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私が思い出さないように、ちーちゃんが過去を隠した。それをどうするかは私次第だろう。それを取り戻したいと願うか、ちーちゃんの愛を受け止めるか。
霧散した記憶をつかむように、部屋に差す淡い光に手を伸ばした。手のうちには何もない。これがもし私の記憶だとして、それでも手を伸ばせるのか。
私の二十数年の思い出。そこには世界をひっくり返す秘密も、誰かの命を救う手掛かりもない。ありきたりな記憶をどこかに置き忘れただけ。
そんなものを探すくらいなら、今ここにある幸せに溺れた方がいいのかもしれない。
「はる姉、この長袖さ……何してるの?」
シャツを抱えたちーちゃんが目を丸くしている。その顔がおかしくって吹いてしまった。
「笑いたいのはこっちだよ。片付けの途中で眠くなったの?」
「そうじゃないけど、ちょっとね」
屈んだちーちゃんとぶつからないよう体を起こした。ちーちゃんは相変わらずで、視線が重なっただけで笑みを返してくれる。この笑顔を見るだけで、いつもどうだって良くなってしまう。
今があればいい。過去を探すのはまた今度にしよう。そうやって引き延ばしてきた結果、得たものは笑顔の絶えない生活だった。
「ちーちゃん。いつもありがとう」
「急にどうしたの?」
「何となくそう思ったから言ってみただけよ」
「……変なの」
不審がっているけれど嫌ではないらしい。この新しい記憶も案外悪くない。もう少しだけ、悩んでみよう。
「はる姉、ちょっと寄って」
ちーちゃんの部屋で寛いでいると、台所でごみをまとめていたちーちゃんが戻ってきた。ベッドに手を突いて腰を浮かせると、すぐに小さな体が飛び込んできた。わざわざくっ付くように座らなくてもいいのに。
「掃除とか衣替えをした後って、すごいことを成し遂げた気分になるね」
「そうね。まさか夕方までに終わるとは思わなかったわ」
「あたしが本気を出せばこんなもんだよ」
「それじゃあ来週はお風呂掃除、お願いね」
「嫌でーす」
ちーちゃんが逃げるようにベッドに倒れ、スマホを取り出した。趣味の動画鑑賞に浸ると数時間は動こうとしない。今のうちにやるべきことを済ませておこう。
「夕ご飯、何が食べたい?」
「何でもいいよー」スマホの画面を見ながらの空返事。わざと大きめに咳ばらいをすると、すぐにちーちゃんが跳ね起きた。
「お肉がいい。お肉が食べたい」
「駅前の珍味専門店の、ウサギのお肉でいいのね? カエルの肉も食べるってことよね?」
「牛がいい。牛以外はやだ」
ちーちゃんが首をものすごい勢いで振る。とはいえ昨日はハンバーグ、一昨日は豚しゃぶサラダだった。お肉に飽きたというわけではないけれど、こうも連日だとそろそろ飽きがきそう。
かといって食べたい物は特にない。どうしたものかと正面に視線を戻せば、ちょうどいいものがテレビ画面に映っていた。
「魚はどう?」
不思議そうな顔をするちーちゃん。「ほら」とテレビを指させば『秋の食材特集』と銘打たれたコーナーで、サンマの水揚げ映像が流れている。今年は不漁で高騰するらしいけれど、二人分ならそう出費もかさまないだろう。
「いいね。今年はまだサンマ食べてないし」
「そうなの?」
「はる姉が出さなかったんだよ」
「どうしてかしらね」
二人で首を捻っても答えはもちろん見付からない。そのうち「まあいいか」とちーちゃんが立ち上がった。
「それじゃあ駅前のショッピングモールに行こうよ。あそこなら何だってそろってるし」
霧散した記憶をつかむように、部屋に差す淡い光に手を伸ばした。手のうちには何もない。これがもし私の記憶だとして、それでも手を伸ばせるのか。
私の二十数年の思い出。そこには世界をひっくり返す秘密も、誰かの命を救う手掛かりもない。ありきたりな記憶をどこかに置き忘れただけ。
そんなものを探すくらいなら、今ここにある幸せに溺れた方がいいのかもしれない。
「はる姉、この長袖さ……何してるの?」
シャツを抱えたちーちゃんが目を丸くしている。その顔がおかしくって吹いてしまった。
「笑いたいのはこっちだよ。片付けの途中で眠くなったの?」
「そうじゃないけど、ちょっとね」
屈んだちーちゃんとぶつからないよう体を起こした。ちーちゃんは相変わらずで、視線が重なっただけで笑みを返してくれる。この笑顔を見るだけで、いつもどうだって良くなってしまう。
今があればいい。過去を探すのはまた今度にしよう。そうやって引き延ばしてきた結果、得たものは笑顔の絶えない生活だった。
「ちーちゃん。いつもありがとう」
「急にどうしたの?」
「何となくそう思ったから言ってみただけよ」
「……変なの」
不審がっているけれど嫌ではないらしい。この新しい記憶も案外悪くない。もう少しだけ、悩んでみよう。
「はる姉、ちょっと寄って」
ちーちゃんの部屋で寛いでいると、台所でごみをまとめていたちーちゃんが戻ってきた。ベッドに手を突いて腰を浮かせると、すぐに小さな体が飛び込んできた。わざわざくっ付くように座らなくてもいいのに。
「掃除とか衣替えをした後って、すごいことを成し遂げた気分になるね」
「そうね。まさか夕方までに終わるとは思わなかったわ」
「あたしが本気を出せばこんなもんだよ」
「それじゃあ来週はお風呂掃除、お願いね」
「嫌でーす」
ちーちゃんが逃げるようにベッドに倒れ、スマホを取り出した。趣味の動画鑑賞に浸ると数時間は動こうとしない。今のうちにやるべきことを済ませておこう。
「夕ご飯、何が食べたい?」
「何でもいいよー」スマホの画面を見ながらの空返事。わざと大きめに咳ばらいをすると、すぐにちーちゃんが跳ね起きた。
「お肉がいい。お肉が食べたい」
「駅前の珍味専門店の、ウサギのお肉でいいのね? カエルの肉も食べるってことよね?」
「牛がいい。牛以外はやだ」
ちーちゃんが首をものすごい勢いで振る。とはいえ昨日はハンバーグ、一昨日は豚しゃぶサラダだった。お肉に飽きたというわけではないけれど、こうも連日だとそろそろ飽きがきそう。
かといって食べたい物は特にない。どうしたものかと正面に視線を戻せば、ちょうどいいものがテレビ画面に映っていた。
「魚はどう?」
不思議そうな顔をするちーちゃん。「ほら」とテレビを指させば『秋の食材特集』と銘打たれたコーナーで、サンマの水揚げ映像が流れている。今年は不漁で高騰するらしいけれど、二人分ならそう出費もかさまないだろう。
「いいね。今年はまだサンマ食べてないし」
「そうなの?」
「はる姉が出さなかったんだよ」
「どうしてかしらね」
二人で首を捻っても答えはもちろん見付からない。そのうち「まあいいか」とちーちゃんが立ち上がった。
「それじゃあ駅前のショッピングモールに行こうよ。あそこなら何だってそろってるし」
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