ホムンクルス

ふみ

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「ほんの少しでいいの。聞きたいことだけ聞いて話をして終わり。それでも駄目?」
「お店の手伝いもあるから」
「お願い。これで最後だからきちんと話しておきたいの」
「最後?」
 斜め下に逃げていた千夏の視線がこちらを向いた。
「うん。千夏と話すのも最後になるかもしれない」
 千夏はしばらく呆けていた。こちらの願いは伝えた。後は返事を待つだけ。虚ろな瞳を凝視し続けていると、ようやく千夏の口が動いた。
「うちだと話しづらいから別の場所に行こう。すぐ近くに喫茶店があるの。着替えるから下で待ってて」
 答える前にドアは閉じた。寂しさを抱きながら下で待てば、千夏はすぐに降りてきた。適当に羽織ったパーカーとスキニー。私と被っていることさえも気になっていないようだった。
「あっち」
 そう言い放って千夏が離れた。心ここにあらずというか、誰かに操られているような不確かな足取りで進んでいく。
 そうさせたのはもちろん私だ。そんな事実に加えて、千夏との小さな距離が寂しさを加速させる。
 少し前なら手と手の間に隙間はなかった。並んで歩けばいつの間にか手が触れ、重ね、愛を確かめるように強く握っていた。それが今となっては、一人分のスペースを空けて肩を並べている。
 終わらせるために来たとはいえ、こんな最後は望んじゃいなかった。その寂しさは千夏にも伝わったのか、しばらくお互いに言葉を発しなかった。
 まるで逃げるように先をいく千夏を必死に追い掛けると、その足はようやく止まってくれた。
「着いたよ」
 喧騒の少ない住宅街のど真ん中。パッと見は普通の一軒家にも見えるけれど、店の名前が書かれたブラックボードが喫茶店だと告げていた。
「ここね、お父さんとよく来る場所なんだ。あんまり人に教えるんじゃないぞって言われてるの」
「それなら、どうして」
「叶ちゃんが最後だって言ったから」
 千夏が古びたドアを開けて中へと入った。少しためらいながらドアを抜ければ、レトロという言葉がよく似合う内装だった。
 狭い店内に詰められたカウンターとテーブル席。通路はギリギリすれ違えるほどしかない。だけどその狭さが、今の千夏には心地良いのだろう。
 千夏がいるのは一番奥。こちらに背を向けてソファーに腰掛けていた。カウンターにいた店員に会釈し、千夏の正面へと腰掛けた。テーブルとソファーとの間に距離があり、少し前屈みになるくらいがちょうどいい。
 少し硬いレザー調のソファーを撫でていると、先ほどの店員がお冷とおしぼりを運んできた。
「千夏ちゃん。今日はお友だちとかい?」
「はい。ちょっと大事な話をしたくて」
 あいさつ代わりに笑う千夏の顔は、ひどく強張っていた。
「なるほどね。貸し切りにしておこうか?」
「そんな、そこまでしなくていいですよマスター」
「冗談冗談。何にするか決まった?」
「えっと、いつものを二つ」
 元気のないピースサイン。細かいことすら気になってしまう。
「それじゃあ、お友だちもゆっくりしていってね」
 二人きりになっても、お互いに俯いたまま。私から切り出さないと。そうわかっていても仕切り直したせいか、部屋の前で発揮した勇気は残っていなかった。
 機会をうかがっているとマスターが戻ってきた。テーブルに置かれた二つのティーカップ。ほんのり甘いミルクの匂いが鼻孔をくすぐる。カフェオレだろうか。千夏がいつも飲んでいたのなら、きっと甘いのだろう。
「ごめんなさい」
 いきなりテーブルに頭を下げた千夏の姿と、カウンター内でぎょっとしているマスター。その二つが見えていたはずなのに動けなかった。
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