9 / 58
その頃ビュイック侯爵家では
しおりを挟む
「絶縁状は間に合ったであろうか?」
白髪交じりの頭を押えながらビュイック侯爵家当主、オリバー=ビュイックはそれだけ呟くと険しい表情で窓の外、遥か遠い王都の方向を見つめた。
「父上のお気持ちは察します。しかしながら絶縁状とは穏やかではありませんね」
そう返すのは金髪碧眼の涼し気な気品を漂わす若い男、ジョージ=ビュイックである。ビュイック侯爵家の嫡男であり、聖女スカーレット=ビュイックの義理の兄であった男だ。
「穏やかではない?そんな事は百も承知だ。だが、こうするしか方法が無いではないか!」
激しく言い放ったかと思うと、ビュイック侯爵はすぐに元通りの沈痛な面持ちとなる。
「父上、スカーレットを助けたい気持ちは同じです。しかしスカーレットにしてみれば、見捨てられたと思うのではないでしょうか?」
「スカーレットがビュイック家の養女でなくなり元の平民の娘であるサラに戻れば死刑を回避出来るかも知れん。こんな事は我々貴族の争いが元凶なのだからな! そんなくだらん事に巻き込んでしまったのは私だ。私はスカーレットを、いやサラを何が何でも助けたい!」
オリバー激しく言い放った後に、ドンッと力任せに机に拳を打ち付ける。そこには痛みなど無い。そして更に叫ぶ。
「それだけだ!」
「父上、僕にとっては今でもスカーレットはかわいい妹ですよ。ですから出過ぎた事とは思いましたが、僕もやれる事をやってみました」
「何?」
「かわいい妹を殺させる訳にはいきませんからね」
「何をした?」
「役人に接触を試みました。面白い事に階級が下がるに連れスカーレットの断罪には否定的な者が多く存在しましたよ。中でも刑の執行に携わりそうな者の中に、スカーレットに孫の生命を救ってもらったと言う者との接触に成功しました。実際に行動してもらえる手筈です!」
「行動だと?」
「スカーレットを逃します!」
「なに!?」
「ギロチンに掛けられるのは替え玉。前日に処刑された別の罪人で、スカーレットは国外に逃します」
「そんなに都合のよく前日に替え玉の罪人が処刑されるのか?」
「それ位のコネと行動力は有るつもりですよ」
自信が有るのか、ジョージは小刻みに頷く。口元を緩ませはしたが、目は決して笑っていない。
「それなら国外ではなく、我が領内で匿えば良いではないか」
「父上、お気付きでしょうが我々には監視が付いております。領内にも王宮から送り込まれた諜報員が何人いる事か。それさえ無ければ僕が直に動いています!」
ジョージは力一杯に拳を握り締めて悔しさを滲ませた。
「それでその者は確かなのか? 確実にスカーレットを助けてくれるのか?」
一方のオリバーはそんな自身の息子に激しく詰め寄る。それは、突然差し込んだ一筋の光を確かな物にしたい一心に他ならなかった。
「はい。確かな者を厳選致しました」
「それなら良いのだが。貴族の争いにスカーレットを巻き込んでしまった。それは悔やんでも悔やみ切れん。だが助かるのなら良かった、本当に」
オリバーは安堵した表情を浮かべながら瞼を閉じ、天を仰いだ。
その目尻から光る物が溢れない様に。
○▲△
話は少し遡る。
この国の貴族は2つの派閥に分けられる。
ビュイック侯爵が属するブリトニー公爵の一派と、マライアと王妃の実家であるマクレーン伯爵が属するアドゥチ公爵の一派である。
不文律としてこの2つの派閥は交互に、それぞれの派閥から娘を王家に嫁がせて王妃としていた。
その不文律を突然破ったのはアドゥチ公爵一派のマクレーン伯爵だ。
順番的にブリトニー公爵一派から当時の王太子に嫁ぐ筈であったが、自分の娘が聖女であるとして強引に嫁がせてしまった。
聖女の恩恵を受けたと証言した者はアドゥチ公爵一派の貴族だけであったにも拘わらず。
「何が聖女だ! 魔物は減らない所か逆に増えているではないか! ずっと不作が続いているし、誰かを治癒している所も見たことが無い」
長い間、国民は聖女である筈の王妃に対して不満しか無かった。
そこに現れたのが聖女、スカーレット=ビュイックだ。
聖女として献身的に国中を隈無く回ると目に見えて魔物が減り、行った先の国民には治癒を施し、土地には祝福を与えて作物の実りが目に見えて増えた。
当然の如く国民から絶大な支持を受ける一方で、その存在を妬ましく思う者もいた。
「あの小娘は本当に目障りね!」
王妃はアドゥチ公爵一派を王宮の一室に集め、苦々しい表情で思いを吐き捨てる。
「仕方が無いではないか。本物が出て来てしまったのだから」
王妃をなだめる役目は王妃の実兄、当代のマクレーン伯爵が担っている。
「しかし王妃殿下とあの小娘が何かと比較されるのは不味いな」
「このままでは王妃殿下の治癒を認めた我等の立場も危ういぞ」
貴族達は皆、苦虫を噛み潰した様な表情で身の振り方をも思案する。
「そうですわ! お兄様、マライアはお元気?」
「元気だがマライアがどうかしたか?」
「私の次の聖女はマライアですわ!」
「なに!」
そこに居た全員が王妃の言葉に耳を疑った。
「マライアには私の後釜になってもらいます。マクレーン家は聖女を生み出す家系という事で。私の姪であれば聖女であっても何の不思議もございません」
「何? 本物の聖女は如何する?」
「目障りです。精々働かせて、頃合いを見て始末しましょう」
眉一つ動かさずに聖女抹殺を口にする王妃に皆が恐怖した瞬間だった。
白髪交じりの頭を押えながらビュイック侯爵家当主、オリバー=ビュイックはそれだけ呟くと険しい表情で窓の外、遥か遠い王都の方向を見つめた。
「父上のお気持ちは察します。しかしながら絶縁状とは穏やかではありませんね」
そう返すのは金髪碧眼の涼し気な気品を漂わす若い男、ジョージ=ビュイックである。ビュイック侯爵家の嫡男であり、聖女スカーレット=ビュイックの義理の兄であった男だ。
「穏やかではない?そんな事は百も承知だ。だが、こうするしか方法が無いではないか!」
激しく言い放ったかと思うと、ビュイック侯爵はすぐに元通りの沈痛な面持ちとなる。
「父上、スカーレットを助けたい気持ちは同じです。しかしスカーレットにしてみれば、見捨てられたと思うのではないでしょうか?」
「スカーレットがビュイック家の養女でなくなり元の平民の娘であるサラに戻れば死刑を回避出来るかも知れん。こんな事は我々貴族の争いが元凶なのだからな! そんなくだらん事に巻き込んでしまったのは私だ。私はスカーレットを、いやサラを何が何でも助けたい!」
オリバー激しく言い放った後に、ドンッと力任せに机に拳を打ち付ける。そこには痛みなど無い。そして更に叫ぶ。
「それだけだ!」
「父上、僕にとっては今でもスカーレットはかわいい妹ですよ。ですから出過ぎた事とは思いましたが、僕もやれる事をやってみました」
「何?」
「かわいい妹を殺させる訳にはいきませんからね」
「何をした?」
「役人に接触を試みました。面白い事に階級が下がるに連れスカーレットの断罪には否定的な者が多く存在しましたよ。中でも刑の執行に携わりそうな者の中に、スカーレットに孫の生命を救ってもらったと言う者との接触に成功しました。実際に行動してもらえる手筈です!」
「行動だと?」
「スカーレットを逃します!」
「なに!?」
「ギロチンに掛けられるのは替え玉。前日に処刑された別の罪人で、スカーレットは国外に逃します」
「そんなに都合のよく前日に替え玉の罪人が処刑されるのか?」
「それ位のコネと行動力は有るつもりですよ」
自信が有るのか、ジョージは小刻みに頷く。口元を緩ませはしたが、目は決して笑っていない。
「それなら国外ではなく、我が領内で匿えば良いではないか」
「父上、お気付きでしょうが我々には監視が付いております。領内にも王宮から送り込まれた諜報員が何人いる事か。それさえ無ければ僕が直に動いています!」
ジョージは力一杯に拳を握り締めて悔しさを滲ませた。
「それでその者は確かなのか? 確実にスカーレットを助けてくれるのか?」
一方のオリバーはそんな自身の息子に激しく詰め寄る。それは、突然差し込んだ一筋の光を確かな物にしたい一心に他ならなかった。
「はい。確かな者を厳選致しました」
「それなら良いのだが。貴族の争いにスカーレットを巻き込んでしまった。それは悔やんでも悔やみ切れん。だが助かるのなら良かった、本当に」
オリバーは安堵した表情を浮かべながら瞼を閉じ、天を仰いだ。
その目尻から光る物が溢れない様に。
○▲△
話は少し遡る。
この国の貴族は2つの派閥に分けられる。
ビュイック侯爵が属するブリトニー公爵の一派と、マライアと王妃の実家であるマクレーン伯爵が属するアドゥチ公爵の一派である。
不文律としてこの2つの派閥は交互に、それぞれの派閥から娘を王家に嫁がせて王妃としていた。
その不文律を突然破ったのはアドゥチ公爵一派のマクレーン伯爵だ。
順番的にブリトニー公爵一派から当時の王太子に嫁ぐ筈であったが、自分の娘が聖女であるとして強引に嫁がせてしまった。
聖女の恩恵を受けたと証言した者はアドゥチ公爵一派の貴族だけであったにも拘わらず。
「何が聖女だ! 魔物は減らない所か逆に増えているではないか! ずっと不作が続いているし、誰かを治癒している所も見たことが無い」
長い間、国民は聖女である筈の王妃に対して不満しか無かった。
そこに現れたのが聖女、スカーレット=ビュイックだ。
聖女として献身的に国中を隈無く回ると目に見えて魔物が減り、行った先の国民には治癒を施し、土地には祝福を与えて作物の実りが目に見えて増えた。
当然の如く国民から絶大な支持を受ける一方で、その存在を妬ましく思う者もいた。
「あの小娘は本当に目障りね!」
王妃はアドゥチ公爵一派を王宮の一室に集め、苦々しい表情で思いを吐き捨てる。
「仕方が無いではないか。本物が出て来てしまったのだから」
王妃をなだめる役目は王妃の実兄、当代のマクレーン伯爵が担っている。
「しかし王妃殿下とあの小娘が何かと比較されるのは不味いな」
「このままでは王妃殿下の治癒を認めた我等の立場も危ういぞ」
貴族達は皆、苦虫を噛み潰した様な表情で身の振り方をも思案する。
「そうですわ! お兄様、マライアはお元気?」
「元気だがマライアがどうかしたか?」
「私の次の聖女はマライアですわ!」
「なに!」
そこに居た全員が王妃の言葉に耳を疑った。
「マライアには私の後釜になってもらいます。マクレーン家は聖女を生み出す家系という事で。私の姪であれば聖女であっても何の不思議もございません」
「何? 本物の聖女は如何する?」
「目障りです。精々働かせて、頃合いを見て始末しましょう」
眉一つ動かさずに聖女抹殺を口にする王妃に皆が恐怖した瞬間だった。
1
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる