ホムンクルス

ふみ

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「元気になって良かった」
 跳ねる後姿に先ほどまでの重い雰囲気はどこにもない。あんなにも暗い顔をしていた千夏は、まるで飛んでいるよう。浮かれ過ぎて、かすかに聞こえる走行音すら耳に届いていないようだった。
 とっさに振り返った。生い茂る街路樹で見にくいものの、静かな春の夜を裂くようにしてトラックが迫ってきている。ライトを照らし、かなりのスピードで走それはまるでイノシシのよう。
 街路樹のせいで歩行者も車も互いに見にくい上に、信号がないこの道路であそこまで飛ばさなくてもいいのに。もしも誰かが気付かずに横断歩道を渡っていたら――。
「千夏?」
 背後を見ながら歩いていた足を止め、瞬時に前へと視線を戻す。浮かれている千夏といえど、さすがに横断歩道を前に立ち止まる。そう予想していたのに、千夏は横断歩道へと一歩踏み出していた。
「千夏!」
 叫ぶも千夏の足は止まらない。街路樹に視界が阻まれているのか、それともテンションのせいで周りが見えていないのか。
 千夏とトラックを交互に見て距離を測っても、最悪の未来しか頭に浮かばなかった。
 とっさに地面を蹴り上げ、ゼロから一気に最高速度へ持っていく。肌寒い気温の中で汗が滲み出す。スニーカーという小さな幸運を抱きしめながら地面を蹴った。
 もう少し。ただ千夏だけを見て走る。トラックがどこまで来ているか確かめている暇はない。追い付くことだけ考えればいい。
「千夏!」
 すでに車道に出ていた千夏の肩をつかんだ。あとは歩道側に引っ張るだけ。しかしその時になってようやく、トラックがどこにいるのかわかった。
「え」
 声を漏らした千夏も見ていたのだろう。世界を包み込もうとする眩い光を。
 もう数秒、いや、一秒にも満たない未来には二人そろって弾き飛ばされる。それこそボールのように何度もバウンドして、運が良ければ命が残る。悪ければそこに残るのは私たちだった何か。
 きらめくライトと、耳をつんざくようなブレーキ音。いずれくる痛みに耐えようと目を閉じる寸前で、こちらを向いた千夏の横顔を見てしまった。
 歯を食いしばってもう一歩踏み込む。その勢いで思いっきり千夏を突き飛ばした。千夏がバランスを崩して顔から地面に倒れ込む。
 そしてこちらに振り返り、名前を呼んだ。
「叶ちゃん!」
 耳にした直後、意識と体は吹き飛んだ。
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