17 / 25
【17話】ベイルとの再開
しおりを挟むアンバー、リゼリオ、ボールス。
ゲストルームのソファーには、三人が横並びになって座っていた。
その向かいへと、ベイルがやって来た。
(あれ? 少し痩せたかしら? それになんだか、疲れた顔をしているわね)
半年前に比べて、ベイルの外見には変化が見られた。
大嫌いなアンバーを婚約破棄したことで、彼の心はスッキリとしたはず。
てっきり気楽な毎日を過ごしているのかと思ったのだが、そうではないのだろうか。
不思議そうにベイルを見ていると、彼は恨めしそうに睨んできた。
その恨みはとても深く、アンバーに対し、あからさまな敵意をむき出しにしている。
(……いきなりなんなのよ)
会って早々そんなことをされるのは気分が悪い。
これ以上視線をあわせたくないので、ベイルからサッと視線を外した。
「お会いできて光栄です。ボールス国王陛下。ラーペンド王国第一王子、ベイルと申します」
ボールスに向けて、ベイルは深々と頭を下げる。
彼の振る舞いには、いつもの横柄さがなかった。
国王相手に対し失礼な態度を取れば、大きなトラブルに発展してしまう可能性がある。
トラブルを避けるために、猫を被ることにしたのだろう。
それくらいの頭はあるようだ。
「遠いところから、はるばるご苦労様でしたな。さ、お座りください」
「お心遣いをどうも」
ボールスの対面のソファーに、ベイルが腰を下ろした。
ボールスは口調こそ優しいものの、目が笑っていなかった。
ベイルの出方を探っているかのような雰囲気だ。
リゼリオはというと、警戒しているような目つきをしている。
つぶさに視線を動かし、ベイルの一挙手一投足に注意を払っている。
「本来であればお食事の一つでもしたいところ。しかし我が国は現在、深刻な国難を迎えているのです。さっそくですが、本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
ボールスが頷くと、ベイルは来訪の目的――つまりは、アンバーを連れ戻したい理由を話し始めた。
(異常事態が起きたのは私がいなくなったから、か。……そんな噂が流れているのね)
噂の真偽はよく分からない。
とりあえず思ったのは、ラーペンド王国民は噂を鵜吞みにしすぎている、ということだった。
「くだらない噂だと思いませんか? 私はそう思います。……ですが我がラーベンド王国は今、藁にも縋りたいような状況でしてね。可能性が少しでもあるなら試してみたいのですよ」
「なるほど。そちらの事情はおおむね理解いたしました」
「ありがとうございます。ではさっそくアンバーを――」
「ですが、その申し出を受け入れることはできませんな」
「…………は?」
丁寧で腰の低かったベイルの雰囲気が、ガラリと変わった。
ピリつきながら、怪訝そうにボールスを見る。
「今、なんと言いましたか?」
「ですから、アンバーさんの身柄を渡すことはできません。彼女はルータス王国の大切な一員であり、私の甥、リゼリオの妻でもあります。これからもこの国で、ずっと暮らしてもらいます」
「これは僕だけじゃなくて、国王からの要求でもあるんだぞ……! それでもあんたは、断るっていうのか!?」
思った通りに事が運ばないことにイライラして、取り繕っていた化けの皮が剝がれてしまったのだろう。
人を見下した横柄な態度は、アンバーにとっては嫌になるくらいに見慣れたものだった。
「誰からの要求であっても、私の意見は変わりません。アンバーさんは、絶対に渡さない」
「……ふ。ふははははは! これはこれは! とんだ愚王もいたもんだ!」
ゲラゲラゲラ!!
腹を抱えたベイルの大笑いが、部屋の中に響いていく。
目の端には涙が溜まっていた。
「あんたはラーベンド王国の国王の頼みを断った――つまりそれは、たった今この瞬間から、ルータス王国がラーペンド王国の敵になったということさ! それが何を意味するのか、分からないはずはないよね!」
「戦争でも仕掛けてくるおつもりですか? 争いごとは嫌いですが……そちらがそのつもりであれば仕方ないですね。我が国は、全力で迎えさせていただくとします」
ボールスの眼光が鋭く光る。
表情に浮き出ているのは、たっぷりの威厳と恐ろしいまでの冷徹さだけ。
それはまさしく、『王』の顔だった。
間違っても、冗談で言っている訳ではないのだろう。
本気で戦争する気でいる。
「馬鹿が! ラーペンド王国の力を知らないのか! そっちの勝ち目なんてある訳ないだろ!」
「お言葉ですが……知恵が足りないのはあなたの方では?」
「な、なんだと! あんた今、僕のことを馬鹿って言ったのか!?」
立ち上がったベイルは、すぐに訂正しろ! と、大きく吠えた。
しかしボールスは、それを綺麗に無視。
いっさい謝らないまま、会話を続ける。
「国難を迎えている――あなたは先ほど、そう言いましたよね。つまり今のラーペンド王国には、戦争をするだけの体力がないはずです。そんな状態で戦争を仕掛けてきたところで、結果は見えているでしょう」
額に青筋を立てたベイルは、強く握った拳をプルプルと震わせる。
しかし、言葉は発さない。
ボールスの言葉に反論するだけの材料が見当たらないのだろう。
「仮にそちらが万全の状態だとしても、世界最強の兵団を持つ我が国が負けることなど万に一つもありえませんがね」
ボールスの眼光が、より一層鋭くなる。
とてつもない威圧感だ。
「小僧。ルータス王国の力を、あまり見くびるなよ?」
顔をひきつらせたベイルは、一歩分後ろに後ずさる。
「クソっ! ……おい、アンバー!!」
今度はアンバーへと視線を向ける。
ボールスには敵わないと知って、ターゲットを変更するようだ。
187
あなたにおすすめの小説
さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。
心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。
そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。
一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。
これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
聖女を追放した国が滅びかけ、今さら戻ってこいは遅い
タマ マコト
ファンタジー
聖女リディアは国と民のために全てを捧げてきたのに、王太子ユリウスと伯爵令嬢エリシアの陰謀によって“無能”と断じられ、婚約も地位も奪われる。
さらに追放の夜、護衛に偽装した兵たちに命まで狙われ、雨の森で倒れ込む。
絶望の淵で彼女を救ったのは、隣国ノルディアの騎士団。
暖かな場所に運ばれたリディアは、初めて“聖女ではなく、一人の人間として扱われる優しさ”に触れ、自分がどれほど疲れ、傷ついていたかを思い知る。
そして彼女と祖国の運命は、この瞬間から静かにすれ違い始める。
地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。
黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!
婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。
しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。
「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。
傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。
封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。
さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。
リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。
エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。
フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。
一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。
- 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛)
- 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛)
- 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛)
- もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛)
最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。
経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、
エルカミーノは新女王として即位。
異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、
愛に満ちた子宝にも恵まれる。
婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、
王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる――
爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
追放されたヒロインですが、今はカフェ店長してます〜元婚約者が毎日通ってくるのやめてください〜
タマ マコト
ファンタジー
王国一の聖女リリアは、婚約者である勇者レオンから突然「裏切り者」と断罪され、婚約も職も失う。理由は曖昧、けれど涙は出ない。
静かに城を去ったリリアは、旅の果てに港町へ辿り着き、心機一転カフェを開くことを決意。
古びた店を修理しながら、元盗賊のスイーツ職人エマ、謎多き魔族の青年バルドと出会い、少しずつ新しい居場所を作っていく。
「もう誰かの聖女じゃなくていい。今度は、私が笑える毎日を作るんだ」
──追放された聖女の“第二の人生”が、カフェの湯気とともに静かに始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる