31 / 58
兄の思い
しおりを挟む
「何処に居るんだスカーレット」
この俺、ジョージ=ビュイックが聖女であった義理の妹、スカーレットの捜索をようやく始められる様になった。
だがこれは魔物の大量発生が有ってこそなので、必ずしも喜ばしいとは言えない。
この2ヶ月前からの魔物の大量発生により「結界を張っている」と言っていた王妃の戯言を信じる者は誰も居なくなり、王室はその求心力を急激に下げた。
だからこそ反王妃派である我が家もようやく動ける様になった。
今では真の聖女であると誰も疑いを抱く事は無いだろうが、2年前は偽聖女の汚名を着せられたスカーレット。
俺も微力ながら持てる人脈を駆使して隣国に逃げられる手筈を整えた。
だが隣国でスカーレットの身柄を引き受ける筈の知人からの報せを受け取った時には愕然としたものだ。
「スカーレットが来ない?」
国境の関所で待てど暮らせどスカーレットらしき者は一向に来ないと知らせて来た。
そんな筈は無い。処刑に関わった者にも事情を聞いた。表向きはスカーレットの最期の様子を聞かせて欲しいと言って。
「ご指示の通り間違い無く死体をすり替えました。聖女様は侍女1人を連れて王都の外へ出て行かれましたよ。国外へ行くと言っていました」
その侍女はローザで間違い無い。だがこのダニエルという男はまだ何かを隠している様に見える。
「他には何か無いか?」
「他にですか?」
明らかに挙動不審だ。俺に言えない事が有るのだな。
「どんな些細な事でもいい、教えてくれ!」
「そう言われましても…」
「妹を偽聖女扱いした者を糾弾するにはお前の協力が必要なんだ、頼む」
「分かりました。聖女様の兄上様だから言いますけれど、これから言う事がもし聖女様の不利益になる様でしたらお恨み致しますよ」
「可愛い妹の不利益など、誰がするか!」
気が付けば声を荒らげていた。
だがここで判った事は、スカーレットはこのダニエルの亡き娘の身分証を使った事。
そして国境の関所を抜けた所に迎えが待っていた事は伝わっていなかった事だ。
それが判れば簡単だ。関所を通らずに非正規のルートで国境を越える者と言えば、冒険者か犯罪者しかいない。
国境近くの町に在る冒険者ギルドで尋ねてみる。最初は守秘義務を盾に断られたが、受付嬢の手を両手で握って金貨を握らせてやると、顔を赤らめながら教えてくれた。
スカーレットが名乗った新しい名前はアリス。そして2年前に同じ名前の女が魔法使いとして冒険者登録されていた。ローザも同時に登録しているから間違い無い。
国外さえ出られればそう遠くへは行くまい。スカーレットは隣国の何処かに居る!
俺はスカーレット専属侍女であるローザの兄、グレッドと他に護衛2名を連れて隣国へ入った。
◯▲△
「住民に聞きましたがこの先の村はずれに在る宿屋にどうやら、若い女性従業員が居る様です」
「そうか」
もう何回も空振りして流石に疲労も蓄積されている。
「何でもその宿は温泉が自慢の宿で、「万病に効く名湯」と呼ばれているそうですよ」
「何、万病に効くだと?」
もしかしたらその万病、温泉で治った事にして実はスカーレットが治しているのではないのか?
「直ぐに行くぞ!」
「はっ!」
◯▲△
「中には俺が入る。お前らは外で待て」
「いえ、私も入ります。お嬢様と妹は変装している可能性がございます。ですが妹の変装でしたら私は見破れます」
グレッドは自信満々に答えた。確かに変装している可能性は否定出来ない。もしもそうならば肉親に頼る他無いか。
「判った。任せる」
「はっ」
古びた宿屋のドアを開けるとカウンターには確かに若い女が居るがスカーレットとは似ても似つかない別人だ。
もしかしたら他に居るのかも知れない。
「すまないが人を探している」
「いらっしゃいませ。4名様でしょうか?」
「いや、客じゃないんだ。ここにスカーレット、又はサラって名前の女性は居ないか?」
「スカーレットかサラという女性ですか?」
敢えてアリスの名前は出さなかった。スカーレットがこの宿屋に居るとすればアリスの名前で居るだろう。だから最初からその名前を出して警戒されたら厄介だからな。
「年齢は18歳になっている筈で、亜麻色の髪だ」
「亜麻色の髪でしたら、若女将が亜麻色の髪ですけれど」
「それだ!」
まさか本当にスカーレットか?
