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「叶ちゃんの人生を、めちゃくちゃにしてごめんなさい。謝ったって許されないのはわかってる。だけどせめて、お別れだけは言わせてほしいの。お願い、します」
かつて愛していた痛々しい姿。目を背けてしまいたい。目を覆ってしまいたい。そんな弱さを必死に隠して強い自分を演じた。
「謝らなくていいよ。千夏は十分反省したんでしょ。それでいいから。もう、いいからさ」
千夏の縮こまった背中がピクリと動いた。後はもう淡々とこなせばいい。
「とりあえず、あのアプリって言えばわかるよね」
「あの?」
千夏が顔を上げた。痛々しい表情をしているものの、首をかしげて思案の最中といったところ。
千夏はどこか抜けていて、大切なことを忘れてしまうことは何度もあった。それがこんなところで発揮されるとは。
「スマホに入っていた追跡アプリのことよ」
「それが、どうしたの」
ここまで言ってもピンとこないとは。
「GPSを使って、居場所を特定しちゃうやつ。千夏が入れたんでしょ?」
「えっと……ああ、そういえばあったね」
ぼんやりとした間の後で、遠い思い出のように呟いた千夏。犯行方法を明かされた真犯人よろしく、慌てふためくと思っていたのに。
「あんまり驚かないんだね」
「いつか気付かれるってわかってたもん。それに叶ちゃんと会わなくなってから使ってないし」
「本当に?」
「ほんとだって。これ以上、迷惑掛けたくなかったから」
千夏の表情、言葉にうそは見当たらない……気がする。人を見る目がないのは重々承知しているけれど、今回はきっと正しいと思う。
「消そうと思ったんだけど、パスワードが必要らしいの。教えてくれない?」
「あー、その」
千夏の歯切れが悪くなった。口を開けたまま斜め上を見て、何か悩んでいる。
こういう時の千夏は決まって言い訳を考えている。今になって何を隠そうとしているの。
「今は、わからないの」
千夏がさらに身を縮こめた。
「忘れないよう、メモ帳にパスワードを書いたのは覚えているの。でも部屋のどこに仕舞ったのか忘れちゃって……帰ったら探してみるから、連絡してもいい?」
「見当たらなかったら一緒に探すから、すぐ教えてよ」
「わかった。ありが――ううん。ごめんなさい」
懐かしい表情は一瞬にして消え去った。本来ならこんな場所で、こんな話はしたくなかった。千夏のおすすめを聞きたかった。千夏の普段とは違う様子をマスターに尋ねてみたかった。小さな隠れ家でくだらない話で笑ってみたかった。
何度も何度も繰り返してきた後悔と決意。どうしてこうなったのかと眠れない日もあった。
この迷いも悩みも、きっと意義のあるものだったのだろう。無価値ではない。いつかあの時の恋が私を大きくしたのだと、笑って話せる時がくる。
そうやって前だけ向いていないと、想いを言えそうになかった。
かつて愛していた痛々しい姿。目を背けてしまいたい。目を覆ってしまいたい。そんな弱さを必死に隠して強い自分を演じた。
「謝らなくていいよ。千夏は十分反省したんでしょ。それでいいから。もう、いいからさ」
千夏の縮こまった背中がピクリと動いた。後はもう淡々とこなせばいい。
「とりあえず、あのアプリって言えばわかるよね」
「あの?」
千夏が顔を上げた。痛々しい表情をしているものの、首をかしげて思案の最中といったところ。
千夏はどこか抜けていて、大切なことを忘れてしまうことは何度もあった。それがこんなところで発揮されるとは。
「スマホに入っていた追跡アプリのことよ」
「それが、どうしたの」
ここまで言ってもピンとこないとは。
「GPSを使って、居場所を特定しちゃうやつ。千夏が入れたんでしょ?」
「えっと……ああ、そういえばあったね」
ぼんやりとした間の後で、遠い思い出のように呟いた千夏。犯行方法を明かされた真犯人よろしく、慌てふためくと思っていたのに。
「あんまり驚かないんだね」
「いつか気付かれるってわかってたもん。それに叶ちゃんと会わなくなってから使ってないし」
「本当に?」
「ほんとだって。これ以上、迷惑掛けたくなかったから」
千夏の表情、言葉にうそは見当たらない……気がする。人を見る目がないのは重々承知しているけれど、今回はきっと正しいと思う。
「消そうと思ったんだけど、パスワードが必要らしいの。教えてくれない?」
「あー、その」
千夏の歯切れが悪くなった。口を開けたまま斜め上を見て、何か悩んでいる。
こういう時の千夏は決まって言い訳を考えている。今になって何を隠そうとしているの。
「今は、わからないの」
千夏がさらに身を縮こめた。
「忘れないよう、メモ帳にパスワードを書いたのは覚えているの。でも部屋のどこに仕舞ったのか忘れちゃって……帰ったら探してみるから、連絡してもいい?」
「見当たらなかったら一緒に探すから、すぐ教えてよ」
「わかった。ありが――ううん。ごめんなさい」
懐かしい表情は一瞬にして消え去った。本来ならこんな場所で、こんな話はしたくなかった。千夏のおすすめを聞きたかった。千夏の普段とは違う様子をマスターに尋ねてみたかった。小さな隠れ家でくだらない話で笑ってみたかった。
何度も何度も繰り返してきた後悔と決意。どうしてこうなったのかと眠れない日もあった。
この迷いも悩みも、きっと意義のあるものだったのだろう。無価値ではない。いつかあの時の恋が私を大きくしたのだと、笑って話せる時がくる。
そうやって前だけ向いていないと、想いを言えそうになかった。
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