ホムンクルス

ふみ

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 太陽だけ見れば昨日と何も変わらない、一年という周期の一番初めの日の出。それだけを見るために眠い目をこすってやって来て、その美しさに心奪われるだけなら、どれほど良かっただろう。
 神々しい太陽に何かが重なって見える。目がやられないように薄く目を開け、その正体を探ろうとしても霞が掛かったようにぼんやりとしか見えない。
 だけど確かに、何かがそこにある。日の光と同じくらいに眩しくて、見続けていると失明さえしてしまいそうな光。頭に得体の知れない高音が鳴り響いた時と同じ。強烈な気持ち悪さが体を支配して、一瞬の体の揺れがちーちゃんにぶつかった。
「はる姉?」
 こちらを二度見したちーちゃんが顔を覗きこんできた。
「ものすごく顔色悪いよ。どこか痛いの? 気分悪いの?」
 頷くと、ちーちゃんに手を引かれて光に背を向けた。スマホを掲げる人々の間を低姿勢で進み、公園の入り口横にあるベンチへとたどり着いた。
「座って」
 返事をする気力もない。木製のベンチに倒れ込むように腰を下ろした。地面が回るようで吐き気もする。どんなに強く目を閉じても、まぶたの裏に映る光から逃れられない。
 深く息を吸う。駄目、消えない。目を開けて薄紫の空を見つめても頭の中の光は追ってくる。理不尽に対するイラつきと、何かへの懺悔に心が蝕まれる。どうしたらいい。どうしたら消えるの。
「ねえ、ねえってば」
 ちーちゃんの手が頬に触れた。
 「大丈夫? 救急車呼ぼうか? ごめんね、あたしが無理に誘うから……どうしよう、死んじゃう。やだ、やだよ」
 優しい声が鼻に掛かる。薄く映る世界はちーちゃんで覆われ、今にも顔を歪めて涙も落としてしまいそう。
 つい、頬へ手をやった。冷え切った手が体温を吸収するかのように、その温かさを奪い始める。ごめんねとさえ発せないまま手を当てていると、少しずつ光が消えるのを感じた。
「ちーちゃん」
 小さなぬくもりを確かめながら、言葉を紡ぐ。
「もう、大丈夫。ちょっと寒くて、ふらついちゃった。ごめんね」
「ほんとに大丈夫なの? 救急車呼ぶ?」
 よほど心配なのか、手袋を脱いだ柔らかい手が触れてきた。額に始まり頬、首元、手。さすがに靴を脱がせようとしたところで「大丈夫だってば」とおかしさを含みながら手に触れた。
「もう、ほんとにびっくりしたよ。死んじゃうかと思った」
 ちーちゃんもベンチに座わった。そしてなぜか太ももをさすり続けている。何かしていないと落ち着かないらしい。献身的な姿に愛おしさを感じていると、今更になって正面の明るさに気が付いた。
「ここ、すごくよく見えるわね」
 あまり力の入らない手をかざす。ちーちゃんが正面を向いた。葉の代わりに寂しさをまとった木々の隙間から眩い光が漏れ、思わず目を背けてしまう。
 それでも初日の出を浴び続ける。気持ち悪さはちーちゃんが重ねてくれた手の温かさが緩和してくれた。
「はる姉」
 じわじわと陽の温かさを感じていると、握っていた手に力が込められた。
「なあに?」
「あけましておめでとう」
「それ、二度目よね?」
 真横に視線を流すと、ちーちゃんは目をつぶっている。
「初日の出を見てからもう一度言いたかったの」
「それじゃあ……あけましておめでとうございます」
 ちーちゃんのまねをして目を閉じた。ほんの少し不安はあったけれど、不快な音と光に襲われることはなかった。一体あれは何だったのだろう。
 頭を働かせているとちーちゃんがもたれ掛かってきた。目を開ければ、いつの間にか寝息をたてている。朝日に照らされた穏やかな寝顔。夢を見ながらも私の手を握り、その力強さが胸に語り掛けてくる。
「私も」
 いつか心から恋する日が来るまでは、自己満足のような告白でいい。いつかはっきりと言える日が来ますように。
 願いを掛けてくれるらしい初日の出に手を合わせ、そっと祈った。
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