91 / 97
-7-
91
しおりを挟む
「え、あ、そんな」
すぐに目をそらして取り繕う千夏。しかし全てを見ていた私には意味がない。千夏が顔を上げる前に語りだしていた。
「記憶を失う前は遥が好きだった。でも千夏と付き合い始めてからはずっと千夏を愛していたの。記憶を取り戻しても、それは変わらなかった」
微笑むも、うまく笑えなかった。
「だけど、遥の屋敷で一緒に住むうちに、昔の想いが蘇ってしまったの。全部忘れても、この気持ちは消えなかったみたい」
懺悔するように頭を垂れ、祈るように組んだ手を見つめる。これが懺悔なら、まだやることがある。それを終えれば答えが見付かるのだろうか。
「こんな、ばかな女でごめんなさい。千夏の告白を受けて、ごめんなさい」
声が震えたと気付いた時には、抑え込んだはずの想いが涙となって漏れていた。白いシーツにシミがぽつり、ぽつりと増えていく。
初めからこうなる運命だったんだ。千夏を愛する資格すら持ちえないのに堂々と告白して、その罪を背負おうとしていた。傲慢にもほどがある。もはや記憶を失った被害者ではいられない。
「あたしと一緒だね」
まぶたの外から聞こえた柔らかい声。それから体を包む優しい手に呼吸が止まるかと思った。ゆっくりと顔を上げれば、千夏がとても満足そうに微笑んでいる。
「一緒って……何も聞いてなかったの?」
「全部聞いてたから一緒って言ったの。ほら、同じでしょ?」
かわいく首をかしげられても。まねをすると千夏がほんの少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませた。
「お店のために叶ちゃんを騙していたあたしと、片想いを隠してあたしと付き合ってくれた叶ちゃん。どっちもおばかさんだと思わない?」
千夏が私との間で、人さし指をせわしなく往復させている。
「そんな、違う。千夏には事情があったからでしょ」
「それはお互い様」
千夏の小さな手が頬に触れた。
「はる姉を好きな気持ち、あたしには一生わからないよ。けどさ、叶ちゃんが幸せになるには、それが必要なんだよね?」
「それは……わからない」
「わからないなら、わかるまで待つよ。叶ちゃんの気持ちの整理ができるまでずっとそばにいる。それがあたしの幸せだからさ」
千夏の器量に言葉を失う他なかった。
「あたしはどんな答えだって受け入れる。叶ちゃんが答えを見付けるまで、ずっとそばにいるから」
いたずらっぽく笑う千夏に、胸の奥で渦巻いていた何かは急に形を失い始めた。恐らく一時的なもので、すぐにまた不安として形を成すのだろう。
その時はまた――違う、そうじゃない。それじゃあ駄目。いつかきちんと言葉にしないと駄目なんだ。
「叶ちゃん?」
「うん。何?」
「一瞬だけ笑ったから、何かあったのかなって」
「ちょっとね。千夏のこと、惚れ直しちゃった」
「でしょ? あたしもやる時はやるんだよ?」
胸を張る千夏にさらに笑みが増えた。この温かさと胸に宿った小さな希望があれば待っていられる。いつか帰ってきた遥に会う、その日まで。
すぐに目をそらして取り繕う千夏。しかし全てを見ていた私には意味がない。千夏が顔を上げる前に語りだしていた。
「記憶を失う前は遥が好きだった。でも千夏と付き合い始めてからはずっと千夏を愛していたの。記憶を取り戻しても、それは変わらなかった」
微笑むも、うまく笑えなかった。
「だけど、遥の屋敷で一緒に住むうちに、昔の想いが蘇ってしまったの。全部忘れても、この気持ちは消えなかったみたい」
懺悔するように頭を垂れ、祈るように組んだ手を見つめる。これが懺悔なら、まだやることがある。それを終えれば答えが見付かるのだろうか。
「こんな、ばかな女でごめんなさい。千夏の告白を受けて、ごめんなさい」
声が震えたと気付いた時には、抑え込んだはずの想いが涙となって漏れていた。白いシーツにシミがぽつり、ぽつりと増えていく。
初めからこうなる運命だったんだ。千夏を愛する資格すら持ちえないのに堂々と告白して、その罪を背負おうとしていた。傲慢にもほどがある。もはや記憶を失った被害者ではいられない。
「あたしと一緒だね」
まぶたの外から聞こえた柔らかい声。それから体を包む優しい手に呼吸が止まるかと思った。ゆっくりと顔を上げれば、千夏がとても満足そうに微笑んでいる。
「一緒って……何も聞いてなかったの?」
「全部聞いてたから一緒って言ったの。ほら、同じでしょ?」
かわいく首をかしげられても。まねをすると千夏がほんの少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませた。
「お店のために叶ちゃんを騙していたあたしと、片想いを隠してあたしと付き合ってくれた叶ちゃん。どっちもおばかさんだと思わない?」
千夏が私との間で、人さし指をせわしなく往復させている。
「そんな、違う。千夏には事情があったからでしょ」
「それはお互い様」
千夏の小さな手が頬に触れた。
「はる姉を好きな気持ち、あたしには一生わからないよ。けどさ、叶ちゃんが幸せになるには、それが必要なんだよね?」
「それは……わからない」
「わからないなら、わかるまで待つよ。叶ちゃんの気持ちの整理ができるまでずっとそばにいる。それがあたしの幸せだからさ」
千夏の器量に言葉を失う他なかった。
「あたしはどんな答えだって受け入れる。叶ちゃんが答えを見付けるまで、ずっとそばにいるから」
いたずらっぽく笑う千夏に、胸の奥で渦巻いていた何かは急に形を失い始めた。恐らく一時的なもので、すぐにまた不安として形を成すのだろう。
その時はまた――違う、そうじゃない。それじゃあ駄目。いつかきちんと言葉にしないと駄目なんだ。
「叶ちゃん?」
「うん。何?」
「一瞬だけ笑ったから、何かあったのかなって」
「ちょっとね。千夏のこと、惚れ直しちゃった」
「でしょ? あたしもやる時はやるんだよ?」
胸を張る千夏にさらに笑みが増えた。この温かさと胸に宿った小さな希望があれば待っていられる。いつか帰ってきた遥に会う、その日まで。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる