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第2部_「隣に立つには、眩しすぎて」
第33話:本当の気持ち
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静寂が落ちた。王立魔導研究院のエントランスを行き交う人々も、異変に気づいて足を止め、遠巻きにこの奇妙な集団を見つめている。泥だらけの男と、メイド服の少女。そしてそれを見守る騎士団長夫妻と、王国の副隊長。誰がどう見ても、ただ事ではない状況だ。
だが、今のアルベルトには、そんな周囲の目など何一つ気にならなかった。視界にあるのは、泣き腫らした目で自分を見上げるノアだけだ。
「……君がいなくなって、分かったんだ」
アルベルトは、ノアの手を握りしめたまま、ポツリと言葉をこぼした。
「たった一日。君がいない夜を過ごしただけで、あの屋敷は死んだように静かだった。君が来る前、私は何年も一人で暮らしていたはずなのに……もう、思い出せないんだ。君のいない世界で、どうやって呼吸をしていたのかを」
彼は苦しげに顔を歪めた。 それは、隠居した老人としての分別も、元剣聖としての威厳もかなぐり捨てた、一人の弱い男の告白だった。
「私はずっと、自分が『守る側』だと思っていた。君に住処を与え、生活を守り、未来ある若者を導く保護者のつもりでいた。……傲慢な話だ」
アルベルトは自嘲し、ノアの手の甲に額を押し当てた。
「守られていたのは私の方だ。君の淹れるコーヒーに、君の立てる衣擦れの音に、君の『行ってらっしゃい』という声に。……枯れ果てていた私の心は、君という光に照らされて、ようやく生きていたんだ」
「旦那様……」
「だから、怖かった」
アルベルトが顔を上げる。その瞳が、ノアを射抜く。
「君がまぶしすぎて、直視するのが怖かった。君が私以外の誰か――例えば、そこにいるレオンハルト殿のような、若くて優秀な男の隣で笑っているのを想像しただけで、そちらの方が似合ってるのではないかと。」
名前を出されたレオンハルトが「えっ、私?」と目を丸くしたが、アルベルトは構わずに続けた。
「君の幸せを願うなら、背中を押してやるべきだと分かっていた。それが大人としての、年長者としての義務だと。……だが、本音は違った」
アルベルトは、泥だらけの手で、大切そうにノアの頬を包んだ。
「僕は君に。いつまでも僕の隣にいてほしいと願っている。」
それは、独占欲。そして、紛れもない恋慕。今まで「家族愛」や「保護者愛」という綺麗な箱に入れて蓋をしていた感情が、溢れ出して止まらない。
「私はもう若くないし、地位も名誉も捨てた身だ。君の未来を輝かせるどころか、曇らせてしまうかもしれない。……それでも」
アルベルトは深呼吸をした。心臓が、早鐘を打っている。かつて数万の敵を前にした時よりも、遥かに緊張していた。
「私は、君のことが……知らぬ間に、どうしようもないほど好きになっていたようだ」
告げられた言葉は、風に乗って静かに溶けた。愛している、という情熱的な言葉ではない。 けれど、不器用な彼が一生懸命に紡ぎ出した、飾らない真実の言葉。
ノアは目を見開いたまま、動けなかった。時が止まったように、二人は見つめ合った。
遠くで、誰かが「言ったぞ……」と息を呑む声がした。グレイブが天を仰ぎ、ミリアムが満足そうに腕を組み、レオンハルトが少し寂しそうに、でも温かく微笑んでいる。
アルベルトは告白を終え、裁きを待つ罪人のようにノアの反応を待っていた。拒絶されるかもしれない。困らせてしまうかもしれない。それでも、もう嘘はつけない。
やがて。 ノアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 彼女はゆっくりと口を開いた。その唇が紡ぐのは、拒絶の言葉でも、安易な同意の言葉でもなかった。
だが、今のアルベルトには、そんな周囲の目など何一つ気にならなかった。視界にあるのは、泣き腫らした目で自分を見上げるノアだけだ。
「……君がいなくなって、分かったんだ」
アルベルトは、ノアの手を握りしめたまま、ポツリと言葉をこぼした。
「たった一日。君がいない夜を過ごしただけで、あの屋敷は死んだように静かだった。君が来る前、私は何年も一人で暮らしていたはずなのに……もう、思い出せないんだ。君のいない世界で、どうやって呼吸をしていたのかを」
彼は苦しげに顔を歪めた。 それは、隠居した老人としての分別も、元剣聖としての威厳もかなぐり捨てた、一人の弱い男の告白だった。
「私はずっと、自分が『守る側』だと思っていた。君に住処を与え、生活を守り、未来ある若者を導く保護者のつもりでいた。……傲慢な話だ」
アルベルトは自嘲し、ノアの手の甲に額を押し当てた。
「守られていたのは私の方だ。君の淹れるコーヒーに、君の立てる衣擦れの音に、君の『行ってらっしゃい』という声に。……枯れ果てていた私の心は、君という光に照らされて、ようやく生きていたんだ」
「旦那様……」
「だから、怖かった」
アルベルトが顔を上げる。その瞳が、ノアを射抜く。
「君がまぶしすぎて、直視するのが怖かった。君が私以外の誰か――例えば、そこにいるレオンハルト殿のような、若くて優秀な男の隣で笑っているのを想像しただけで、そちらの方が似合ってるのではないかと。」
名前を出されたレオンハルトが「えっ、私?」と目を丸くしたが、アルベルトは構わずに続けた。
「君の幸せを願うなら、背中を押してやるべきだと分かっていた。それが大人としての、年長者としての義務だと。……だが、本音は違った」
アルベルトは、泥だらけの手で、大切そうにノアの頬を包んだ。
「僕は君に。いつまでも僕の隣にいてほしいと願っている。」
それは、独占欲。そして、紛れもない恋慕。今まで「家族愛」や「保護者愛」という綺麗な箱に入れて蓋をしていた感情が、溢れ出して止まらない。
「私はもう若くないし、地位も名誉も捨てた身だ。君の未来を輝かせるどころか、曇らせてしまうかもしれない。……それでも」
アルベルトは深呼吸をした。心臓が、早鐘を打っている。かつて数万の敵を前にした時よりも、遥かに緊張していた。
「私は、君のことが……知らぬ間に、どうしようもないほど好きになっていたようだ」
告げられた言葉は、風に乗って静かに溶けた。愛している、という情熱的な言葉ではない。 けれど、不器用な彼が一生懸命に紡ぎ出した、飾らない真実の言葉。
ノアは目を見開いたまま、動けなかった。時が止まったように、二人は見つめ合った。
遠くで、誰かが「言ったぞ……」と息を呑む声がした。グレイブが天を仰ぎ、ミリアムが満足そうに腕を組み、レオンハルトが少し寂しそうに、でも温かく微笑んでいる。
アルベルトは告白を終え、裁きを待つ罪人のようにノアの反応を待っていた。拒絶されるかもしれない。困らせてしまうかもしれない。それでも、もう嘘はつけない。
やがて。 ノアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 彼女はゆっくりと口を開いた。その唇が紡ぐのは、拒絶の言葉でも、安易な同意の言葉でもなかった。
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