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第一の事件 「浮き花の姫」事件

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一樺と琳は3人、薫留と合わせれば4人と対峙した。

一番体付きがよく、大きな羽織を着ていたのは、五十嵐いがらし満之丈まんのじょう。羽織には荒波が描かれている。五十嵐は薫留の父。

3人のうち、中央にいたおしとやかな女性は五十嵐いがらし京香きょうか。薫留の母だ。濃紫の小袖を着ている。艶やかな黒髪と、伏目がちの表情はどこか精霊のようだった。

そして、薫留がすぐ隣に座った青年は、珠原たまはら流苑りゅうえんと名乗った。ぶしつけに「どういう役職の方なんですか」と尋ねた一樺に、彼は、

「薫留さんの婚約者です」と。

思わず一樺は「はぁ?」と漏らしていたが。

琳は呆れたようにしていたが、一樺がそう思ってしまうのも仕方がない。彼は一樺の目から見ても華奢だった。華奢と通り越して痩せている。商売人には大柄な人(五十嵐など)が多いため、青嵐堂の娘と婚約しているなんて結びつかないだろう。

ふと、琳へ目を向けると、彼女はいつになく険しい顔をしていた。一樺は知っている。

(きっと、考えている。良くわからないところまで)

そして、

(このなかにいるんだ)

犯人が。薫留の姉・光留の失踪に関わった人物が。

「あの、ではお話をお伺いしてもよろしいですか?」

珠原との会話であたたまった機会を見計らって、一樺が前へ進み出る。

「お話、、、と言いますと?」

「とりあえず最近出始めた幽霊から、、、」

4人の間で目線だけの会話が錯綜し、薫留が手を挙げて話し始める。

「幽霊、、、が出始めたのは、今年の六月だったと思う。ちょうど流苑さんと出会った頃だったから、覚えてる。夜に、寝起きしている部屋から廁に行こうとした廊下で、見たの」

「廊下のどこ?」

「庭の方。ちょうど、、、あっち」

薫留が指差した方には、どうも庭があるらしかった。窓から顔だけを出して見てみると、小庭の全貌が見えた。

「緑に覆われてるって感じだね。あの低木は?」

紫陽花あじさいだよ。青嵐堂が開店したときから植わってるんだっけ、父さん」

「そうだな。今は京香が手入れをしている」

「以前は全て赤色の紫陽花でしたよね」

「そうね」

薫留や珠原によって繰り広げられていた会話を聞き、思わず一樺は琳を振り向く。昨日、紫陽花が鍵になると琳の口から聞いたばかりだ。

「、、、その小庭はずっと京香さんが手入れを?」

落ち着いた調子で、琳は尋ねる。一樺のような動揺は見せずに、当たり前の事情聴取をしているかのようだ。誰を非難しているわけでもない。誰を否定しているわけでもない。だが、琳の声の矛は緊張感を孕んで、刺さる。

「、、、いいえ。つい最近から」

「以前はどなたが」

「我が娘、五十嵐光留ひかるですわ」

ここに、光留が関係してくるのか。意図せずに一樺は身を固くさせる。

そして、京香の言葉は、どこか居心地を悪くさせるほどの気高さを持っていた。
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