21 / 28
第20話「名を問う」
しおりを挟む
謁見の間は、五人の男たちと、その倍の数の護衛、そして記録係の官僚たちで埋まっていた。
私は玉座に座っている。
この椅子は硬い。権威を示すための台座であり、座り心地など考慮されていない。
階段の下には、最終選考に残った五人の皇配候補が跪いている。
いずれも大貴族の長男や、隣国の王族たちだ。
彼らは床に額をつけ、私の言葉を待っている。
「面(おもて)を上げなさい」
私が告げると、彼らは一斉に顔を上げた。
自信に満ちた顔、知性をアピールする顔。
どれもよく訓練された表情だ。
宰相が進み出て、巻物を広げる。
「これより、皇配選定の最終試問を行う。殿下、彼らに問いたいことはございますか」
通常であれば、ここで形式的な質問をする。「国を支える覚悟はあるか」などだ。
けれど、私は口を開いた。
「一つだけ、聞きたいことがあるわ」
私は一番右端にいる、精悍な顔つきの騎士団長の息子を見た。
「貴方は、私と結婚したいと望んでいるのね」
「はい! もちろんでございます。我が剣と命を捧げ、殿下をお守りいたします」
彼は迷いなく答えた。模範解答だ。
「では、貴方が命を捧げる相手の名前を答えて」
広間の空気が、ピタリと止まった。
騎士団長の息子の笑顔が凍りついた。
彼は口を半開きにし、視線を宙に彷徨わせた。
そして、求心的な視線を宰相の方へ向けた。助け舟を求めているのだ。
「……いかがした? 答えられないの?」
私が追及すると、彼は慌てて取り繕った。
「め、滅相もございません! 貴女様は……尊き、皇女殿下であらせられます!」
「それは役職名よ。私の名前ではないわ」
私は視線を隣に移す。
次は、隣国の第三王子だ。
「貴方はどう? 私を愛していると言っていたけれど、愛する女の名前を知らないわけではないでしょう?」
王子は優雅に微笑んだ。
「名前など、些末なことです。私が愛しているのは、貴女のその……神秘的な瞳と、国を憂う高潔な魂です。呼び名など、二人の愛の前では意味を成しません」
詭弁だ。知らないことを「意味がない」と言い換えて誤魔化しただけだ。
私は次々と指名していく。
「貴方は?」
「は、はい……『光の君』とお呼びしております」
「貴方は?」
「……我が国の美しき象徴、であらせられます」
五人全員に聞いた。
正解者はゼロだった。
当然だ。私の名前は「第十三皇女候補」という記号の下に隠されていた。
けれど、本当に私という人間に興味があったなら、調べる方法はあったはずだ。彼らはそれをしなかった。
私は玉座の肘掛けに指を這わせる。
あの時、彼が叫んだ言葉が蘇る。
『彼女の名前を知っている奴はいるか!』
彼の指摘は、正しかったのだ。
「……全員、不正解よ」
私が冷淡に告げると、広間がざわめき始めた。
「ばかな……誰も知らないのか?」
「おい、誰か答えられる者はいないのか!」
「宰相閣下! 資料には何と!?」
候補者たちが焦り始め、貴族たちが互いに顔を見合わせる。
さざ波のように混乱が広がっていく。
宰相が慌てて側近に耳打ちするが、側近も青い顔をして首を振っている。
誰も答えられないのだ。
この場にいる数百人のエリート、国の頭脳たちが、たった一つの固有名詞を知らない。
「愛している」「命を捧げる」と豪語していた男たちが、その捧げる相手の名前すら知らないという滑稽な事実が、白日の下に晒された。
「ええい、静粛に! 静粛に!」
宰相が杖を床に叩きつける。
「こ、これは何かの手違いだ! 直ちに記録局へ照会せよ! 学籍簿を確認するのだ!」
官僚たちが走り回る。
怒号と困惑が飛び交う。
厳粛なはずの儀式は、醜い混乱の渦に飲み込まれた。
私はその喧騒を、高い玉座の上から見下ろしていた。
彼らは今、必死になって私の名前を探している。
私を知ろうとしているのではない。「欠落したデータ」を埋めようとしているだけだ。
「……本日の選定は、ここまでとする!」
収拾がつかないと判断した宰相が、脂汗を拭いながら宣言した。
「事実関係を確認した後、改めて儀式を行う! それまで、選定は一時保留とする! ……解散!」
逃げるような閉会宣言。
候補者たちはバツが悪そうに俯き、足早に広間を出ていく。
貴族たちも、ひそひそと責任をなすりつけ合いながら去っていく。
私は一人、玉座に残された。
保留。
先送りにされた決定。
けれど、どれだけ時間をかけて資料をひっくり返しても、彼らが失った「信用」は戻らない。
私は空っぽになった広間を見渡す。
名前を知っていた唯一の人間がいなくなった今、この城は、言葉の通じない異国よりも遠い場所になってしまった。
私は玉座に座っている。
この椅子は硬い。権威を示すための台座であり、座り心地など考慮されていない。
階段の下には、最終選考に残った五人の皇配候補が跪いている。
いずれも大貴族の長男や、隣国の王族たちだ。
彼らは床に額をつけ、私の言葉を待っている。
「面(おもて)を上げなさい」
私が告げると、彼らは一斉に顔を上げた。
自信に満ちた顔、知性をアピールする顔。
どれもよく訓練された表情だ。
宰相が進み出て、巻物を広げる。
「これより、皇配選定の最終試問を行う。殿下、彼らに問いたいことはございますか」
通常であれば、ここで形式的な質問をする。「国を支える覚悟はあるか」などだ。
けれど、私は口を開いた。
「一つだけ、聞きたいことがあるわ」
私は一番右端にいる、精悍な顔つきの騎士団長の息子を見た。
「貴方は、私と結婚したいと望んでいるのね」
「はい! もちろんでございます。我が剣と命を捧げ、殿下をお守りいたします」
彼は迷いなく答えた。模範解答だ。
「では、貴方が命を捧げる相手の名前を答えて」
広間の空気が、ピタリと止まった。
騎士団長の息子の笑顔が凍りついた。
彼は口を半開きにし、視線を宙に彷徨わせた。
そして、求心的な視線を宰相の方へ向けた。助け舟を求めているのだ。
「……いかがした? 答えられないの?」
私が追及すると、彼は慌てて取り繕った。
「め、滅相もございません! 貴女様は……尊き、皇女殿下であらせられます!」
「それは役職名よ。私の名前ではないわ」
私は視線を隣に移す。
次は、隣国の第三王子だ。
「貴方はどう? 私を愛していると言っていたけれど、愛する女の名前を知らないわけではないでしょう?」
王子は優雅に微笑んだ。
「名前など、些末なことです。私が愛しているのは、貴女のその……神秘的な瞳と、国を憂う高潔な魂です。呼び名など、二人の愛の前では意味を成しません」
詭弁だ。知らないことを「意味がない」と言い換えて誤魔化しただけだ。
私は次々と指名していく。
「貴方は?」
「は、はい……『光の君』とお呼びしております」
「貴方は?」
「……我が国の美しき象徴、であらせられます」
五人全員に聞いた。
正解者はゼロだった。
当然だ。私の名前は「第十三皇女候補」という記号の下に隠されていた。
けれど、本当に私という人間に興味があったなら、調べる方法はあったはずだ。彼らはそれをしなかった。
私は玉座の肘掛けに指を這わせる。
あの時、彼が叫んだ言葉が蘇る。
『彼女の名前を知っている奴はいるか!』
彼の指摘は、正しかったのだ。
「……全員、不正解よ」
私が冷淡に告げると、広間がざわめき始めた。
「ばかな……誰も知らないのか?」
「おい、誰か答えられる者はいないのか!」
「宰相閣下! 資料には何と!?」
候補者たちが焦り始め、貴族たちが互いに顔を見合わせる。
さざ波のように混乱が広がっていく。
宰相が慌てて側近に耳打ちするが、側近も青い顔をして首を振っている。
誰も答えられないのだ。
この場にいる数百人のエリート、国の頭脳たちが、たった一つの固有名詞を知らない。
「愛している」「命を捧げる」と豪語していた男たちが、その捧げる相手の名前すら知らないという滑稽な事実が、白日の下に晒された。
「ええい、静粛に! 静粛に!」
宰相が杖を床に叩きつける。
「こ、これは何かの手違いだ! 直ちに記録局へ照会せよ! 学籍簿を確認するのだ!」
官僚たちが走り回る。
怒号と困惑が飛び交う。
厳粛なはずの儀式は、醜い混乱の渦に飲み込まれた。
私はその喧騒を、高い玉座の上から見下ろしていた。
彼らは今、必死になって私の名前を探している。
私を知ろうとしているのではない。「欠落したデータ」を埋めようとしているだけだ。
「……本日の選定は、ここまでとする!」
収拾がつかないと判断した宰相が、脂汗を拭いながら宣言した。
「事実関係を確認した後、改めて儀式を行う! それまで、選定は一時保留とする! ……解散!」
逃げるような閉会宣言。
候補者たちはバツが悪そうに俯き、足早に広間を出ていく。
貴族たちも、ひそひそと責任をなすりつけ合いながら去っていく。
私は一人、玉座に残された。
保留。
先送りにされた決定。
けれど、どれだけ時間をかけて資料をひっくり返しても、彼らが失った「信用」は戻らない。
私は空っぽになった広間を見渡す。
名前を知っていた唯一の人間がいなくなった今、この城は、言葉の通じない異国よりも遠い場所になってしまった。
