田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第1部_「触れないための規則(ルール)

第8話B:点と線

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恐怖心を誤魔化すには、単純作業に限る。  私は、屋敷の裏手にある倉庫の扉を開けた。

 冷たく乾いた空気が肌を刺す。  ここは普段、あまり使わない道具や、季節外れの家具が押し込まれている場所だ。  埃っぽい匂いの中に、古い木材と、微かに防虫香の香りが混じっている。

「……片付けよう」

 私は袖をまくり、乱雑に積まれた木箱の山に向き合った。  旦那様が帰ってくるまで、あと一日。  何もしないで待っていると、あの「拒絶された瞬間」がフラッシュバックして息ができなくなる。  体を動かして、成果を出して、自分がここにいていい理由を作りたかった。

 古いガーデニング用品、使わなくなった食器、読み終わった大量の書物。  旦那様は本当に物持ちがいい。どれも丁寧に手入れされていて、捨てるに捨てられなかったのだろうという迷いが感じられる。

 奥の方に、ひときわ古い木箱があった。  蓋には『冬物』と、幾帳面な文字で書かれた紙が貼られている。  中身を確認して、虫干しをする必要があるかもしれない。  私は躊躇いつつも、その蓋を開けた。

「……あ」

 中に入っていたのは、女性物の衣類だった。  厚手のコート、ショール、手袋。  どれもサイズが小さい。大柄な旦那様が着るには無理がある。  デザインも、少し前の流行のものだが、色使いが明るく華やかだ。地味好みの旦那様の趣味とは正反対に見える。

 そして、箱の底に一冊の本があった。  『初めてでもできる、愛の編み物』。  表紙は擦り切れ、ページには何度も開かれたような折り目がついている。  本の間に、何かが挟まっていた。  編みかけの毛糸の切れ端と、メモ書きだ。

『段数を減らす』 『ここは緩めに』 『アルは首が太いから、長めにしないと』

 丸っこくて、可愛らしい文字。  技術的なメモというよりは、誰かを想いながら試行錯誤した痕跡。

 その瞬間、私の脳内でバラバラだったピースが、カチリと音を立てて嵌まった。

 あの、不揃いな編み目のマフラー。  旦那様が頑なに守っていた、クローゼットの奥の聖域。  一人暮らしには広すぎるキッチン。  時折見せる、どこか遠くを見るような寂しげな眼差し。

 ――そうか。  あのマフラーは、ただの古着じゃなかった。  このメモを書いた女性が、不器用な手で、愛する人のために一生懸命編んだものだったんだ。  「アルは首が太いから」と、彼のことを想いながら。

 私はその本を、震える手で閉じた。  胸が苦しい。  申し訳なさで、押し潰されそうになる。

 私はなんて残酷なことをしたのだろう。  「ボロボロだから」「寒いから」なんて安易な理由で、彼と、亡くなった奥様との間に流れる時間を、否定してしまったも同然だ。  彼が怒るのも無理はない。  そこには、私のような他人が立ち入る隙間なんて、最初からなかったのだ。

 あのマフラーに残っていた微弱な魔力。  あれは、技術によって込められたものではなく、純粋な「祈り」だった。  魔導縫製のプロとして、私はその尊さに気づくべきだったのに。

「……ごめんなさい」

 誰もいない倉庫で、私は小さく謝罪の言葉を口にした。  涙が滲んでくる。

 でも、泣いている場合じゃない。  私は立ち上がった。  私にできることはなんだろう。  謝ること? もちろんだ。  でも、それ以上に、私にしかできないことがあるはずだ。

 私は倉庫を出て、自分の部屋へと走った。  針と糸。そして、私の持てる全ての魔導縫製技術。  あのマフラーは、もう限界を迎えている。放っておけば、あと数年で崩れてしまうだろう。  彼の思い出が、形を失ってしまう。

 それは嫌だ。  彼にあんな悲しい顔をしてほしくない。  たとえ「余計なお世話だ」と再び怒鳴られたとしても、あの「祈り」は届くべきで、残るべきだ。

 それが、私の罪滅ぼしであり、この屋敷に置いてもらっている私の、精一杯の誠意だ。  私は決意を固め、静まり返った屋敷の中で、彼が帰る時を待った。
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