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座卓の上や畳にほこりや汚れは見当たらない。びっしりと本が詰まった本棚も、まるで新品のよう。ウォールラックに飾られた小ぶりなサボテンと名を知らない花も生き生きとしている。
部屋がきれいなのはいいことだ。だけどあのちーちゃんが掃除したにしてはきれい過ぎる。掃除している姿を見たことはないけれど、あの性格ならきっとここまではしない。週末に掃き掃除をする程度だろう。
「それなら、どうして」
部屋の真ん中で腕を組む。ちーちゃんによればこの部屋で受験勉強をし、アルバイトで学費を稼いでいた。
それにしてはやっぱりきれい過ぎる。掃除していたとしても、まるで新しく買いそろえたような印象しか受けない。重度の潔癖症だったのだろうか。
小首をかしげ、部屋の隅にある本棚の前に移った。参考書や過去問集、花図鑑などがきっちりと並んでいる。それに加えてノートまでびっしりと保管されていた。
一冊手にすれば、勉強した跡がきれいな字で残っている。わかりやすく色とりどりだけど、これにも引っ掛かってしまう。
書いた記憶がないのは当然だとして、なぜかこれが自分の物とは思えない。それに書きかけのノートを本棚に仕舞う理由がわからない。勉強のたびに本棚からノートを取り出していた……そんな面倒なことをするのだろうか。
「もういいよー」
隣室から投げられた、かくれんぼのような掛け声。ノートを片付けて部屋を出ようとして、入り口横の押入れに目がいった。
何とはなしに襖を開けた。上段には、つっぱり棒で自作されたハンガーラックと、引き出しタイプの白い収納ボックスが置かれてある。ハンガーラックには半袖やワンピース、収納ボックスを開ければ下着と冬物の洋服が詰められていた。
続いて屈んで下段を見るも、まるで物置のように段ボールが詰め込まれているだけだった。
「これだけ?」
思わず声が漏れた。奥を探ってもアルバイト先の制服が見当たらない。私服でいい職場だったのだろうか。それにしてもワンピースしか持っていないって、どんな生活を送っていたのだろう。
「はる姉まだー?」
急かす声に慌てて襖を閉めた。台所を経由し、牛のイラストが描かれたのれんをくぐり抜けた。
「ちーちゃんが全部掃除していたの?」
「もちろん。はる姉が入院している間は一人だったし」
「自分の部屋を一番きれいにしたらいいのに」
足元に転がっていた牛のぬいぐるみを拾い上げた。
「あたしの部屋より、はる姉の部屋を優先して掃除してたの。感謝されてもいいと思うんだけど?」
得意げなちーちゃん。けれど部屋の状態はそこまで良くはない。片付けたというよりはスペースを確保しただけだった。
ちゃぶ台とベッド上に避難したぬいぐるみ。パジャマと思われる淡い色の服は座椅子の背に掛けっぱなし。
ドレッサーはまだきれいだけど、よく見ると鏡がくすんでいる。きっとテレビと本棚と勉強机、それから小さめのタンスにも汚れが溜まっているのだろう。少し休んだ後で、部屋丸ごと掃除してみようかな。
「ちーちゃんの部屋にだけテレビがあるのね」
「ここで二人で見るからいらないって、はる姉が言ったんだよ? あ、記憶を失くす前のはる姉だけど」
「二人で、か。そっちの方がよさそう。それにしても本当に牛が好きなのね」
大勢で寄り添う牛のぬいぐるみに視線を投げた。
「かわいいしおいしいからね。好きを超えて家族みたいなものかな」
「その家族を食べるの?」
まばたきを繰り返してちーちゃんを見つめる。
「それがどうしたの?」
まるでこっちが間違っていると言われているよう。天を仰いでベッドに腰を下ろした。
「隣いい? よっこらせっと」
ちーちゃんの掛け声に不意打ちをくらい、思わず吹きだした。
「ふふっ。それ、おばあちゃんみたい」
「あたしゃあまだ若いよ?」
「ちーちゃんってば、やめてよ、もう」
お互いの笑い声が混じって部屋に満ちる。記憶は戻らないままだけど、ここで笑っていたことは変わらない。
