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正月の賑やかさはすぐに去る。二週間もたてば新年ムードも冷め、待っていたのは何も変わらない日々だった。
ちーちゃんは大学に行き、私はアパートで受験勉強。平穏な日々かと思ったけれど、すっかり忘れていたイベントがちーちゃんの一言によって現れた。
「はる姉の誕生日どうしよっか」
部屋の入り口に立つちーちゃん。参考書から顔を上げて視線を移した。
胸元に牛のイラストが描かれた、パーカーとショートパンツ。見慣れたラフな格好でもすぐに言葉を返せなかった。
「もしかして誕生日を忘れてたの? あんなに何回も教えたのに?」
あんぐり開いた口と見開かれた目。気まずくなって顔をそらす。そういえば聞いたような気がする。何日だったか……あ。
座卓に置かれたミニカレンダーを手に取る。三日後の十八日に、赤字で誕生日と大きく記入されていた。そうだ、一月十八日だ。
「十八日よね。特に予定はないけど、どうしようかしら」
ミニカレンダーを戻そうとして、ふと気が付いた。そういえばちーちゃんの誕生日を祝っていない。
「私の誕生日もだけれど、ちーちゃんの誕生日もお祝いしないと」
「あたしのはいいよ」
ちーちゃんを見上げれば、ふるふると首を振っている。
「いいわけないでしょう。ちゃんと祝わないと」
「去年の五月のことを今更お祝いされてもね。次の誕生日に二倍お祝いしてくれればいいからさ」
気を遣って言っているのではなく、恐らく本心なのだろう。私の誕生日を祝うことに集中したい。だから自分の誕生日も真剣によろしくね、と。
「ちーちゃんがそう言うのなら。それで、どうしようかしら」
「どうしようってお祝いしないと」
ちーちゃんが腰を下ろしてあぐらをかいた。
「うちでお祝いしてもいいし、どこかに食べに行ってもいいし。あんまり遅くまで出られないけど」
せっかくなら外で、と少し前なら即答していた。しかし元旦に意識を失いかけてからは、外出するのが億劫になっている。そんな私にちーちゃんの気遣いはありがたかった。
「うちでお願い。そうそう、誕生日ケーキも手作りしましょうか。ちーちゃんはどんなケーキがいい?」
「それはこっちのせりふ。誕生日にはあたしがケーキ作ってあげる」
誇らしそうに胸を張るちーちゃん。しかし不安が胸に募りだした。
「ちーちゃんが作るの?」
「うん。苦手だけど頑張ってみたいの。ケーキ以外にもね、ローストビーフとかチキンとかいろいろ作る予定だよ」
ちーちゃんが指を折って数える。誕生日とクリスマスがごっちゃになっているような気がするけれど、祝ってくれるのなら文句は言えない。それに苦手な料理に立ち向かうのなら応援してあげたい。
「作り方は大丈夫?」
「もう、ばかにしないでよ。それぐらいあたしにもわかるって」
「それじゃあローストビーフの作り方は?」
「スーパーのお惣菜で買ってきたものを切ってサラダの上に乗せる」
ぴんと立った人さし指がなぜか誇らしそう。
「えっと、チキンは?」
「お店で買ってくる」
「ケーキは?」
「なんか小麦粉とか砂糖とかいろいろ混ぜて作る」
思わず両手で顔を覆った。そのまま背中から畳に倒れ込む。これは、作り方を聞いた私が悪いのだろうか。
「急に横になってどうしたの?」
苦悶とおかしさに満ちた表情をかみ殺した。表情を変えずに体を起こす。ちーちゃんは不思議そうにこちらを見ている。
どうやら悪意はないようで至って真剣らしい。それならこちらも真面目に手伝わないと。
「手伝うから一緒に、ね?」
「えー?」
ちーちゃんが不満そうに声を上げた。
「はる姉の誕生日を祝うのに、手伝ってもらったら意味ないじゃん」
「その気持ちだけで十分よ。失敗しないよう一緒にやりましょう?」
ちーちゃんに先ほどまでの勢いはない。どうやら自分の中で納得できる理由を探しているらしい。
「はる姉がそこまで言うなら、一緒に作ってもいいよ?」
「ええ。ありがとう」
「手伝うだけだからね。あたしがメインでやって、はる姉は教えるだけ」
穂を膨らませる必死な姿を抱きしめたい。そんな欲望を理性で抑え込み、掛け時計に目をやると十四時になったばかりだった。
材料を買いに行ってすぐに戻り、予行演習としてカップケーキを作っておやつにする。我ながら完璧な予定に口元を綻ばせた。
「それじゃあ早速、買い物に行きましょうか」
「今から? 当日じゃなくて?」
ちーちゃんは大学に行き、私はアパートで受験勉強。平穏な日々かと思ったけれど、すっかり忘れていたイベントがちーちゃんの一言によって現れた。
「はる姉の誕生日どうしよっか」
部屋の入り口に立つちーちゃん。参考書から顔を上げて視線を移した。
胸元に牛のイラストが描かれた、パーカーとショートパンツ。見慣れたラフな格好でもすぐに言葉を返せなかった。
「もしかして誕生日を忘れてたの? あんなに何回も教えたのに?」
あんぐり開いた口と見開かれた目。気まずくなって顔をそらす。そういえば聞いたような気がする。何日だったか……あ。
座卓に置かれたミニカレンダーを手に取る。三日後の十八日に、赤字で誕生日と大きく記入されていた。そうだ、一月十八日だ。
「十八日よね。特に予定はないけど、どうしようかしら」
ミニカレンダーを戻そうとして、ふと気が付いた。そういえばちーちゃんの誕生日を祝っていない。
「私の誕生日もだけれど、ちーちゃんの誕生日もお祝いしないと」
「あたしのはいいよ」
ちーちゃんを見上げれば、ふるふると首を振っている。
「いいわけないでしょう。ちゃんと祝わないと」
「去年の五月のことを今更お祝いされてもね。次の誕生日に二倍お祝いしてくれればいいからさ」
気を遣って言っているのではなく、恐らく本心なのだろう。私の誕生日を祝うことに集中したい。だから自分の誕生日も真剣によろしくね、と。
「ちーちゃんがそう言うのなら。それで、どうしようかしら」
「どうしようってお祝いしないと」
ちーちゃんが腰を下ろしてあぐらをかいた。
「うちでお祝いしてもいいし、どこかに食べに行ってもいいし。あんまり遅くまで出られないけど」
せっかくなら外で、と少し前なら即答していた。しかし元旦に意識を失いかけてからは、外出するのが億劫になっている。そんな私にちーちゃんの気遣いはありがたかった。
「うちでお願い。そうそう、誕生日ケーキも手作りしましょうか。ちーちゃんはどんなケーキがいい?」
「それはこっちのせりふ。誕生日にはあたしがケーキ作ってあげる」
誇らしそうに胸を張るちーちゃん。しかし不安が胸に募りだした。
「ちーちゃんが作るの?」
「うん。苦手だけど頑張ってみたいの。ケーキ以外にもね、ローストビーフとかチキンとかいろいろ作る予定だよ」
ちーちゃんが指を折って数える。誕生日とクリスマスがごっちゃになっているような気がするけれど、祝ってくれるのなら文句は言えない。それに苦手な料理に立ち向かうのなら応援してあげたい。
「作り方は大丈夫?」
「もう、ばかにしないでよ。それぐらいあたしにもわかるって」
「それじゃあローストビーフの作り方は?」
「スーパーのお惣菜で買ってきたものを切ってサラダの上に乗せる」
ぴんと立った人さし指がなぜか誇らしそう。
「えっと、チキンは?」
「お店で買ってくる」
「ケーキは?」
「なんか小麦粉とか砂糖とかいろいろ混ぜて作る」
思わず両手で顔を覆った。そのまま背中から畳に倒れ込む。これは、作り方を聞いた私が悪いのだろうか。
「急に横になってどうしたの?」
苦悶とおかしさに満ちた表情をかみ殺した。表情を変えずに体を起こす。ちーちゃんは不思議そうにこちらを見ている。
どうやら悪意はないようで至って真剣らしい。それならこちらも真面目に手伝わないと。
「手伝うから一緒に、ね?」
「えー?」
ちーちゃんが不満そうに声を上げた。
「はる姉の誕生日を祝うのに、手伝ってもらったら意味ないじゃん」
「その気持ちだけで十分よ。失敗しないよう一緒にやりましょう?」
ちーちゃんに先ほどまでの勢いはない。どうやら自分の中で納得できる理由を探しているらしい。
「はる姉がそこまで言うなら、一緒に作ってもいいよ?」
「ええ。ありがとう」
「手伝うだけだからね。あたしがメインでやって、はる姉は教えるだけ」
穂を膨らませる必死な姿を抱きしめたい。そんな欲望を理性で抑え込み、掛け時計に目をやると十四時になったばかりだった。
材料を買いに行ってすぐに戻り、予行演習としてカップケーキを作っておやつにする。我ながら完璧な予定に口元を綻ばせた。
「それじゃあ早速、買い物に行きましょうか」
「今から? 当日じゃなくて?」
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