10
あなたにおすすめの小説
置き去りにされた聖女様
青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾
孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう
公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ
ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう
ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする
最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで……
それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
【完結】お嬢様だけがそれを知らない
春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。
しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて?
それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。
「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」
王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました!
今すぐ、対応してください!今すぐです!
※ゆるゆると不定期更新予定です。
※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。
※カクヨムにも投稿しています。
世界中の猫が幸せでありますように。
にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
幸せは、歩いて来ない。ならば、迎えに行きましょう。
緋田鞠
恋愛
【完結】 『もしも、あの時、あの決断をしていなければ』。誰しも一度くらいは、考えた事があるのではないだろうか。
不仲の夫に突き飛ばされ昏倒した事で、実加と言う名で生きた人生を思い出した男爵家の娘ミカエラ。実加もまた、夫にモラハラを受け、不幸な結婚生活を送っていた。疎遠になっていた幼馴染の公爵ダリウスとの再会をきっかけに、実加のように人生を諦めたくない、と決意したミカエラは、離婚、自立への道を歩み始める。「可愛い妹分だから」と、ミカエラを何かと気に掛けるダリウスに対し、募っていく恋心。身分差を理由に距離を置かざるを得なかった彼への想いは、ミカエラを変えていく。
『婚約もしていないのに婚約破棄ですか? 〜岩塩で殴れば目が覚めます?〜』
しおしお
恋愛
「岩を売る田舎娘と婚約?そんなもの破棄だ!」
――そう言い放ったのは、まだ婚約すら成立していないのに“婚約破棄”を宣言した内陸王国の王太子。
塩は海から来るもの。
白く精製された粉こそ本物。
岩塩など不純物の塊に過ぎない。
そう思い込んだ彼は、ハライト公国公爵令嬢ヴィエリチカを侮辱し、交易を軽んじた。
だが――
王都に届くその“白い粉”は、すべてハライト産の岩塩から精製されたものだった。
供給が止まった瞬間、王国は気づく。
塩は保存であり、兵站であり、治療であり、冬越しの生命線であったことを。
謝罪の席で提示された条件はただ一つ。
民への販売価格は据え置き。
だが国家は十倍で買い取ること。
誇りを守るために契約を受け入れた王太子。
守られたのは民。
削られたのは国家。
やがて赤字は膨らみ、担保は差し出され、王国は静かに編入されていく。
処刑はない。
復讐もない。
あるのは――帰結。
「塩は、穢れを流すためのものです」
笑顔で告げるヴィエリチカと、
王宮衛生管理局へ配属された元王太子。
これは、岩塩を侮った物語の、静かな終着点。
---
もしアルファポリス向けにもう少し軽くする版も欲しければ、作ります。
それとも、
・タグもまとめる?
・もっと煽る版にする?
・文学寄りにする?
どの方向で仕上げますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる