのジレンマ」だ。
ハードウェアとしての完成度やブランドに安住する一方で、AI、ソフトウェア、ユーザー体験という“知能”の競争で後れを取った。今やロボット掃除機は、単なる家電ではなく「動くスマートホーム端末」である。
「ルンバ」というブランド自体は、新たな体制のもとで存続する可能性が高い。しかし、市場を創ったパイオニアが、市場の成熟とともに退場を迫られた事実は、あらゆるトップランナー企業にとって重い警告となるだろう。
成長市場にいるからといって、勝者であり続けられるとは限らない。アイロボットの破綻は、その現実を突きつけている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)