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「私と一つにならない? そうすればもう悲しい思いなんかさせない。必ず幸せにしてあげる。安っぽい愛の告白なんかじゃないわ。今の私にならそれができるの」
声色から絶対的な自信が感じ取れた。次期家元としての財力を駆使すれば、私一人を簡単に養えるのだろう。
それは正直魅力的ではある。両親を早くに亡くした私にとって、お金は一位二位を争うほどの優先事項だ。極端を言えばそれさえあれば何だってできる。
遥のそばにいるだけで、人生は一変するだろう。遥を恋愛対象とは見ていなくても、一度受け入れれば底のない愛へと沈むのだろう。
だが、そういう可能性の話で終わってしまうけれど。
「どいて」
声色に怒りを乗せる。両腕に力を込めて遥を押し退けた。バランスを崩して畳に手を突く遥。半裸の姿が目に入ろうと、それを見下ろすようにして立ち上がった。
「ずっと幼なじみとしか見てないの。お願い、私のことは諦めて」
無表情に淡々と。まるで文章を読み上げるように気持ちを述べた。遥の呆けたような、それでいて青ざめた表情。許しを乞うような顔にも似たそれをじっと見つめた。
「待って」
遥が四つん這いで寄ってきた。
「無理やり迫ったのは謝るから考え直して。私にはもう叶しかいないの。お願い。ただ叶を愛しているだけなのよ」
か細い腕で足に縋り付き、まるで子どものような駄々をこねる遥。これ以上は見ていられなかった。
「この気持ちは変わらない。それにもう、しばらく会えないと思うから」
「会えないって、何。どういうことなの?」
足に抱き着いていた遥の力が弱まった。
「来月には出て行くことにしたの。いつまでも遥に迷惑を掛けていられないし、そろそろ立ち直らないと」
「そんなこと思っていないわ。ひょっとしてお父さんやお母さんに何か言われたの? そんなの気にしないで。叶はここにいていいのよ。ううん、ずっと私のそばにいて」
「もう決めたんだってば。遥には感謝してるし、いつか恩返しはするつもりだから」
「恩返しなら私と――」
「遥と付き合うことは、絶対にないよ」
その一言が決定打だった。遥は下を向いたまま答えない。そんな痛々しい姿を見ていると、名前のない感情が湧き上がってくる。
怒りにしては熱量が足りない。悲しみにしては痛みが足りない。名前のないこの想いを、どう処理していいのかわからなかった。
「そう。そっか。わかった。ええ、わかったわ」
遥がゆらりと腰を上げた。足に力が入らないのか、体が左右に揺れ、今にも倒れてしまいそう。
そうわかっていても、手を差し伸べる気にはなれない。遥の視線はどこか曖昧で、留まることなく宙に浮き続けている。つかむはずだった幸せな未来を描いているのか、それとも。
「それじゃあ、おやすみなさい」
脱ぎ捨ててあったパジャマを手に、壊れたロボットのようにぎこちなく去る白い背中。これでいい。愛すらない私と恋人になったって、遥を不幸にしてしまうだけだもの。
無音の中で深くため息を落としてから布団へと潜り込む。眉間にしわを寄せたまま目をつむり、いつの間にか意識を手放していた。
声色から絶対的な自信が感じ取れた。次期家元としての財力を駆使すれば、私一人を簡単に養えるのだろう。
それは正直魅力的ではある。両親を早くに亡くした私にとって、お金は一位二位を争うほどの優先事項だ。極端を言えばそれさえあれば何だってできる。
遥のそばにいるだけで、人生は一変するだろう。遥を恋愛対象とは見ていなくても、一度受け入れれば底のない愛へと沈むのだろう。
だが、そういう可能性の話で終わってしまうけれど。
「どいて」
声色に怒りを乗せる。両腕に力を込めて遥を押し退けた。バランスを崩して畳に手を突く遥。半裸の姿が目に入ろうと、それを見下ろすようにして立ち上がった。
「ずっと幼なじみとしか見てないの。お願い、私のことは諦めて」
無表情に淡々と。まるで文章を読み上げるように気持ちを述べた。遥の呆けたような、それでいて青ざめた表情。許しを乞うような顔にも似たそれをじっと見つめた。
「待って」
遥が四つん這いで寄ってきた。
「無理やり迫ったのは謝るから考え直して。私にはもう叶しかいないの。お願い。ただ叶を愛しているだけなのよ」
か細い腕で足に縋り付き、まるで子どものような駄々をこねる遥。これ以上は見ていられなかった。
「この気持ちは変わらない。それにもう、しばらく会えないと思うから」
「会えないって、何。どういうことなの?」
足に抱き着いていた遥の力が弱まった。
「来月には出て行くことにしたの。いつまでも遥に迷惑を掛けていられないし、そろそろ立ち直らないと」
「そんなこと思っていないわ。ひょっとしてお父さんやお母さんに何か言われたの? そんなの気にしないで。叶はここにいていいのよ。ううん、ずっと私のそばにいて」
「もう決めたんだってば。遥には感謝してるし、いつか恩返しはするつもりだから」
「恩返しなら私と――」
「遥と付き合うことは、絶対にないよ」
その一言が決定打だった。遥は下を向いたまま答えない。そんな痛々しい姿を見ていると、名前のない感情が湧き上がってくる。
怒りにしては熱量が足りない。悲しみにしては痛みが足りない。名前のないこの想いを、どう処理していいのかわからなかった。
「そう。そっか。わかった。ええ、わかったわ」
遥がゆらりと腰を上げた。足に力が入らないのか、体が左右に揺れ、今にも倒れてしまいそう。
そうわかっていても、手を差し伸べる気にはなれない。遥の視線はどこか曖昧で、留まることなく宙に浮き続けている。つかむはずだった幸せな未来を描いているのか、それとも。
「それじゃあ、おやすみなさい」
脱ぎ捨ててあったパジャマを手に、壊れたロボットのようにぎこちなく去る白い背中。これでいい。愛すらない私と恋人になったって、遥を不幸にしてしまうだけだもの。
無音の中で深くため息を落としてから布団へと潜り込む。眉間にしわを寄せたまま目をつむり、いつの間にか意識を手放していた。
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