ホムンクルス

ふみ

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「遥さんが着けているヘアピンに答えがありますよ」
「ヘアピン?」
 前髪からヘアピンを取り外す。小ぶりな桃色の花模様。じっと見つめても答えは浮かびそうにない。ともちゃんの目を見て、申し訳なくなりながら首を振った。
「……こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、いいですか」
「ええ。何?」
「あなたは誰なんですか?」
 突然の鋭い視線。それよりも質問の意味がわからなかった。
 誰と言われても私は白沢遥。それ以上でもそれ以下でもない。他に候補は――待って、一人だけいる。
 ともちゃんが別れ際に教えてくれたあの名前。ちーちゃんと一緒にいても耳にしなかったあの名前。
「あの日からずっと気になっていたんです。お姉ちゃんに聞いてもはぐらかしてばかりで、何も教えてくれなくて」
「ちーちゃんはそういうところあるから……そういえば記憶喪失のことも知らないのよね?」
「記憶喪失?」
 こちらを怪しむ視線に目をそらすことなく頷いた。
 誰かに身の上話をするのは初めてで、頭の中を整理しながら口にした。記憶を失い、ちーちゃんに助けてもらいながら年を越え、故郷に行ったことも全て。
 ともちゃんは真剣に耳を傾けていた。しかし故郷に帰った話の辺りから驚きに満ちた表情を浮かべた。それでも口を挟むことなく、最後まで話を聞き終えた後で「そんな、どうして」とだけ漏らした。
「私の話はこれぐらいかしら。他にも何か聞きたいことはある?」
「故郷について、なんですが」
「ええ」
「どこに行ったんですか」
「東北の方ね。新幹線やバスを乗り継いで、やっと着くくらい遠い場所。ともちゃんも知っているでしょう?」
「わかりません」
「え?」
 自分の説明が悪かったのかと首を捻った。
「そこが故郷ではないので、どこだかわからないんです」
 力なく首を振るともちゃん。返す言葉は見付からなかった。
「そんな村は知りません。行ったこともありません。表の看板に、創業五十年と書いてあったのを見ませんでしたか?」
「見た、けど」
「うちはおじいちゃんの代から、ここで肉屋を営んできたんです。ずっとずっと、ここでやってきたんです。引っ越したことなんか一度もありません」
「本当に?」
「はい」
 ちーちゃんに似たその目に、うそは見えなかった。表情も声色も私を騙そうとする気は感じられない。それならちーちゃんのうそってこと? 私の生まれ故郷を隠して何になるのだろう。
 信じると決めたのに何度も揺れてしまう。幾度となく自分に問い、そのたびに信じると答えを出してきた。そしてまた疑う。これの繰り返し。
 それはきっと、私が新しい私になり切れていないからだろう。私を形作る証を失い、それを補おうと新しい思い出や知識を積み上げてきた。だけど圧倒的に足りない。一年ではやはり限界があった。
「あの、もう一ついいですか」
 カーペットに向けていた視線を上げた。
「あなたが誰なのか知りたいんです」
 ともちゃんが姿勢を正したのに釣られて、こちらも曲がっていた背筋をしゃんと伸ばした。
「白沢遥だって教えてもらって――」
「それすらもお姉ちゃんのうそだと思うんです」
「うそ?」
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