理由あり聖女の癒やしの湯 偽物認定されて処刑直前に逃げ出した聖女。隣国で温泉宿の若女将になる

でがらし3号

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兄の思い

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「何処に居るんだスカーレット」

 この俺、ジョージ=ビュイックが聖女であった義理の妹、スカーレットの捜索をようやく始められる様になった。
 だがこれは魔物の大量発生が有ってこそなので、必ずしも喜ばしいとは言えない。
 この2ヶ月前からの魔物の大量発生により「結界を張っている」と言っていた王妃の戯言を信じる者は誰も居なくなり、王室はその求心力を急激に下げた。
 だからこそ反王妃派である我が家もようやく動ける様になった。

 今では真の聖女であると誰も疑いを抱く事は無いだろうが、2年前は偽聖女の汚名を着せられたスカーレット。
 俺も微力ながら持てる人脈を駆使して隣国に逃げられる手筈を整えた。
 だが隣国でスカーレットの身柄を引き受ける筈の知人からの報せを受け取った時には愕然としたものだ。

「スカーレットが来ない?」

 国境の関所で待てど暮らせどスカーレットらしき者は一向に来ないと知らせて来た。
 そんな筈は無い。処刑に関わった者にも事情を聞いた。表向きはスカーレットの最期の様子を聞かせて欲しいと言って。

「ご指示の通り間違い無く死体をすり替えました。聖女様は侍女1人を連れて王都の外へ出て行かれましたよ。国外へ行くと言っていました」

 その侍女はローザで間違い無い。だがこのダニエルという男はまだ何かを隠している様に見える。

「他には何か無いか?」

「他にですか?」

 明らかに挙動不審だ。俺に言えない事が有るのだな。

「どんな些細な事でもいい、教えてくれ!」

「そう言われましても…」

「妹を偽聖女扱いした者を糾弾するにはお前の協力が必要なんだ、頼む」

「分かりました。聖女様の兄上様だから言いますけれど、これから言う事がもし聖女様の不利益になる様でしたらお恨み致しますよ」

「可愛い妹の不利益など、誰がするか!」

 気が付けば声を荒らげていた。
 だがここで判った事は、スカーレットはこのダニエルの亡き娘の身分証を使った事。
 そして国境の関所を抜けた所に迎えが待っていた事は伝わっていなかった事だ。
 それが判れば簡単だ。関所を通らずに非正規のルートで国境を越える者と言えば、冒険者か犯罪者しかいない。
 国境近くの町に在る冒険者ギルドで尋ねてみる。最初は守秘義務を盾に断られたが、受付嬢の手を両手で握って金貨を握らせてやると、顔を赤らめながら教えてくれた。

 スカーレットが名乗った新しい名前はアリス。そして2年前に同じ名前の女が魔法使いとして冒険者登録されていた。ローザも同時に登録しているから間違い無い。
 国外さえ出られればそう遠くへは行くまい。スカーレットは隣国の何処かに居る!
 俺はスカーレット専属侍女であるローザの兄、グレッドと他に護衛2名を連れて隣国へ入った。



◯▲△

 

「住民に聞きましたがこの先の村はずれに在る宿屋にどうやら、若い女性従業員が居る様です」

「そうか」

 もう何回も空振りして流石に疲労も蓄積されている。


「何でもその宿は温泉が自慢の宿で、「万病に効く名湯」と呼ばれているそうですよ」

「何、万病に効くだと?」

 もしかしたらその万病、温泉で治った事にして実はスカーレットが治しているのではないのか?

「直ぐに行くぞ!」

「はっ!」


◯▲△



「中には俺が入る。お前らは外で待て」

「いえ、私も入ります。お嬢様と妹は変装している可能性がございます。ですが妹の変装でしたら私は見破れます」

 グレッドは自信満々に答えた。確かに変装している可能性は否定出来ない。もしもそうならば肉親に頼る他無いか。

「判った。任せる」

「はっ」

 古びた宿屋のドアを開けるとカウンターには確かに若い女が居るがスカーレットとは似ても似つかない別人だ。
 もしかしたら他に居るのかも知れない。

「すまないが人を探している」

「いらっしゃいませ。4名様でしょうか?」

「いや、客じゃないんだ。ここにスカーレット、又はサラって名前の女性は居ないか?」

「スカーレットかサラという女性ですか?」

 敢えてアリスの名前は出さなかった。スカーレットがこの宿屋に居るとすればアリスの名前で居るだろう。だから最初からその名前を出して警戒されたら厄介だからな。

「年齢は18歳になっている筈で、亜麻色の髪だ」

「亜麻色の髪でしたら、若女将が亜麻色の髪ですけれど」

「それだ!」

 まさか本当にスカーレットか?

「でも若女将は30歳ですし、名前も違います。若女将の名前はエマですよ」

「30歳?」

 本人がそうだと言っても、あのスカーレットを30歳だと思う者はいないだろう。
 という事は、この宿屋の亜麻色の髪の女はスカーレットではないという事か。

「そうか、すまない。邪魔をして」

 期待が膨らんだ分落胆したが、人違いならばここに居ても仕方ない。

「いえ。あの、差し障り無ければその方はどういう方ですか?」

「妹なんだ。それじゃ邪魔したね」

「あの、お泊りは?」

「まだ明るい。先を急ぐから失礼するよ」

 万病に効く名湯とやらに興味は有ったが、スカーレットを捜し出すまではゆっくりとはしていられない。
 カウンターの女性にそう言い残して宿屋を出た。


「ん?」

 庭で木剣を振っている少女が居る。彼女を視界に捉えた途端にグレッドは頻りに首を捻っている。

「どうした?」

「あっ、いえ、失礼ました」

 少女をずっと見ていた事実を自覚したグレッドは照れながら謝った。

「珍しいな。お前が女性、しかもまだ少女に目を奪われるとは」

「あっ、いえ。あの少女の構えは拙いの一言ですが、妹に少しだけ似ていたものですから」

「ローザに?」

「妹の構えには独特の癖が有るのですが、あの少女の構えがその癖の有る妹の構えに似ているのです。偶然でしょうが」

「そんな事も有るんだな。行くぞ」

「はっ!」

 グレッドの言葉に何か引っ掛かる物を感じながらもスカーレットを探す為に次の町へと馬を走らせた。
 
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