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これも全部千夏のせいだ。責任を取ってと伝えたらどんな顔をするのだろう。いつものように冗談言わないでと笑ってほしい。そんないつも通りの毎日はもう訪れない。わかっている。わかっているのに耐えがたい。
それならどうすればいい。簡単だ。私が白沢遥として生き続ければいい。遥が住む屋敷からここまで二駅ほどの距離。こちらから近付かない限りはきっと気付かれないだろう。
私が遥になれば、千夏はそばにいてくれる。代替品としての人生を受け入れれば誰も傷付かない。誰もが笑顔のまま過ごせる。
とても簡単で幸せな選択肢なのに、胸の中は靄がかかったようにすっきりとしない。私の中にまだ、遥への想いが潜んでいるせいなのか。いや、それはない。
胸にかかった靄の奥にある答え。それを見たくなくて、まぶたの上に手を重ねた。少しだけ濃くなった闇の中で、これでいいと何度も自分に言い聞かせた。
ふと、台所の床が軋む音がした。千夏がトイレに起きたのだろうか。そっと耳を澄ませる。引き戸がすれる音が転がった。首を軽く捻ると、千夏が足音を消しながら部屋に入ろうとしているのが見えた。
「ちーちゃん?」
「うひあっ」
猫のように曲がった千夏の背がたちまち伸び、気をつけと言われたように固まった。あの顔は怒られると予想して、慌てて言い訳を考えている顔だ。そんなことがわかってしまう自分がおかしかった。
「ほら、おいで」
掛け布団を片手で持ち上げ、千夏を誘う。千夏は驚いていたものの、そっと胸の中に入り込んできた。
「怒ってないの?」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、勝手に部屋に入ったから」
目を合わせずに指遊びをする千夏の頭を撫でた。
「私もちーちゃんの部屋に入って、勝手にマンガをよく読んでいるもの。おあいこよ」
「そうなの? じゃあ、おあいこってことで」
千夏が胸に顔を埋めた。甘い香りが広がる。柔らかい髪の上で手を動かすだけで、私が誰なのか教えてくれる。
私は……遥。千夏が負った傷を癒せるのは私しかいない。これでいい。これでいいの。こうするしかないの。
「はる姉」
千夏が胸から離れてこちらを見上げている。どこか気恥ずかしそうだけど、嬉しさを隠し切れていない顔。
口では何も言わず、そっと唇を重ねた。私が白沢遥になれた証として、この愛を捧げた。
今日だけで何度冷蔵庫を覗いただろう。
そう考えている今だって、午前中に仕上げた愛の結晶を手に取ってしまう。千夏の喜ぶ顔を想像するだけで、にやけた笑みが止まらない。
冷蔵庫を閉め、足取り軽く千夏の部屋で腰を下ろした。冷蔵庫同様に、何度も見上げた掛け時計は四時ちょっと過ぎ。もうすぐ帰ってくる千夏をどうやって驚かそう。
ドアを開けた瞬間に抱き着いて、情熱的にチョコレートを渡そうか。それともバレンタインだと忘れたふりをした後で渡そうか。
まるでいたずらを考える小学生のような、小悪魔な笑みが顔に張り付いて離れない。千夏の気持ち、少しわかったような気がする。
顔を綻ばしていると、スマホから着信音が流れ始めた。期待を寄せてスマホを覗いた。
それならどうすればいい。簡単だ。私が白沢遥として生き続ければいい。遥が住む屋敷からここまで二駅ほどの距離。こちらから近付かない限りはきっと気付かれないだろう。
私が遥になれば、千夏はそばにいてくれる。代替品としての人生を受け入れれば誰も傷付かない。誰もが笑顔のまま過ごせる。
とても簡単で幸せな選択肢なのに、胸の中は靄がかかったようにすっきりとしない。私の中にまだ、遥への想いが潜んでいるせいなのか。いや、それはない。
胸にかかった靄の奥にある答え。それを見たくなくて、まぶたの上に手を重ねた。少しだけ濃くなった闇の中で、これでいいと何度も自分に言い聞かせた。
ふと、台所の床が軋む音がした。千夏がトイレに起きたのだろうか。そっと耳を澄ませる。引き戸がすれる音が転がった。首を軽く捻ると、千夏が足音を消しながら部屋に入ろうとしているのが見えた。
「ちーちゃん?」
「うひあっ」
猫のように曲がった千夏の背がたちまち伸び、気をつけと言われたように固まった。あの顔は怒られると予想して、慌てて言い訳を考えている顔だ。そんなことがわかってしまう自分がおかしかった。
「ほら、おいで」
掛け布団を片手で持ち上げ、千夏を誘う。千夏は驚いていたものの、そっと胸の中に入り込んできた。
「怒ってないの?」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、勝手に部屋に入ったから」
目を合わせずに指遊びをする千夏の頭を撫でた。
「私もちーちゃんの部屋に入って、勝手にマンガをよく読んでいるもの。おあいこよ」
「そうなの? じゃあ、おあいこってことで」
千夏が胸に顔を埋めた。甘い香りが広がる。柔らかい髪の上で手を動かすだけで、私が誰なのか教えてくれる。
私は……遥。千夏が負った傷を癒せるのは私しかいない。これでいい。これでいいの。こうするしかないの。
「はる姉」
千夏が胸から離れてこちらを見上げている。どこか気恥ずかしそうだけど、嬉しさを隠し切れていない顔。
口では何も言わず、そっと唇を重ねた。私が白沢遥になれた証として、この愛を捧げた。
今日だけで何度冷蔵庫を覗いただろう。
そう考えている今だって、午前中に仕上げた愛の結晶を手に取ってしまう。千夏の喜ぶ顔を想像するだけで、にやけた笑みが止まらない。
冷蔵庫を閉め、足取り軽く千夏の部屋で腰を下ろした。冷蔵庫同様に、何度も見上げた掛け時計は四時ちょっと過ぎ。もうすぐ帰ってくる千夏をどうやって驚かそう。
ドアを開けた瞬間に抱き着いて、情熱的にチョコレートを渡そうか。それともバレンタインだと忘れたふりをした後で渡そうか。
まるでいたずらを考える小学生のような、小悪魔な笑みが顔に張り付いて離れない。千夏の気持ち、少しわかったような気がする。
顔を綻ばしていると、スマホから着信音が流れ始めた。期待を寄せてスマホを覗いた。
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