アーデルハイドは止まらない ~絶対いらない領地を押し付けられたから、国を立て直します~

れおぽん

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第31話 代官失格、ついでに人間も失格


 王都の下見役人を、用途一覧と現場の顔で追い返した翌朝。ベルノーは、妙に静かだった。

 こういう静けさは好きではない。
 人が落ち着いている静けさではなく、何かが裏で走っている時の静けさだからだ。

「嫌な感じがしますね」
 裏庭の机で札を並べていた私が言うと、ヴィクトルが短く返した。
「同感だ」
「理由のある同感ですか」
「私邸の方が朝から騒がしい」
 私は顔を上げた。
「ブシャールの?」
「荷車が入った」
「何台」
「二台」
「……」
「逃げるか、隠すか、その両方だろうな」
 大変よろしい。
 いや、よろしくはない。
 ただし、分かりやすいのは助かる。

 そこへ、リュスが物置の陰から現れた。
「裏から見た」
「何をです?」
「箱。毛皮。酒。あと、紙も」
「紙」
「いっぱい運んでた」
「燃やす気配は?」
「煙出てた」
 私は一拍置いてから言った。
「守備隊長殿」
「何だ」
「行きましょう」
「だろうな」

 ブシャールの私邸は、朝から妙に慌ただしかった。
 門前には荷車が二台。使用人が木箱を抱えて走り、私邸管理人グレールが顔を真っ赤にして怒鳴っている。

「急げ! それは先に積め!」
「おはようございます」
 私が声をかけると、グレールは露骨に嫌そうな顔をした。
「何だ、お前ら」
「朝のご挨拶に」
「帰れ」
「早いですね」
「ここは代官殿の私邸だ!」
「そうですね」
 私はにこやかに頷いた。
「なのに領地の紙と物がいっぱい見えるのが、不思議だなと思いまして」

 グレールの顔が、ぴたりと止まった。
 よろしい。
 当たりだ。

「監査官殿」
 私は横のルネへ言う。
「朝の運動ついでに見ます?」
「あなたの“ついで”は重いですね」
 そう言いながらも、ルネはすでに前へ出ている。
 大変よい。

「監査継続中です」
 彼が冷たく言う。
「物資と文書の移動を停止してください」
「停止できる権限があるのか!」
 グレールが叫ぶ。
「あります」
「代官殿の私物だぞ!」
「では確認します」
 ルネは荷車の木箱を指した。
「開けてください」
「断る!」
「では守備隊」
 ヴィクトルが一歩前へ出る。
 それだけで、話はだいたい終わる。便利である。

 木箱の蓋が開いた。

 中に入っていたのは、毛皮の外套、上等な酒瓶、銀の燭台、それから新品の毛布だった。
 私はちょっとだけ天を仰ぎたくなった。

「……なるほど」
 私は箱を覗き込んだ。
「冬支度ですね」
「代官殿のだ!」
 グレールが怒鳴る。
「領民ではなく?」
「当然だ!」
「そうですか」
 私は次の箱を指した。
「ではあちらは?」

 開ける。
 今度は紙束だった。
 領内納入控え、通行料徴収簿、補修費記録、商人名簿。
 しかも一部は端が黒い。
 ついさっきまで燃やそうとしていたらしい。

 ルネが紙束を持ち上げる。
「これは私物ではありませんね」
 グレールが黙る。
 その時、奥の庭の方から、今度は本当に煙の匂いがした。

「……あら」
 私は顔を上げた。
「まだ燃やしてますね」
「離れろ」
 ヴィクトルが短く言い、先に庭へ回る。
 私たちも続いた。

 裏庭の石畳の上に、簡易の焼却桶が据えられていた。
 中では紙が燻っている。
 そしてその前で、外套を羽織ったブシャール本人が、片手に帳簿を持ったまま固まっていた。

 大変見事な現行犯である。

「おはようございます、代官殿」
 私が言うと、彼は顔を引きつらせた。
「……何の真似だ」
「それは、こちらの台詞ですね」
 ルネが前へ出る。
「監査継続中に記録焼却とは」
「古い不要書類だ!」
「不要?」
 私は焼却桶の縁から半分焦げた紙を拾い上げた。
 商人名と通行料の一覧。横に小さく、別計上の印。
 しかも金額が領内帳簿と合っていない。

「素敵ですね」
 私が言うと、ブシャールが怒鳴る。
「その褒め方をやめろ!」
「今のはかなり本気です」
 私は焦げた紙をひらひら振った。
「別帳簿じゃないですか」
 ルネが横から受け取り、ざっと目を通す。
「……通行料の差額」
「ええ」
「しかも私邸保管分の記載あり」
「大変よろしいですね」
「よくありません」
「知っています」

 そこへ、門前の騒ぎを聞きつけた住民たちが集まり始めた。
 マルゴ、トマ、鼻の赤い子どもの母親、藁運びの男たち、炊き出し帰りの女たち。
 皆、門の外からこちらを見ている。
 視線の数が増えるほど、ブシャールの顔色は悪くなった。

「皆さん」
 私は振り向いた。
「今、代官殿は領内帳簿を燃やしておられます」
 ざわ、と空気が動く。
「違う!」
 ブシャールが叫ぶ。
「不要な紙だ!」
「では」
 私は足元の木箱を指した。
「新品の毛布と酒瓶と銀燭台を先に積んでいるのは、なぜです?」
「それは私物だ!」
「子どもの靴や寝藁より先に?」
「……」
「しかも、領内の通行料差額帳簿を燃やしながら?」
 ブシャールの頬がぶるっと震えた。
 よろしい。
 効いている。

 その時、バベットが門の外から吐き捨てるように言った。
「代官失格だね」
 少し間を置いて、マルゴが続ける。
「ついでに人間も失格だよ」
 私は思わずそちらを見た。
 大変よい。
 タイトル回収までしてくださった。

「監査官殿」
 私は静かに言った。
「現行犯、別帳簿、記録焼却、物資の私邸偏在」
「ええ」
 ルネは短く頷く。
「十分です」
 彼はブシャールをまっすぐ見た。
「ギヨーム・ブシャール。監査継続中につき、代官職務を停止します」
 ブシャールが目を剥く。
「何だと!」
「記録と私邸を封鎖。あなたは領内物資および帳簿への接触を禁じます」
「そんな権限が」
「あります」
 ルネは冷たく言い切った。
「少なくとも今この場では」

 ブシャールは何か言い返そうとした。
 だが、その時、門の外からひときわ大きい声が飛んだ。

「鍋の分、返しな!」

 鼻の赤い子どもの母親だった。
 次にマルゴ。
「井戸の分もだよ!」
 トマが杖をつく。
「道を殺した分もな」
 さらに藁運びの男。
「通行料、返せ!」
 それは怒号ではなかった。
 でも、だからこそ重かった。

 ブシャールは初めて、領民の方をちゃんと見た。
 今までは“いるもの”としてしか見ていなかったのだろう。
 でも今は違う。
 自分を見ている目の数が、はっきり敵だと分かった顔だった。

「守備隊長殿」
 ルネが言う。
「封鎖を」
「分かった」
 ヴィクトルとロラン、マティスがすぐ動く。
 門、私邸倉庫、焼却桶、荷車。
 逃げ道を潰す手際が大変よろしい。

 私は木箱の上の毛布を一枚持ち上げた。
 厚い。新しい。暖かそうだ。
 今のベルノーで、どれだけの家がこれを欲しがるだろう。

「代官殿」
 私はそれを軽く振った。
「これは誰の冬だったんでしょうね」
 ブシャールは何も言わなかった。
 言えないのだろう。
 今さら言い訳しても、この毛布一枚の方がずっと雄弁だからだ。

 その後、私邸の中からは、まだいろいろ出てきた。
 塩の袋。上等な乾物。補修用釘。新しい布。通行料差額の別記録。商人ごとの“上乗せ一覧”まで。
 私は途中から、怒るより先に感心してしまった。
 ここまで綺麗に腐るのは、ある意味才能である。

「顔が怖いですよ」
 ルネがぼそりと言う。
「怒っています」
「見れば分かります」
「でも半分は呆れです」
「それも分かります」

 日が少し傾くころには、ブシャールは私邸の前に立たされ、ルネが封鎖札を書いていた。

 ――監査中につき封鎖。無断移動禁止。

「札って大事ですね」
 私が言うと、ルネは嫌そうに返した。
「最近あなたに感化されている気がして嫌です」
「光栄です」
「褒めていません」
「知っています」

 最後に、ルネは私へ向き直った。
「暫定的に、私邸保管物資のうち領内用途が明白なものは、現地管理下へ戻します」
 私は瞬いた。
「本当ですか」
「ええ」
「素敵です」
「本気ですね」
「かなり」
「ただし」
 彼は眼鏡を押し上げた。
「記録を残してからです」
「最高です」
「それは本当に褒めている顔ですね」
「そうです」

 門の外では、住民たちがまだこちらを見ていた。
 勝ち鬨を上げるわけでもない。拍手するわけでもない。
 でも、空気が昨日とは違う。
 “どうせまた握り潰される”ではなく、“ちゃんと落ちるものは落ちるのかもしれない”という顔だ。

 それで十分だ。

 私は私邸の玄関先に残った焼け焦げの紙を一枚拾い上げた。
 端は黒く、中央にはまだ数字が残っている。
 通行料、上乗せ、差額。

 小さな紙だ。
 でも、この領地をじわじわ絞めていたものの名前が、ちゃんとそこに残っていた。

「代官失格」
 私は小さく呟いた。
 横でバベットが鼻を鳴らす。
「ついでに人間もだよ」
「ええ」
 私は焦げた紙を机番へ渡した。
「では、記録しましょう」
「記録、ですか」
「ええ」
 私は笑った。
「落ちるべきものが落ちた日ですから」

 ベルノーはまだ終わっている。
 でも今日、少なくとも一つだけは終わった。

 腐った代官の時間だ。
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