今度こそなくさないように心に刻もう。私の笑い声と、ちーちゃんのすてきな笑顔を。
部屋がきれいなのはいいことだ。だけどあのちーちゃんが掃除したにしてはきれい過ぎる。掃除している姿を見たことはないけれど、あの性格ならきっとここまではしない。週末に掃き掃除をする程度だろう。
「それなら、どうして」
部屋の真ん中で腕を組む。ちーちゃんによればこの部屋で受験勉強をし、アルバイトで学費を稼いでいた。
それにしてはやっぱりきれい過ぎる。掃除していたとしても、まるで新しく買いそろえたような印象しか受けない。重度の潔癖症だったのだろうか。
小首をかしげ、部屋の隅にある本棚の前に移った。参考書や過去問集、花図鑑などがきっちりと並んでいる。それに加えてノートまでびっしりと保管されていた。
一冊手にすれば、勉強した跡がきれいな字で残っている。わかりやすく色とりどりだけど、これにも引っ掛かってしまう。
書いた記憶がないのは当然だとして、なぜかこれが自分の物とは思えない。それに書きかけのノートを本棚に仕舞う理由がわからない。勉強のたびに本棚からノートを取り出していた……そんな面倒なことをするのだろうか。
「もういいよー」
隣室から投げられた、かくれんぼのような掛け声。ノートを片付けて部屋を出ようとして、入り口横の押入れに目がいった。
何とはなしに襖を開けた。上段には、つっぱり棒で自作されたハンガーラックと、引き出しタイプの白い収納ボックスが置かれてある。ハンガーラックには半袖やワンピース、収納ボックスを開ければ下着と冬物の洋服が詰められていた。
続いて屈んで下段を見るも、まるで物置のように段ボールが詰め込まれているだけだった。
「これだけ?」
思わず声が漏れた。奥を探ってもアルバイト先の制服が見当たらない。私服でいい職場だったのだろうか。それにしてもワンピースしか持っていないって、どんな生活を送っていたのだろう。
「はる姉まだー?」
急かす声に慌てて襖を閉めた。台所を経由し、牛のイラストが描かれたのれんをくぐり抜けた。
「ちーちゃんが全部掃除していたの?」
「もちろん。はる姉が入院している間は一人だったし」
「自分の部屋を一番きれいにしたらいいのに」
足元に転がっていた牛のぬいぐるみを拾い上げた。
「あたしの部屋より、はる姉の部屋を優先して掃除してたの。感謝されてもいいと思うんだけど?」
得意げなちーちゃん。けれど部屋の状態はそこまで良くはない。片付けたというよりはスペースを確保しただけだった。
ちゃぶ台とベッド上に避難したぬいぐるみ。パジャマと思われる淡い色の服は座椅子の背に掛けっぱなし。
ドレッサーはまだきれいだけど、よく見ると鏡がくすんでいる。きっとテレビと本棚と勉強机、それから小さめのタンスにも汚れが溜まっているのだろう。少し休んだ後で、部屋丸ごと掃除してみようかな。
「ちーちゃんの部屋にだけテレビがあるのね」
「ここで二人で見るからいらないって、はる姉が言ったんだよ? あ、記憶を失くす前のはる姉だけど」
「二人で、か。そっちの方がよさそう。それにしても本当に牛が好きなのね」
大勢で寄り添う牛のぬいぐるみに視線を投げた。
「かわいいしおいしいからね。好きを超えて家族みたいなものかな」
「その家族を食べるの?」
まばたきを繰り返してちーちゃんを見つめる。
「それがどうしたの?」
まるでこっちが間違っていると言われているよう。天を仰いでベッドに腰を下ろした。
「隣いい? よっこらせっと」
ちーちゃんの掛け声に不意打ちをくらい、思わず吹きだした。
「ふふっ。それ、おばあちゃんみたい」
「あたしゃあまだ若いよ?」
「ちーちゃんってば、やめてよ、もう」
お互いの笑い声が混じって部屋に満ちる。記憶は戻らないままだけど、ここで笑っていたことは変わらない。
今度こそなくさないように心に刻もう。私の笑い声と、ちーちゃんのすてきな笑顔を。
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