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【19話】窮地を切り抜けるために ※ベイル視点
しおりを挟む「僕を見下しやがって! あんな国、絶対に滅ぼしてやる!!」
ラーペンド王国へと戻る馬車の中で、ベイルは怒声をまき散らした。
王太子であるベイルに対し、あの三人は失礼極まりない態度を取ったのだ。
それは決して、許されることではない。
思い出すだけでも、はらわたが煮えくり返る。
報いを受けさせなければ気が済まない。
しかし現状では、そうすることは難しかった。
今のラーペンド王国には、戦争をするだけの体力がない――ボールスに言われたそれは、紛れもない事実だった。
降りかかっている災いにより、兵士も多く死んでいる。
今の兵力は以前の二割ほどにまで減っており、とてもじゃないが戦争できる状態ではない。
悔しいが、ボールスから言われたことを認めざるを得なかった。
見下されても何もできないという状況に、やりきれないイライラが蓄積されていく。
今すぐそれを解消したくてたまらなくなる。
しかしベイルには今、その方法を考えている余裕はなかった。
早急にやらなければならいことがあるのだ。
(父上になんて報告すればいいんだよ……!)
アンバーを連れ戻す、という国王の命令を、ベイルは果たすことができなかった。
しかしながら、失敗した、とありのままを報告することはできない。
そんなことをしたら、国王の信用を大きく損なってしまうだろう。
そうなれば、王太子の座を失いかねない。
今のポジションを守るためには、事実をありのまま報告してはいけないのだ。
失敗の責を問われないよう、何らかの対策を考える必要があった。
(側近たちに相談するか)
王子の側近になれるのは、ほんの一握りのエリートのみ。
多くの競争を勝ち抜いた先に、側近という役職に就けるのだ。
そのため、常人の何倍もの知識を側近は有している。
窮地を切り抜けるためのアイデアを、彼らであれば知っているかもしれない。
「ベイル様。ご相談があります」
右隣に座っている、大柄の男が話しかけてきた。
ベイルを警護する護衛兵の集団――護衛団の団長だ。
「これより先のルートを変更したいのですが、よろしいでしょうか?」
「は? なんでだよ?」
「山道を通る予定でしたが、雨脚が強まってまいりました。雨中の山道は地面が滑りやすく、大変危険です。遠回りとなってしまいすが、下道を通っていきましょう」
車窓から外を見てみれば、確かに強めの雨が降っていた。
大きな雨粒が窓を打ちつけている。
「遠回りって、どれくらい遅れるんだよ?」
「一週間ほどになります」
「はぁ!? 一週間って、そんなにかかるのかよ!」
「はい。しかし、安全を考えれば――」
「却下だ」
側近たちと対策を考えなければならないベイルは、今は一刻も早く王国へ戻りたかった。
一週間も無駄な時間を過ごす余裕など、どこにもありはしない。
「ルートは変えない。予定通りに山を通って、最速で帰る」
「それは危険です!」
「なに? 僕の決定に反対するの?」
「……いえ。そういう訳では」
「だったら余計なことは言わないでよ。突っかかってこられると、気分悪いからさ」
「…………申し訳ございませんでした」
聞こえてきた謝罪は、喉から絞り出したようなか細い声をしていた。
顔が引きつっているところを見るに、納得していないのは明らかだ。
(下僕の癖に生意気だな。国に帰ったらすぐ、コイツはクビにしてやる!)
下僕が主人に意見するなどあってはならない。
不敬な態度を取ればどうなるかというのを、知らしめてやる必要があった。
山道に入ってから数時間。
雨脚は先ほどよりもずっと強くなっており、外は土砂降りになっていた。
横殴りの激しい雨が、車体を殴りつけている。
大きな雷の音も聞こえる。
「この雨、かなり危険だぞ」
「団長の言う通り、下道を通った方が良かったんじゃ……」
車内にいる十人ほどの護衛団員の表情は、全員同じく引きつっていた。
大きな不安感が、車内に広まっている。
馬車は今、切り立った崖路を登っている。
こんなところで滑り落ちでもしたら、大変なことになってしまうだろう。
その状況に、団員たちは恐怖していた。
好き勝手に、不平不満を口に出している。
(無能な下っ端どもが調子に乗りやがって!)
「僕を誰だと思ってるんだ!」
我慢の限界を超えた。
立場を分からせてやろうと、席を立つ。
そのとき。
馬車が大きく傾いた。
同時に、宙に放り出されたような浮遊感が襲う。
それは、致命的な感覚だった。
宙に浮いた馬車は、地面に向けて落下していた。
地面を滑ったことで道を踏み外し、崖路から落ちてしまったのだ。
「クソが! 馬鹿王子の言うことなんて聞くんじゃなかった!!」
「なんとかしろよ無能王子!!」
護衛団の団員たちから上がる非難の声に、
「黙れ黙れ黙れ!!」
とベイルは叫び散らした。
「僕は無能じゃない! お前らみたいな無価値なゴミとは違うんだ!!」
それが、ベイルの人生最後の言葉となった。
彼は最期まで周囲を見下し、自分が特別な人間なのだと信じて疑わなかった。
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