「でも若女将は30歳ですし、名前も違います。若女将の名前はエマですよ」
「30歳?」
本人がそうだと言っても、あのスカーレットを30歳だと思う者はいないだろう。
という事は、この宿屋の亜麻色の髪の女はスカーレットではないという事か。
「そうか、すまない。邪魔をして」
期待が膨らんだ分落胆したが、人違いならばここに居ても仕方ない。
「いえ。あの、差し障り無ければその方はどういう方ですか?」
「妹なんだ。それじゃ邪魔したね」
「あの、お泊りは?」
「まだ明るい。先を急ぐから失礼するよ」
万病に効く名湯とやらに興味は有ったが、スカーレットを捜し出すまではゆっくりとはしていられない。
カウンターの女性にそう言い残して宿屋を出た。
「ん?」
庭で木剣を振っている少女が居る。彼女を視界に捉えた途端にグレッドは頻りに首を捻っている。
「どうした?」
「あっ、いえ、失礼ました」
少女をずっと見ていた事実を自覚したグレッドは照れながら謝った。
「珍しいな。お前が女性、しかもまだ少女に目を奪われるとは」
「あっ、いえ。あの少女の構えは拙いの一言ですが、妹に少しだけ似ていたものですから」
「ローザに?」
「妹の構えには独特の癖が有るのですが、あの少女の構えがその癖の有る妹の構えに似ているのです。偶然でしょうが」
「そんな事も有るんだな。行くぞ」
「はっ!」
グレッドの言葉に何か引っ掛かる物を感じながらもスカーレットを探す為に次の町へと馬を走らせた。
この俺、ジョージ=ビュイックが聖女であった義理の妹、スカーレットの捜索をようやく始められる様になった。
だがこれは魔物の大量発生が有ってこそなので、必ずしも喜ばしいとは言えない。
この2ヶ月前からの魔物の大量発生により「結界を張っている」と言っていた王妃の戯言を信じる者は誰も居なくなり、王室はその求心力を急激に下げた。
だからこそ反王妃派である我が家もようやく動ける様になった。
今では真の聖女であると誰も疑いを抱く事は無いだろうが、2年前は偽聖女の汚名を着せられたスカーレット。
俺も微力ながら持てる人脈を駆使して隣国に逃げられる手筈を整えた。
だが隣国でスカーレットの身柄を引き受ける筈の知人からの報せを受け取った時には愕然としたものだ。
「スカーレットが来ない?」
国境の関所で待てど暮らせどスカーレットらしき者は一向に来ないと知らせて来た。
そんな筈は無い。処刑に関わった者にも事情を聞いた。表向きはスカーレットの最期の様子を聞かせて欲しいと言って。
「ご指示の通り間違い無く死体をすり替えました。聖女様は侍女1人を連れて王都の外へ出て行かれましたよ。国外へ行くと言っていました」
その侍女はローザで間違い無い。だがこのダニエルという男はまだ何かを隠している様に見える。
「他には何か無いか?」
「他にですか?」
明らかに挙動不審だ。俺に言えない事が有るのだな。
「どんな些細な事でもいい、教えてくれ!」
「そう言われましても…」
「妹を偽聖女扱いした者を糾弾するにはお前の協力が必要なんだ、頼む」
「分かりました。聖女様の兄上様だから言いますけれど、これから言う事がもし聖女様の不利益になる様でしたらお恨み致しますよ」
「可愛い妹の不利益など、誰がするか!」
気が付けば声を荒らげていた。
だがここで判った事は、スカーレットはこのダニエルの亡き娘の身分証を使った事。
そして国境の関所を抜けた所に迎えが待っていた事は伝わっていなかった事だ。
それが判れば簡単だ。関所を通らずに非正規のルートで国境を越える者と言えば、冒険者か犯罪者しかいない。
国境近くの町に在る冒険者ギルドで尋ねてみる。最初は守秘義務を盾に断られたが、受付嬢の手を両手で握って金貨を握らせてやると、顔を赤らめながら教えてくれた。
スカーレットが名乗った新しい名前はアリス。そして2年前に同じ名前の女が魔法使いとして冒険者登録されていた。ローザも同時に登録しているから間違い無い。
国外さえ出られればそう遠くへは行くまい。スカーレットは隣国の何処かに居る!
