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夕陽が街を照らし終え、ビル群の向こうに沈んでも帰る気にはなれない。どこか漂う懐かしさにつかまって離れられなかった。
さまよい歩き、偶然見付けた公園のベンチに腰を下ろす。しかしそれが良くなかった。まるでお尻に接着剤を付けられたように、立てなくなってしまった。
今だって凍えるように寒いのにこれからもっと寒くなる。風邪をひく前に帰らないと。そうわかっていても中々動けなかった。
疲れを感じてまぶたを下ろす。その裏にちーちゃんの顔がよぎってすぐに目を開けた。
こんなことをしても逃げられない。一時的な現実逃避。ただの時間稼ぎ。結局はちーちゃんに怒られる。もちろん、それだけでは済まない。
私は誰なの? と、確かめてしまうだろう。
自分が叶である証拠はそろっている。それでも簡単には受け入れられない。たった一つの疑問が抱えられないほどの不安となって、胸の中に渦巻いている。
私が叶になっても、ちーちゃんは愛してくれるのか。
想像しただけで寒気がする。胸が痛むほどちーちゃんを愛している。どうしようもないほど好きになってしまった。
濃紺の空へぼんやりと視線を逃がす。こうやって時間を潰すのは、入院していた時以来だろう。
あの頃はもっと気楽だった。ちーちゃんがいるという安心感に包まれながら、退屈な毎日を生きていた。何気ないことに笑い合って、そこにある幸せを受け入れていた。
記憶を失わなければ、こうはならなかった。記憶を失う前の私は、ちーちゃんをどう思っていたのだろう。
きっとただの幼なじみ。子どもっぽくて笑顔のかわいい妹分。自分が守ってあげなきゃ。そんな使命感に駆られていたに違いない。今はすっかり逆だけれど。
まばらに散る星を数え、胸に湧いた名前のない感情を殺す。そんな時、おとなしかったスマホに呼び出された。慌てて取り出した画面には『ちーちゃん』と表示されている。
寒さでかじかんだ指で操作し、そっとスマホを耳に当てた。
「ちーちゃん?」
――もうすぐ帰るけど、何か買う物ってある?
聞こえたのは、意外にもちーちゃんの優しい声だった。
「ううん、大丈夫よ。ありがとう」
――そっか。朝にも言ったけれど今、友だちと東京駅にいるんだ。帰りにケーキ買って帰る?
おすすめを買ってきてと頼んで電話を切った。ちーちゃんが帰ってくる間に戻らないと。
震える指先でスマホに触れる。アパートの名を入れて帰宅ルートを検索すれば、さまよっている間にかなり近くまで来ていたらしい。ここから歩いて十五分ほどで帰れる。
一安心してスマホを仕舞おうとし、あることに気が付いた。表示されたマップを軽く動かす。確かこの近くに……あった。
かつてちーちゃんに教えてもらった、信号のない交差点。私が事故に遭った場所だった。寄り道になるけれどここから五分。何かに誘われるように動きだした。
時折寒さに身悶えて止まり、ちーちゃんの顔を思い出して歩みを進める。それを何度も繰り返し、薄暗い路地裏からマンションが並ぶ通りへと出た。そこからさらに進めば、目的の交差点はすぐに姿を現した。
薄い月明かりと、角にあるコンビニだけが照らす寂しげな交差点。標識がぼんやりと立っているけれど街路樹に阻まれ、まるで意味を成していないように見える。
目を閉じて何かを期待したけれど、いくら待ってもその何かは現れない。来るだけ無駄だったかな。
アパートに帰ろうと、横断歩道に一歩踏み出しながら目を開けた。まぶたが完全に開ききる前に、風の音に交じる走行音の大きさに気が付いた。
とっさに顔を向ける。トラックに乗った運転手の顔がよく見える。眩いライトの光と、耳をつんざくようなブレーキ音。かつて倒れそうになった初日の出よりも輝く光に、今にも目が焼かれてしまいそう。
だけど目をそらせなかった。気を失いそうな光の向こう側に、ずっと探していた答えを見付けた。
