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「あなたが叶さんじゃないんですか?」
目の前がぐにゃりと歪む。私は遥ではなく、叶。再びおかしな不安が胸の中にあふれだした。
思い返してみれば、遥としての生活は違和感との戦いだった。
自分の部屋、服装、趣味に至る何から何までしっくりとこなかった。艶のある長髪より、涼しげなポニーテールがいい。ゆったりとしたワンピースよりシンプルなパーカーが好き。野菜や抹茶より中華や肉料理がおいしく感じる。
思い当たる節が多過ぎる。自分が自分でなくなってしまいそう。どうして、こんなことに。理由を考える前に口から漏れてしまっていた。
「ちーちゃんが、どうして」
「私もそれが気になったんです」
ともちゃんがメモ帳にちーちゃんの名前を書き足した。
「何か心当たりってありますか?」
何も答えず首を振った。
「ですよね。直接聞くしか――」
「それはちょっと、ね」
苦笑しながら頬をかく。ともちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「一人で外出しないようにって言われているの」
「お姉ちゃんにですか?」
「ええ。外で記憶を取り戻して、その場で倒れたりなんかしたら危ないからって。だから外出したことを知られたくないの」
「そうは言っても直接聞かないと、自分が誰だかわからないんですよ? 記憶を取り戻したくないんですか?」
「……どうした方がいいのか迷っているの」
ちゃぶ台に両肘を乗せた。頭を抱えるように後頭部を手で覆う。
「今まで変だと思ったことは何回もあった。昔のことを聞いても頑なに教えてくれなかったり、遥としての好みと、今の好みが食い違っていたり。自分が他の誰かになったような感覚さえあったわ」
「それなら尚更、記憶を取り戻した方がいいんじゃないですか」
きっとそうするのが正しいのだろう。両親のことも故郷のことも、何もかも聞きだせる。
だけどこの関係を終わらせたくない。
たとえ全てがうそだったとしても、今の生活に何の支障もない。本物に迷惑を掛けているわけでもない。このまま続けても、恐らく何の問題もない。
しかし気になることはある。ちーちゃんはなぜ、私を偽者の遥さんとして愛してくれたのか。本物が別にいるのなら、そっちを愛せばいいだけ。それが普通。それが愛というものだろう。
その理由を考えれば考えるだけ、余計に混乱してしまいそう。頭を振って整理しようとした時、唐突に聞き慣れた音楽が鳴った。
ポケットからスマホを取り出してアラームを止める。ちーちゃんが帰ってくる時間まで、一時間を切っていた。
「今日は、いろいろとありがとう。そろそろ帰らないと」
重い体を引きずるように立ち上がる。礼を言って頭を下げた。これも私の癖ではない。これまでやってきた全てが無駄に思えて仕方がない。
「私の方こそありがとうございました。あの」
ともちゃんが遠慮がちに言葉を探している。きっとこれからのことだろう。はっきりと聞かれなくて良かった。どう返せばいいか、私にもわからないもの。
「落ち着いたらまた連絡するからね」
社交辞令を置いて足早に部屋を後にした。逃げるように駅へと向かったけれど、その勢いはすぐになくなった。
このまま帰っていいのかわからない。ちーちゃんに会ってもこの不信感は消えないだろう。場合によっては不満を爆発させてしまうかもしれない。
それに今は一人になりたい。約束を破ったと怒られたとしても、今はちーちゃんに会いたくなかった。
目の前がぐにゃりと歪む。私は遥ではなく、叶。再びおかしな不安が胸の中にあふれだした。
思い返してみれば、遥としての生活は違和感との戦いだった。
自分の部屋、服装、趣味に至る何から何までしっくりとこなかった。艶のある長髪より、涼しげなポニーテールがいい。ゆったりとしたワンピースよりシンプルなパーカーが好き。野菜や抹茶より中華や肉料理がおいしく感じる。
思い当たる節が多過ぎる。自分が自分でなくなってしまいそう。どうして、こんなことに。理由を考える前に口から漏れてしまっていた。
「ちーちゃんが、どうして」
「私もそれが気になったんです」
ともちゃんがメモ帳にちーちゃんの名前を書き足した。
「何か心当たりってありますか?」
何も答えず首を振った。
「ですよね。直接聞くしか――」
「それはちょっと、ね」
苦笑しながら頬をかく。ともちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「一人で外出しないようにって言われているの」
「お姉ちゃんにですか?」
「ええ。外で記憶を取り戻して、その場で倒れたりなんかしたら危ないからって。だから外出したことを知られたくないの」
「そうは言っても直接聞かないと、自分が誰だかわからないんですよ? 記憶を取り戻したくないんですか?」
「……どうした方がいいのか迷っているの」
ちゃぶ台に両肘を乗せた。頭を抱えるように後頭部を手で覆う。
「今まで変だと思ったことは何回もあった。昔のことを聞いても頑なに教えてくれなかったり、遥としての好みと、今の好みが食い違っていたり。自分が他の誰かになったような感覚さえあったわ」
「それなら尚更、記憶を取り戻した方がいいんじゃないですか」
きっとそうするのが正しいのだろう。両親のことも故郷のことも、何もかも聞きだせる。
だけどこの関係を終わらせたくない。
たとえ全てがうそだったとしても、今の生活に何の支障もない。本物に迷惑を掛けているわけでもない。このまま続けても、恐らく何の問題もない。
しかし気になることはある。ちーちゃんはなぜ、私を偽者の遥さんとして愛してくれたのか。本物が別にいるのなら、そっちを愛せばいいだけ。それが普通。それが愛というものだろう。
その理由を考えれば考えるだけ、余計に混乱してしまいそう。頭を振って整理しようとした時、唐突に聞き慣れた音楽が鳴った。
ポケットからスマホを取り出してアラームを止める。ちーちゃんが帰ってくる時間まで、一時間を切っていた。
「今日は、いろいろとありがとう。そろそろ帰らないと」
重い体を引きずるように立ち上がる。礼を言って頭を下げた。これも私の癖ではない。これまでやってきた全てが無駄に思えて仕方がない。
「私の方こそありがとうございました。あの」
ともちゃんが遠慮がちに言葉を探している。きっとこれからのことだろう。はっきりと聞かれなくて良かった。どう返せばいいか、私にもわからないもの。
「落ち着いたらまた連絡するからね」
社交辞令を置いて足早に部屋を後にした。逃げるように駅へと向かったけれど、その勢いはすぐになくなった。
このまま帰っていいのかわからない。ちーちゃんに会ってもこの不信感は消えないだろう。場合によっては不満を爆発させてしまうかもしれない。
それに今は一人になりたい。約束を破ったと怒られたとしても、今はちーちゃんに会いたくなかった。
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