俺はスカーレット専属侍女であるローザの兄、グレッドと他に護衛2名を連れて隣国へ入った。
◯▲△
「住民に聞きましたがこの先の村はずれに在る宿屋にどうやら、若い女性従業員が居る様です」
「そうか」
もう何回も空振りして流石に疲労も蓄積されている。
「何でもその宿は温泉が自慢の宿で、「万病に効く名湯」と呼ばれているそうですよ」
「何、万病に効くだと?」
もしかしたらその万病、温泉で治った事にして実はスカーレットが治しているのではないのか?
「直ぐに行くぞ!」
「はっ!」
◯▲△
「中には俺が入る。お前らは外で待て」
「いえ、私も入ります。お嬢様と妹は変装している可能性がございます。ですが妹の変装でしたら私は見破れます」
グレッドは自信満々に答えた。確かに変装している可能性は否定出来ない。もしもそうならば肉親に頼る他無いか。
「判った。任せる」
「はっ」
古びた宿屋のドアを開けるとカウンターには確かに若い女が居るがスカーレットとは似ても似つかない別人だ。
もしかしたら他に居るのかも知れない。
「すまないが人を探している」
「いらっしゃいませ。4名様でしょうか?」
「いや、客じゃないんだ。ここにスカーレット、又はサラって名前の女性は居ないか?」
「スカーレットかサラという女性ですか?」
敢えてアリスの名前は出さなかった。スカーレットがこの宿屋に居るとすればアリスの名前で居るだろう。だから最初からその名前を出して警戒されたら厄介だからな。
「年齢は18歳になっている筈で、亜麻色の髪だ」
「亜麻色の髪でしたら、若女将が亜麻色の髪ですけれど」
「それだ!」
まさか本当にスカーレットか?
「でも若女将は30歳ですし、名前も違います。若女将の名前はエマですよ」
「30歳?」
本人がそうだと言っても、あのスカーレットを30歳だと思う者はいないだろう。
という事は、この宿屋の亜麻色の髪の女はスカーレットではないという事か。
「そうか、すまない。邪魔をして」
期待が膨らんだ分落胆したが、人違いならばここに居ても仕方ない。
「いえ。あの、差し障り無ければその方はどういう方ですか?」
「妹なんだ。それじゃ邪魔したね」
「あの、お泊りは?」
「まだ明るい。先を急ぐから失礼するよ」
万病に効く名湯とやらに興味は有ったが、スカーレットを捜し出すまではゆっくりとはしていられない。
カウンターの女性にそう言い残して宿屋を出た。
「ん?」
庭で木剣を振っている少女が居る。彼女を視界に捉えた途端にグレッドは頻りに首を捻っている。
「どうした?」
「あっ、いえ、失礼ました」
少女をずっと見ていた事実を自覚したグレッドは照れながら謝った。
「珍しいな。お前が女性、しかもまだ少女に目を奪われるとは」
「あっ、いえ。あの少女の構えは拙いの一言ですが、妹に少しだけ似ていたものですから」
「ローザに?」
「妹の構えには独特の癖が有るのですが、あの少女の構えがその癖の有る妹の構えに似ているのです。偶然でしょうが」
「そんな事も有るんだな。行くぞ」
「はっ!」
グレッドの言葉に何か引っ掛かる物を感じながらもスカーレットを探す為に次の町へと馬を走らせた。
1
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる