アンズトレイル

ふみ

文字の大きさ
15 / 51
-2-

15

しおりを挟む

「そういうあんちゃんだって似たようなものでしょ。ショッピングモールで買ったやつ、もう一度見せてよ。ほら、ベッドに並べてみて」
 両肩をつかまれてくるりと半回転。肩を押される形でリュックの前へ戻ってきた。
 背中に伝わる重いプレッシャー。いちゃもんをつけるように杏さんに食ってかかった手前、私のセンスがダサいなんて許されない。許されない、けれど。
「シャツと下着とルームウェアだけか。ふうん」
 ベッドに広がる私のセンスを前に、杏さんがあごに手をやって唸りだした。
「どう、ですか」
「色合いがおばさんみたい」
 どこからか聞こえた、ガラスが割れるような音。倒れ込むようにベッドに突っ伏した。
「あんちゃん若いんだから、もっと派手なの買えばいいのに。明日、赤とか黒とか買いに行こうか?」
「い、いいです。大丈夫です」
 懸命に出した声はベッドに吸い込まれて消えた。口をシーツにくっ付けているせいで息苦しい。
「あんちゃんってリアクションが大きいから、見ていてほんと楽しい。学校でもそれ、やればいいのに」
 ちくりと、夢の時間を割くように胸に痛みが走る。映画の見過ぎ、リアクション過多、わざとらしい。細部まで思い出せるうんざりとした表情と棘のある言葉。
 直そうと努力しても、染みついたものはそう簡単にはやめられなかった。今思うとこれも原因の一つだったのだろうか。
 シーツに顔を埋めていると、すぐ横に杏さんが座った。目を向けると楽しそうに表情を和らげてこちらを見下ろしている。すごくきれいで、モデル体型で、表情豊か。けれどファッションに興味がなくて、方向音痴で、忘れっぽい。
 何人かは知っている事実が、今は私だけのもの。心をくすぐられたような気がして、つい笑みをこぼした。


 一時間ほどで荷ほどきを済ませ、一階へと降りた。
 相変わらず派手なシャンデリアに目を奪われ、ロビーのど真ん中に置かれた生け花に感嘆のため息が漏れる。緻密な模様の壁を見ていると眉間にしわが寄って、杏さんに笑われてしまった。
 ビジネスホテルをほとんど知らないけれど、ここまで豪華にする必要はあるのだろうか。見ていて嫌な気分にはならないけれど。
 ガラス張りの入り口から差す夕陽を踏みながら、フロントを通り過ぎる。装飾されたガラス戸で仕切られたレストランを前にして、そっと中を覗いた。
 照明を抑えたシックな店内。こげ茶色のテーブルや観葉植物がいい味を出している。ホテルの一角とはいえ、味は保証してくれそうだ。
「メニュー置いてあるよ」
 横にいたはずの杏さんの声が遠い。辺りを見回せば、杏さんが中腰でメニューに目をやりながら手招きしていた。
「おいしそうですか?」
「普通かな」
 テンションと発言が噛み合っていない。あまり期待はせず、譜面台のようなスタンドに置かれたメニューに目をやった。
 どうやらハンバーグを推しているらしく、デミグラスやトマトソース、ホワイトソースにチーズ。さまざまなソースで彩られたハンバーグの写真がずらりと並んでいた。
「ここ、ハンバーグしかないんですかね」
「隅っこにスパゲティとかドリアもあるみたいよ」
 杏さんの指が叩いた部分。たしかに脇役やドリンクがこぢんまりと固まっていた。
「座ってから決めようか」
 杏さんが腰を上げ、ガラス戸を開けて待っている。慌ててレストランへと足を踏み入れた。シックな内観とオルゴールのようなBGMが組み合わさり、まるで高級レストランのよう。またも自分の恰好が気になるも、とりあえず杏さんを追った。
「二人で。禁煙席ってあります?」
「はい。こちらへ」
 ウェイトレスに通され、一番端の窓側へ案内された。店内で目にするのはくたびれたサラリーマンばかり。それに加え窓際なのにブラインドが下がって何も見えない。景色が見えたとしても、何の変哲もない橙色の路地が見えるだけか。
「こちら、メニューです」
 ウェイトレスからお冷とメニューを受け取る。薄い両面印刷のメニューは店先で見たものと全く同じ。となれば注文するものはおのずと決まってしまう。
「どれにしようかなあ。デミグラスもいいけれど、チーズもおいしそう。セットのスープも迷うよね。あんちゃんはどうするの?」
「私はドリアで」
「え、なんで?」
 杏さんがひどく驚いたように目を見開いている。
「ドリアが好きなので」
「ハンバーグより?」
「より、というかハンバーグが食べられないんです」
「もしかしてアレルギー? ごめんね、すぐお店出よう。違う所に行こうか」
 杏さんが腰を浮かせた。まずい、完全に説明不足だ。
「待ってください。あの、ただの好き嫌いです」
「そうなの?」
 腰を浮かせた杏さんが座り直した。
「ほんとにここでいいの?」
「ここで大丈夫です。驚かせてすみませんでした」
 お冷を口に運ぶ杏さんが笑って首を振った。
「いいのいいの。それにしてもハンバーグが苦手って珍しいね。お肉が駄目なの? あれ、ちょっと待って。お昼にとんかつ食べてたよね」
「ひき肉がどうにも駄目でして」
「どうして?」
 杏さんが目を輝かせ、楽しげに頬づえをついた。家族以外に話したことのない私の話。どう話していいのか分からない。伝わらなかったらどうしよう。つまらなかったらどうしよう。
 けれど、一つだけ分かっている。杏さんなら最後まで聞いてくれるだろう。今は何も考えずに口にしてみよう。その後で心地よく傷付けばいい。
「私、映画が好きなんですけど」
「うん。知ってる」
 相槌とくしゃっと潰れた笑顔。それが嬉しくてほんの少しの緊張はすぐに吹き飛んだ。
「小さい頃に見たスプラッタ映画が強烈で、今もハンバーグやひき肉を見ると思い出してしまうんです」
 後半は早口になってしまったけれど、なんとか言い終えた。さて、杏さんはどう評価するだろう。たまに素っ気ない杏さんだから「そっか」と一言で済ませてしまいそう。毒づかれるよりはましなのかな。ちょっぴり寂しいけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...