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最初からわかっていた。それでも愛する人からはっきりと聞きたかった。私など微塵も興味がない。ただの幼なじみだと言ってほしかった。しかし千夏はそれをしようとしない。罪悪感に押し潰されて何も発しない。
それなら、自分でケジメをつけるしかない。
「私は、千夏を愛してたよ」
想いが止まらないように、千夏を見続けた。
「過去形なんかじゃない。今も好きなの。あんなことをされても、怒りより千夏を心配する気持ちの方が大きかった」
ためらわないように、千夏を見続けた。
「笑えるよね。こんなみじめな恋なんかしてさ。本当にばかみたい」
作り笑いを浮かべ、千夏を待ち続けた。
「だけどちゃんと諦めるよ。そしたら今度はまた、幼なじみとしてどこか行こうよ。連絡するから、絶対」
残っていたカフェオレを飲み干し、財布から千円札を出してテーブルに乗せた。
後はもう一目散に去るだけ。後ろなんか見向きもしない。ただがむしゃらに足を動かしていないと、後ろ髪を引かれてしまいそうだった。
一歩踏み込むごとに千夏との思い出が溶けていく。一歩前へ進むごとに千夏の笑顔が塵になっていく。かつて結ばれたいと願った赤い糸を引き千切るように走る。
息が上がって立ち止まる頃には、心の容量は真っさらになっていた。息切れしていたはずなのに体は軽い。ずっと感じていた、靄のような重りはどこかへ消えた。
笑みを浮かべて、喧騒の大きい方へと歩きだした。いつの間にか雲が晴れ、燃えるように赤い空を見上げながら。
二度あることは三度ある。まさかとは思ったけれど、真夜中の物音の正体はやはり遥だった。
襖が横に滑る音と、畳が軋む音。それから白いパジャマの衣擦れだけを連れ、月明かりをたどってこちらへやってくる。
遥が足元に向かい、視界から消えた。動くわけにもいかず目を閉じる。耳を澄ませていると、背中側から掛け布団が捲られた。
「本当は起きているんでしょう」
「ひょえっ」
耳元の甘い囁きに体が跳ねる。腰に回された腕に遮られ、起き上がるには至らなかった。あんなに色白で細い腕のどこにこんな力があったの。考える前に不満をため息に乗せて吐きだした。
「あれからずっと話してなかったのに、いきなり積極的になったね」
「落ち込んでいても始まらない。そうでしょう?」
「何も始まらないから出て行って。夜更かしは美容の大敵って聞いたことないの?」
「叶が振り向いてくれないのなら、こんな顔いらないわ」
遥が身を寄せても、数日前と同じで何も感じない。ぬくもりと柔らかさが背中に主張してきても、心が動くことはなかった。
「叶が好きなの」
静かな部屋に転がった告白はすぐに畳に溶けた。
「その気持ちは嬉しいけど、遥をそんな目で見たことはないの。諦めてよ」
背中越しの体がわかりやすく強張った。
「恋人同士にはなれないんだって。いい加減に――」
言葉で突っぱねようとした矢先、遥が突然起き上がった。
「は、遥?」
体を起こした遥が馬乗りで見下ろしている。絞り出した声はどうやら届いていない。というか、跨っているのは本当に遥なの?
艶のある黒髪が突発的な動きで揺れ、顔を覆っている。その奥にあるのが怒りなのか悲しみなのか、全くわからない。どうにか表情を読み取ろうと目をこらす。すると遥がこちらに倒れ掛かってきた。
「うわっ」
慌てて目を閉じ歯を食いしばるも衝撃はない。左目だけ開けてみれば、目と鼻の先に遥がいた。お互いの顔がぶつかる直前で、両手を布団に突いたらしい。
「いきなり何なの。降りてよ」
得体の知れない恐怖から顔をそらす。遥は何も言わずにこちらを見ている。整い過ぎた顔が怖い。まるで人形にじっとにらまれているよう。
「どうして私のものになってくれないの?」
それなら、自分でケジメをつけるしかない。
「私は、千夏を愛してたよ」
想いが止まらないように、千夏を見続けた。
「過去形なんかじゃない。今も好きなの。あんなことをされても、怒りより千夏を心配する気持ちの方が大きかった」
ためらわないように、千夏を見続けた。
「笑えるよね。こんなみじめな恋なんかしてさ。本当にばかみたい」
作り笑いを浮かべ、千夏を待ち続けた。
「だけどちゃんと諦めるよ。そしたら今度はまた、幼なじみとしてどこか行こうよ。連絡するから、絶対」
残っていたカフェオレを飲み干し、財布から千円札を出してテーブルに乗せた。
後はもう一目散に去るだけ。後ろなんか見向きもしない。ただがむしゃらに足を動かしていないと、後ろ髪を引かれてしまいそうだった。
一歩踏み込むごとに千夏との思い出が溶けていく。一歩前へ進むごとに千夏の笑顔が塵になっていく。かつて結ばれたいと願った赤い糸を引き千切るように走る。
息が上がって立ち止まる頃には、心の容量は真っさらになっていた。息切れしていたはずなのに体は軽い。ずっと感じていた、靄のような重りはどこかへ消えた。
笑みを浮かべて、喧騒の大きい方へと歩きだした。いつの間にか雲が晴れ、燃えるように赤い空を見上げながら。
二度あることは三度ある。まさかとは思ったけれど、真夜中の物音の正体はやはり遥だった。
襖が横に滑る音と、畳が軋む音。それから白いパジャマの衣擦れだけを連れ、月明かりをたどってこちらへやってくる。
遥が足元に向かい、視界から消えた。動くわけにもいかず目を閉じる。耳を澄ませていると、背中側から掛け布団が捲られた。
「本当は起きているんでしょう」
「ひょえっ」
耳元の甘い囁きに体が跳ねる。腰に回された腕に遮られ、起き上がるには至らなかった。あんなに色白で細い腕のどこにこんな力があったの。考える前に不満をため息に乗せて吐きだした。
「あれからずっと話してなかったのに、いきなり積極的になったね」
「落ち込んでいても始まらない。そうでしょう?」
「何も始まらないから出て行って。夜更かしは美容の大敵って聞いたことないの?」
「叶が振り向いてくれないのなら、こんな顔いらないわ」
遥が身を寄せても、数日前と同じで何も感じない。ぬくもりと柔らかさが背中に主張してきても、心が動くことはなかった。
「叶が好きなの」
静かな部屋に転がった告白はすぐに畳に溶けた。
「その気持ちは嬉しいけど、遥をそんな目で見たことはないの。諦めてよ」
背中越しの体がわかりやすく強張った。
「恋人同士にはなれないんだって。いい加減に――」
言葉で突っぱねようとした矢先、遥が突然起き上がった。
「は、遥?」
体を起こした遥が馬乗りで見下ろしている。絞り出した声はどうやら届いていない。というか、跨っているのは本当に遥なの?
艶のある黒髪が突発的な動きで揺れ、顔を覆っている。その奥にあるのが怒りなのか悲しみなのか、全くわからない。どうにか表情を読み取ろうと目をこらす。すると遥がこちらに倒れ掛かってきた。
「うわっ」
慌てて目を閉じ歯を食いしばるも衝撃はない。左目だけ開けてみれば、目と鼻の先に遥がいた。お互いの顔がぶつかる直前で、両手を布団に突いたらしい。
「いきなり何なの。降りてよ」
得体の知れない恐怖から顔をそらす。遥は何も言わずにこちらを見ている。整い過ぎた顔が怖い。まるで人形にじっとにらまれているよう。
「どうして私のものになってくれないの?」
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