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若女将として

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 ヒュンダルン王国
 私が生まれ育った国。聖女として務めた国。そして、逃げ出した国。

「デビットさん、その方はどちらにいますか?」

「取り敢えず事が事だからな。自警団で事情を聞いているよ。領主様にも報告しなきゃならないしな」

 隣国から避難だなんて、このまま領主に知られたら余り良い結果にはならないだろうな。

「若女将、ヒュンダルン王国に関わっては…」

「判っているわ」

 ナンシーが言いたい事は判るわ。
 ヒュンダルン王国から漂流して来た人に関わるべきではないと言いたいって。
 言われなくても私だって危険に身を晒したい訳じゃない。

「ねぇデビットさん、その人達は魔物が多くなってヒュンダルン王国から逃げて来たのね?」

「ああ。そう言っていた。船で逃げ出したそうだが水も食料も無くなって流れ着いたそうだ」

「そう」

 魔物が増えた理由なんて簡単に予想出来る。
 私の張った結界が効果を失ったんだ。あれから2年も経っているから当然と言えば当然ね。

「隣国のヒュンダルンではいつから一般国民が避難しなきゃならない程に魔物が増えたのかしら?」

「なんでもヒュンダルンとの国境には魔の大樹海が在るだろ。どうやら2ヶ月位前から、魔の大樹海から大量の魔物がヒュンダルンに押し寄せたらしいんだ。それで…」

「お話はそこまでです!」

 ナンシーがいつになく強い口調でデビットさんの話を遮った。これでもうデビットさんからヒュンダルン王国からの難民の話は聞けないに違いないわ。
 こんな厳しい表情のナンシーを見るのは初めてで戸惑っているみたいだし。

「若女将、早く帰りましてお湯の支度をしませんと。何時までも油を売っている余裕はございませんよ!」

 慌てて笑顔で取り繕うけどナンシー、あなたの強い口調にデビットさんはまだ驚いているみたいよ。

「おう、それじゃ倅に馬車で送らせるから」

「ありがとう網元、よろしくね、デビットさん!」

「あっ、ああ」

 うーん、網元は何も感じなくて暢気だけど、デビットさんったらまだ動揺しているわ。後で何とかフォローしなくちゃ。


◯▲△


 馬車に揺られながら考える。
 ヒュンダルン王国では民が国を逃げ出す位に魔物が出たらしい。
 ビュイック侯爵家は無事だろうか?
 お義母様や使用人の皆は屋敷に居るだろうけど、お義父様やお義兄様は領内の魔物の討伐に繰り出しているのかしら? 
 オサリバンのお義父さんとお義母さんは大丈夫かしら?
 常連客の皆さんは?
 他にも知り合った人々の顔が思い浮かぶ。
 それに私を逃がしてくれたダニエルさんや、私が治癒を施した皆さんは?

「若女将、今は『一角竜』の若女将なのですよ」

「うん。判っているけど」

 そうは言われても心配は心配。確かに国を捨てた身ではあるけれど。

「失礼します!」

 一言断りを入れてナンシーが私の手を取った。

「お気を確かに。旦那様、奥様、若様は私の父と兄達が守り抜きます。若女将は何もご心配される事はございません!」

 ナンシーの気持ちは嬉しいけど、この会話ってデビットさんは聞いてないわよね?
 もし聞かれていたらどう誤魔化そうかしら?

「判ったわ。ありがとう」

 そうだ。ナンシーの言う通り今の私は辺境の温泉宿『一角竜』の若女将なんだ。今のその立場で出来る事をやるしかない。

でも2ヶ月前に魔の大樹海で魔物達が大樹海を出る様な異変って何か有ったっけ?

「あーっ!」

 思わず叫び声を上げる!
 2ヶ月前って私が魔の大樹海でゴブリンロード相手に、咄嗟に本気で結界を張ったわ!
 それ以来、魔の大樹海で魔物を見掛けなくなったらしいけど、魔物ってみんなヒュンダルン王国側へ押し出される様に逃げ出したのね!
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