あの日、冬が終わりに近付いていた夜に何があったのか。それが記憶の底から蘇るのと同時に、私が誰なのかを教えてくれた。
さまよい歩き、偶然見付けた公園のベンチに腰を下ろす。しかしそれが良くなかった。まるでお尻に接着剤を付けられたように、立てなくなってしまった。
今だって凍えるように寒いのにこれからもっと寒くなる。風邪をひく前に帰らないと。そうわかっていても中々動けなかった。
疲れを感じてまぶたを下ろす。その裏にちーちゃんの顔がよぎってすぐに目を開けた。
こんなことをしても逃げられない。一時的な現実逃避。ただの時間稼ぎ。結局はちーちゃんに怒られる。もちろん、それだけでは済まない。
私は誰なの? と、確かめてしまうだろう。
自分が叶である証拠はそろっている。それでも簡単には受け入れられない。たった一つの疑問が抱えられないほどの不安となって、胸の中に渦巻いている。
私が叶になっても、ちーちゃんは愛してくれるのか。
想像しただけで寒気がする。胸が痛むほどちーちゃんを愛している。どうしようもないほど好きになってしまった。
濃紺の空へぼんやりと視線を逃がす。こうやって時間を潰すのは、入院していた時以来だろう。
あの頃はもっと気楽だった。ちーちゃんがいるという安心感に包まれながら、退屈な毎日を生きていた。何気ないことに笑い合って、そこにある幸せを受け入れていた。
記憶を失わなければ、こうはならなかった。記憶を失う前の私は、ちーちゃんをどう思っていたのだろう。
きっとただの幼なじみ。子どもっぽくて笑顔のかわいい妹分。自分が守ってあげなきゃ。そんな使命感に駆られていたに違いない。今はすっかり逆だけれど。
まばらに散る星を数え、胸に湧いた名前のない感情を殺す。そんな時、おとなしかったスマホに呼び出された。慌てて取り出した画面には『ちーちゃん』と表示されている。
寒さでかじかんだ指で操作し、そっとスマホを耳に当てた。
「ちーちゃん?」
――もうすぐ帰るけど、何か買う物ってある?
聞こえたのは、意外にもちーちゃんの優しい声だった。
「ううん、大丈夫よ。ありがとう」
――そっか。朝にも言ったけれど今、友だちと東京駅にいるんだ。帰りにケーキ買って帰る?
おすすめを買ってきてと頼んで電話を切った。ちーちゃんが帰ってくる間に戻らないと。
震える指先でスマホに触れる。アパートの名を入れて帰宅ルートを検索すれば、さまよっている間にかなり近くまで来ていたらしい。ここから歩いて十五分ほどで帰れる。
一安心してスマホを仕舞おうとし、あることに気が付いた。表示されたマップを軽く動かす。確かこの近くに……あった。
かつてちーちゃんに教えてもらった、信号のない交差点。私が事故に遭った場所だった。寄り道になるけれどここから五分。何かに誘われるように動きだした。
時折寒さに身悶えて止まり、ちーちゃんの顔を思い出して歩みを進める。それを何度も繰り返し、薄暗い路地裏からマンションが並ぶ通りへと出た。そこからさらに進めば、目的の交差点はすぐに姿を現した。
薄い月明かりと、角にあるコンビニだけが照らす寂しげな交差点。標識がぼんやりと立っているけれど街路樹に阻まれ、まるで意味を成していないように見える。
目を閉じて何かを期待したけれど、いくら待ってもその何かは現れない。来るだけ無駄だったかな。
アパートに帰ろうと、横断歩道に一歩踏み出しながら目を開けた。まぶたが完全に開ききる前に、風の音に交じる走行音の大きさに気が付いた。
とっさに顔を向ける。トラックに乗った運転手の顔がよく見える。眩いライトの光と、耳をつんざくようなブレーキ音。かつて倒れそうになった初日の出よりも輝く光に、今にも目が焼かれてしまいそう。
だけど目をそらせなかった。気を失いそうな光の向こう側に、ずっと探していた答えを見付けた。
あの日、冬が終わりに近付いていた夜に何があったのか。それが記憶の底から蘇るのと同時に、私が誰なのかを教えてくれた。
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