62 / 97
-6-
62
しおりを挟む
「ほんの少しでいいの。聞きたいことだけ聞いて話をして終わり。それでも駄目?」
「お店の手伝いもあるから」
「お願い。これで最後だからきちんと話しておきたいの」
「最後?」
斜め下に逃げていた千夏の視線がこちらを向いた。
「うん。千夏と話すのも最後になるかもしれない」
千夏はしばらく呆けていた。こちらの願いは伝えた。後は返事を待つだけ。虚ろな瞳を凝視し続けていると、ようやく千夏の口が動いた。
「うちだと話しづらいから別の場所に行こう。すぐ近くに喫茶店があるの。着替えるから下で待ってて」
答える前にドアは閉じた。寂しさを抱きながら下で待てば、千夏はすぐに降りてきた。適当に羽織ったパーカーとスキニー。私と被っていることさえも気になっていないようだった。
「あっち」
そう言い放って千夏が離れた。心ここにあらずというか、誰かに操られているような不確かな足取りで進んでいく。
そうさせたのはもちろん私だ。そんな事実に加えて、千夏との小さな距離が寂しさを加速させる。
少し前なら手と手の間に隙間はなかった。並んで歩けばいつの間にか手が触れ、重ね、愛を確かめるように強く握っていた。それが今となっては、一人分のスペースを空けて肩を並べている。
終わらせるために来たとはいえ、こんな最後は望んじゃいなかった。その寂しさは千夏にも伝わったのか、しばらくお互いに言葉を発しなかった。
まるで逃げるように先をいく千夏を必死に追い掛けると、その足はようやく止まってくれた。
「着いたよ」
喧騒の少ない住宅街のど真ん中。パッと見は普通の一軒家にも見えるけれど、店の名前が書かれたブラックボードが喫茶店だと告げていた。
「ここね、お父さんとよく来る場所なんだ。あんまり人に教えるんじゃないぞって言われてるの」
「それなら、どうして」
「叶ちゃんが最後だって言ったから」
千夏が古びたドアを開けて中へと入った。少しためらいながらドアを抜ければ、レトロという言葉がよく似合う内装だった。
狭い店内に詰められたカウンターとテーブル席。通路はギリギリすれ違えるほどしかない。だけどその狭さが、今の千夏には心地良いのだろう。
千夏がいるのは一番奥。こちらに背を向けてソファーに腰掛けていた。カウンターにいた店員に会釈し、千夏の正面へと腰掛けた。テーブルとソファーとの間に距離があり、少し前屈みになるくらいがちょうどいい。
少し硬いレザー調のソファーを撫でていると、先ほどの店員がお冷とおしぼりを運んできた。
「千夏ちゃん。今日はお友だちとかい?」
「はい。ちょっと大事な話をしたくて」
あいさつ代わりに笑う千夏の顔は、ひどく強張っていた。
「なるほどね。貸し切りにしておこうか?」
「そんな、そこまでしなくていいですよマスター」
「冗談冗談。何にするか決まった?」
「えっと、いつものを二つ」
元気のないピースサイン。細かいことすら気になってしまう。
「それじゃあ、お友だちもゆっくりしていってね」
二人きりになっても、お互いに俯いたまま。私から切り出さないと。そうわかっていても仕切り直したせいか、部屋の前で発揮した勇気は残っていなかった。
機会をうかがっているとマスターが戻ってきた。テーブルに置かれた二つのティーカップ。ほんのり甘いミルクの匂いが鼻孔をくすぐる。カフェオレだろうか。千夏がいつも飲んでいたのなら、きっと甘いのだろう。
「ごめんなさい」
いきなりテーブルに頭を下げた千夏の姿と、カウンター内でぎょっとしているマスター。その二つが見えていたはずなのに動けなかった。
「お店の手伝いもあるから」
「お願い。これで最後だからきちんと話しておきたいの」
「最後?」
斜め下に逃げていた千夏の視線がこちらを向いた。
「うん。千夏と話すのも最後になるかもしれない」
千夏はしばらく呆けていた。こちらの願いは伝えた。後は返事を待つだけ。虚ろな瞳を凝視し続けていると、ようやく千夏の口が動いた。
「うちだと話しづらいから別の場所に行こう。すぐ近くに喫茶店があるの。着替えるから下で待ってて」
答える前にドアは閉じた。寂しさを抱きながら下で待てば、千夏はすぐに降りてきた。適当に羽織ったパーカーとスキニー。私と被っていることさえも気になっていないようだった。
「あっち」
そう言い放って千夏が離れた。心ここにあらずというか、誰かに操られているような不確かな足取りで進んでいく。
そうさせたのはもちろん私だ。そんな事実に加えて、千夏との小さな距離が寂しさを加速させる。
少し前なら手と手の間に隙間はなかった。並んで歩けばいつの間にか手が触れ、重ね、愛を確かめるように強く握っていた。それが今となっては、一人分のスペースを空けて肩を並べている。
終わらせるために来たとはいえ、こんな最後は望んじゃいなかった。その寂しさは千夏にも伝わったのか、しばらくお互いに言葉を発しなかった。
まるで逃げるように先をいく千夏を必死に追い掛けると、その足はようやく止まってくれた。
「着いたよ」
喧騒の少ない住宅街のど真ん中。パッと見は普通の一軒家にも見えるけれど、店の名前が書かれたブラックボードが喫茶店だと告げていた。
「ここね、お父さんとよく来る場所なんだ。あんまり人に教えるんじゃないぞって言われてるの」
「それなら、どうして」
「叶ちゃんが最後だって言ったから」
千夏が古びたドアを開けて中へと入った。少しためらいながらドアを抜ければ、レトロという言葉がよく似合う内装だった。
狭い店内に詰められたカウンターとテーブル席。通路はギリギリすれ違えるほどしかない。だけどその狭さが、今の千夏には心地良いのだろう。
千夏がいるのは一番奥。こちらに背を向けてソファーに腰掛けていた。カウンターにいた店員に会釈し、千夏の正面へと腰掛けた。テーブルとソファーとの間に距離があり、少し前屈みになるくらいがちょうどいい。
少し硬いレザー調のソファーを撫でていると、先ほどの店員がお冷とおしぼりを運んできた。
「千夏ちゃん。今日はお友だちとかい?」
「はい。ちょっと大事な話をしたくて」
あいさつ代わりに笑う千夏の顔は、ひどく強張っていた。
「なるほどね。貸し切りにしておこうか?」
「そんな、そこまでしなくていいですよマスター」
「冗談冗談。何にするか決まった?」
「えっと、いつものを二つ」
元気のないピースサイン。細かいことすら気になってしまう。
「それじゃあ、お友だちもゆっくりしていってね」
二人きりになっても、お互いに俯いたまま。私から切り出さないと。そうわかっていても仕切り直したせいか、部屋の前で発揮した勇気は残っていなかった。
機会をうかがっているとマスターが戻ってきた。テーブルに置かれた二つのティーカップ。ほんのり甘いミルクの匂いが鼻孔をくすぐる。カフェオレだろうか。千夏がいつも飲んでいたのなら、きっと甘いのだろう。
「ごめんなさい」
いきなりテーブルに頭を下げた千夏の姿と、カウンター内でぎょっとしているマスター。その二つが見えていたはずなのに動けなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる