アンズトレイル

ふみ

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「汚さないようにすれば大丈夫だよ。それよりさ、一個ずつ食べるの? それとも袋を傾けて食べるの?」
「えっと、袋を傾けて」
「見てみたいから買おう。他にはいい?」
 気恥ずかしさを抱えながら頷く。なぜか機嫌のいい杏さんとレジを済ませ、車へと戻った。二人分のお菓子と飲み物。小さなビニール袋に詰められた重さがなんだか嬉しい。
「寄り道しちゃってごめんね。行こうか」
 乗り込んで早速ハンドルを握る杏さん。このまま返事だけをするわけにはいかない。しっかり感謝を告げないと。
「お菓子と飲み物、ありがとうございました。杏、さん」
 ちらとこちらを見た杏さんの嬉しそうな口元。あだ名で呼ぶのはまだ気恥ずかしい。それでも嫌ではない。むしろ嬉しい。これが友だち――いや、まだそんな関係じゃない。勘違いしちゃ駄目。
「あんちゃんって礼儀正しいね。ひょっとしていいとこのお嬢様?」
 再び道路へ戻り、延々と続く県道の上で杏さんが疑問を口にした。
「そんな、普通の家ですよ」
「ほんとー? 家では杏お嬢様とか呼ばれてない? 学校では杏様とか。そうだ、学校ではどう呼ばれてるの? 杏様? あんちゃん? それとも杏姫?」
「学校は、その」
「あまり聞いてほしくない?」
 ちらちらとこちらを気にかけてくれる。自分から話を振ったのだから、心配してくれる杏さんになら話してもいいのかもしれない。どうせ、これ以上ひどくなるわけでもないし。
「私の名字、大泉(おおいずみ)っていうんです」
「うん」
「大泉杏の頭とお尻の文字を取って、ダイアンって呼ばれてました」
「へえ」
 杏さんの反応は淡泊。特に変わった反応は見られない。
「この呼ばれ方、なんだか大男って感じで好きじゃなくて」
「そう? ちょっとかわいい響きがするけどね。お友だちも親しみを込めて呼んだんじゃない? 嫌なら休み明けに相談してみたら?」
「はい。そうしてみます」
 心配させまいとぎこちなく笑ってみせる。杏さんは納得したようで、違う話題へと話を変えた。


「もう一回コンビニ寄ってもいい?」
 田畑から市街へたどり着き、飲食店の立ち並ぶ景色から杏さんへ目をやった。
「今から行くコンビニでしか買えないものがあってさ。PBっていうやつ。分かるかな」
「プライベートブランド、でしたっけ」
「うん。最近じゃあ専門店よりコンビニの方がおいしいなんてザラにあるでしょ?」
「それは、はい」
 普段あまり外食しないから分からない。そんな本音を胸に仕舞って行く末を見守った。三十分ほど前に寄った所とは違うコンビニの駐車場に入り、またも隅っこに駐車。シートベルトを外そうと赤いバックルに手を伸ばした時、私の手に杏さんの手が重なった。
「あんちゃん。お願いがあるの」
「はい?」
 突然のことに声が上ずるも、杏さんは気にも留めない。
「買ってきてほしいものがあるの。お金を渡すからついでに欲しいものも買っていいよ。どう?」
 貫くような視線に息をのんだ。
「駄目?」
「いえ、その、駄目ではないんですけど」
 自分でも分かるほど目が泳いでしまう。あまりの真剣さに、おつかいの理由を聞いていいのか分からなくなってしまった。
「理由が知りたいってこと?」
 杏さんが勘の鋭い人で助かった。首を縦に振ってみせた。
「実はここ、昔の同級生が働いていてね。すごく苦手なのに話しかけてくるの。あんちゃんもそういう経験、あるでしょ?」
 友だちもいないのに、そんな経験したことない。愛想笑いを浮かべれば、杏さんがスマホに表示された画像を見せてくれた。目の前のコンビニのロゴが描かれたパッケージに包まれた、一口大のブラウニー。
「一つですか?」
「棚にある分、全部買ってきて。これで、はい」
 長財布から現れた福沢諭吉。ブラウニーを買うのに一万円もいるのだろうか。まあ、お札を崩したい思惑もあるのかな。
「行ってきます」
 受け取ったお金を財布に入れ、外へと出た。降り注ぐ日差しから逃げるように中へ。クーラーの利いたコンビニはまるで天国のようだった。杏さんにとっては地獄だとしても。
 早速杏さんのブラウニーを探し始める。微妙にラインナップの違うチョコレートコーナーへ足を運べば、それはすぐに見付かった。
「あった」
 ぱっと見る限りでは特に目も惹かれないパッケージ。しかしあの杏さんがわざわざ買うのだから、中身はきっと想像以上のものに違いない。
 棚にあった四つ全てをかき出し、両手で抱えてレジへ。一万円を出した時の面倒くさそうな店員の表情以外は変わったこともなく、あっさりと車へと戻れた。
「あれ?」
 車へ近付いてすぐに違和感に気付いた。エンジンを切ったのかと思うも、それもどうやら違う。そもそも運転先にいるはずの杏さんがいない。
 眼鏡を外してかけ直すも、近寄っても何も変わらない。ぐるりと車の周りを回ってみるも、杏さんの姿はなかった。
 ただ一つ、別のことに気付いた。なぜかトランクが少しだけ空いている。不思議に思うもすぐに理由は分かった。恐らく私のせいだ。
 リュックをトランクに入れようとして杏さんに止められた時、間違えて開けてしまったんだ。
 とりあえず閉めておこう。力を込め、ガチャンという音を確認してから助手席側へと戻った。それでも無人の車を前にすることはない。きっと鍵もかかって――。
「え」
 何とはなしにドアハンドルを引くと、開いてしまった。口は感嘆符を呟いたまま閉じない。無人の車内、開けっ放しの車。嫌な予感がする。あの杏さんが忘れるわけもないし、何かに巻き込まれたのだろうか。
 あれこれ考えを巡らすも答えは思い付かない。それに外で待つには気温が高すぎる。言い訳を並べておずおずと助手席へ乗り込んだ。
 杏さんの行方に首を捻っていると、いきなり電子音が鳴り響いた。聞き慣れた着信音。ちくりと胸が痛む。眉間にしわが寄る。ポケットからスマホを取り出して画面を覗いた。
 真っ暗な画面にぼんやりと映る眼鏡姿の私。電源を入れても時刻が表示されているだけ。それならこの音は……もしかして。
 耳を澄まし、ダッシュボードに置かれたポーチが目についた。だからといって勝手に覗くわけにはいかない。原因が分かってからも着信音は鳴り続けた。電子音と静寂が交互に続く車内。そんな中、何の前触れもなく運転席のドアが開いた。
「ごめんごめん。待った?」
 けろっと現れた杏さん。思わず拍子抜けしてしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
「何が?」
 杏さんがきょとんと不思議がる。さらに脱力してしまった。
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